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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第一章 竜の災禍、娘の禍根
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竜の災禍、娘の禍根 (六)

 先程と全く同じことを、今度はエイバヌらの前で言いなおしたフレイは、疲れた、と言わんばかりにアンスタータの横へと戻る。

 アンスタータは彼の頭を撫でながら、皆に向けて言った。

「まあ、この子の推理をあなたたちが信じるかどうかは別だけど。少なくとも私はレイがここまではっきりと断言した以上、この子の言った事が真実だと思っているわ。だからこれを持って『犯人探し』は終了するつもりよ。グレイスを問い詰めるのはマスター、あなたが適任でしょうね」

「……うむ。だが、まだ確定じゃあない。それが確定になるまで、この街に滞在して貰う事になるが、良いか?」

「ええ。じゃあ、短い間だったけど、マーリン、ドリー、さようなら。またいつか、縁が有ったら会いましょう。レイ、帰るわよ」

「にっ」

 言いたい事を言って満足したように、二人は立ち去り、後には『バヌ』の面々だけが残った。

 そして、沈黙が場を包む。

「グレイスが犯人……か。だとしたら、原因は新年祭のもめごとか?」

 エイバヌの問いに、マーリンが首を横に振った。

「それ以前から不和があったのかもしれません」

「というと」

「去年の末ごろ、あの二人が依頼を受ける際に少し揉めていましたよね。その時はちょっとした諍いでした。それが新年祭ではあの大喧嘩に繋がった……。きっと、その諍いはそれまでの二人の間にあった不和が、ようやく表面化したようなもので、一度表面化した以上それがどんどん進んでしまった。そう言う事なのではないでしょうか」

「…………」

 あり得るな、とエイバヌは頷く。

「グレイスの元に後で行く。お前たちも付いてこい」

「はい」

「畏まりました」

 マーリンとドリーはそれぞれに頷いた。

「さて、この件はそれで良しとしよう。で、ジリス。あの二人について調べは付いたか?」

「不完全ではありますが、おおよその形は見えてきました。ここで報告しましょうか?」

 言外に、マーリンとドリーに聞かせても良いのか、と問いかけるジリスに、構わん、とエイバヌは頷く。

「この二人に対する報酬の一つとしよう。あの二人がどんな人物で、何故自分たちが監視をしなければならなかったのか。そのあたりを補強するためにもな」

「解りました。では、報告します。アンスタータ・フーミロ。フレイ・マルボナ。あの二人組は、別の名で呼ばれている冒険者である可能性が高いようです」

「…………? 偽名と言う事か?」

「いえ、彼女にせよ彼にせよ、その名前こそが恐らく本名だとは思います。ただ……その本名よりも有名で、同時に無名な『別の名前』があるというだけで」

 有名で無名。

 そんな相反する、奇妙な状況。

「『名無しの竜殺し』」

 ナヴェンローゼ=フィンディエ。

 がたん、と。

 椅子が倒れる音がした……エイバヌが突然立ち上がったからである。

 エイバヌだけでは無い。

 マーリンも、ドリーも、そして少し遠巻きに聞いていたツエでさえも、驚愕に表情を染めている。

「馬鹿な……。何かの間違いじゃないのか」

「そうであって戴く事を、祈るばかりですけどね」

 肩をすくめてジリスは続ける。

「彼女が持っていた短剣……覚えてますよね。透き通るような金色の、刀身に柄がついただけのあの短剣です。それと同じものを、少年のほうも二つ、装備していました。それは見ていますよね?」

「ああ」

「直接手に取ったわけでは無いですし……まして現物を見たことはありませんから。だから断定はおろか比較すらできませんが、あれこそが『崇拝借剣(クロックナイフ)』である可能性が高いんですよ。もちろん、それだけでは単なる騙り、偽物という可能性もあります。が、彼女たちが本物であるならば、説明がつく事がいくつか出てくるんです。彼女が敢えてイェンナ商会を選んで取引をしている点。彼女たちに五大商会が監視を付けようとして、結局一日もたたずに退散した点。セントラ州のフーミロという、昨今では忘れ去られた名前を出した点。冒険者でありながら、何よりも名声を嫌うと言う点……」

 『崇拝借剣』。

 クロックナイフ、とも呼ばれるそれは、十二本で一つのセットとされる短剣で……その装備の存在それ自体は、ある程度知識のある冒険者ならば、一度くらいは聞いたことがあるかもしれない。

 一度くらいは。

 持ってみたいと、そう思ったかもしれない。絶対にそれが叶わない事を知っていても、それでもそう思ってしまう。

 なぜならば、それは冒険者にとって憧れの中の憧れ、雲の遥か彼方、天の上の更に先、それの所有者になるよりも英雄になる方がまだしも楽だと、そう認識されるほどの物なのだ。

 それの正体は。

 『原姿三竜』が一種族、全ての竜種の中で最も硬い鱗を持つと言われる『金剛竜』、その『竜鱗装備』である。

 原姿三竜の鱗を加工できるのは、世界にたったの一人だけ。代々『スケイル』の名を継ぐその武具職人だけ……。そういう意味でも、難易度は高いが。

 それ以上に、そもそも『原姿三竜』は過去にたったの二回しか、『竜殺し』の対象となっていない。

 たとえ、どんなに硬い鱗を、その硬さを犠牲にせずに加工する技術があったとしても。

 その素材が、そもそも流通しないのだ。

 これは特にその傾向が強いと言うだけで、何も原姿三竜に限った話では無いのかもしれない。

 上位竜種の鱗だって、流通するのは希である。流通したとしても極小量で、なのに途方もない値段が付く。

 中位竜種の鱗にしても、流通と言えるほどの取引は無い。一年に数回あるかどうかで、城が調度品と使用人を込みで買えるほどの値段が付く。

 低位竜種の鱗であれば、まあまあ流通はしているし……高額なりに取引はそれなりにあるが、それでもかなりの金額だ。

 だが、それらと比べたとき、原姿三竜の鱗と言うものは、やはり明らかに次元を画しているのだった。

 上位竜種の鱗は、世界のどこかで『竜殺し』が生まれれば、その時に入手できる可能性があるではないか……だから、たとえばそれだけで『国』が民も含めて丸ごと買えるほどの金額であるにせよ、値は付く。

 だが、原姿三竜はそもそも流通しない。

 それの『竜殺し』など、達成できる者などいないのだ。

 過去に二回だけ、それが果たされた事はあるけれど、最初にそれを果たした者は、原姿三竜の竜鱗を求めた冒険者たちによって殺されてしまった。

 二度目にそれを果たした者は、その存在こそ知られてはいるが、それがどこの誰なのか、その一切を公表されていない。

 性別も名前も年齢も、一人なのか複数なのか、どの国に産まれどの国で活動しているのか。そんな事のたった一つさえ、公式にはされていない。

 故に付いた名前が、『名無しの竜殺し』、ナヴェンローゼ=フィンディエ。

 『崇拝借剣』を含む『原姿三竜』の竜鱗装備の現物、を実際に所有しているとされる、非実在にも近しい実在するはずの誰か。

「公式には、『名無しの竜殺し』について、一切の情報がありませんけどね……ただ、噂話というレベルで良いならば、いくつかはあるのですよ。前例からその名声の全てを嫌った。然る高貴なお方から求婚され、それを断った。『崇拝借剣』を含む『原姿三竜』の竜鱗装備を持つ。『原姿三竜』はともかくとして、時折史上に流れる上位竜種の竜鱗の内、新たな竜殺しが産まれていないそれは、その『名無しの竜殺し』が獲得したものが大半で、何らかの独自のルートにより、身分を隠してそれを売り払っているということ」

 名声を嫌う冒険者。

 『崇拝借剣』。

 独自のルート……イェンナ商会。

 そんな人物の来訪。

 英雄ではなく伝説としての人物だからこそ、それが偽物であることを心の底からジリスは願う。

 しかし、恐らく彼女たちは本物なのだろう。

 二人で合わせて、『名無しの竜殺し』なのだろう。

 今回の一件を、流れるように解決したのも。

 いざという時でも問題が無いと彼女が断言したのも。

 それは、彼女たちが持つ圧倒的な戦闘力……『原姿三竜の竜殺し』たる彼女たちだからこその、断言だったのだろう。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 五人が、五人共に黙りこんだのは、あえてジリスが挙げなかった一つの噂……『名無しの竜殺し』という存在の最も有名な噂が故である。

 『その人物は、何処でかそれを察知して、遠からず竜の災禍に見舞われる土地を選んで拠点としている。だが、その人物は決して街を護らない。なぜならそれは名声につながるから』……。

 だからジリスは、偽物であってほしいと、そう願った。

 万が一、何かの間違いで本物だったとしたら。

 そして噂が完全ではないにせよ、一種の事実を示しているのだとしたら……。

「例えば……、そう、例えばだ。ジリス。あいつらが真実、『名無しの竜殺し』だったとして、竜種の襲撃がこの街で起きるとしよう。その時、あいつらに街を救ってもらうためには、どんな報酬が必要だと思う?」

「……私見でよろしいですか?」

「ああ。率直な意見を聞きたい」

「もし自分がその立場だったら……という意味での、私見ですが。どんな報酬を与えても、『名無しの竜殺し』は動かないかと」

「何故だ。たとえば、名声を嫌うならば、名前を伏せる……とか、そう言うのも報酬で約束すれば……」

 いいだろう、と言うエイバヌに、ジリスは首を横に振って否定した。

「報酬や契約によって約束するよりももっと確実な方法が彼女たちには有るんですよ。彼女たちが真実、本物だとしたら、その方法を取ることに彼女たちは一切躊躇いを持たないでしょうし……」

「確実な方法……? 報酬はともかく、契約よりも確実な方法など無いだろう」

「いえ、一つあります」

 ジリスだったら。

 おそらく、そんな割り切りは出来ないだろうけれど……もしあの二人が本物だったとしたら。

 真実、『名無しの竜殺し』だとしたら、容易く割り切るだろう。

「簡単ですよ。『死人に口なし』です。彼女たちは竜種の襲撃から民を『助けない』ことで……この街が壊滅した後に、その竜種を撃退すればいい」

「いやでも、そんな事をしたら、英雄じゃあなくなるだろ」

「だから、『英雄じゃない』んです」

 『名無しの竜殺し』。

 『竜殺し』は通常、それを達成しただけで『英雄』の要件を満たしてしまう。

 だからこそ、それらは『竜殺しの英雄』と呼ばれる事がほとんどだ。

 だが『名無しの竜殺し』には、敢えて英雄とは付けられていない。

 『名無しの竜殺しの英雄』では語呂が悪いから、というわけでも、当然ない。

 公式の場において記録される名称は、その全てが『名無しの竜殺し』に統一されている。その存在を英雄と呼称した場合、誤りであると公式に修正されるほどなのだ。

「『英雄じゃない』から、街を見殺しにすることに何ら問題は無いんです。英雄としての名声に縛られないということは、英雄としての責務が無いと言う事。守るべきを守るもなにも、そもそも守るべきものが前提に無い。その存在に取っては他人は他人に過ぎないし、国も大きな組織に過ぎない。だからその存在は、己の秘密を守るためならば、街を滅ぼすくらいの事はやってのけるでしょうね。流石に、自分から積極的に虐殺をしたら討伐軍が結成されますから、それをすることは無いと思いますが……竜種の襲撃を『利用』するくらいはしてもおかしくない」

「……、だがその場合でも、やはり虐殺になるんじゃないか? 何もしないことでいたずらに被害を増やした、と。そういう誹りは受けるだろう」

「それでも竜種が討たれれば、結局被害は『減ったことになる』じゃないですか。街をあらかた竜種が破壊し尽くした後にそれを討ったとして、確かにその存在がその場に居たならばいたずらに被害を増やしたと言えない事もない、というより間違いなくそう言われるはずなんですけど、そのあと竜種を討伐してしまえば『他の街に被害が及ばないように竜殺しをまたも達成した』、そう言う事になってしまう。それにその街にずっと居たと誰が証明できるんですか。『死人に口なし』ですよ。そこに確かにそれが居たと証言できる証人が居ない」

「商人なら居るじゃないか。五大商会はあいつらの存在に勘づいてたんだろう? だからこそこの街に人員を派遣した」

「そして即座に引き上げた。それはつまりこの街が滅ぶ可能性が否定できず、そこにとどまることで『巻き添え』を喰らいかねないからです。それに、商人の立場で思考してみてください……彼らがそこにその存在が居たと証言できたとしましょう。証言した者たちは、その存在を監視していたと言う事になりますよね。その存在は当然ですが、怒りますよ。『私生活に干渉しようとしていた』と。少なくともそれを証言した者の周りに利益……つまり竜鱗だとかに代表される高額な素材は一切流さなくなる。大商会は竜に由来する素材、鱗は武具や道具に、血は薬品に、様々な部位を様々に加工することで最大限の利益を得るシステムを作り上げ、それによって大商会と呼ばれているのです。その素材が手に入らなくなれば、どうなりますか。当然ですが新しい商品は作れません。そしてその上で、『本来自分たちが得るはずだった素材』を『別の商会が手に入れる』ことになる。商会の地位が転落する。たとえ五大商会が結託してそれを告発したとしても、そうなれば五大商会の全てが衰退し、新たな大商会の時代が来るだけです」

「利益の為に正義や大義を歪めると?」

「いいえ。商会にとっての大義とは『富を育む』ことであって『民を育む』ことではないんです。そこには一点の矛盾さえありません」

「つまり、この街が壊滅しても五大商会はもとより、他の商会の何れもダンマリか」

「それが商会だけで済むならばまだ救いがあるんですけどね……。竜種由来の素材を使った特別なもの、というのはかなりの需要が様々にある。国も黙認しかねませんし……、他の冒険者の店だって、黙認しかねませんよ」

「国……は、利害の問題であり得るとして。冒険者の店の方はどうだろうな。俺達が予め声をかけておけば、声をあげてくれるだろう」

 ふっ、と笑みを浮かべて、ジリスは力なく首を横に振った。

「無理です。『バヌ』だって商会から武具を仕入れているからやっていけてるんですよ。低位とはいえ竜鱗装備の取り扱いがある程度できるようになってきたのも、各種商会とのコネクションが出来たからなんです。この街が滅び、その原因が『名無しの竜殺し』だと告発した冒険者の店は、恐らく全ての商会から総スカンを食らうでしょうね。商会からのコネクションが無くなる。交渉が作れない。依頼も来ない。そんな店にどんな冒険者が専属したいと言いますか」

「正義感にあふれる『英雄』ならば」

「『英雄』だって……いえ、『英雄』だからこそ、より高位の竜鱗装備を持ちたいと思うのも道理でしょう。そのためには商会と仲良くしなければならない。敢えて喧嘩を売ることにメリットがありません」

「…………」

「要するに、良心のありかたが違うんですよ、『名無しの竜殺し』は。だからそれは英雄では無い。英雄では無いからそうなのではなくて、そういう性格だから英雄では無いんです。そして国も商会もそれを認めているからこそ、『情報が噂程度にしか流れない』。恐らく『バヌ』がその存在に辿りついたと言う事実さえも、徹底して隠匿されるでしょうね……。そのことをおおっぴらにしようとしたその時点で、取引をしている商会側からリアクションがあるでしょう」

 リアクション。

 それはつまり、余計な事をするな、という圧力。

「じゃあ、どうすればいい。俺達に出来ることが無いぞ」

「ええ。ありません。だから我々が取るべき手段は、ただ一つ」

 選択肢など端から無いのだ。

 そう、彼は結論する。

「気づかなかったことにする。その上で、あくまでも一介の冒険者として扱い……それ以上の事を一切期待せず、それ以上の事を一切詮索しない。そうすることで、かの存在に『口封じ』という選択肢を取らさないことでしか、街は、そして我々の命は守れないと言う事です」

 あまりにも分の悪い賭けだ。

 勝ち目はほとんどないようなものではないか。

「もっともこれらは全て、あの二人が真実、『名無しの竜殺し』であるならば……という前提に基づきます。あの二人がそれっぽいというだけで、まだ真実そうだとは限りませんし……」

「それこそ分が悪いだろうな」

 自嘲しながらエイバヌは言う。

「不完全ながらに、お前がそうだと思わせるだけの何かがあったんだろう。俺もあいつらには違和感を感じているし……それに、ツエだって何も言わない。ただああして黙って作業を進めている。あいつだって何かを感じてたんだろうさ……ただ、それを言語化できないだけでな」

 名無しの竜殺し、か、と。

 小さく小さく呟いて。

「マーリン。ドリー。今ここで聞いたことは、一生誰にも話すな。墓の下でさえもな。完全に黙秘を貫き通せ。それがお前たちにとって最善の道になるだろうよ」

 但し。

「あいつら自身が何かを言ったならば、そっちを護れ。俺達『バヌ』は一介の冒険者の店に過ぎない。俺達よりもあいつらのほうが、影響力はよっぽど高いのだから」

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