村人Aは農民A
生まれは小さな村の農家だった。外から見れば年季の入ったただの一軒家。家の前には農具がいくつか並べれている。食物が育っている畑が裏手にある。そんな一般的な農家。そこで俺は育った。
不自由だとは思わなかったし、自分の村が小さいとも子供の頃は知らなかった。自分の住んでる周りの風景だけが世界だと思い込んでいた。
ここで生まれてここで死んでいくんだと子供の時からなんとなく感じていた。両親も俺に対してこの村の外については語りもしなかったし、言う必要が無かったんだろう。
一人っ子で長男の俺はこの家を継いで立派な村人として生きていくのは敷かれた道だとしても不満は無かった。目の前の幸せを掴む事が大事だと。
だからこの世界に勇者なる人物が現れ、魔王が蘇ったとかそんなお伽話みたいな話があっても自分とは関係ないものなのだ。
朝の日光が照りつけ、それと共に目覚める。そんな優雅な寝起きではなく俺はベッドからずり落ちて床で寝そべりながら、その冷たさで起きる。
睡魔は取れていない。昨日も夕方に友人と近くの草原に狩りという名の遊びに出かけて寝るのが遅くなってしまった。大した腕でもなく獲物をまともに仕留めた事などないが、走り回ってるだけでも楽しいのだ。弓も矢も自分で作った物で真っ直ぐ飛ぶことは無いが、弓を引いている時の緊迫感は日常の刺激となった。
そんな訳で体力が回復してないが起きなければならない。野菜の収穫がある。俺が育てた作物だ。
正しくは両親が作ったものを俺がたまに水をやっていたのだがそんな細かいことはどうでもいい。とにかく収穫をしなければならない。
しかしその量が多いのだ。畑の2畝だけと言葉にすれば少なく感じるが半端じゃない。とても1日の俺の労働力では無理だ。そもそも何故俺があんなのを収穫しなければならないのか。
ベッドに戻る。少し冷えた体を包み込んでくれる。体の冷たさとベッドの暖かさが丁度いい按配で眠りへと誘う。
「起きろアル!!!」
怒鳴り声が部屋に響き渡る。同時に再び眠りにつきかけた体は飛び起きた。
「もしかして寝過ごすつもりだったのか?あ?」
朝からそのような大きな声で人を起こさないで欲しい。人間のすることじゃない。父親でなければ殴りかかってる所だ。いや父親であっても殴りかかってる。現に今。
そして押さえつけられ、そのまま首根っこを捕まえられた猫のように畑へと連れていかれた。
「だから昨日早く帰ってこいって言ったんだ。朝弱いのは自分でも分かってるだろ?」
分かっている。でも遊びたい盛りの16歳にそんな事が守れるはずもない。欲求を満たすためならいくらでも走り回れる。
「ほら、カゴ。お前は右を取っていってくれ。母さんはもう逆側から始めてるから。」
よく見ると畑の向こう側で母親がせっせと朝日と共に作物を収穫している。仕方なく俺も始める事にした。仕方なく、だ。
父親フォロバンと、母親モニカの子供として生まれた俺はこうして農作業を手伝わされる事が小さな頃から良くあった。別にその事は特に嫌では無いがこんな朝早くからやる必要は無い筈だ。拷問としか思えない。
「なんでこんな朝早くからやるんだよ。昼からでいいだろ。」
フォロバン「昼から村の集まりがあるからって言っただろ。昨日の話をお前は何も聞いてないのか?」
それは昨日の俺に聞いてほしい。俺は聞いていない。とりあえず手を動かす。一つ一つ丁寧に取っていけばキリがないため、多少強引でも引きちぎっていく。これなら早い。
フォロバン「作物に傷をつける度に小遣い減らしていくからな」
丁寧に取っていく。作物は優しく扱わなければならない。
ようやく収穫も終わった。1時間少々かかったが思ったよりも早かった。作物でうまったカゴがいくつか出来上がった。俺1人ならもっとかかっていたが、両親のおかげで朝の仕事はこれで終わりだ。もう一眠りするか朝飯を食べてから寝るかどちらがいいだろうか。というかそもそもこんな早く終わるなら朝早く起きる必要は無かった様に思える。部屋に戻ってからどうするか考えることに決めた。
フォロバン「早く終わったし、もう少し収穫しておくか」
結局午前は全て潰れてしまった。
昼飯を食べた後、村の集まりに俺も参加するため村の中央の会議をする家に向かった。普段はここで仕事をしてる人が何人かいるが、今日は明け渡されているようだ。もう既に人が集まっている。
村の人に挨拶をする。年上ばかりだ。16歳からは村の集まりには出ないといけない決まりだが、そもそもそんな頻繁にある訳では無い。災害とか、誰か亡くなったとかそういう特別な時だけだ。初めてがこんなに早く来るとは。原因も分からずとりあえず椅子に座る。
村長「今日は集まってもらい、誠に感謝している。忙しい中とはいえな。だが村の緊急事態なのだ。」
村長がそう言うと皆がざわつく。珍しい。この平和の文字がこれほど似合う村はそうそうないと思うのだが。
村長「魔王が再び誕生したようだ。」
魔王って誰だ。魔族の王か魔界の王か悪魔の王かはっきり分からない。偉いやつなのか知らないが良くは思われていないようだ。
村の人々は慄いている。これは一大事だとか、魔物が近くに現れたら困るだとか。もしかして魔物の王で魔王なのか。予想は全部外れていた。
村長「魔王誕生により魔物が活発になるやも知れん。そのためにも村の外に出る時は気をつけるように。襲われればひとたまりもないのは間違いない。」
その後も村長から色々話があったが、特に耳に残らなかった。自分とは関係ない世界の遠い話だと思えてしまう。
魔王が生まれたことにより勇者を集めているそうだ。世界のために、国のために希望者を募る。どの国も動き出したらしいがうちの村にそんな希望者はいない。魔王を倒せば自国の権力の強さを表せると思っているのかはたまた本当に世界の為を思っているのか。正義の勇者の顔を見てみたいと思う気持ちもあるが、それよりも午後に何をして過ごすかの方が自分の一番の悩みなのは変わらなかった。
村の集まりが終わり、人々は集会所から去っていく。俺の家族も同様である。
モニカ「これから出かけるのかい?」
母親は友人との会話を終え、俺の方に向かってきて尋ねた。
「まあ適当に。ふらついてくるよ。」
モニカ「気をつけなさいよ。この辺も魔物が出るかもしれないし…。何かあったらすぐには助けに行けないんだから。」
分かってる。だが家の仕事ばかりやっていてはつまらなさ過ぎて息が詰まる。適度な娯楽が欲しい。
母親に夕飯には帰ることを伝え、集会所から去ろうとしたところ袖を引っ張られた。
「どこ行くの?」
そこには向かいの家の一人娘、ベスがいた。目が少し悪く隣町で買った眼鏡を掛けており、髪の毛は黒く、長く伸ばしている。凛としたその横顔は綺麗に相違ない。男に好かれやすい容姿であり、自分もどちらかと言えば好みなのだが、生憎こいつは年下だ。
ベス「また今日も狩りに行くの?」
呆れたような顔で俺を見つめる。吸い込まれそうなその眼は心配とかではなく、昨日あれだけ走ったくせにまだ走り足りないのかと伝えたい事は容易に分かる。
「まだ決めてないけど…まあそうなるよな。他にやる事といったら釣りか仕事かだ」
ベス「仕事ほとんどしてないじゃない。」
してる。朝から働いたし、午前はそれで潰れた。立派な労働者の一員だ。まるでスネかじりみたいに言われるのは気に食わない。
「働いてるからな?朝だって…」
ベス「5日ぶりくらいかしらね」
「いや、4日ぶりだ!」
言い終わってから気づく。ハメられた。いや元からハマっていた。
ベスは深いため息をついて腰に手を当てる。まるでどう仕様もない弟を見るかのように。2歳下なのになぜこいつの方が大人びているのだ。俺は村の集まりに出てる。立派な大人の仲間なのに、だ。
ベス「またダーソ草原?」
昨日と同じ狩場だ。狩りには成功していないが俺の狩場だ。
というか今日もついてくる気か。家の手伝いが無い日はついてくる事があるが、二日連続は珍しい。
「狩りは遊びじゃないんだぞ?命と命のぶつかり合いなんだ。」
ベス「仕留めた事あるの?」
失礼な。昨日だって惜しかったのに。
「というかわざわざ付いてこなくてもお前本読んでるだけだろ。」
ベスは狩りをしない。ただ俺が走り回ってる横で座って本を読んで過ごす。それだけ。
ベス「あなたが動物に翻弄されているのもちゃんと見てるわ。面白いもの。」
馬鹿にされているが言い返せない。
とりあえず出発だ。自分が作ったお手製の弓と矢を取りに行くため、村の入口で待ち合わせをする。一旦ベスと別れて家に戻った。足取りは仕事に向かうよりも何倍も軽かった。
村の入口に着いた。ベスは既に到着していた。2人で草原に向かう前に入口で見張りをしている人に気をつけるように言われたがいつもの事だと思い、気には止めなかった。
今日は少し風が強い。この風を読んで矢を放たなければならない。獲物をを探しながら腕が鳴る衝動を抑えていた。
ベス「飽きないわねほんとに」
何か横で言っているが俺は狩人だ。今日は自分の調子の良さを感じる。興奮する気持ちもあるが、頭は冷静にというまさに狩人といった潜在能力をひしひしと感じていた。
いける。今日は晩飯も豪勢なものとなろう。
ベス「とりあえず靴紐結びなさい。」
解けないようにしっかりと結んでおいた。