小娘の託、小猫の涯 (在)
それは、現在の少し先。
王国と公国が選び取った、戦乱回避の一手。
◇
『歓喜なるや暁の咆哮』。
恐らくは世界中に響き渡ったであろうその咆哮は、アンスタータとィシヴェーがどうにかする問題であって、その咆哮に驚きはしても、スカウフとアサイアールは今後についての話し合いを平然と続けていた。
曰く。
「かの黒曜竜がどこまで真相を話しているかにもよるが、まあ、僕達にどうこうできる範疇じゃないことは間違いないからね……。もし彼女たちが失敗したならばどうせ王国も公国も滅ぶだろう。だから彼女が失敗した時のことは考えないで良い」
「同感です。ですから彼女がフレイ・マルボナという少年に『戻す』ことが成功した時の事を、今は話しあうべきでしょう」
その言葉には一切の迷いが無く、オランジュにせよリモネにせよ付いていけないところがあったが、当事者二人は真剣な話を始めてしまった。
即ち、王国と公国という二つの国家をなんとかして『一つの国家にできないか』という、相談である。
もともと、王国と公国は一つの国家だった。
国号をウォムス聖王国。
国王の血を引くものが率いたのが王国であり、国王の血を引きつつも継承権の都合で国王の座に付けなかった『公』が率いて独立を試みた一派が建国したものが公国となっている。
故に、もう一度聖王国として一つに戻ることが必ずしも不可能ではないとスカウフは踏んでいたし、その点についてはアサイアールも同感だった。
が、『必ずしも不可能ではない』ということは、必ずしも『可能である』と同義では無い。
これが王国と公国に別れて直ぐにそんな検討が為されたならばまだしも、既に王国と公国に別れてから随分と時間は過ぎてしまっている。
そしてその間戦争を何度もしている以上、両国の関係は良くない。
幸い、経済的な交流は多く行われているため、最悪とまではいかないし、なにより経済的な交流……商業的な交流の観点から言えば、王国と公国は敵対しているよりも、一つの勢力として成立したほうが、より大きな富を得ることができると信じる商売人が多かった。
よって、使うとしたらこの線だろうとスカウフは目星を付けていたのだが、「それは難しいでしょうね」とアサイアールが首を振った。
「確かに経済的に、一つの勢力になればより大きな富を手に入れられると思う商売人が多いのは事実です。とはいえ、公国に置いて三分律と呼ばれる巨大商社……王国で言えば五大商会でしょうか。そういった所は、王国と公国が敵対していた方が都合が良いのですよ。戦争があれば武器や防具が売れます。死人が出れば弔いの物に需要が出ます。そして交易も国を跨ぐような『貿易』になれば、そこには利益が産まれます……死人はともあれ、王国と公国が今一度、一つの国家に戻ったとすると、戦争は激減が間違いありませんし、王国・公国間の貿易が完全に無くなってしまう。商売人の上の方にとっては既得権を失う大打撃を受けます」
「つまり商売面で、より大きな優遇をしなければならないと……」
「かといって商人ばかり優遇すれば、他に不満がたまります。なかなかの難題ですね」
「うむ。それに政治的な方でも問題があるだろうね。王国は議会もなければ貴族も居ない絶対王政、公国とは政治形態がまるで違う」
どちらかの国が滅びて、その国を助ける形で吸収するならば、そういったドラスティックな改革も可能だろう。
しかし現状、王国と公国はそれなりに国家として成功し、成立してしまっている。
故にそれは難しい。
だからこそ。
奇手として、アサイアールが現王国の国王に提案したのが、アサイアールとスカウフの婚姻だ。
「僕と君が結婚をする。僕は王国の、君は公国のトップとして、それぞれの国家を纏める。そして僕と君の間の子供に、両国を統合させる……か。手としては真っ当だし、王国側ではそこまで反発は無いと思うが、公国側は荒れるだろうね」
「やはりスカウフもそう読みますか」
「ああ。今となっては君の国だし、敢えて君に言うまでもないが、公国は血統による継承をあまり好しとはしないのだろう? 君と争った彼にせよ、君自身にせよ、前大公とは血縁関係が無い。それでも大公に、国の統治者になれた。だから『誰にでも統治者になれる可能性がある国家である』、それが公国の国民の希望だと僕は読んでいる」
「概ね正解ですね。実際、貴族ですらない者が大公に召し上げられた、なんて極短な例さえありますから」
血統による継承を認めず、実力による継承だけを好しとする公国。
実力による継承を認めず、血統による継承だけを好しとする王国。
元が同じ国家ではあっても、それぞれの国として成立した時点で反対側にむいてしまった性質。
これを一つにすることは至難である。
「百年、二百年……。五世代くらいは最低でも掛かりそうだね」
それでもできるかどうか解らないが、とスカウフは補足すると、アサイアールはゆっくりと目を閉じる。
「いずれは可能でしょう。幸いこの大陸において、公国と王国が手を結んでいる限りにおいて、他の勢力の躍進はあり得ませんし……とはいえ、時間をかければその分だけ、私たちの子孫に負担を増やしてしまいますね」
「子孫か」
「ええ。スカウフのような王国の王家においては、なかなか重要な点ではありませんか?」
「ふむ。アサイアールにも『思い違い』はあるのだな」
安心したよ、とスカウフは苦笑した。
「正直な事を言うとだね、アサイアール。僕は、そして父上もだけれど、王国の王族は『子孫』のことはあまり考えていないのだよ」
「え?」
アサイアールは素で、妙な声を挙げてしまう。
「王族にとって必要なのは、『今この時、国を如何に繁栄させるか』だ。重要なのは今、現在であって、過去の栄光ではなく未来の展望でも無い。『現在』が良くなければ意味はない。目の前に居る幼子が不自由しないように生活を整えるくらいの事はするだろうが、産まれても居ないこの世にまだ生を得ても居ないような『将来の誰か』の為にはなにもしないんだ。だってそうだろう、『三百年後の子孫のために、今からあなたの税金を倍にしますね』なんて言って、誰が『はいそうですか』と頷くかい」
あまりの暴論にアサイアールは表情を顰める。
もっともそれは極端な例を挙げただけで、もっとスケールの小さいもので言えばひとつの政治ではありそうだった。
「だからさ。王国というこの国においては、正直、『現在さえ良ければ、多少の変革はどうでもいい』という考えが王族の根底にあって、それは同時に民の気質にもなっている。『将来の利益』も確かに大事だが、それ以上に『現在の権益』が大事だろう? 現在の権益を維持し続ければ、結果的には将来の利益を手に入れられるのだから」
「それは道理ですが。ならば王国はどの手をとると?」
「そうだねえ。とりあえず五大商会の面々には貴族になってもらうとして……。ヴィリオあたりは嫌がりそうだが、ならばイェンナでも充てれば良い」
「商人を貴族に……。議会は開かれるのですか?」
「父上は残念だが、それをするつもりは無いだろうね。僕も正直必要は無いと考えている。……とはいえ、あくまでそれは僕の意見だ。君が政略結婚による国家統合という話を持ってきた以上、こちらとしても対応する用意はあるよ。父上の代では無理でも、僕の代では議会を開く。王国の有力者を貴族として任じて、公国の政治形態に近づける……。その上で僕の、つまり国王の権力にも制限を掛ける形になるだろう。この条件だと、公国側はまとまりそうかい?」
暫く考えて、「というよりも」、と彼女は口を開いた。
「それで纏める事が出来なければそもそも実現不可能の絵空事、ですね。とはいえその場合、王国側にはそれなりに大きな混乱があるでしょう。これまで貴族なんてものは無かったのですから、その運用周りでも問題が出るでしょうし」
「領主とも少し違うからねえ。ま、そのあたりは公国側から指導をしてもらう形になるだろう」
「それにあなたの権力がかなり奪われますよ。良いんですか?」
「何。それが『僕の世代に置いて最大の利益につながる』ならば、僕としては拒否する理由が無い。『僕の次に王位につく可能性がある人物』が居るならば、そのあたりは多いにもめるだろうが、幸か不幸か王位継承権を持っているのは僕だけだ。だからこそ問題にならないのさ」
◇
結論は急がない。
ただ、あまり悠長にしている間があるわけでもない。
王国としてはともかくとして、公国側では何らかのアクションを起こさなければならない時が迫っているのは事実だった。
後手に回ることは避けたかったが、とはいえ無理に手を打ち、その手が裏目に出れば元も子もない。
だからこそ、スカウフとアサイアールは政略結婚を決行した。
この二人の間に産まれた子供は王国においては王位継承権を正式に与え、公国は公爵の地位を与えることが発表され、同時に王国・公国の間で平和協定が成立。
これにより安息の時代になるかと思われたが、事実上、それは国家併合の前準備である事を公国の貴族、王国の有力者たちは当然察知していて、既得権を脅かそうとする存在として、スカウフ王子とアサイアール大公に翻意を促しはじめた。
もっとも、その程度で揺らぐ決断でも無いし、大多数の民は平和を望んでいると道を説かれれば、それに反発する事は難しかった。
ならばせめて、後継者が産まれる前に何らかの形で破局させなければならない。そう考えた王国の五大商会、及び公国の一部貴族は手を結び、アサイアール・ジ・モール、及びスカウフ・ウォムスの同時暗殺を計画。
そんな計画をしている最中、このためだけに作った極秘の会議室に王国近衛騎士や公国精鋭軍がガサ入れ、次々と検挙され、結局暗殺は計画すら満足に立てることができなかった。
そうこうしている間にスカウフ・ウォムスとアサイアール・ジ・モールは儀式を伴う正式な婚姻を結び、これにもはや手は無しと五大商会、及び公国貴族の一部が手を結び、軍や騎士団の一部を懐柔して武装蜂起。騎士や軍人が武力を、そしてその装備は貴族の資金力によって五大商会がそれを調達すると言う理想的な形で行われ、これの鎮圧にスカウフやアサイアールは苦慮することになる。
が、苦慮の甲斐あって、公国ではその武装蜂起を根拠に国家に対する叛乱行為をしたとして多くの貴族を処断、王国では五大商会の営業権をはく奪するなど強硬策を取ることが出来、結果的に両国の併合が早まることとなった。
それに先んじて、まず軍事面……王国騎士は公国軍と指揮系統を統合。
公国軍のそれを原形に、統治者からの命令を優先するなどの王国騎士のそれがいくつか追加され、また王国騎士の面々はそれぞれの力量に従い公国軍で用いていた階級を、スカウフから直々に与えられるに至った。
となれば、当然だが初代の総司令、『元帥』と呼ばれる最高位には誰が適任かという点に行きあたるのだが、ここでスカウフとアサイアールはとある人物にそれを打診。
その『とある人物』はそれを恐らくにべもなく拒否するだろう。それでもその人物が最適であると判じたが故の打診であり、それに対する解答は思いも寄らぬ『承諾』だった。
新規軍の結成式において、初代総司令としてスカウフ、及びアサイアールから信任され、壇上に登ったのは若い女で、その女を見据えて軍の面々は困惑した。
あれは誰だとか、何故このような場面に若い女がだとか、軍の規律はどうなるだとか、そういった不安視が大半ではあったが、そんな不安はただ、その若い女の自己紹介で吹き飛ばされた。
即ち。
「この度、新規軍の総司令に信任された『|名無しの竜殺し《ナヴェンローゼ=フィンディエ》』よ。軍の指揮はあまり得意じゃないんだけど、軍の統制には自信があるわ。だから安心して頂戴。私がこれまで屠ってきた七体の原姿三竜や百四十六体の上位竜種と同じような目に逢いたくなければ、精々規律を、そして民を護りなさい」
後の歴史においてその『元帥』の、アンスタータ・フーミロという彼女本来の名前は残されていない。
ただ、ナヴェンローゼ=フィンディエという女の『元帥』が、その生涯に渡って軍の統制を護り続け、無事に王国と公国は『ウォムス帝国』として新生した事。
そして、彼女はその生涯の最期には、『帝国』を守る鎧となったという『伝承』だけが、残されている。




