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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第一章 竜の災禍、娘の禍根
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竜の災禍、娘の禍根 (三)

 数日後。

 それは夜、アンスタータとフレイが食事に出かけて、そこから宿へと帰る、僅かな距離においてだった。

「あれ?」

 と。

 フレイが首を傾げて立ち止まり、素っ頓狂な方向を眺める。

「どうしたの、レイ」

「んー……。なんか、血の匂いがする」

「血?」

 フレイが敢えて指摘すると言う事は、大概の事件が起きている可能性が高い。

 そう判断し、アンスタータはフレイが眺める方向を向き意識を集中させる。

 特にこれと言って異変は感じられない。大概の事件ではあっても、アンスタータが待っているようなものではなさそうだ。

「どうする、タータ。一応見に行った方が良いかもしれない」

「あなたが言うってことは、私たちの知ってる人ってことかしら?」

「どうだろう。おいらもそこまでは特定できないけど……。でも」

「でも?」

「かなり出血してると思う。手当は早くしないとだめだろうし」

 よほど血の匂いが濃いと言う事か。

 アンスタータはフレイを抱きかかえると、フレイは当然のように指で方向を示す。

「街の中だけど、隅っこだよ」

「解ったわ」

 かくして、アンスタータはフレイを連れて、彼が感じたという血の匂い、その現場へと、一分足らずでたどり着く。

 現場は人気のない裏路地で。

 そこには、いつか見た猫人の女が血塗れで倒れていた。


「発見が早かったおかげだな。なんとかグレイスは一命を取り留めそうだよ」

「そう。それはよかった」

 エイバヌはそう言って二人を労う。

 『バヌ』に運び込まれたグレイス、猫人の女は、そのまま医者へと運ばれて、そこで治療を施され、なんとか命は救われたらしい。

 それを聞いて心底安心したという様子のフレイと、対して態度を変えないアンスタータだった。

「タータも少しは安心すればいいのに」

「私はあなた以外はどうでもいいしね……。大体、あなただってあの猫人の人、グレイスさんだったかしら、彼女とさして接点が無いでしょうに」

「おいらと同じ猫人だよ。それだけで縁はある。……かもしれない」

 随分と薄い縁だった。

 随分と両極端な二人だな、とエイバヌは改めて思わされる。

「でもさ、あの人、結構強い人だよね。おいらなんかじゃ相手にならないくらいに。誰がやったんだろう」

「それが解れば苦労はしないでしょうね。実際、『バヌ』の方でも調査は始めてるのでしょうけど、どうなの?」

「今のところ、あの傷は短剣で付けられた、と言う事くらいしか解らんな」

 つまり何も分かっていないより若干マシ程度だ、とエイバヌは言う。

 だからと言って、何も分かっていないわけではない。

「ただ、フレイ、お前が言った通り、グレイスはこの店でもトップランカーだ。王国って単位で見てもかなりの腕の冒険者だろう。グレイスをあそこまで痛めつけられる奴はそう居ない」

「なるほど。最近トラブルがあったとか、そういう話があればそこから探せそうだねー」

「…………」

 トラブル、と言えば、新年祭のその日、アンスタータとフレイが報告したそれがある。

 グレイスは冒険者としての相棒であるアンディと喧嘩をしていた。そしてアンディとグレイスはほとんど同じくらいの力量だ。だからこそ相棒として成立していたのだが。

 ならばグレイスを痛めつけたのはアンディである可能性は、まあ、否定できない。

 聊か愚直に過ぎる気もするが、それでも現時点でこの街にグレイスを傷つけられる者はそれこそアンディくらいしか居ない……が、だとしたらやはりアンディでは無いと言う事になる。

 グレイスを傷つけられるのがアンディしか居ないというのは事実でも、それは逆もまた言えることであり、アンディを傷つけることが出来るのはグレイスくらいしかいないのだ。

 彼女の性格上、やられっぱなしと言う事は無いだろう。力量が同じくらいである以上、確かに不意を打てば一方的に攻撃もできるだろうが、それは己の得意武器を使った時の話だ。

 アンディは大きな武器、長剣や大剣、戦斧などの取り扱いは国でも有数だが、その半面で短剣などの小さな武器の扱いには不慣れで、それこそ中堅程度の冒険者と渡り合える程度だ。

 それでも十分強いが、グレイスを相手取るにはかなり劣る。

 いくら不意をうったにしても、グレイスを一方的に傷つけることは難しいだろう。

「ところで、お前たちはどうしてグレイスを見つけたんだ」

「血の匂いがしたからだよ?」

「そうか……」

 当然のように答えるフレイに、エイバヌは少し考える。

 血の匂い。まあ、猫人に限らず半人半獣の多くは五感に優れたりするし、それ自体は一概におかしい点ではない。

 だが、余りにも都合が良すぎるな、と思うのもまた事実だ。

 大体この二人組からは未だに違和感を感じ続けている。

 たかが違和感、されど違和感。ここまで続けて感じると言う事は、外面には表れないような何かをこの二人が隠している事は明白だ。

 何を隠しているのかは、依然として解らないが。

「マスター」

 と。

 そこにジリスがやってくる……その表情はすぐれない。

「どうした、ジリス」

「アンディと連絡が取れません」

「そうか……」

 方法は解らない。

 だがこの状況、この手札。

 グレイスを痛めつけたのはアンディであると判断するのが妥当だろう。

 エイバヌは自然とそう結論し。

「ねえ、マスター。アンディって、あの時、えっと、グレイスさんだっけ、彼女と喧嘩してた純人の人?」

 と、フレイの今更な確認を受ける。

 何か手掛かりでもあるのだろうか、そう思いエイバヌは頷いた。

「その通りだが。どこかで見たか?」

「ううん。見てはないよ」

「なんだ。じゃあ、単なる確認か」

「んー……」

 どうも曖昧な感じのフレイの態度に、エイバヌは少しいらつくが、フレイの横でアンスタータはより直情的にそのいら立ちをあらわにしていた。

 具体的にはフレイの頭をぺち、と叩いた。

「痛い……」

「痛い……じゃないわ。で、レイがそれを確認したって事は、見ては無いけど何か感じたんでしょ。言いなさい」

「うん。意識して初めてって感じだけど。えっとね。そのアンディって人、たぶんもう居ないよ」

「居ない?」

 ジリスが怪訝な表情で聞き返すと、フレイは珍しく真剣な表情になって頷いた。

「それはこの街に、という意味か?」

 エイバヌの確認に、フレイは首を横に振る。

「違う違う。その人は、もう居ないの」

「もう居ない、じゃ解らないわ。具体的にどう居ないのか言いなさい。怒らないから」

「え、本当に怒らない?」

「ええ。隠し事をするならば怒るけれど」

「じゃあ大人しく言うね。アンディって人、たぶん昨日の段階で、もう『この世に』居ないよ。昨日の朝だったかな、血の匂いがすごかったし、今は死臭がするもの」

 にっこりと笑みを浮かべてフレイが答える。

 それを見て、エイバヌが、ジリスが、表情を凍らせる。

 そんなどうしようもない空気の中。

「レイ。その死臭、どこからするのかしら?」

「街の外に、ほら、小川があるでしょ。その小川を超えた先に何本か樹が生えてたはずだけど、そのあたり!」

「そう」

 うん、と頷いて、アンスタータはフレイの頭をなでる。

 それで褒められたと思ったのだろう、フレイはどこか抜けた笑みを浮かべ、瞬間、アンスタータはフレイの頭をなでていた手をグーにして思いっきりフレイの頭部を殴りつけた。

 ごづん、と音を立ててフレイがその場に突っ伏す。

「そう言う事は早く言いなさい、レイ」

「怒らないって言ったのにー……」

「殴らないとは言ってないわ」

「ぼーりょくはんたい……いたい……」

 突っ伏したまま涙目になるフレイに、アンスタータは冷たい視線だけを向けていた。

 そしてその証言を元に捜索が行われた結果、フレイの言った通りの場所で、アンディの死体が発見されたのだった。


 アンディの死体は、グレイスがそうであったように、やはり短剣によって攻撃された痕跡が多かった。

 恐らくは同一犯だろう。そしてアンディが装備していた斧には抉れたような痕跡があり、それを見てエイバヌは事態の深刻さを悟らざるを得なかった。

 抉れた痕跡がある、つまり彼は抵抗をしたのだ。そしてその上で敗北した。

 アンディもグレイスも、この店のトップランカーだ。この店において彼らを超える力量の持ち主はいない。

 それはつまり、その犯人に対する手段をこの街は持ち合わせていないと言う事だ。

 対策をしようにも対策が出来ない、調査をしようにもそれで犯人を刺激して、無差別に殺しを始められた日には打つ手が無い。

 かといってこのまま放置するわけにもいかない、二進も三進もいかないこの状況。

 方針を決めかねて、『バヌ』のマスター以下運営側の三人、エイバヌ、ジリス、ツエは沈黙したまま、街の地図を眺めていた。

 他の街の店に救援を要請する、それは前提だ。だが要請をして依頼として受けてもらい、それぞれの冒険者の店のトップランカー格がこの街に到着するまでにはどうやったって数日は掛かる。

 この数日間で手遅れになる可能性を考えると……方針は愈々、決まらない。

「状況から言えば、あやしいのはあの二人組なんだがな……。あの二人組が来てから事件は起きたし、あの二人組がどっちも最初に見つけている」

「…………」

 エイバヌの言葉に、ジリスもツエも沈黙によってそれに同意した。

 そもそも、あの二人と渡り合えるだけの力があるのかどうか。

 あったとしても、何故そのようなことをしたのか、その理由が付かない。動機らしい動機が付かないのだ。

 敢えて挙げるならばその二人が居る限り高難易度の依頼を受けられない……とかだろうか?

 さすがに無理がある。

「お困りみたいね」

 と。

 そんな声にはっとして三人が入口へと視線を向ける……すると、丁度その二人組が入って来たところだった。

 アンスタータとフレイだ。

 アンスタータの装備に変わりは無く。

 しかし、フレイは短剣を二本、腰の両側に一本ずつ、装備していた。

「マスター。取引しないかしら?」

「取引?」

 怪訝な表情で聞き返すと、アンスタータは頷き妖艶な笑みを浮かべる。

「ええ、取引よ。私たちがあの二人を殺傷した犯人を、可能ならば捕えるという取引」

 可能ならば。

「それが出来ないならば?」

「殺すしかないでしょうね。もちろん、私たちが返り討ちにあう可能性も否定できないけれど……。でも正直言って、この事態には私たちも困ってるのよ」

「困る、ね。何に困ったんだ」

「簡単よ。どっちも最初に気付いたのがレイだった。そしてその二人が死んだり傷を負ったのは私たちがこの街に来てから。要するに怪しいのって私たち二人なのよ。実際、マスターたちも真っ先に疑ったのは私たちでしょ?」

「…………」

 沈黙。

 それは、この場合もやはり肯定だった。

「疑いは晴らしておかないとね……私もレイも有名になることは望んでいないの。それが高名にせよ悪名にせよね。だから、取引をしましょう。私たちは犯人をどうにかするわ。可能ならば捕えて無理ならば殺してここに持ってくる。だから『バヌ』はそれが成功した時、私たちに報酬として金貨を支払ってもらうわ。但し、その価格はそっちで指定して貰って結構よ」

「極端に安くても良いと」

「ええ、構わないわ……私たちは『正当な報酬』を望んではいるけれど、状況が状況だもの。私たちの事を『有名にしない』でくれるならば、それで結構よ」

 なぜそこまで名声を拒むのか、エイバヌは真剣に考え込む。

 名声というものは無くて困ることはよくあっても、あって困るものではない。

 冒険者ならば尚更だ。

「条件が一つある。その条件を呑んでももらえるなら、アンスタータ、お前の提案に乗ってやろう」

「ええ、条件を言ってみて頂戴」

「何故お前たちは頑なに名声を拒む? それを教えろ」

 もしその理由が、例えば悪名を拒んでいるならば。

 他国で指名手配されているだとか、何らかの罪を背負っていて、だからこそ名前が広がることを拒絶しているのであれば。

 それはある意味、自然な事だ……それが自然であることと、それを認めるかどうかは別として。

 アンスタータは少し思案して。

「それを説明する事自体が、私たちにとっては問題になり得るわね……犯罪者というわけではないし、レイはあまり関係ないのだけれど」

「何?」

「あはははは。タータは指名手配こそされてないけど、ほとんどその寸前だもんねー」

「レイ」

 何がおかしいのか、フレイは笑いながら暴露する。

 当然、そうアンスタータは咎めるが、フレイは言葉を止めなかった。

「タータ。冒険者の店のマスターとかやってる以上、いずれ辿り疲れるし……だから、正直に言っちゃおうよ」

「…………。そうね」

 結局。

 フレイに説得される形で、アンスタータは居直り、エイバヌらに三歩近づくと、小さな声で何かを伝える。

 エイバヌはそれを聞いて暫く吟味するように考え込み。

「なるほど、そういう事情か。確かに指名手配寸前ではあるな……」

「ええ。もっとも、それを証明する手段は持ち合わせてないわ。だからマスターが私の事を信じてくれるかどうかは、結局のところマスター次第よ。私たちを罪人だと思うなら、私たちに監視を付けたらどうかしら」

「監視?」

「手伝えとは言わないわ。そっちの冒険者の店から一人か二人か出してもらって、私とフレイと一緒に行動して貰う。調査を手伝う、そういう名目でね。どうかしら、そっちの冒険者にも経歴を付けることができると思うのだけど」

「……なるほど」

 したりと笑みを浮かべ。

 エイバヌは軽く手を挙げた。

「一人、か二人。お前たちに『付ける』奴を呼ぶから、少し待ってくれ。三十分もかからないだろう、それでも良いか?」

「ええ、それでマスター、あなたが納得できるならばね」

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