第44話 開戦前夜
「野村君……」
「どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ……」
「さあ、歌川よ。ここにいる壊れ果てた小田の心を救ってやれ。まあ、救うなんてたいそうなもんじゃないけどな。しっかし、小田は深く考えすぎなんだよ。こっちの世界に来ている時点ですでにパンクしていたと思うが……そこは察してやらないといけないか」
「……小田君。小田君」
「どういうことだ。どういうことだ……」
「反応がないわ。……やっぱりするしかないのね」
ちゅ。
「はっ! ……あああああああ、う、ううううう歌川なななな、何をやっているんだ!?」
俺は、急に歌川にキスをされて動揺していた。
しかも唇にだ。頬とかにキスではなかった。
そもそも俺は何をやっていたんだ。キスをされるまでの記憶が全くない。竜也の話をきちんと考えていたような気がするが……でも、記憶にないということは完全に俺の脳はパンクしていたということだろうか。
そんなパンクしていた俺を正気に戻そうと歌川は俺にキスをしたのか。でも、キスをするにしても何で唇に……
「ようやく正気に戻ったのね」
「正気……俺はどこか心ここにあらずな状態になっていたか?」
「うん。なってたわよ」
「それはごめん」
「それだけ?」
俺の謝罪の言葉に歌川は納得してくれなかった。
まさかそれだけしか私に言うことはないなんて訳ないよねと無言の圧力を感じた。
さすがにもう俺も気づいている。
もう誤魔化すことができないということが分かっている。
ここは戦国時代。
これから神流川の戦い。戦いの前に片づけられることは片づけておかなければならない。そう、俺が片づける、いや、やっておかなくてはいけないことがこれなんだ。
「歌川。俺はお前のことが好きだ。だから、付き合ってくれないか?」
「はい。私も小田君のことが好きなの。だから、喜んで」
俺の思いが届いた。
こんな形であったが。でも、付き合うことができたということはうれしい。一番気に食わないのは、竜也の力添えがあったことだが。
「竜也の手のひらで踊らされているようでそこが気に食わない」
「お前がいつまで経っても決意を決めないからだ。それにお前は本当に物事を深く考えすぎだ。考えなくてもいいことも考えている。だから、この家もそういうものだと思え」
「そうなのかなあ」
「そうだと思うよ。私も小田君はちょっと考えすぎだと思うよ。あっ、不快だったらごめんね」
「いや、構わないけど」
歌川が俺に遠慮しがちに竜也の意見に乗っかってきた。
本当に俺は考えすぎている。
そのことを否定することはできない。
「さてと、2人が付き合うことになったし、とりあえず俺的に解決すべきだと思っていた問題の1つが片付いてせいせいしているよ。そして、これからは小田、歌川俺らは全力で神流川の戦いを見守ることが重要だ。本当に歴史を変えることができるのかどうかは分からない。でも、変えることができるように努力をしなくてはいけない。だから、頑張ろう」
「ああ、そうだな」
「うん、そうだね。頑張ろうね」
俺と歌川は竜也の言葉に頷く。
俺達は再び滝川一益の陣に戻った。陣に戻るとそこには由良国繫と妙印尼がいた。俺達が頼んできた条件を受け入れ、直接に戦に関わることを伝えに来たところだそうだ。
由良が正式にこっちの陣営として戦に関わってくれる。
由良に対抗して小幡も急いで滝川の陣にやってきた。
由良、小幡と上野の有力な国衆が来たことで由良、小幡に負けたくはない土豪たちも我先にと滝川の陣にやってくる。
滝川軍の数は知らないうちに1万を超えようとしていた。史実とは圧倒的に数が違うと歌川が言っていた。
これほどの効果があるとはと、竜也も自分でも信じられないと驚いていた。
なにもかもうまくいっていた。
この先、何もなければいいと俺は思っていた。
ただ、油断はできないというのが現状だった。
何が起きるかわからない。
史実だと負けていた。
「滝川殿!」
伝令が来た。
「北条に動きありですっ! もう一度申し上げます、北条方に動きありです!」
「そうか……」
ついに関東における重要な戦──神流川の戦いが始まろうとしていた。




