竜の災禍、娘の禍根 (二)
陽が昇った頃、『バヌ』において調整役を任されているジリスは、此度の盗賊団撃退の件についての情報を他の冒険者の店と共有する一方で、あの二人組、『アンスタータ・フーミロ』と名乗った純人の娘と、『フレイ・マルボナ』と名乗った猫人の少年についての情報を求めた。
もっとも、署名が無いというのはなかなかに厄介で、偽名や騙りの可能性が出てきてしまう。また、彼女たちが言った通りに真実、どこにも専属していないならば、それまでの冒険に関する情報の一元管理も行われていないのだから、得られる情報はそもそも断片的に過ぎるだろう。
それでも、全く調べないというのも話にならない。無理な話とは解っていても、ジリスとしては確認を取ったのだが……これが、意外と集まった。
いや、冒険者的な情報はいまいち集まらなかったのだが、思ったよりかはよっぽど集まった。
調べておいて正解だったと思う反面、つまり、ジリスと同じような立場に立たされた者が多いと言う証左だと思うと複雑な気分にもなる。
ともあれ。
アンスタータ・フーミロ。
十九歳、独身、純人、女性。
産まれはノルズ州、アバルシー領。一応は犬人のワンエイス……事実上、ほとんど純血に近い純人。
冒険者としての実績らしい実績は無い。
戦闘スタイルは、実績が無い上、冒険者階位検定の受験もないため、不明。
冒険を始めたのは、遅くとも三年前。但し、それ以前についても記録が無いだけで、冒険をしていた可能性は否定できない。
ダンスが得意。表現力が豊かである。そのダンスはヒトのみならず、あらゆる存在を魅了するだろう。
フレイ・マルボナ。
十三歳、独身、猫人、男性。
産まれは不明。猫人の純血に限りなく近いと推測されるが、家系は特定できていない。
冒険者としての実績らしい実績はない。
戦闘スタイルは無し。不明ではなく無しというのは、戦闘能力が無いと考えられているため。実際には隠しているだけかもしれない。
冒険を始めたのは、遅くとも三年前。アンスタータと同時に名前が残っており、少なくとも三年前からその二人は共に旅をしている。
ギターを嗜む。唄も得意。明確に曲として弾いたり唄ったりできるのは一つだけだが、鼻歌程度に即興で音楽を奏でることがある。
とまあ、こんな感じの情報が集まった。
ので、それを当然、エイバヌに報告したのだが。
「おい、ジリス。それ、旅芸人の間違いじゃないか」
と、至極真っ当な突っ込みが返された。
「何度も確認はしたんですけど、まあ、こういう情報が出てきちゃったものは仕方ないんで」
たとえ素っ頓狂なものだとしても、情報に違いは無い。
あるいはそれが何かに……、まあ、それについては微妙だろうが。
「確定情報は、まあ、それでいい。不確定情報の類は無いのか」
「それが、八件ほど」
不確定情報。
冒険者に取って、情報とは確定させることで初めて意味を持つ。
つまり確認できた、確定している、真実としての情報として、先程の列挙があるわけだ。
当然、確認できていない、確定していない、真実かもしれないし虚構かもしれない、そんな情報のほうが多いわけで、それらは不確定情報と呼ばれる。
通常、その不確定情報は何の役にも立たないどころか、むしろ現場を混乱させるノイズにしかならない。
とはいえ、今回のようなあまりにも情報が足りない場合は、そういったノイズから傾向を探ることも必要になるのだった。
「どう考えても嘘っぽいものは除外しますけど。あるいは、というものも、二件ほどあります」
「二件か。どんなんだ」
「ソウズ州のイェンナ商会をご存知ですよね。そこを敢えて指定した取引が多いそうです」
「イェンナ商会?」
イェンナ商会。
王国ソウズ州において三番目に大きな商会……王国全体のくくりで見ると、二十番目くらいだろうか?
名前は知っている者が多いだろうが、敢えて指定されるほどに有名な商会では無い。セントラ州にはそのイェンナ商会の上位互換と言って何ら差し支えのないような店もあるのだから。
「イェンナ商会と言えば、……何だろうな。武具、特に武器類の取り扱いが比較的多岐にわたる、だったか?」
「そうですね。およそほぼ全ての武器種を注文できる商会としては三番手ですか。もっとも、セントラ州のヴィリオ商会がその手の取引では最も強いですけど」
そのヴィリオ商会という店こそが、イェンナ商会の上位互換だ。
恐らくイェンナ商会で取引できる者の全てはヴィリオ商会でも取引できるし、ソウズ州の一組織に過ぎないイェンナ商会はソウズ州内部にしか店舗を持たない。
比べてセントラ州のヴィリオ商会はセントラ州でも五指に入る商会で、その店舗は王国全州に点在するなど、利便性などでも圧倒的に上なのだ。
それでも敢えて、イェンナ商会とヴィリオ商会で、イェンナ商会が優れている点を挙げるとするならば……。
「……いや、ねえよな。敢えてイェンナを選ぶ理由」
ソウズ州内部であるならともかくとして、他州においてイェンナ商会の店舗は少ないどころか存在しないのだ。わざわざイェンナ商会を指定することに一般的と言えるだけの理由は無い。
それでも敢えて選んでいる。つまり、個人的な理由で、イェンナ商会を使いたいのか、ヴィリオ商会が使えないからか。
「ふむ。で、二つ目は?」
「ヴィリオを含む五大商会が、彼女たちに注目しているとか」
「…………?」
商会に注目される冒険者?
それはまた、ずいぶんと胡散臭い話が出てきたものだ、とエイバヌは思う。
もっとも、『あるいは』、とジリスに思わせる何かがあるわけで、だとすると結構、シャレにならないのだが。
「理由は?」
「不明です。ただ……、彼女、アンスタータ・フーミロの名前が五大商会における『顧客名簿』に刻まれているのは事実のようです」
『顧客名簿』。
それは五大商会が、『特に重要なお客様』として記録している名簿だ。
例えば、金払いのいい客。
あるいは将来大きな儲けを産むであろう客。
そういう客がピックアップされたリストで、そこに名前を連ねることができる冒険者は滅多にいない。
それこそ英雄と呼ばれるような冒険者なら、あるいは連ねるかもしれないが……。
「名前があるとはいえ、その張本人であるという証拠が無いか」
「そうなんですよ。根拠が薄いんです。ただ、矛盾するようですが、彼女が本物である可能性もかなり高い」
「理由は」
「今日になってからその五大商会の内、三つの商会のメンバーがこの街に入りました」
「うわあ」
思わずエイバヌは表情をゆがめた。
この街は小規模であるが故に、その五大商会の一つも支店を持っていない。隣町にはあるので、そこに発注をすることはあるけれど、基本的には取りに行く必要がある。
そんな、商人的にはうまみのないと判断されているこの街に、いきなり三つの商会から来たとなれば、何らかの理由があってこの街に来たと考えるのが妥当だ。
何らかの理由。
それがたとえば、アンスタータ・フーミロという娘に対する興味だとしたら?
その場合、彼女が『顧客名簿』にある本人である可能性が極めて高くなる。
「その商会側のメンバーと交渉して、どうして『顧客名簿』にアンスタータの名前があるのか確認とれるか」
「最終的には金貨をどの程度積むかにもよりますが……」
歯切れ悪くジリスは答える。
「金貨を積んでも、教えてもらえるかどうかはまた別ですからね。判断の一つにはなりますが。相応の予算が必要です」
「予算か……」
金貨を積んだところで、必ずしも情報が得られるとは限らない。
大金を積んでも尚教えてくれないならば、相応の理由があると推測できるが、それがどんな理由なのかは結局わからない。
それに教えてもらえたとして、その教えてもらった情報に、金貨相応の価値があるかどうか……。
冒険者の店と商会は業務的には提携している関係にある以上、吹っかけられることは無いだろうが、それは彼ら商会側の感覚であって、冒険者の店側の感覚からは乖離する事も多い以上、リスクが大きすぎる。
と、なれば、天秤に掛けるまでもない。
「暫くは放っておくしかなさそうだな」
「そうですね。それが良いでしょう。一応、こっちでも調査は続けますが」
「うん。他の業務に支障が無い範囲で頼む」
現時点で彼女たちは依頼を受けているわけではない。
将来的に彼女たちが依頼を求めてきたら、その時本人からある程度聞けばいい。
教えてくれるかどうかは別として……まあ、教えてくれなかったらその時はその時だ。
信頼関係を築けない限り、まともな依頼は与えられないのだから。
新年祭から四日ほど経過したその日の昼過ぎに、アンスタータとフレイは二人揃って、冒険者の店『バヌ』に再度訪れていた。
明確に日を開けるその行為はエイバヌを驚かせたが、その驚きは悪い方面ではなく、好印象である。
新年祭から三日間ほどは、依頼らしい依頼が来ないのだ。
もし来たとしたらそれは緊急性が非常に高いものであって、当然、それらは専属する冒険者に割り振られる以上、非専属である流れの冒険者、しかも実績も不明な彼女たちがそれを受けることができる道理が無い。
そう考えると、四日後というのは実にタイミングが良い。
依頼がちらほらと復活し始め、そして緊急性の高い冒険に一通り専属する冒険者たちが斡旋された後であるからこそ、このタイミングは様々な依頼を『選べる』タイミングでもあるからだ。
「お久しぶり、マスター」
「久しぶりだな、アンスタータにフレイ」
「にっ」
アンスタータは普通に挨拶、それにエイバヌが返すと、フレイはただ笑みを浮かべるだけだった。
あるいは彼なりの挨拶なのかもしれないが、折角の好印象が台無しになった感じも否めない。
もっとも、この『バヌ』に専属するトップランカーの冒険者の片割れたる猫人、グレイスも大体似たような感じだし、それは猫人の共通しやすい、種族性のようなものだ。
特に猫人の多い里で育つと、純人でさえもそう育つらしいし、猫人たる彼がそう育つ事はそれほどおかしい話では無い。
「依頼を受けに来たわ。もっとも、私たちに受けられる可能性がある依頼があって、かつ私たちがその依頼を受ける気になったら、だけど」
「タータって結構厚かましいよね」
「レイ。あなたにだけは言われたくないわ」
一瞬二人は睨みあい、すぐに仲直りしている様を見て、ああ、この二人はいつもこんな感じなのだろうなあとエイバヌは思う。
「で、受けられる依頼のリストとかあったら見せてほしいのだけど」
「それなら」
エイバヌはカウンターの横、棚を指差す。
「そっちに置いてあるファイルフォルダを見てくれ。そこにあるのは、一般向け。専属していない冒険者にも斡旋できるものだ。今日更新したばかりだし、丁度いいと思う」
「ありがとう。拝見す……レイ?」
「なに?」
「何を読んでるのかしら」
「依頼リスト!」
再び睨みあう二人組。
仲は良いのだろうが、どうも意思疎通が図れているようないないような、中途半端だなあとエイバヌは思う。
「読んだ感じだとね、タータ。おいらたちが受けられる依頼は多分ないよ」
「あら。そんなに駄目?」
「うん。報酬が微妙なだけならいいんだけどねー。ちょっとおいらが足引っ張りそうかなー」
はい、とリストをアンスタータに渡すと、アンスタータはざっとリストに目を通す。
大まかな依頼の種別、推奨される人数と大雑把な難易度、報酬や適応されるルール等が列挙されている。詳細は受けたい旨を伝えることで教えてもらえる形をとっているようだ。
そして、そのリストにあるのは確かに、フレイの言う通りではあった。
報酬面で魅力に欠ける依頼が大半だ。
もっとも、それは専属していない以上仕方のないことだ。
冒険者の店から信頼されるようになれば、それなりに旨味のある依頼も出してくれるのだろうし、最初の一回は我慢しなければならない。
それはアンスタータも織り込み済みだ。
ただ、確かに列挙されているリストを読む限り、難易度がどうにも中途半端だった。
中途半端なのは依頼ではなく、アンスタータとフレイというこの二人組なのだが。
「そうね……幸い旅費には余裕があるから、暫く様子見にしましょうか、レイ」
「ごめんね、タータ。おいらが弱いせいで」
「良いのよ、そのくらい。マスター。そう言うわけだから、今回の話は無かったことに。また四日後くらいに来るわね」
「そうかい。しかし、何故四日後なんだ? 毎日確認すればいいじゃないか」
「人が悪いわね」
アンスタータは見透かしたような笑みを浮かべて言った。
「依頼の更新は四日に一度で、今日更新したばかりならば、次に更新されるのは四日後よ。それまで新しい依頼が緊急で入ったとしても、それは専属している冒険者に出されるから……私たちが次の新しい依頼を見れるのは、早くて四日後じゃない」
「…………。どこで、その周期に気付いたんだ?」
「どこで、と聞かれると困るわね……。ただ、慣例的に冒険者の店は依頼のリストを作る場合、更新は四日に一度である。って、私の母に聞いたのよ」
「へえ……。お前さんの母親は、俺達の同業者かなにかだったのか」
「いえ、全く関係ないわ。気になるならセントラ州のフーミロで調べればいいんじゃないかしら。すぐに見つかると思うわよ」
さらり、と齎された思わぬヒントに内心で大喜びするエイバヌだが、当然それを表に出す事はなく、一応頷くことで答えとする。
「じゃあまたね、マスター」
「またねー」
それに気付いた様子もなく二人は手を振って去って行き、エイバヌは二人が店を出た途端に、メモ用紙にペンを走らせた。
後はジリスの頑張り次第だろう。