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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔導大戦 ~僕が明日を見つけた日~

作者: 太刀鋼 零

 飛び散る輝きは、淡く光量を減衰させながらその効力とともに輝きを失った。激しい光の後に残された最初の応酬を終えた二人は、小さく言葉を紡ぐと瞬時に体を浮かび上がらせた。

 

 『おおお、相殺したぞ!』

 『すげえ……これがハイランカー同士の戦いか』

 『やべえ、俺こんなの初めてみた!』

 

 他愛のない聴衆のつぶやきが会場のふたりを覆っているが、当人たちには一切届くことはない。完全に隔離された戦闘空間には、彼らの戦いを妨げる物はなにもなく、ただ彼らが生み出す戦いの全てが映像や音声として閲覧者に届けられ、実況中継のようにモニタリングが可能になっているだけだ。

 視聴者は、思い思いのことばで彼らの戦いを見守ることしかできない。


 対峙する二人のうちの一人、逆立った赤毛の背の低いあどけない少年は、中空に浮きながらも両手で小さくそれぞれに陣を組み上げていく。

 それを見た相手である黒髪の美少女は、大きく目の前に少年の行動へと対抗するように陣を組んでいた。

 

 『だ、ダブルキャストかよ……。良くできるなあんなの』

 『馬鹿野郎、よく見ろ!』

 

 少年はさらに目前と足元に陣を組んでいく。

 足と目を使った「四重詠唱クアッドキャスト」と呼ばれる超々高等技術である。

 

 『あ、あれが現役魔道士で最強と言われるテクニックか……』


 理論上では陣を描ける方法さえあれば無尽蔵に製陣可能とはいえ、人の身体は同時にたくさんの事がそれほど出来るようには作られていない。しかし、そうした中でも修練を積み重ねることで、同時に複数の陣を形成させることは不可能とも言えない。

 ひたすらに愚直に繰り返される修練でのみ、そうした無意識の並列処理を発現させることを可能にしている。

 中でも少年の習熟度は異常ともいえるレベルであった。


 「発動」

 

 少年のつぶやきは描かれた魔法陣に効力をあたえ、やがて確かな魔法として顕現していく。陣から溢れる光とともに足元からは炎を纏った鳥が、右手からは巨大な光の剣が、左手からは彼を守るように展開される光の膜が、更に正面の陣からは鈍い虹彩をはなつ全身鎧が現れていた。

 鎧は顕現とともに無数の光になったかと思えば、少年の体に次々と装着されていった。天使の羽を思わせる装飾を施された白銀の鎧は、ともすれば地味な印象だった少年から、明らかに別の何かであるという確信を抱かせるほどの神々しさを感じさせている。


 『でた!!【銀王鷄の鎧】っ!!』

 『あれが魔法陣の塊だなんて信じられないよね……』


 陣魔法で形成された銀色に輝く鎧から生み出される白銀の翼は、ゆっくりとはばたきをくりかえし、遠目には天使と見まがうほどである。


 『……お、オイ。あれ見ろよ……!!』


 聴衆の一人が相対する少女へと目線を向ければ、そこには対戦相手の少女を覆い尽くす巨大な魔法陣が描かれていた。

 陣魔法の威力や効力、そして難易度はまさしくその大きさに表れやすくなる。複雑に組み合わされ、多量の魔力を注入された陣はそれだけで驚くべき効果を発揮する。しかし、彼女が製陣したのはただの大きな魔法陣ではなかった。


 『あっちは積層魔法陣か!? ……こんな下位トーナメントでこんなモンが見れるなんてラッキーすぎる!』


 複数の魔法陣を組み合わせることで、より複雑で高度な魔法を生成できる。これを積層魔法陣生成という。

 少年がつかった陣をマルチタスクのショートカットとするなら、少女が使った陣は詳細な設定を組んだ巨大な建造物のようだと形容できるであろうか。


 「――発動っ!」


 可愛らしい声で陣の作動開始を告げると、あふれ出すまばゆい輝きにあわせるように彼女は右手を陣へと差し入れた。やがて光がその手に収縮すると、絢爛豪華い彩られた巨大な槍へと姿を変えた。


 『う、うそだろ!? あれ、ゲイボルグじゃねえか!?』

 『マジか……設定上じゃ防御不可の完全貫通装備だって話だぜ……!』

 『おいおい! まだ三回戦だぞ!!』

 

 少年がすでに相当な実力者であるのは規定事実なのか、相対する少女は儚くも散りゆく華のように容易く手折られるといった風情であった会場の空気が一変する。

 静謐な輝きをはなつ異様は愚直にも突き刺す為だけに生み出された刺突武器として、可憐な少女には決して似つかわしいとは言えない姿でその手に収められていた。

 勇者クー・フーリンの愛槍にして伝説の武器である魔槍ゲイボルグは、この世界においても破格の性能をもっている。

 

 「「……おおおおおおっ!!」」

 

 どちらともなく裂帛の気勢を放ちながら、互いの魔力の全てを賭けた戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

  ◆◇◆◇

 

 

 ヴァーチャルリアリティ技術の進歩は、半没入型の様々なゲームを産むことになった。最初は新技術としての脚光をそれなりに浴びはしたが、思いの外売れ行きは伸びなかったのは、没入しすぎて本来の生活に支障を来すというような事もあって、一部のゲーマーにしか浸透しなかったことがその理由だった。

 しかし、職業ゲーマーやそのエンターテインメント性に目をつけた動画配信者たちの思惑によって、爆発的な広がりを見せるあるゲームが現れ、状況は劇的に変化した。

 

 【魔導大戦】

 

 2018年初頭にパソコン版と某ゲームハードへと同時発表された、魔法を使った対戦ゲームだ。

 専用のコントローラーとソフトウェアのセットで一万円と昨今の価格設定としては割高であり、VRゲームとしては特段真新しさも無かった代物だが、他とは一線を画す設定が盛り込まれていた。

 非中央集権型デジタル通貨の【ビットゼニー】をつかった経済システムを組み込み、そこに社会を生み出そうと試みたのである。


  対戦ゲームシステムそのものもプレイヤーの技量に依存するスタイルであり、取得する魔法も編纂する戦い方もプレイヤーに依存する。新たな魔法や陣を覚えるためには文字通り勉強が必要であり、その為には教師や書物を得て学び取らねばならなかった。

 無論、無料ではない。

 必要なビットゼニーを支払って学び、必要な触媒を買い求め、与えられた環境以上の物を得るためには、戦いも含めて魔道士としての研鑽が不可欠となっていた。

 

 冒頭の槍も、鎧も、彼らが自らの手で素材を掻き集め、製法について教えを請い、時として書物をあさり、研究を重ねて生み出した代物なのだ。

 その全てにゼニーが掛かっていると言えば、どのような経済圏が形作られているか想像に難くないと分かるだろうか?

 

 「ああ……すごいな……マジで」

 

 ニコニ○動画の魔導大戦特集で配信されている番組を見ながら、遊馬あすまは呟いた。このゲームをやり始めたのは最近だが、大会八連覇を成し遂げた少年……KICSと名乗るプレイヤーの履歴を見ることで得られる何かがあるんじゃないか? と思っていたが、結局ただただ感嘆の言葉を漏らすだけになってしまった。

 KICSは迫るゲイボルグを薄く展開させた魔法の盾で巧みにいなし、直撃を決して許さなかった。焦れた少女が大技を仕掛けようとしたところで、読んでいたのか少女の動きに合わせて発動前に彼女を沈めてしまった。

 

 危なげのない、まさにプロの戦い方と言えた。

 

 一瞬でかき消されてしまう防御盾をその場で生成して次の攻撃に瞬時に対応しているのだから、遊馬が嘆息を漏らすのも仕方のない話だ。

 どんな盾も意味をなさないという代物であっても、その盾がいくらでも湧いてくるならどうしても動きは単調になってしまう。

 ならばほんの少しだけ抵抗を与えて阻害してやれば良いのだ。

 

 このようなログ映像も、魔導大戦特集などというイベントがなければ公式サイトから有料で閲覧する事になる。ビットゼニーを支払って見るわけだが、全世界のプレイヤー人口が一億人以上といわれるこのゲームの人気ぶりから視聴者は絶えない。

 海賊版のような配信を行うプレイヤーも居るには居るが、自分の実況プレイ動画でもないかぎり、規制や処罰の対象になるので敢えてやりたがるものはいない。

 

 そんな魅力あふれる魔導大戦の世界から現実へと舞い戻れば、そこには陰鬱なリアルがある。

 義務教育ながら、生徒個別の状況に対応しきれず、破綻寸前の学校生活。思い思い勝手気ままに行動し、そうした制限されきらない生徒たちの行動も、一見は教師から指導のもとに少なからずの統制を与えられているようには見えるかもしれない。

 しかし、教師は教師で教育指導要項の押し付けやモンスターペアレント、PTAからの突き上げにほとほと周りの人々の顔色を伺うだけの、聖職とは程遠い職場状況となっていた。

 

 そんな学校生活だから、自ずと産まれる弱者は教師にとって生徒たちのスケープゴートとしての役割が与えられ、えてしてそうして虐められるような生徒の親は良識ある常識人であったり、片親などの子供の学園生活に詳しく関与できるほどの余裕のない家庭の子供へと集まっていく。

 

 そしてそんな遊馬には、両親は居なかった。

 

 成績もさほどいいわけでもなく、スポーツも並程度。顔立ちも際立っているとは言い難い極めて平凡な彼は、守ってくれる存在が居ないという環境からイジメの対象になるのは必然だと言えた。

 少しばかり他の学友にくらべて、自由にできる金があったことが、彼の不幸の始まりだったのだ。

 

 ……きっかけから、躓き、転げ落ちる。

 

 遊馬が今の境遇になるまでには、半年と掛からなかった。

 

 遊馬は下駄箱を素通りし、カバンから上履きを取り出して履き替えると、そのまま靴をカバンに放り込んだ。どうせ下駄箱の中は、いつも通りに何かで満たされ異臭を放っているのだから、寄るだけ無駄なのだ。

 通り過ぎる学友たちは、遊馬を見かけると露骨に顔を顰めて道を開けた。同学年の者だけでなく、恐らくは後輩と思しき面識のない者も、遊馬への反応は同様だ。

 遊馬はそんな事は知ったことかと無表情のまま、自分が向かうべき教室へと足を進めた。登校する度に繰り返される日常になりつつある光景だ。遊馬はそれを不幸だと嘆くような真似をしたところで無駄なことも知っていた。

 二年生は校舎の2階に教室が割り当てられている。

 遊馬はいつものように階段を登り、踊り場から廊下へ出ると手前から三番目の部屋へと入る。そして教室に入りきったところでふうっと一息ついた。

 

 ざわめいていた教室が一瞬静けさに包まれるが、再び何事もなかったかのように騒がしくなる。クラスメートたちはそこまで大きな忌避感は見せないが、これはそこまで嫌われていないからではない。

 関わりたくないから、だった。

 まるでそこには誰もいないかのように振る舞うクラスメートたちは、遊馬にとってもはや触れられない幽霊にも似た何かのように写っていた。

 そこに確かに存在していて、手を伸ばせば触れられると分かっているのに、触れる瞬間に消えてしまいそうな予感。また、きっとクラスメートから見ても、遊馬という存在は居ない、見えない存在として扱っているのだ。


 そうしなければ、次の標的は自分自身になってしまうから。

 


  ◆◇◆◇ 



 何事もなく授業が終わり、だれとも一言も会話を交わさないままHRが終わる。

 遊馬は学具をすべて鞄へと片付ける。机の中に何かを残すことはなく、傷だらけの机に何かを置いたままにしようなどという気持ちも沸かない。

 出席早々に退けていた汚らしいワンカップの瓶に挿されたタンポポを、再び最初に置かれていたように自らの机へともどし、罵詈雑言が掘りこまれて治まり悪く斜めになった瓶を一瞥すると、教室を後にした。


 幸いにも今日は朝から彼らに出会うことが無かった。 校舎の玄関を前にして、それだけでも素晴らしいと感じられるくらいに、遊馬は消耗していた。


 「おい、どこ行くんだよホモ野郎」


 今日初めて学校で彼に掛けられた声に、遊馬の顔が醜く歪んだ。


 「ホモはキメえから学校にくんなっつったろうが?」

 「んだよ、今日もブタ沢をヌきにきたのか?」


 立ち並ぶロッカーの陰から、不意に三人の少年が顔を出した。口々に遊馬をなじりながら、下卑た笑いを辺りにばらまくにしたがって、遊馬の顔は恐怖に染まっていく。

 二歩、三歩と近づく三人は、遊馬を目の敵にいじめを繰り返している同学年の生徒だ。学校のカーストでは上位に位置する生徒であり、学業も運動も、さらには見た目も悪くない少年たちだったが、いかんせん性格に難がありすぎた。


 「おら……よっ……と!」


 内一人、芹沢亨せりざわとおるはひとしきり笑ったと思えば、とつぜん大きく跳躍してドロップキックを遊馬に見舞った。遊馬は声にならない悲鳴を上げながら倒れ、もっていた鞄を取り落し、中身があたりに散乱する。


 「クソが、きたねえもん散らかすなよ、なっ!」


 ふたたび亨は転がってうずくまる遊馬にローキックを浴びせる。痛がるとさらに殴られるので、ただただ無言で丸くなってやり過ごす事だけを考える遊馬に、もう一人の少年の柴田潤しばたじゅんが近づいて耳元で言う。


 「さっさと出せよ」

 「今日はいくらくれるんだ~い?」


 潤の言葉に被せるように、三人目の皿塚銀さらづかしるばが声を掛ける。遊馬は以前から、彼ら三人に強請りを受けていた。


 遊馬には両親が居ない。

 しかし、祖父母もすでに他界していたため親戚に引きとられる事になったのだが、親戚は遊馬と暮らす事をよしとはせず、結果として親戚一同から仕送りを貰いながら、一人で生きていかねばならなくなった。

 そうした経緯もあり、普通の中学生に比べれば少々小銭をもっていたことが、彼らの目に留まってしまったのだ。


 渡してしまうと生活ができない。


 しかし、渡さないともっとひどい目に遭わされる。


 先週まったく現金を持たないようにと対策を講じたら、全裸にされたうえに、彼らのいうブタ沢……小沢信二おざわしんじという小太りの少年を連れてきて、信二の一物をしゃぶらされる羽目になった。

 その光景はしっかりと動画に収められていた上に、遊馬は信二が絶頂に達し、吐き出された液体を飲みこまさせられたところで、ようやく解放されたという経緯があったのだ。

 撮られた動画は、とあるBLサイトに有料でアップロードされている。


 「お、財布はっけ~ん」

 「よしよし、今日は持ってきてんだな、っへへ」


 ぺたんぺたんと上履きを鳴らしながら、飛び散った鞄の中身から財布を見つけて喜びの声をあげる銀。拾い上げる銀とうずくまる遊馬を交互に見ながら喜色を見せる亨。「わかってんじゃないか」とつぶやく潤の言葉にちいさく身じろぎをする遊馬。


 「んだよ! 五千円しかねーじゃん!?」

 「それじゃ100ゼニーにもならねえな。おいおいおいホモ野郎、隠すとかマジなめてんのか?」

 「興ざめってヤツ」


 口々に文句を言いながら、遊馬を囲んだ三人は次々と蹴りを浴びせていく。踏みつけられ、詰られ、体中に新しい打撲痕を与えられること十分あまり。息が軽く乱れるまで暴行をふるった三人は、うずくまったまま全く反応を示さない遊馬に興味を失ったのか、不意に凶行を終えた。

 

 「仕方ない、これで新しい陣でも買うか」

 「お前、次は十万もってこい」

 「だな、十万もってこね~とブタ沢に挿れさせるからな」

 「おお、それナイスアイデア! おもしれえ!!」

 「そっちの動画でも稼げそうだな。それでいこう、ハハハハッ!」


 遊馬の財布から抜き取った五千円をひらひらと振りながら、三人はさっさと玄関から立ち去った。おそらく、遊馬から奪った金でゼニーを買い、魔道大戦のあたらしい陣魔法書を買うのだろう。彼らも魔道大戦をプレーしているのは遊馬も知っているが、確かまだ世界ランキングはおろか、日本のランキングでも中位から下の上位付近の強さだったハズだ。


 しかし、いまはそんなことはどうでもよかった。


 次会うときには十万円、十万円もの大金を用意しなければならないのだ。


 散らばった鞄の中身をかき集めた遊馬は、まるで何かに憑りつかれた様にふらふらと家路に着く。一歩一歩足を踏み出すたびに、殴られた場所がずきずきと痛んだ。口を切っているのか、生々しい香りと共に、血交じりの唾を吐き出す。


 こんな目に遭うのはどうしてなのか?


 だれがこんな運命を遊馬に課したのか?


 体中を駆け巡る痛みに、不意に足が止まった。帰り道に続くアスファルトが、春の陽気にかすかなぬくもりを残して遊馬を支えている。


 事故で両親を失わなければ。


 祖父母が生きていれば。


 もっと成績が良かったら。


 もっと運動神経が良かったら。


 もっと顔が良かったら。


 ――僕が、僕でなかったら、こんな思いはしなくて済んだのに。


 「……ふっ……ぐふっ……うぅっ……」

 

 遊馬は滂沱の涙を流しながら、声を殺して泣いた。ぽたぽたと落ちる涙はやがてアスファルトを黒く染めていく。こんな時まで泣きわめくことさえ出来ない自分に、ますます嫌気が指す。

 脳裏を渦巻く痛みが、苦しみが、遊馬に生きていくための希望を奪い取っていた。

 このつらすぎる世界から開放されるには。


 「……死のう」


 遊馬がその答えにたどり着くまでに、さほどの時間は掛からなかった。方法なんてなんでもいい、この苦しみから解放されるのなら、一瞬だけ痛みを感じるなんて何ほどの物だろうか。

 これから延々と彼らに嬲られ、尊厳を踏みにじられ、将来と生活の全てを奪われ続けてしまうくらいならいっそ死んでしまった方がマシだ、と。


 そう、思えた。



  ◆◇◆◇ 



 いつの間に家にたどり着いたのかは分からない。

 遊馬は自宅のワンルームにたどり着くと、制服もそのままに魔導大戦のコントローラーを体に纏い着けていく。両手、両足に加えて、ヘッドマウントディスプレイを装着し、マイクモジュールを口元に添える。

 傍から見れば椅子に座って点滴治療を受ける重病患者のように見えなくもないが、これが魔導大戦をプレイするための準備なのだ。

 すでにパソコン本体とゲームの起動は済ませている。各種コントローラーのキャリブレーションや音量調整を終えると、遊馬は魔導大戦の舞台であるミレニアム・キングダムへと踏み入れていた。

 

 降り立った場所は王都周辺の初心者用狩場として活用されている【バルバド平原】と呼ばれる場所だった。

 

 「あ、そういえばクエストの途中だったっけ」

 

 虚ろだった頭が少しだけはっきりしたのか、遊馬は今朝までやっていた事を思い出した。

 

 (えっと、ランドバットがあと五匹とグラスウルフ十匹の討伐だっけ)

 

 ノンアクティブモンスターのランドバットやグラスウルフは、バルバド草原に生息している設定だ。見回せばふわふわうろうろとしているそれらしきモンスターが見える。

 遊馬は手近なモンスターに右手を翳して狙いを定めると、最も初期の詠唱魔法を唱えた。

 

 「炎の弾(ヴリュダン)

 

 ヴリュダンを合わせる言葉で小さな炎でできた弾丸となる。初期魔法なのでかんたんな言葉だが、これが高レベルの物となると非常に複雑な言語を紡ぐことになる。

 

 ともあれ、遊馬が言葉を正しく発したために、構えた右手から炎の弾丸が飛び出し、ふらふらと飛んでいたランドバットに命中した。着弾した魔法はそのままランドバットを焼き始めるが、いくら初心者用狩場のモンスターとは言え一撃では沈まない。攻撃を与えてきた遊馬に反撃を加えるべく、ブスブスと煙をあげながら鋭い爪と牙を遊馬に向けてきた。

 

 「広刃氷の弾(トゥリュアニスダン)

 

 それを見た遊馬は手早く次の魔法を唱えた。

 先日覚えたばかりの詠唱魔法で、ニゼニーで購入できた初期に毛が生えた程度の魔法だ。トゥリュは広刃、アニスは氷、そしてダンである。

 結果は遊馬の前方に、横幅五十センチほどの薄い氷の刃が現れたかと思えば、またたく間に先程のランドバットにその刃を突き立て切り裂くと、次いで後方にいた数匹のグラスウルフを巻き込んで消失した。

 

 「おおっ、君上手だねえ!」

 「え?」

 

 不意に、遊馬の魔法を褒めるような声が掛けられた。

 振り向いてみれば、遊馬よりは良質な装備の男性アバターがそこにおり、「驚いた」というアクションをプレイヤーにさせられていた。

 アバターがプレイヤーの感情の起伏にあわせて都度表情を変えるなんてことはできないので、プレイヤーはコミュニケーションの一種としてさまざまなコミュニケートアクションを使い分ける。

 「わらう」「なく」「よろこぶ」といった基本的なアクションから、踊ったり勝鬨を上げたり、挑発したりと多種多様に用意されており、プレイヤー同士のコミュニケーションツールとして使われている。

 

 「あ、どうも……」

 

 遊馬はオンラインゲームそのものをする経験がこれまでなく、ゲーム内で会話をする行為も初めてだった。しかし、今は遊馬ではなく魔導大戦というゲームに作られたASMという名のアバターだ。

 別に日本語でも登録できるのだが、全世界のプレイヤーがログインする魔導大戦では、キャラクター名は英数字を推奨していた。

 

 「君は何人? 僕は日本人なんだ」

 

 フレンドリーアバターは、アバターの頭上に表示される名前が白色になっている事が普通だ。「ryzmiq」と書かれた彼の名前は白色だ、危険はない。

 パーティメンバーやプレイヤーキラーなどの場合それぞれに色が変わるが、このあたりの初心者ゾーンではパーティくらいしか見かけない。

 

 「あ、ああ、僕も日本人だよ」

 

 おっかなびっくり久しぶりの会話らしい会話をしてみるが、ここ三ヶ月くらいは誰ともマトモな会話をしてこなかったにも関わらず、まずまずの滑り出しではないだろうか。

 

 「見たところ初心者だね。どうして詠唱魔法ばかり使ってたの?」

 

 彼の疑問はもっともだ。

 先の動画にもあったように、魔導大戦のプレイヤーはそのほとんどが陣魔法を使ったプレイを好む。言語魔法は音声モジュールにそのまま言葉として入力して発動させるのだが、完全に新しい言語体系をもった魔法言語とよばれるシステムで構成されるため、総じて習得難易度が高い。

 おまけにグー○ル音声入力で検索させようとすれば分かるだろうが、正しく言葉を認識させるのはとても難しい。魔導大戦では、正しい発音で魔法言語を入力しなければ、発動しないばかりか誤爆の危険性があった。

 何か間違っていたのか、間違っているのか発動前に確認できる陣魔法と違い、その場で確認できない魔法言語を好んで使うプレイヤーは稀だ。

 

 そのため、多くのプレイヤーは二つ目の魔法を選ぶなら陣魔法、というのが一般的なのだ。しかし、どうやらそうした選択肢ではなく、わざわざ魔法言語でクエストを消化している遊馬が彼の目に留まったと言う訳だった。

 しかし、初心者プレイヤーである遊馬にそんな事がわかるはずもない。せいぜい強い魔法は陣魔法の方が多いのかな? 程度にしか思っていなかった。

 だから、遊馬は魔導大戦というゲームの世界ですら、弱い立場で甘んじなければならないと思っていた。

 

 「え?あ〜、、使いやすいから……ですかね」

 「……へえ、使いやすいのか。君はこのゲームいつから始めたの?」

 「あ〜と、昨日からです」

 「ははは、それじゃ本当に初心者だね。陣魔法は覚えてないの?」

 「陣魔法……ですか、苦手なんですよね……書くの」

 

 ryzmiqとの会話は思いの外楽しかった。チャットではなく言葉の応酬など、遊馬にとっては本当にいつぶりだろうか。そんな感慨に耽っていた遊馬に掛けられたのは本当に予想外な一言だった。

 

 「君さ、ウチのクランにおいでよ?」

 「……へ?」

 「僕の予想が当たっていれば、だけど、君はランカーにだってなれる可能性があると思うんだ」

 

 二の句も出ないとはこの事だった。

 陣魔法を買わなかったのは、初心者用陣魔法すらまともに使えないからだ。そんな遊馬が世界中のプレイヤーが憧れるランカーになんてなれる筈がない、そんなことは当たり前のことで、なによりもだれよりも、遊馬は自分が凡人の弱者であることを知っていた。

 そんな遊馬を捕まえて、出会って早々「君には隠れた才能がある!」だなんて、冗談にしてもたちが悪い。聞き及んでいる初心者刈りや、ゼニー詐欺ではないだろうかとさまざまな疑問が頭をもたげた。

 

 「……冗談ですよね?」

 

 不審というよりもやや怒りの籠もった言葉が口をつくのも致し方ない。つい先程までは死にたくなるほど自分が嫌いになっていた遊馬だ。その上ゲームの世界まで自分を否定されたら、と心の奥底で悲鳴を上げた。

 

 「あ〜、いや完全に僕のカンなんだけどさ。ちょっと聞いていい?」

 「……」

 

 アバターは無表情なので言葉の機微でしか感情の起伏はわからないが、明らかに不信感を持たれていると分かったのか、ryzmiqはおずおずと切り出した。

 

 「魔法言語に失敗したこと……ある?」

 「……いえ、ないですけど」

 「やっぱり。これは期待できるかもしれないな」

 

 怪訝な声色のまま返す遊馬の様子をそれほど気にすることもなく、ryzmiqはやたらと納得していた。相手の表情が読めないというのはこんなにも不安を感じることなんだな、と遊馬は感じながら、このおかしなプレイヤーの反応に戸惑っていた。

 

 「……っと、そういえばちゃんと自己紹介してなかっったっけ。ごめんごめん」

 

 あわてて思い出したように「謝る」アクションをしながら、ryzmiqは遊馬に向き直った。いい加減クエストも続けたいと思い始めていた遊馬は、次の一言で更にふっとばされた。

 

 「僕はクラン【Genocideジェノサイド】のリズミック。KICSキックスと同じクランって言えばわかるかな?」

 

 

 

 ――今……、歯車が回り始めた。

 

 

 

 

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