第93話 その男の名は
ぽいっと俺は京へと捨てられた。
「げほほほ」
体に力が入らない。かなり長い時間暴行されたからだろうか。目線を手に移す。手には複数のあざができていた。あざができるまで殴られたり蹴られたりしていたということか。
ああ、力が本当に入らない。
しっかし、あの武士達あんなに本気になって殴ったり蹴ったりしてくるなよ。バカなのか。バカなんだよな。
こんなこと考えている余裕があるから俺は死にはしないか。でも、こんな外で寝転んでいるというのはかなり危険だよな。
動けない状況の俺は盗賊からしたら絶好の獲物だ。カモだ。
「おい、そこの男何をしている」
男が出てきた。
1人だ。
盗賊でないことを期待したい。
「う、動けなくて。助けてください」
俺は素直に助けを求める。
「お、おう。わかったぞい。さあさあ、儂が連れて行ってあげるぞい」
なんか語尾が面白い奴だ。ただ、俺はうつぶせになっているから顔がよく見えない。誰なんだ。
だが、元気だったはずの俺は、どんどんと意識が薄れていく。
「あ、ありが……」
そこで俺の記憶は途切れた。
◇◇◇
「うぅ」
目が覚めた。
「こ、ここは?」
よくある白い天井の部屋で目が覚めた。そんなパターンではなかった。そもそもこの時代に病院はないのだから仕方ない。
俺が目を覚ましたのはかなり広い屋敷であった。誰の屋敷だろうか。
「おうおう、目が覚めたか」
俺は、声がした方を見る。
そこには猿顔の男がいた。
誰だろうか。いや、この男のことは知らないが、名前は分かる。猿顔という時点でなんとなくだがわかってしまった。
「秀吉、か」
「ほお、儂の名前を知っているか。そうだ。儂は羽柴筑前守秀吉じゃ。よろしくな」
やはり。
俺の前の前に現れた男は羽柴秀吉だった。
この人と初めて話した瞬間にこの人はすごい人だと思った。人たらしと言われているのがよくわかった。
「よ、よろしくお願いします」
俺はこの人についてみたい。
そう思えた。
「ところでお前の名前は何というか?」
「お、俺は小田忠志です。ただの農民ですかね」
「ほお、小田忠志ね。なるほどなるほど。君が、か」
その言葉から秀吉はどうやら俺のことを知っているらしい。
「俺のことを御存じで」
「ああ、知っているさ」
その言葉からはさっきまでの陽気さはなかった。かなり真剣な声。そして、さっきまでの高い声のトーンではなく低い声のトーンであった。
「そ、そうですか……どこまで?」
俺はおそるおそる聞く。
「どこまで、か。そうだな。お前も気づいているんだろ。俺が忍を使っているということを。だから、いろいろなことを知っている」
「そうですか。ならば、俺が滝川一益と共にいたことぐらい筒抜けなんでしょうね」
俺は、知られていること前提で話す。まあ、本当に知られているものだと思うけど。
「ああ、知っているさ。何なら君の女が柴田勝家の元にいることも知っているさ」
ほお。
何でも知っているな。
さすが、いろいろな情報網を持っているだけある羽柴秀吉だ。
「なるほど」
だが、今の俺はその言葉に対してこれ以上続ける言葉が出てこなかった。
「ところで、小田君。君に話がある」
秀吉が俺に話があると言い、一旦呼吸を整える。
「話?」
「ああ、話だ。君は柴田勝家に恨みがあるだろ」
「ええ、そうです。ありますよ」
俺は、秀吉の言葉に間髪入れず返答する。
柴田勝家の恨みを持っている。その恨みを晴らしてくれるならば……載ってもいい。
「で、何でしょうか?」
「小田。儂の配下にならないか?」
農民になる予定であった俺だが、秀吉の配下になるように言われた。
農民になるか武士になるか選択する時がやってきたようだ。
「俺は、農民がいいんですが……」
「ならば、一時的に儂の配下でいい。柴田を倒すまでの間だけだ」
「それならばいいですよ」
時限的な条件であれば断る必要など全く持ってなかった。今の俺は秀吉に付けば柴田勝家を倒すことができる。よし、この話は乗ろう。
「そうなら、よかった。はははは」
秀吉はとても機嫌がよさそうであった。
俺は、意図せず一時的に秀吉の家来になるのであった──
次回は16日18時です。




