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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第一章 竜の災禍、娘の禍根
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竜の災禍、娘の禍根 (一)

 新年祭という行事が多くの人々にとっての区切りであると定義するならば、その翌日は、心ない人々にとっての区切りである。

 祭では大きくお金が動く。普段は財布の口を固く縛りつけているような家庭でも、少し奮発してしまうほどに。

 お金が使われると言う事は、お金が移動していると言う事だ。

 それはとても当然で、とても解りやすい事なのだけど、あえてこう言い換えよう。

 お金が移動していると言う事は、そこにお金があると言う事だと。

 だからこそ。

 街から少し外れた森の奥、棄てられた砦の跡地を本拠地にした盗賊団は、夜明けと同時に武器を携え、街へと向かう。

 その前日は、新年祭が行われるその日は、どんな街でも、そこが街としての機能を維持している限り、巨額の現金がある日なのだ。

 しかも銀行もまだあいていない。それはつまり、売上の殆どは店の中に保管されていると言う事だ。

 だからこそ、彼らはこの日を待っていた。

 確実に獲物が、そして確実に大金が銀行の奥ではなく、店のそれぞれに置かれていると言うこの日を。

 そして、いよいよ街が視界に入り。

 盗賊団の頭は、ただ一言。

「好きにしろ」

 とだけ、命令を下す。

 盗賊団の面々は、心ない者たちは、嬉々として街へと殺到する。

 邪魔者は殺せ。

 金目のものは奪え。

 許しは出た。好きにしろ!

 上玉が居れば、楽しもう。

 今日こそが、俺達にとっての新年祭だ。

 街に一番乗りで掛け入った男は、さっそく手近な民家の扉を剣で斬り、その中へとなだれ込む。

 招かれざる客の来訪に答えたのは、劈くような悲鳴だった。


「ぎゃ、あああああああああ!」

 そんな悲鳴を上げて、襲撃をしてきた男はなんとか家を出ると、通りの方へと逃げようとする。

 しかしそんな男には、追撃が待っていた。その追撃は有無を言わさず、男の頸を一撃で撥ねる。

「マスターの読みは相変わらず冴えてるな。くくく、ま、ぼろい商売か」

 それは大きな戦斧。

 一体何キロあるのだろうか、まともに持ちあげることすら難しいはずのそんな武器を、その男は片手で平然と構えていた。

 その男は重鎧に身を包んでいて、不敵な笑みを浮かべつつ、死体と化した先程の襲撃者を足蹴にしながら外へ出る。

 悲鳴を聞きつけ周囲を取り囲みつつあった盗賊たちをみて、男は口笛を鳴らすと、ふっ、と軽い仕種で斧を横に動かす。

 たったそれだけで、男を取り囲みつつあった盗賊のうちの四人の首が、胴体から離れてしまう。

 他の盗賊たちはそれに怯み、しかしそれを行った男は不服そうな表情だった。

「んー。まだまだ本調子じゃあねえな」

 ふぉん、ふぉん、ふぉん、ふぉん、と斧を振り回しながら男は言う。

 振りまわされるたびに、斧の先にいた盗賊は、致命傷を負って崩れて行く。

 あまりにも一方的過ぎる状況に、他の盗賊たちは既に戦意を喪失し、撤退行動を取り始めた。

 街を襲うために、街に一気に突入した彼らが、街から逃げるために、最短ルートで街の外へ……そして、街の外に出た瞬間、横並びになっていた三人の胸元を横から一本の槍が貫いた。

「街を襲ってきたのはそっちだわン。ま、死んでも文句はないはずだわンっ」

 そして、三人が串刺しになった槍をそのまま振りまわして、他の盗賊へとぶつけて行く。

 阿鼻叫喚。

 まさにそんな感じの光景だ。

 それを後方から見ていた盗賊団の団長は、話が違う、と、そんな感想を抱いていた。

 街。といっても、人口は千五百ほどだ。

 騎士団の駐留があったとしても、金銭的な負荷の面から、その限界は二十人程度、それも並程度の騎士しか来ないだろう。

 だから彼らは、襲撃にこの街を選んだのだ。守備が手薄で、それでも其れなりに金があるはずの、この街を。

 だが、現実はどうだ?

 騎士団ではないのだろう、騎士団が着用しているような鎧では無い。

 斧を持った男にせよ、槍を持った犬人の女にせよ、彼らの装備はむしろ冒険者のそれが近い。

 ならば冒険者か。

 だとしたら何故、冒険者が既に防衛行動に出ている?

 いや、街を護ることを手伝う事は決して珍しい話では無い。

 だがそれには多少のタイムラグがあってしかるべきだ。襲われて報告され出動する。どうしてもそこには数分の余地があるはずだ。

 奇襲という選択を取っている以上、先手は此方が取れる以上、出張ってきた冒険者を、適度に足止めしながら逃げるくらいのことは出来るはずだった。

 が、現実は全く異なっている。

 まるで、襲撃を予見されていたかのように。

 襲撃の予見それ自体はまだしも、何故こうもピンポイントで待ち伏せ出来たのか。

 まさか、裏切りか?

 盗賊団の団長がそんな事を考えて、しかしすぐにそれは無いと判断する。

 この街を襲う事を決めたのは昨日の夜だし、実際にそれを下に命じたのはさっきの今だ。

 だれにも相談していないし、裏切り者がいたとしても、その裏切りを行う隙が無い。

 そして、そんな事を考えている間にも、部下たちは死んでゆく。

 たった二人の冒険者に、為すすべもなく殺されてゆく。

 首をはねられ、胴を割かれ、胸を貫かれ、頭を貫かれ、それぞれが淡々と、極めて効率的に殺されてゆく。

 守備が手薄?

 これの、どこが手薄だというのだ。

 あの二人は、明確に生きている世界が違う。

 戦っている次元が違う。

 本来は何よりも重要なはずの人数差、それを嘲っている。

 その戦いに迷いが無い。普段の素振りと同じような感覚で、彼らはヒトを殺している。

 そこに忌避感は一切なく。

 そこに義務感も一切ない。

 ただただ、淡々とした戦い方だった。

 冒険者、その中でもごく一部しかたどり着けないような境地だろう。戦いに生きるという生き方は、なるほど、徹底できればこうも世界を変えるのか。

 そう思わされるような戦い方だった。

 結局、盗賊団は現実を認識出来ないままに。

「お前で最後だわンっ」

 そして、理解のとっかかりすら得ることが出来ないままに、ただ、死んでゆく。

 それは団長も例外ではない。

 ただ団長は、己の失敗だけ、正確に理解した。

 まあ。

 死に逝く以上、それはもはや、関係のないことなのだが。


 陽が昇り、朝。

 ベッドの上で目を覚ましたアンスタータは、窓の外から漂う死臭に表情を顰めながらも普段通りにベッドを降りて、慣れた手つきで軽鎧を身につける。

 ちなみに、冒険者たちが軽鎧とする範囲はとても広い。

 例えば胸元、心臓の上と鳩尾をピンポイントで防御するためのポイントアーマーも軽鎧として表現されるし、革製の簡単な防具はもちろん軽鎧だ。また、鎖帷子とも表記されるチェインメイル……鋼鉄製による極小の輪を鎖状につらね、それによって全身に纏うようなものも、冒険者的には軽鎧とされている。

 もっとも、チェインメイルは軽鎧とは言えない程度には重く、重鎧として扱う組織も多い。具体的には騎士団だとか。

 そう言う意味で、アンスタータが装備しているそれはどんなものかと言うと、『気持ち程度』に配置された革製の防具に、大きな鉄の輪が重ねたもので、それ自体はとても中途半端な代物だった。ポイントアーマーというには面積が広すぎるし、かといって革鎧にしては金属が多すぎる。

 彼女はそんな鎧に、その日の気分に合わせて己で布をかぶせて使うのだ。今日は特にどうという気分でも無かったのか、装備袋から取り出したのは濃紺の布で、柄は無し。そんな布を八か所の固定器具に挟むことで、彼女の軽鎧は装備が終わる。

 究極的な事を言うならば、布は必要ないのだが、ちょっとしたものがリングに挟まったりすると面倒な事になったので、それ以来の自衛策だ。おしゃれも兼ねていないわけではないが、そちらは別にメインでは無い。

 彼女はその鎧を購入するにあたって、実際に支払ったのはなんとたったの、金貨二枚。安物の革鎧が金貨五枚程度であることを考えればその値段の安さは解るだろう。

 もちろん、安いと言う事はその分だけ性能も低いと言う事である。彼女のその鎧は、いわば変則的なポイントアーマーだ。心臓や鳩尾を護るのは当然として、それ以外の箇所にもいくつか鉄のリングが守っているけれどそれだけで、それに防御力に期待するだけ無駄というものである。

 防御力を犠牲にして重さを極限まで削った……と、好意的に受け取れない事もないが、真相は単にケチった結果なのだから。

 まあ、彼女には彼女なりの考えがあってそれを選んだ分だけマシである。

 なにせ、フレイに至っては防具の装備自体を『窮屈だから』という理由で拒絶しているし……。

 と、ふとアンスタータはフレイに視線を向ける。フレイはまだぐっすりと、ソファの上で丸くなって眠っていた。

 まるで猫のようだな、と彼女は思う。

 というか猫だよな、と彼女は思う。

 まあ、猫人なのだが。

「朝御飯はどうしましょうかね……」

 アンスタータは視線を窓から外に向ける。

 死臭の漂う外の空気、何があったのかは解らないが……恐らく街では何かが起きたのだろう。

 となると、フレイは外に出るのを嫌がるかもしれない。

 近場の料理店にでも行って朝食はそこで済ませばいいか、と思っていたが、それはやめたほうがよさそうだ。

 幸いこの宿屋はそれなりに規模は大きい。食事も頼めば用意してくれるだろう。もちろんお金は掛かるけれど。

 アンスタータは財布を片手に、部屋を出ると受付へ。

「おはよう、主人」

「ああ、おはよう。よく眠れたかね? なんて聞くのもおかしな話だが」

 おどけながら答えたのは、この宿の主人だった。

 少し太った男だが、なかなかの好印象なのは、全身から発せられる穏やかさにあるのかもしれない。

 それが宿の主人に相応しいかどうかは別として。

「おかげさまで、ぐっすり眠れたわ。……外で何があったのか、教えてもらえる? 知ってたらで、良いんだけど」

「ん。なんでも夜明け前に盗賊団が襲って来たらしい。冒険者がそれを撃退して、被害は扉が一つと、あとは派手に『散らかった』分、それの掃除が大変と言う事らしいな」

「なるほど」

 冒険者の逆撃を受けた程度で、被害らしい被害も無いということは、よほど小規模な盗賊団だったのか。

 アンスタータは妥当に、そう思う。まあ、彼女が襲撃に気付かなかったほどだ。

 フレイも危険を感じなかったからこそあの熟睡なのだろうし、盗賊団と言ってもコソ泥のようなものだったのかもしれない。

「連れが連れなのよね、可能なら、食事の用意をお願いしたいんだけど。当然お金は払うわ」

「連れ……、ああ、あの猫人の子供か。良いぜ。食えないもんとかあるなら言ってくれ」

「とりあえず柑橘類は外して頂戴。あの子泣くから。あとはネギ類も駄目ね……。猫人といっても猫じゃないから、ネギを食べるくらいじゃ死にはしないけど、あの子単純にネギが嫌いだから」

 ちなみに柑橘類も猫じゃないのだから大丈夫の筈なのだけど、どうも本能的なところで嫌うらしい。

 一方でマタタビの類には酔わないなど、いまいちよくわからない生態をしているフレイだった。

「ネギと柑橘類は駄目、と。他は?」

「特にないわ。私は特に苦手が無いけど、できれば連れと同じものをお願い」

「ん、良いだろ。飲み物も付けて、二人合わせて銀貨八枚で良いか?」

「お願いするわ」

 アンスタータは銀貨を10枚取り出し主人に渡すと、主人は虚をつかれたような表情になったが、意図を理解してか何も言わずに受け取った。

「十分くらいで用意ができる。食事は部屋まで運ぶから、待っててくれ。食べ終わったら食器だけ外に出してくればそれで良い」

「ええ。じゃあ、部屋で待ってるわね」

 アンスタータはそう言って、ちらりと外に視線を向ける。

 外が騒がしいわけではない。だが、静かと言うわけでもない。

 普段のこの街を彼女は知らない。昨日訪れたばかりなのだ。そして昨日は新年祭だった。つまり平時とは程遠い。

 だから、外のこの状況がいつも通りなのか、それともいつもと違うのか、その判断は付かない。

 それでも、主人の表情や営業状態からして、そこまでの大騒ぎでは無いと判断する。

(まあ、盗賊団の規模は解らないけど……)

(小規模ならば問題なしだし、大規模ならば想定通り。どちらに転んでも、問題は無い)

 そう思いながら彼女は部屋へと戻る。

 やれやれと扉を開けると、扉のすぐ向こうでは、フレイは不機嫌そうに座りこんでいた。

 尻尾がゆらゆらと揺れている。不機嫌そうと言うか不機嫌のようだ。

「おはよう、レイ」

「おはよー、たーたー」

 そして不機嫌なのと同じくらいに眠いようだ。

「どうしたの、こんなところで」

「だって、起きたらタータが居ないんだもん」

「ああ……。朝御飯を運んでもらうようにお願いしに行ったのよ。お腹すいたでしょう、夜食も無かったし」

「うん!」

 朝御飯、ただその一つの単語だけで不機嫌はあっさり吹き飛んだらしく、フレイは意気揚々と部屋の奥へと戻ってゆく。

 そんなフレイの変化を見て、いつも通りとは言えど、とアンスタータは息をついた。

 そう遠くないうちに、誰か、悪い人にころっと騙されそうだなあ、と。



    竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺

     第一章 竜の災禍、娘の禍根

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