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第38話 竜也の狙い

 「それじゃあ──まずは、由良の場所に行こう」


 ガクッ


 竜也の言葉に俺を含めて全員がその場で倒れるかのような反応を示した。

 それじゃあ、の後に続く言葉と言ったらもうこの事態を解決することができる作戦をもう考えてそれについて話すというのが流れであると思うのだが。

 竜也の言葉はその俺らの予想とは異なり、事態を後回しにしたものであったので呆れてしまったのだ。

 俺よりも竜也に呆れていたのが小幡だった。


 「野村殿、これはどういうことですか」


 「どういうことも何も案がまだ浮かんでいないのが事実です。それに由良がいてようやく何かこの事態を解決できる案が思い浮かびそうなのです」


 竜也の由良・・という言葉を聞いた小幡の表情は厳しくなっていた。

 おかしいな。

 もしかして、小幡と由良って対立でもしているのか。

 俺は小幡の反応を見てそんな風に考えた。


 「由良がいないといけないのか。小幡だけではまさか力不足とでも野村殿は言いたいのかっ!」


 後半は完全に小幡は怒っていた。

 そりゃあ、自分たちの力を頼ってきたというのにさらに別の人の力も必要ですと、本人の前で言われてしまえばメンツ的にもつらい。俺だってそんなことされたくはない。

 そう、俺だってされたくはないし、されたらいやなことだ。そんな簡単なことに竜也は気づかないわけあるか?

 竜也だったらこの場面でそんなことを言ってしまえば小幡が反発することぐらい容易に想像するはずだと思う。それなのに、わざわざ言った。竜也には何か別の考えがあるのか。

 歌川の方をちらりと見てみる。

 歌川は俺の視線に気づいたみたいで俺の顔を見てきた。その顔から「どうしたの?」と言いたげな表情をしていた。

 俺は長く歌川の顔を見ていると恥ずかしかったのでその反応だけを見てまた竜也を見た。歌川は竜也の狙いが分かっていない。それだけ確認できたので良しとしよう。

 では、どうして竜也があんなことを言ったのか。

 俺なりに考えてみよう。

 戦国の知識が薄い俺からしたら考えていることは見当はずれなのかもしれないが、竜也の考えが分からなかったらこの世界で生きていくこともかなり厳しいだろう。これからも竜也と一緒に行動をしていくのか俺は決めていない。それに武士にはあまり関わりたくはない。戦と無縁で過ごしたい。だから、もう一度農民に戻って農村で何事もなく農作物を育てていきたい。

 それなので考えてみようと思う。

 竜也の狙いを。

 竜也は小幡に協力を要請した。

 神流川の戦いで勝つためにだ。

 神流川の戦いについて詳しいことは知らなかったが、歌川に聞いたりしてあっさりとした内容だけなら学んだ。

 そのあっさりと学んだ内容をもとに考えていくことにする。


 「小田君も竜也の考えが分かっていないの?」


 「ん? ああ、そうだが」


 俺が考えを始めようとしたとき、歌川に声をかけられた。


 「私も思い浮かばないから一緒に考えない?」


 「別に構わないけど……」


 「じゃあ、考えよう。問題はどうして小幡上総介の怒りを買うとわかっていながらあの発言をしたということだよね」


 「歌川。小幡と由良って敵対関係にあるのか?」


 「いや、確かね。出自も違うし仕えていた主家も違ったから対立はしてはいなかったと思うけど、同じ上野の国衆としてどっちが上なのかというプライド的な問題だと思う」


 「プライド、ねえ。武士って本当にばからしいよな。そういうところ」


 「そうでもないわよ。それに近代史において日本陸軍とか完全にプライドの塊じゃない。そのことは近代史を専門にしている小田君なら嫌というほどわかると思うけど」


 「……確かにそうだな。すまない戦国時代のことが分からないからあまりにも武士を馬鹿にしすぎてしまったみたいだ」


 「まあ、その気持ちはわかるよ。自分の専門じゃないとわからないこと多いからね。私も近代史のことはほとんどわからないし、本音で言うと近代史の事大嫌いだから別に小田君の言ったことを怒る筋合いがないんだよね」


 「そんなことない! 俺の口が悪いだけだから。歌川は悪くない!」


 「……そうね。ごめんね。でも、どうしてこんな話をしているのだっけ?」


 「確か、竜也の狙いをお互いに話し合っていたんじゃなかったっけ?」


 「そうだったね。どうして竜也がわざわざ由良の名前まで出して小幡を怒らせたのか。そのことについて考えているんだったね」


 「歌川は思い当たることある?」


 「うーん、それは……思い浮かばないね」


 「それは拙者からも言わせていただく」


 「弥介?」


 「弥介さん?」


 「拙者からの意見として聞いてもらいたい。小田殿、歌川殿。小幡殿は由良殿とは面識はそこまで深くはないが、上野国の国衆としてどちらが上であるのか他の武士からの評判をかなり気にしている様子。とりわけ小幡殿は父憲重殿からいずれ上野国の名主になる存在になれと遺言で言われたそうであり、上野の名主となるためには小幡が邪魔だと一方的にライバル視しているとの噂です」


 「そんな話があったのか」


 「私はそんな話聞いたことがないから、正史として残らなかった逸話なのかな」


 「まあ、すべての話が後世に伝わるわけじゃないからな」


 「それを竜也は知っていたのか?」


 「実は、拙者が野村殿に小幡殿の話を尋ねられたので、この話を事前に野村殿に話していました。おそらく、野村殿はこの話を聞いて今回のこのような行動に至ったのだと思う次第です」


 弥介が俺達にここまでの経緯について教えてくれた。

 竜也は小幡と交渉する前に事前に小幡の情報を集めていたみたいだ。その過程で弥介にも小幡の情報を聞いていた。小幡の性格やその出自などを聞いた竜也は今回の行動に出たそうだ。

 これでなんとなくだが、竜也の狙いのすべてではないが、俺的に少し竜也の意図していたことが分かってきたような気がしてきた。


 「つまり、敢えて煽ることで小幡を本気にさせたということでいいのか」


 「多分ね。野村君もそれが狙いであの発言をしたのでしょ。それにしてももし、怒ったまま小幡が協力をするのを辞めてしまったらどうするつもりだったのかしら?」


 「どうせ、由良にできて小幡にできないのかとか言ってさらに煽るつもりだったのだろう。あいつ、意外と性格悪いし」


 「それ、後で本人に言っちゃうよ」


 「それは勘弁してくれ」


 「あははは」


 俺の言葉にからかってきた歌川は笑いだす。

 俺らは、とにかく竜也を信じるしかない。交渉をしているのは竜也。すべては竜也の交渉次第だから。


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