第18話 歴史研究部において
話は少し戻って、まだ俺が戦国時代にタイムスリップする前の話。
平成29年6月18日。
日本国群馬県前橋市にある県立東高校。
俺は、歴史研究部の部室にいた。そして、読書をしている。この部屋には俺以外に今一人しかいないので2人いるという状況だ。
「はぁ~」
俺は大きなため息をついた。
「小田君、突然ため息つかないでよ。まったく、もう」
「いいだろう、歌川。ため息つきたくなってしまうのだから仕方ないだろう」
俺は、自分が今読んでいる本がくそつまらなかったのでため息をした。もちろん、そのことを歌川に話すと「理解しないこともないけど、やめてよね」と言われてしまった。理解してくれるなら怒らないでもらいたい。
さて、俺に文句を言ってきたこの女は歴史研究部のメンバーの一人歌川佳奈美だ。慎重派159センチと俺よりまあまあ小さいぐらい。大きい目とロングヘアーがチャームポイントであると本人は言っていた。専門は戦国時代の今川氏研究。今川と言うと今川義元が織田信長に桶狭間の戦いで敗れたことが小学校の頃から社会の教科書に載っていたイメージから信長を引き立たせるための存在という印象しか俺は持っていない。しかし、彼女は本気で今川氏について研究をしている。I love IMAGAWAと本人はいつも言っていた。
「その本って、確か今一番売れている近現代史の本だよね」
歌川が、俺がつまらないと評価した本を覗き見て確認してくる。
「ああ、そうだ。一応、ここ最近の書店での売り上げランキングトップを走っている、『真実の太平洋戦争』という本だけど、思想が右に寄りすぎて中立的な立場で歴史を研究するとなると参考にはならないな」
俺は、本を机の上にバンと投げつける。
「こらこら、本は大事にしなさいよ」
歌川が投げつけた本をしっかりと回収する。回収すると言っても机の上に雑になった本をページがめくれた状態になっていたのでしっかりと畳んだ状態にしただけだが。
「つまらない本は別にどうなってもいい」
俺は投げたことについて全く反省などしない。つまらない本を買わされてむしろ作者に文句を言いたいぐらいだ。こんなくそみたいな作品をよくも俺に読ませやがって。
「人、それぞれ感性が違うから売れているのにはそれなりの理由があるのよ。いやなら、古本屋にでも売ればいいのに」
「古本屋にでも売るのはありだな。歌川ナイスアイデア!」
俺は、歌川の話に同意する。大きな声で興奮してつい叫んでしまった。そして、叫んだのと同時に
バン
と扉を開ける大きな音がして、1人の男が入ってきた。
「何がナイスアイデアだ。部室に入るなり何をいちゃついている」
「何もいちゃついていないぞ。やっかみはやめてくれよ竜也」
「そ、そうだよ。べ、別に小田君とは何にもないから。野村君変なこと言わないでよね」
部屋に入ってきたのは我が歴史研究部の副部長野村竜也だ。メガネが似合う男だ。しかも、身長は高いし、頭も良いしハイスペックな奴である。
そんな彼の専門は戦国時代の小田原城に拠点を置き関東を支配した(後)北条氏について研究している。とりわけ北条氏政・氏直の2人の政策についてやっている。最近その発表について聞いたのだが、北条は税が軽いとか、そんな農民向けの政策がよかったのだということを竜也に永遠と(と言っても時間にすれば2時間ぐらい)話を聞かされ続けていた。おかげで個人的にはまったくもって役に立つかわからない北条氏の知識が増えてしまった。
「「「こんにちはー」」」
部室に3人が入ってくる。2人は女子、1人は男子だ。
「こんにちは」
俺は3人に向かって挨拶をする。
入ってきた3人は全員1年生つまりは俺たちの後輩にあたる。ちなみに3年生はすでに引退して大学入試に向けての受験勉強に入っているので部室にはいない。歌川も野村も俺と同じ2年生だ。
今部室に入ってきた1年生3人の名前は、佐東桃子、河合雄介、水上真由である。専門分野は佐東が鎌倉時代、河合が江戸時代(本人は元禄でも幕末でも江戸時代なら何でもと言っていた)、そして水上が戦国時代伊達氏である。1年生はみんな研究したいことがばらばらだ。2年生は戦国に偏っているので逆に羨ましくも思えてしまう。
さて、歴史研究部の部員はこの1年生3人、2年生が俺、歌川、野村、そしてここにまだ来ていない部長の4人の計7人で活動している。
俺たちは再び各自、歴史研究部の中にある史料を読んだり、ネットから論文を引っ張ってきて読んだり、新書など自分の研究テーマの本を各自読み始めた。基本的に個人作業が多いのだが、たまにディスカッションというか言い合いのようなものが始まる。まあ、大抵の場合は誰かが誰かの好きな歴史上の人物をディスったことで始まる口論のようなものなんだが。こないだは明智光秀について争っていた。俺は明智光秀は嫌いだったので、その話をぽつりと本を読んでいる時に漏らしてしまったら水上に伊達氏研究のはずなのに明智光秀のすばらしさとか言われてずっと話を聞かされ続けてしまった。
俺は、水上の話の最後に泣きながら、いや正確には泣いていないが降参してこう言った。
「やっぱり、俺に戦国は無理です」
これが、俺の記憶に残っている苦い戦国時代についての思い出だった。




