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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第四章 竜の呪い、娘の願い
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竜の呪い、娘の願い (一)

 フレイが展開している何かは、展開されたままに延々と時間が過ぎ、さすがに里の者たちもそれを不気味に思い始めたりはしたが、それでもアンスタータが絶えず監視し続けていた。

 それに気づいてから九日が経過した頃、ようやくリモネはオランジュとスカウフを伴い里へと戻ると、アンスタータは疲れた顔で、しかし笑みを浮かべて三人を迎える。

「よくやってくれたわ、リモネ。久しぶりね、オランジュ。そして……悪いわね、スカウフ」

「いえ。お気になさらず」

 リモネは短く、そう答え。

「へえ。また凄いことになってるねえ」

 オランジュは挨拶も早々に切り上げると、フレイを眺め。

「君に呼ばれたんだ。来ないわけがないだろう」

 スカウフは気障な笑みを浮かべて言った。

「アンスタータさん。ずいぶんとお疲れのようですが、フレイくんはどうですか?」

「見ての通り、微動だにしてないわ」

「九日間ずっと?」

「九日間ずっと。食事もしていないし水さえ飲んでいない」

 それにしては元気すぎる。

 そんなフレイの様子に、興味深そうにオランジュは何度も頷く。

「それで、僕は何をすればいいんだい? オランジュ。わざわざ僕を連れてきたのには何らかの意味があると受け取っていたのだけれど」

「簡単ですよ。あの子の周りに展開しているものが『何』か、それを突き止めてくれればいいんです」

「いや。それたぶん、簡単じゃあないけれど……」

 まあいいか、とスカウフは頷き、フレイを改めて観察する。

 一つを除けば異変はない。その一つとは本当の意味で微動だにしていないと言う点だ。風が吹いているはずなのに服も髪も動いていないし、まばたきのひとつさえしていない。

 となるとフレイ自身がどうこうしているというより、その周りに原因がある可能性が高い。それにフレイが巻き込まれたか、敢えてフレイがその中に入ったのか、そこまでは解らないが。

 周りの空間に意識を向ける。スカウフはその意識のなかで、ふと気付きを得る。

「…………」

 気付きは得たが、それが真実あり得るか、という点で彼はもう少しの考察を要した。

 空間が固定されている。

 それは恐らく、間違いない。

 固定されているから、まるで時間が止まったかのように、まばたき一つしていないのだろう。

 だが……それは、時間を止めていると言う事になる。

 止めるは言い過ぎでも、時間の流れを捻じ曲げていることになる。

 時間にせよ空間にせよ、それという概念がある以上、それを司る精霊も居ないわけではないのだろうが……空間ならばともかく時間に干渉できる精霊が居るかと聞かれると答えに詰まる。

 絶対に無理とは言わないが、それでもかなり厳しいだろう。

 固定されているのはあくまで空間のみである、と、そうみたほうが自然だ。

 そこが空間として固定されている、だから侵入できない。

 その上で、そこにフレイ・マルボナがそこに居るという幻影(まぼろし)を見せている……?

 と、発想が至り、スカウフはそれをアンスタータに知らせると、彼女の表情はこわばった。

「幻影……つまり、そこにフレイがいるように『見せかけている』だけで、そこには居ない?」

「そう考えた方が自然だ、という事だよ、アンスタータ。九日間も微動だにしないことも、そして時間を止めるのも、不可能だ。ならばそこにいるフレイくんは『そこには居ない』。そう考えたほうが妥当だね」

「時間を止めているとか、そう言う可能性はないのかしら?」

「時間の精霊……も、まあ、いる事は居るのだろうが、それに干渉できるかどうかは別問題だしね。よしんば時間を止める、あるいは極端に流れを変えることができるとしても、だ。それなら、フレイくんは自分の身体の時間を止めればそれで十分だろう? なにも周囲を広く丸ごと固定する必要なんて、無いじゃないか」

「…………」

 それでも敢えて時間を止めていると解釈するならば、それはフレイが移動を拒否しているということになる。

「そしてもうひとつ、空間ごと時間を停止させているとは思えない点がある」

「何よ、それは」

「『空間ごと、問答無用に停止している状態』であるならば、その向こう側の景色が反映されないはずだろう? だが、僕がいる場所からフレイくんを見ると、きちんと日が見える。時間が空間ごと固定されているならば、その向こう側の景色は変わらない。だってそこにあるものは全てが停止しているのだから、『光』にせよ『音』にせよ、例外じゃあない。『光』とは即ち景色だし、向こう側の景色がきちんと見えているならば、時間が停止しているわけではないと言えるね。それとも、たとえば真夜中でもあの空間だけ明るいだとか、そういうことはあったのかい?」

 そんな事はなかった。

 夜はきちんと暗かったし。

 雨が降った日は雨に打たれていた。

「へえ。雨に打たれていた。それが少し気になるのだが、彼、濡れていたかな?」

「……言われてみれば、それはなかったわ」

「ならば、あれは幻影、虚像で間違いないだろう。そこにフレイくんは居ない。別のどこかに、彼は居る」

「どこか……って、どこよ」

「さあ。僕はあまりフレイくんのことを知らないからね、答えることは不可能だ。アンスタータ。君の方こそ心当たりはないのかい?」

「あったら聞かないわ……」

 それでも、何が起きているのかが概ね把握できたと言う点では前進だ。

 大きく頭を振って、アンスタータは考えを改める。

 一通り会話が終わったところで、オランジュが口を開いた。

「さすがはスカウフ王子ってところかな。見ただけで把握できるとは」

「このくらいはね。洞察力とかも関係はしているかもしれないが、僕はなり損ないとはいえ『精霊のお気に入り』に近い存在だ。そこにどんな概念があるのかは、自然と計算できる……ま、計算してる時点でやはり、紛いものなのだろうけれど」

「それでも十分、存分な才能ですぞ」

 なり損ないの『精霊のお気に入り』。

 あらゆる才能と言う才能を揃えて産まれたスカウフ・ウォムスは、『精霊のお気に入り』という才能でさえも、完全ではないにせよ断片的には持っていた。

 だからこそアンスタータは彼を呼ぶことにしたのだ。

 たとえそれによって、大きな貸しを作ることになったとしても、精霊使いよりも尚、精霊に詳しいであろう彼を呼んだ。

 その上で、精霊魔法ならばオランジュがどうにかできるだろうと踏んでいたのだが……。

「……もしあの子が自分から、本気の本気で姿を隠しているなら、私には見つけられないでしょうね」

「それほどかい?」

「それほどよ。私の戦闘能力と似たようなものかしらね……、あの子の非戦闘能力は次元が違う。英雄だって、本気で隠れたあの子を見つけられるかどうか……」

「ならば、何故彼は隠れなければならなかったのか。そこから考えるべきですね」

 リモネの呟きに、他の皆が頷く。

 何故このような事をしてまで、隠れたのか。

 よほどアンスタータに対して我慢できないことが起きた……という説も、完全に否定はできないし、『何か』を察知し、それに対するために隠れなければならなかったのかもしれない。

「駄目ね。あまりに情報が少なすぎるし、唐突すぎるのよ」

 大きく息をつき、アンスタータはふっと視線を、再びフレイ……の、幻影、に向ける。

 こんな手の込んだことをしてまで、何故フレイはアンスタータの傍から離れたのか……。

 アンスタータ・フーミロという武器を放棄する理由は何か。

 いや、放棄するだけならまだわかる。

 ふと気が付いたら居なくなっている、そういう状況ならまだ良いのだ。

 良くはないけれど納得はできるし。

 まだしもそれなら、想像も付く。

 鍵になるのは、この仕掛けなのだろう。

 スカウフのような人物ならば見抜ける、そうでなければ見抜けないであろう幻影。

 見抜かれる可能性を考慮していたのか、それともしていなかったのか。

 後者はないだろう。

 アンスタータとスカウフの関係を、フレイは良く良く知っていたし……その中で、恐らくフレイは、アンスタータさえ気付かなかったスカウフの様々な才能に気付いている。

 彼女が彼の事を心底避けている事は知っていても、いざという時は貸しを作ってでも強引に取り次ぐ事も想像できただろう。

 その手の事も『非戦闘スキル』なのだから。

 だから彼にとっては、恐らくこの場にオランジュとスカウフが来る事も想定した上で、あの仕掛けを行っている。

 見抜かれる事を前提とした仕掛け。

 見抜いてもらう事を前提とした仕掛け。

 だとするならば、フレイが求めたはその『時間差』か?

「…………」

 それとも。

 彼が求めたのは、時間では無く……ここにオランジュとスカウフを呼ぶことか?

 いや、オランジュを呼ぶだけならば、アンスタータにそれを要求すれば事足りる。

 スカウフだって、必要だとフレイが判断したならばアンスタータを説得できただろう。

 アンスタータはスカウフを避けてはいるが、認めてもいる。必要だとフレイが説得すれば、アンスタータは了承するはずだ。

 ならば、彼が求めたのは、時間差とスカウフ、そして精霊に関する『権威』……。

 時間差についてはともかく、スカウフは『国家的な決断ができるヒト』として、オランジュは『精霊について詳しいヒト』として求めたならば、フレイが感じとったものは……。

「ねえ、オランジュ。それと、リモネにも聞きたいのだけれど。ここ数日間、精霊が何かおかしい状況とか、そう言う事はないのよね?」

「ええ。私は気付きませんでした。師匠は?」

「僕も気付かなかったよ。何でだい?」

「そう」

 現在進行形で何かが起きている、というよりも、これから起きる事に対する備えか……?

 だとしたら尚更、直接アンスタータに知らせるはず……。

 知らせることが出来ないような、何かだった?

 例えば……そう、例えば、それを知らせた時点で、アンスターアが別な解法を取ってしまい、そしてそれが失敗するとフレイが察知した場合。

 しかも失敗すると解っていても尚、それが最善に見えてしまう場合。

 『何かが起きる』、『誰がいなければならない』、その上で、自分が居ることが邪魔になると判断した場合。

 あるいは……。

 『自分(フレイ)がそこに居ないことで、逆説的に成功しそうな場合』、か……?

「…………」

 逆説的に。

 つまり、そこに自分(フレイ)が居る事こそが、失敗する条件である、とか。

 だとしても、アンスタータには彼を探さないという理由が無い。

 むしろ……『だからこそ』、彼を探さなければならないのだ。

 彼が安全かどうか。それを横で見守れない限り、彼女は不安で不安で仕方が無くなる。

「君は結構、あの子に過保護なところがあるよね。そんな君に嫌気がさして、今回の行動に出たとか、そういう可能性はないのかい?」

「それを考えないでもないけどね、スカウフ。でも、だとしたらあんなもの……あんな幻影をわざわざ用意して行くかしら。子供だましならばともかく、おそらくあなたが居なければ、真相に辿りつけなかったであろうほどには手間が込み過ぎてるわ」

「まあ……それは確かにね」

 だからあれには意味があるはずだ。

 その上で、フレイが居ることで失敗が確定する何かとは?

 結局、アンスタータには解答が出せず。

 自身の考えを他の三人に話すと、三人はそれぞれに考え始める。

 一分もしないうちに顔を挙げたのは、やはり、スカウフだった。

「そうだねえ。フレイくんの危機察知能力は、僕も認めている所だし、そういう考え方もあるか。その上でここに僕が、オランジュが、リモネが、そしてアンスタータ、君が居なければならず、あの子がいてはならないという何か……。正直、僕がいてオランジュがいてリモネもいて、更にアンスタータ、君も居る以上、僕たちで解決できない何かが起きたとしたら、それはもはや誰にも解決できない問題だ。だからこそ、フレイくんが居ることで成否が別れる、と言うようなことは、正直思いつかないな。リモネなりオランジュなりがフレイくんの防衛に専念していれば、荒事はアンスタータ、君が問答無用で解決してくれるだろうし、政治的な事は僕が、精霊的な事はオランジュがなんとかできるだろう」

「そうよね……」

「その前提の上でも、僕達四人ではあるいは解決が不可能かもしれないということは、だからかなり限られてくる。たとえば、国際的な事情が絡む事案。国境線付近とか海上とか、そういう場所でのトラブルだね。ある程度は僕も権限を持ってはいるけれど、この国では父上が国王だ。国外に関係することは、僕の一任では解決どころか返事さえ決められないと言うのが実情だ。……実情ではあるが、そのあたりは特に考えないでも良いだろう。それが解決できないのは僕の問題であって、フレイくんの問題では無いのだから」

 うん、とアンスタータは頷く。

「他には何があるかしら?」

「そうだね。フレイくんを守る余裕が誰にも無くなるような何かが起きる場合、……とかはどうだい?」

「…………」

 まあ、無いわけではないだろう。

 アンスタータがフレイを護る余裕がなくなるのは、原姿三竜以上と戦う時だ。

 これは大分慣れてきたとはいえ、未だに守る戦いというのが苦手だからに他ならない。

 だが。

「万が一そうだとしたら、原姿三竜が十二匹(ダース)単位で襲撃してくる感じよ。レイの事だし、国外に逃げることを提案してきて、私はそれを容れるでしょうね……」

「確かに。ならば、原因は外では無く内側にあると考えたほうが良い」

「内側? 私って事?」

「いや。さっきアンスタータ、君も言ったことだが……つまり『フレイくんが居ることで失敗する』、逆説的に『フレイくんがいなければ成功する』事なのだろう? だから原因はフレイくんなんだ。『フレイくんが何かをしてしまう』。だから……フレイくんは自分だけ、離れた。その目的は……」

 スカウフは、あえて言葉を濁した。

 アンスタータを巻き込まないための、遠くへの離脱。

 離脱した先で、己の失敗を封じるための何かを行う。

 フレイが存在することでそれが起きてしまう、のであれば……それを根本的に解決するという手段。

 だとしたら……最悪だ。

「……………………」

 否。

 最悪という言葉でさえ、まるで足りない。

 恐らくそれは、フレイが『しらない』から、それを正しいと思って実行するのだろう。

 それによって、より大きな失敗が来ると言うのにだ。

「なるほどぉ。そう言う事になっていましたかぁ。ですが、正解とはいえませんねぇ」

 と。

 誰かが、話しかけてくる。

 青年だ。

 紫を濃くしたような、艶やかな黒い髪に、黒い目。

 猫人なのか、その頭には猫の耳、その背後には短めの尻尾がある。

 そして何となく。

 口調がうざい。

「異変を嗅ぎつけてものすごく急いできたのですよぉ、これでも。アンスタータ・フーミロ。久しぶりですねぇ」

「…………。いやあなた誰?」

 アンスタータの不機嫌な返事に、それでも青年は笑みを崩さなかった。



    竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺

     第四章 竜の呪い、娘の願い

大詰め、真相編。

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