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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
終章 小娘の託、小猫の涯
37/38

小娘の託、小猫の涯 (来)

 それは、いつか来る未来(さき)の噺。

 酒場に響く愉快な音色と、小猫の謳いを聞く誰か。


    ◇


 とある祝日、その酒場は賑わっていた。

 ステージの上にはただ一人、白を基調とした服装の少年が。

 少年はその手にギターを抱え、慣れた手つきで奏で始める。

 昔々の、ひとつの歴史。

 この帝国が誕生するに至った頃の、歴史を辿る物語。

 奏でられるギターの音色、唄うのは少年の声。

 それらはまるで情景を、周囲に焼き付けるかのように。

 それらはまるで動静を、周囲に刻み付けるかのように。

 王国と呼ばれる国があった。

 公国と呼ばれる国があった。

 二つの国は一つの災厄、竜種の災禍に見舞われる。

 王国の一部が一瞬にして焦土と化した、そんな災厄二対するかのように、王国と公国は手を結び、かつての時代で英雄と呼ばれた者の力を借りて、それを無事に解決せしめる。

 そこから二つの国の距離は狭まり、王国の王子と公国の少女が婚姻を結んで、国を新たに民を導く。

 様々な脅威がそこにはあった。

 様々な困難がそこにはあった。

 されど王子の王道が、されど少女の覇道がそれらを説き伏せた。

 様々な災禍がそこにはあった。

 様々な災厄がそこにはあった。

 されどかつての英雄が、それらを純粋な力によって組み伏せた。

 王と公はもともと一つ。

 一つが二つに、二つは一つに。

 王子と少女の最初の子供は、最初の帝として祭り上げられる。

 貴はヒトを支えるべし。

 帝は国家を護るべし。

 帝は最初に勅令を出し、君臨しつつも多くを学び。

 やがては『黎明帝』と呼ばれる名君となったそうな。


    ◇


 賑わう酒場で、そんな少年の歴史をなぞる演目を、真面目に聞いているものはほとんどいなかった。

 そんな歴史書に書いてあるような事を歌にされても、だから何、という程度であって、感動を与える類のものではないからだ。

 そんなものより英雄譚を。

 そんなものより喜劇や悲劇を。

 客はそんなことを考える。

 なのにその少年の唄は、それを流し聞いていたはずだった、真面目に聞いてなどいなかったはずの者たちさえも、その全てをすんなり思い出せてしまう。

 唄や演奏が上手かったからなのか、それとも別な何かがあったのか。

 客らは後に大きく悩むことになるのだが、それはまだ、少し先のこと。

 そして、真面目に聞いている者はほとんどいなかったが、ほんの少しだけいたのだ。

 具体的には、二人だけ。

 一人は幼い少年で。

 もう一人は少しだけ大人びた少年である。

 演奏を終えてギターを仕舞い始めたのを見るや、その幼い少年が、舞台上の少年に声をかける。

「なかなか、興味深い演奏でした。ありがとう」

「にー。少しでも興味を引けたならよかったなー。どうもおいらの演奏は、不評でねー。見ての通りおひねり一つ飛んでこないもの」

「あはは。歴史の教科書を読んでいるような気分になるからでしょうね」

 ずばりと幼い少年は、舞台上の少年に問題点を指摘した。

 すると、舞台上の少年は尻尾と耳をたらして「にー」と唸った。

 舞台上の少年。

 茶トラ柄の髪の毛に、尻尾の毛並みも茶トラ柄。

 紛う事無く猫人だった。

 一方で、幼い少年は茶色の目に、黒い髪。

 純人だろう、特にこれと言った特徴は無い。

「ああ。失礼、自己紹介が遅れました。僕はメイルと言います。そっちで遠巻きに警戒しているのが、僕の従者、ティヴです」

「なるほどねー。おいらはフレイだよ。フレイ・マルボナ。……ああ、そっちはフルネームで名乗らないで良いよ。大体解ってるから」

「そうですか」

 苦笑して、メイルと名乗った少年は二度、三度と頷いた。

「実は僕の家族が、あなたの謳いは是非とも聞いておくべきだと強く勧めてきましてね。僕としても、色々と調べ事をしているとふしぎとあなたの名前に辿りついてしまいまして。色々とお聞きしたい事があるのです」

「おいらに?」

「はい」

「人違いじゃない?」

「いやあ。やっぱりあなたで正解だと思いますよ」

 メイルはフレイに片手を差し出し、そのまま自然とフレイの顎に指を添える。

「僕は後々の為に、色々と知らなければならないんです。……徹底して存在が削り取られているアンスタータ・フーミロや、パトリノ・フーミロという女性についてもね」

「…………」

 フレイはそんなメイルの指を振り払う事もせず、に、と笑みを浮かべた。

「またえらく、『なつかしい』名前が出てきたなあ……。君の家族とは何度かお話ししてるけど、その名前を出してきたのは君が初めてかもしれないや」

「そうですか。他の面々はあれでなかなか情けないんですね」

「君、野心家だねえ。ま、それでこそ、か。……どうする、場所を移した方が良いならそうするけれども」

 お願いします、とメイルは言ってお辞儀をすると、フレイはギターをしまったケースを背負い、酒場の主人に挨拶。

 酒場の主人は困り顔でフレイを送り出すと、はて、と首を傾げていた。

 去り際に話していたあの少年。

 どこかで、見たことがあるような。


    ◇


 歴史書からは意図して消された名前に辿りついた、その少年への報酬として、フレイ・マルボナは真相を語る。

 偽られた歴史では無く、実際に起きた本来の歴史を。

 最初の帝がその親と共に編纂をするに至った経緯も含めて、つまびらかに。

 一通りを聞き終えて、メイルは目を閉じ、ゆっくりと考えた後に言った。

「そういうことですか……。なるほど。ありがとうございます、フレイ・マルボナ」

「に。ま、元気で頑張ってよ。君達が頑張れば、スカウフもサヤも喜ぶだろうし、タータだって喜ぶだろうから」

「…………」

 『真相』……それは、三百五十年前に起きた事。

 竜に恋した小娘アンスタータ・フーミロと、娘に従う小猫(フレイ・マルボナ)の噺。

 それを聞いた少年、メイルは、その正式な名称をメイル・ジ・ウォムス。

 現代のウォムス帝国において、皇位継承権を第四位ながらにたしかに持つ皇子である。

 どことなく、その姿はアサイアールに似ていたし、見ようによってはスカウフにも似ている。

「これは、単なる好奇心でお聞きするんですけれど。フレイ・マルボナ。あなたはなぜ、今もまだ、そうして猫人として生活しているんですか?」

「いやぁ、別に本来の姿(ブランクドラゴン)として活動できないわけじゃないんだけどさー。タータにお願いされてるんだ」

「アンスタータさんの、お願い?」

「うん」

 フレイは思いだすように、尻尾をゆっくりと揺らして言う。

 その声色は、全然似ては居ないけれど、それでもアンスタータに近づけて。

「『レイはレイとして、私たちが礎となったこの国を、ヒトとして見届けて欲しいのよ。最期の我が儘、聞いてくれるかしら』……ってね」

「……その後、アンスタータさんは亡くなられたのですか」

「うん。その次の日には、死んでしまったよ。でも、大往生じゃないかな。九十一まで生きたし、おいらにそんな我が儘を言った前日まで竜種狩ってたしね」

 そして、空を見上げて。

 フレイは笑う。

「だから、おいらはこの国で、ずっとヒトとして生きている。ギターを弾きながら、あちこちを旅をして……いろんなヒトを、いろんな場所を見て回ってるんだ。そうして、スカウフが、サヤが、そしてタータが作ったこの国を、ずっとずっと見て回ってる」

「……あなたは、ならばいつ、自由になれるのですか?」

「変な事を聞くね、メイルも。おいらはずっと自由だよ。おいらがタータの(ことづけ)を護っているのも、ただ、自由にした結果。それに……この国は、タータの子供のようなものだもの。おいらもそれの成長を見ていたい。そう思ったんだよ」

 そうですか、とメイルは言う。

 そして、フレイと同じく空を見上げた。

 満天の星空。

 そこには星の煌めき、月の灯りが満ちている。

「けれど、今の帝国は、今のヒトの、君達のものだ。王子(スカウフ)も、大公(サヤ)も、元帥(タータ)も、脇役(おいら)も、もう、出番は終わり」

 噺はこれで、おしまいなんだ。

「じゃ、おいらはこの辺で」

「はい。色々と、ありがとうございます」

 その場を立ち去るフレイは思う。

 きっと次の皇帝は、あのメイル・ジ・ウォムスという子供だろう。

 沢山の苦難があるはずだ。

 沢山の苦悩があるはずだ。

 それでも彼は、きっと乗り切るに違いない。

 そしてその先で、彼は。

(ねえ、タータ)

(タータの子供は、とても立派に育ったみたいだよ)

 巣立ちは喜ばしいことだよね、とフレイは小声でつぶやいた。


    ◇


 フレイ・マルボナはその邂逅を最後として、表舞台から完全にその姿を消した。

 第四十八代皇帝、メイル・ジ・ウォムス。

 在位は僅かに一年程度。

 たとえ伝説や伝承として語られるような、英雄や神代の何某であっても、終わりは等しく、訪れる。

 『最後の皇帝(メイル・ジ・ウォムス)』は、遂にこの日の事を、誰に語る事も無かったと言う。



[EOF]

今度こそ完。

次話はあとがきです。

またしてもありがとうございました!

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