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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第一章 竜の災禍、娘の禍根
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竜の災禍、娘の禍根 (四)

 エイバヌが呼んだ冒険者は二人、どちらも若い純人だった。

 若いと言っても年齢的にはアンスタータよりも年上だし、その装備もしっかりとしている。

 一人は男。黒い髪に黒い目、プレートメイルに身を包み、腰には二本のしっかりとした剣が装備され、左腕にはバックラーを装備しているという、典型的な前衛型。

 一人は女。金の髪に青い目、ポイントアーマーで最低限の守りとしながら、その背中にはその女の身長とほぼ同等の大きな弓を背負っている。

 それを見て、アンスタータは特に変わりなく。

 一方でフレイはと言うと、

「わー! わー! すごいよ! タータ、ほら見て! 見て! 見て見て見て! 大弓だ! おいら二回目だよ実物見るの! すごいなんかカッコイイ! おいらも使ってみたい!」

 と、大はしゃぎだった。

 それはもう、単なる子供のように。

 年齢相応どころか、年齢よりもさらに幼く見えるが……。

 アンスタータはそんなフレイにものすごく適当な相槌で答えながら、しかしフレイが興奮するのも無理は無いかと判断する。

 大弓。

 それも身体と同じくらいのサイズとなると、流石にそれは珍しい。

 アンスタータも数度、それに近いものに触れたことがあるが、結局扱う事は出来なかった過去がある。

 弓は大きくなればなるほど重くなるし、弦もより強く重くなってしまい、矢を番えることすら儘ならなかったのだ。

 それでも訓練を続ければいつかは扱えるようになるだろうが、一体どれほどの日数が掛かるやら解らないし、そんな訓練を経て得られる戦闘力には、明確な限界がある。

 少なくともアンスタータはそう考え、大弓を扱う事を諦めていた。

「いいなー、おいらも使ってみたいなー。ねえお姉さん、その弓おいらにもちょっと持たせて! ちょっとだけ! あ、でも待って。その弓重い? おいらでも持てる? いやだって、持とうとして持てなかったらおいら潰されかねないし、そうじゃなくても弓を壊しちゃうかもしれないし。だから確認! でどうかな、おいらにも持てるかな、ねえねえ教えてよお姉さん!」

 そしてだんだんと鬱陶しくなってきたようで、アンスタータはフレイが着ているシャツの背中側をがっしり掴み、強引に引っ張り上げ、流れるような動作で首をがっちりと両腕でホールドしてからこほん、と咳払いをした。

「ごめんなさいね。突然この子が興奮しちゃって」

「いえ、それは構いませんが……ええと、アンスタータさん。その子、呼吸、出来てますか?」

「ええ。まあ例えできてなかったとしても、少し落しておかないと話が進みそうにないから……」

 ね、と。

 念入りにぎゅっとして、くたり、と身体から力を失ったフレイをテーブルの上に置き、アンスタータは改めて二人に向き直って言った。

「さて」

「待て」

 そしてそれに対して即座に、男のほうが突っ込みを入れた。

「大丈夫なのか、そいつ。完全にトんでるが」

「大丈夫よ。この子良く失神するの。戦闘向きの能力じゃないから仕方ないんだけどね」

 良く失神させているの間違いではないか、と深刻に考え始める二人組。

 その推測はあながち間違っていないのだが、アンスタータは気づいた様子もなく平然と続ける。

「改めて自己紹介するわ。アンスタータ・フーミロよ。そこの猫人がフレイ・マルボナ。私のパートナーね。見ての通り、レイは弱いわ。戦闘は私が基本的に担当する形になってるの」

「マーリンと申します」

 なんとか我を取り戻し、弓を携えた金髪の女は恭しくお辞儀をして名乗る。

「見ての通り、弓士ですわ。近接戦闘も出来ないわけではありませんが。低位竜種ですが、飛竜を狩った事が二度ほど」

 飛竜。

 竜種の中で最も階位の低い、最弱とも言われる竜種。

 それでも一匹で街を壊滅させることは容易だし、それを狩ることは冒険者でも中堅以上でないと安定しない。

 故に、中堅以上の冒険者は、その力を図る一種の目安として、その討伐回数を使う事がある。

 彼女も、そしてもう一人も、それは同じようだった。

「俺はドリー。普通な剣士だよ。俺も飛竜は狩ったことがある。まあ、一度だけだが」

「それでも経験は経験じゃない。心強いわ」

 アンスタータは満足そうにうなずく。

 実際、彼らの力量は中堅どころと言ったところだろう。

 ただ、それを裏打ちする経歴が無いというだけで。

 だからこそ、そんな二人がアンスタータたちの監視に選ばれたわけだ。

 比較的、安全に経歴を増やす事ができるし……そして、アンスタータたちがこの街を去った後にはなるが、この二人はその恩恵を受けるだろう。

「差支えなければでいいのですが。アンスタータさん。あなたは飛竜を何度ほど討伐されているのですか?」

 マーリンの問いかけに、アンスタータはさて、と少し考える。

 思い出すようにいちにいさんよんご、と数えていき、

「六度……かしらね、明確に狩ったのは。ちゃんと数えてないのよ。私たち、名声を嫌ってるの」

「名声を嫌う……? 冒険者なのにですか?」

「あなただって死にたがりという訳じゃないでしょう。私だって死にたくないし、ましてこの子を護らなければならない。名声を伴えば確かに、生活は楽になるでしょうし、色々な便宜も受けられるかもしれない。けどね。有名になるってことはその分だけ危険な依頼をこなさなければならないってことでしょう?」

「なるほど……?」

 解ったような、いまいち解らないような。

 マーリンは曖昧に頷いて、完全に気絶しているフレイに視線を向ける。

 危険なのは冒険よりも、その彼と恐らくは常にいるであろうアンスタータ自身なのではなかろうかという深刻な懸念を抱きながら。

「今回は、そうね。可能ならば戦闘は避ける、起こさない方針で手を打つつもりなのだけど、その点、マーリンにドリーは良いかしら?」

「俺らとしても無意味に危険に突っ込みたいわけじゃねえよ。アンスタータ、お前たちに同行してるだけで実績がもらえるってなら、特に余計な事をすることもないだろう」

「そう。それは良かった」

「ですが、一つ確認をさせてください。犯人を特定できたとして、その犯人を確保するにあたって、やはり戦闘は起きてしまいますよね。そのあたりはどうするおつもりですか?」

「戦闘は起こさない方針……それが答えになるでしょう。補足するならばこれね」

 言いつつ、アンスタータはベルトに括りつけられた小ビンを一つ取り外し、ことり、とテーブルの上に置く。

 ラベルには何も書かれていない。ただ、黄色いシールが貼られていた。

「これは?」

「以前レイがお遊びで作った『薬』の一つよ。パララグラス、サンヘルムとかの薬草全七種を特殊な配合で煮詰めたもの。レイは戦闘が苦手だってことを自覚してるから、あの手この手でそれを解決しようとして、その一つのアプローチが、『薬品』だったのよ」

「……アプローチ、解決のための成果物なら、お遊びってのは失礼になるだろう」

「いえ、お遊びよ。彼が本当の意味で目指した『薬』は完成が遠かったの。で、彼曰く、『もう何やっても作れそうにないし、気分転換に適当に色々混ぜたら何かできないかなっておもってやったらね、なんかできたよ! おいらすごい!』」

 なるほど、たしかにお遊びだ。

 そして絶妙に声真似が全く似ていない。

 微妙な感想を抱きつつ、ドリーは頷いた。

「それで、どんな薬なのですか?」

「完全な意味で無味無臭。人間だと、一滴でも経口摂取したら十秒と掛からず効果が出るわ。超速効型の『昏睡薬』よ」

 昏睡薬。

 ほとんど毒に近しい、しかし分類としては薬だと、アンスタータはフレイに聞いている。実際はどうなのか、微妙なところだった。

「ビンの中身全部を一気に飲んでも死にはしないわ。そう言う意味では安全極まるわね。十秒掛からずに『全身の感覚を失って』、『昏睡する』。今回は犯人を特定できれば、その後はこれを使って昏睡させる。あとは縛り上げて『バヌ』に運んで、終わり。それが望ましいわね」

「なんていうか……。麻酔薬ってあるだろ。ほら、傷口の処置をする時に使う奴」

「ええ。それが?」

「あれってさ、無いよりはましだけど、患部の近くに注射したり直接振りかけたりしねえといけねえ。その上で、量を間違うと命の危機もあるし、あんまり大規模な処置をしたら痛みが出たりするせいで、あんまり使ってる医者がねえよな。けど、その薬なら、なんだろう。ものすごく安全に、しかも完全に麻酔できるんじゃねえの?」

「そうね。でも、それだと効果時間がちょっと不安かしら」

「どのくらい持つんだ」

「半日くらいよ」

「いやそれ、十分すぎるだろ」

 呆れた、と。

 ドリーは大きくため息をついて、核心を突く。

「それを売るだけで一財産になるんじゃねえの? それこそ、冒険者なんて危険なことをしないでも、安全に暮らしていけるほどに」

「そうですわ。アンスタータさんはともかくとして、フレイくんは、むしろそれを作ることで生活したほうが安全だと思いますけれど……」

 そうねえ、とアンスタータは頷いた。

「それができるなら、してるんだけどね」

 でも無理よ。

 小ビンを改めて手に取りながら、アンスタータは理由を告げた。


 暫くの後、意識を取り戻したフレイが会話にまざりこんでくる。

 アンスタータがその薬を使うという事を聞くなり、やや憮然とした表情でフレイは尻尾を揺らした。

「ものすごい適当だったから、分量とか覚えてないし、計ってもないんだよね。おいらでも同じものは二度と作れないんじゃないかな。まあ、また適当に作って、偶然同じものができるかもしれないけど」

 それは、フレイ・マルボナという少年の本質の側面を顕していた。

 適当に逃げると、なぜか思っていたものと違うものが出来てしまう。

 しかし適当に作っているが故に、それを再現する事が出来ない。

 いわば成功と言う名の失敗であり、その度に彼は、あらゆるものを諦めてきたのだ。

 毒薬も、その昏睡薬の生成に成功したことで諦めてしまっていた。調合自体は今も時折しているが。

「おいら、基本的に何事にも才能ないからねー。タータに守られないとなんにも出来ないし……」

「あら、あなたのギターがないとあの戯曲は出来ないけれど」

「に」

 そんな簡単なフォローであっさりと機嫌を戻し、フレイはにへらと笑ってうんうんと頷いた。

「それで、その薬を使うのは良いけどさ。無味無臭だし、一滴でも人間程度なら問題ない効果はあるし、何かに混ぜても問題ないし。毒薬じゃないからいわゆる解毒薬もきかないよ。でも、犯人を見つけられるかどうかは別問題だよね」

「そうね。といっても、かなり人は限られていると思うわ。まず第一に、私たちはアンディ、グレイスという冒険者がどの程度の強さなのか、その真価までは知らないけれど、新年祭のあの日の喧嘩を見る限り、それなりにできる冒険者だってことは解ってるでしょう。そんな彼らを殺しきるには、相応の実力が必要ね」

「確かに。それに、『抵抗』はしても『反撃』は出来てなかったぽいしねー。アンディとグレイス、その二人よりも一段上って感じかな?」

「あるいは、二段上の可能性もあるけれど……」

 それは考えないで良いでしょう、アンスタータはそう言って三人に同意を求めると、フレイはあっさりと頷き、他の二人は曖昧に首を傾げた。

「何で考えないで良いんだ?」

「簡単よ。『英雄』になってしまう」

 と、質問をしたのはドリー。アンスタータはさして気にした様子もなく、そして隠す事でもないからと、即答した。

「『英雄』が殺しをしないとは私も断言しかねるけれど、さすがに『英雄』、もしくはそれ以上の力を持つ者には、よほどのことがないかぎり名声が付いて回る。きっちり行動したとしたら目立ち過ぎるわ。お忍びをするにせよ必ず限度があるのよ。そしてそんな人物がこの街に居るとは聞いたことが無いし、この街の近くに居るとも聞いたことが無いわ」

 だから、二段階上では無い。

 一段階上だ、と断定して、アンスタータは何処から取り出したのやら、短剣を手で弄るようにして、その刀身を露わにする。

 その短剣は、フレイが装備しているものと全く同じ形のものだった。

 材質も恐らくは同じだろう。透き通るような薄い金色、刀身に柄がついただけの簡素な装備。

 およそ一般金属ではたどり着けないような苛烈さを、マーリンとドリーはそれから感じる……特殊金属か、あるいは。

「犯人が英雄でない以上」

 すっ、と短剣を空中に放る。重力に抗う時間は僅かで、短剣は当然、空中から落ちてくる。

 落ちる時、短剣は切っ先を下になっていた。恐らく精密な調整がされているのだろう。

 アンスタータは人差し指と中指の間で刀身を横から挟みこむようにして、それを受けとめ。

「最悪戦闘が起きたとしましょうか。私とフレイだけじゃどうしようもなくても、あなた達が居ればこっちにに負けは無いのよ。もっとも事後始末が面倒になるから、可能な限り穏便に済ませるつもりだけどね」

 ぞっとするような笑みを浮かべて、そう言った。

「それじゃ、調査を始めましょうか。本来ならばグレイスからの聞き取りがしたいのだけど、意識を取り戻すまで待つのは時間の無駄だし……現場の二つの確認と、アンディの遺体の傷の確認ね」

「ええ。わかりました」

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