第73話 その男
「なるほどね。あなたが私達の目的の人物、諏訪頼忠ね」
「え?」
俺は佳奈美の言葉に驚く。
この目の前にいる荒くれの武士が諏訪頼忠だと。
「で、でも諏訪氏って神官なんだから」
俺は諏訪氏について数少ない知識を頼りにイメージを作ってきていたためそのイメージとはかなり異なる目の前の人物を諏訪氏として見ることができなかった。
「神官といっても武士だよ。今の諏訪氏は。だから、こんな人物であってもおかしくはないよ」
「おいおい、黙って聞いていれば私のことを馬鹿にして。貴様らどこのもんだ」
威圧的に話してくる。
「私達のことは隠さずに伝えます。ただ、1つだけ確認したいことがあります。あなたは諏訪頼忠様で間違いないですよね?」
「……」
佳奈美の質問に対して沈黙であった。
沈黙は肯定。そういう認識でいいのだろうか。
「沈黙ということは肯定ということですね?」
佳奈美が問い詰める。
男はぐぬぬと追い詰められ観念したのか答える。
「ああ、私の名前は諏訪頼忠だ。貴様らの予想通りである」
男は自分のことを諏訪頼忠と言った。
つまり、佳奈美の予想は正しかったということになる。
その答えを聞くことができた俺らは自分の自己紹介を軽くする。
「では、私は歌川佳奈美」
「俺は小田忠志だ」
「う、うん? おだ? 織田?」
諏訪頼忠が俺の名字に引っかかる。
小田だが、それがどうしたんだ。俺はわからず疑問に思う。
「ああ、忠志君の名字の小田は常陸の小田氏の小田ですよ。小さい田んぼで小田」
佳奈美が俺の名字おだの漢字を紹介する。
「ああ、そうだったのか」
「やはり織田信長樣に兄頼豊様が殺されたことを恨んでいるのですね」
佳奈美が諏訪氏滅亡の時の話をする。
俺も前に聞いていた話であったので頼忠がどんな思いをしているのか想像することは簡単であった。
「ああ、だがその信長も死んだ。だからこそこの機会に河尻肥前守と弓削から私の旧領を取り返すんだ。そのためにわざわざ隠れ住んだ」
頼忠自身も旧領を取り返すためにひそかに行動をしていたようだ。
武士とは土地を大事にしている。だからこそ旧領を何としても取り返そうという思いが強い。だからこそ、俺らはその頼忠のためにも提案をさせてもらおう。
佳奈美任せた。
「私達は織田家家臣滝川一益の使いのものです」
「何!?」
佳奈美が織田家家臣と言った瞬間に殺気を頼忠は向けてきた。
さらに刀を出した。
俺らが追ってきた少女もいつの間にか短刀を出している。
臨戦態勢になっていた。
いつ、俺らが襲われてもおかしくはない状況であった。
「待ってください。話だけを聞いてください。私達を斬るのであれば話を聞いてからでも遅くはありません」
ええ。
もし、本当に話を聞いた後に斬られてしまったらどうするんだよ。
俺はそう思うも佳奈美を信じて黙り込む。
佳奈美なら何か秘策があるはずだ。
だから、頼むぞ。佳奈美。




