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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第二章 春の山風、焦土の故
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春の山風、焦土の故 (四)

 公国における政治形態は王国のそれとよく似ている。

 但し、王国が血によって権力を継承させる世襲型でそのトップが国王と名乗るのに対し、公国は力によって権力が移譲される選抜型で、トップは大公と呼ばれる。

 一つ、十五歳以上、六十歳以下の健康な者であること。

 二つ、領地持ちの貴族五家以上から推薦を得ること。

 三つ、立候補した者が領地をもつ場合、本人以外に、自身の領地を継げるものがいること。

 大公に選抜される可能性があるのはこの三つの条件を満たした者で、大公の死後、あるいは退位後に、貴族が集まり決定する事になっている。

 ちなみに、大公に選抜された人物はその時点で公爵に格上げされるので、別に元から公爵でなければだめだとか、そういう地位面での条件は無いが、もちろん元々高い地位を持てばその分だけレースであ優位に立てるし、通常は公爵が大公となる。前大公も元から公爵だったタイプの大公だ。

 ともあれ、その全大公の急逝に伴う新大公の選出。

 となると、有力視されるのはフィニリエ・ジ・カムラ公とアサイアール・ジ・モール公の二人だった。

 年齢はフィニリエが三十六、アサイアールが十八。

 フィニリエはその堅実な手腕が評価されていて、主に貴族からの評価が高い。

 アサイアールは若さに似合わぬ戦略眼があり、軍事面でも既に功績をあげ、主に平民からの評価が高い。

 どちらが大公になってもおかしくは無い、そんな二人ではあったのだ。

 だがそれでも、敢えて有利不利を判じるならば……アサイアール・ジ・モール公のほうが有利だろうと、スカウフやアンスタータは読んでいた。

 確かにアサイアールは若すぎる。とはいえ規定上、十五歳以上であれば問題は無いし、実際、十五歳で大公に就任した者も過去に居ないわけではない。

 スカウフはその上で、アサイアールが持つ戦略眼を評価していた。それは現状では軍事面でのみ発揮されているが、政治面でも発揮できるだろう。

 一方でアンスタータは、アサイアールの人となりを評価していた。単純にアサイアールという人物は大公、つまりトップに向いているとそう判断したわけだ。

 だからこそ、フィニリエが新大公になったという情報には、すこし意外さを感じてしまう。

「サヤってさー」

 どう判断したものか、回想に揺れるスカウフとアンスタータに、なんとなしといった感じでフレイが声を挙げた。

「若いんだよね。十八歳だし」

「そうだね。それがどうかしたのかい?」

「やっぱりおかしいなーって思ったんだ。だって、フィニーより絶対にサヤのほうが良いじゃない」

 ねー、と同意を求めるように言うフレイに、スカウフは思わず首を傾げる。

 いや、確かにアサイアールのほうが有利だと、スカウフも判じていたが……。

 『良い』と『有利』では、何かニュアンスが違う気がする。

「レイはどうしてそう思ったのかしら」

「いや、大公になるのは極論、どっちでも良いんだよ。フィニーが大公になれば堅実に公国を強くするだろうし、サヤが大公になれば民からの信が厚いからね、やりやすいと思う。その上で、常識で考えるならばフィニーのほうが大公に近い。やっぱり十八歳は、若すぎる。でもさ……それは大公って立場を見たら、の話でしょう?」

「…………? 大公以外の立場から見ろ、と?」

「違う違う。大公になったフィニーと、大公になったサヤを考えれば良いんだ。そしてその上で、視点を変える。『どっちの大公のほうが、貴族にとって御しやすいか』だよー」

 堅実なフィニリエが大公になった場合と、若いアサイアールが大公になった場合。

 なるほど、その観点で言うならば、フィニリエよりもアサイアールのほうが『都合のよい大公』なのだろう。

 若いと言う事は経験が少ないと言う事だ。経験が少ないならば教師が必要だ。教師とまでは言わなくても、何らかの形で助言をする者が欲されるだろう。

 助言次第で、大公を操ることだって……不可能とは言えない、かもしれない。

 いや、実際には難しいだろう。アサイアールは若いが実力はある。戦略眼もある。だから操られるようなことは無い。スカウフは確信を持って断言できる。

 できるが、その周りまではどうだろうか。アサイアールは軍事的にその戦略眼を発揮した……それはつまり、公国軍に在籍していたことがあるという事だ。

 それは裏を返せば、政治から遠ざかっていたと考えられない事もない。ならばその間政治をしていた者たちは、アサイアールを政治的には無学であると判断しても、まあ、おかしくはない。

「実力はどうであれ、ね。外見だけを見るならば、フィニーって『普通の大公』よりかは、サヤって『若い大公』のほうが、周りにとっては都合が良いはずなんだ」

「でも、実際に選ばれたのはフィニーよ。まあ、操れないならばせめてまともな、普通な大公を望んだってことかしら?」

「どうかなあ。ただ、おいらの発想は……サヤのほうが『他の貴族にとって都合が良い』って発想は、当然だけどフィニーも抱いたはず。普通に選抜を求めて活動をしたら、たぶんサヤが選ばれたはずなんだ。だからさ、スカウフ。確認したいんだけど、間者からの報告は、『前大公の急逝と、それに伴う新大公の即位』、だよね?」

「そう。謀殺の線も捨てていない表現だね」

 じゃ、おいらの直感もある程度はあたってそうだね、とフレイは笑った。

「即位と選抜ってさ。王国にせよ公国にせよ、結果は同じでも意味が違うじゃない」

 なのにその間者は即位を使ったんだよね、とフレイは強調する。

 確かに、その暗号文には選抜という言葉が出てこない。

 フィニリエは選抜されたのではなく、即位したと言う事なのだろう。

 王国の王位継承に例外があるように、公国の大公選抜運も例外がある。

 その例外が行使された、のだとしたら。

 スカウフは自分をフィニリエの立場に置いた時、どのように行動するかを追想する。

 アサイアールは民からの支持を持っていて、貴族からの支持も逆説的な意味では持っている。一方でフィニリエは貴族からの支持は厚いが、民からの支持はそこまで強くない。

 大公に選抜されるのは、十回に八回はアサイアールだろう。二回くらいは勝てるかもしれないが、その政治基盤が脆弱になる事は目に見えている。

 ならば自身もアサイアールを支持し、アサイアールを大公として、それによって恩を売り、アサイアールの一つ下、貴族としての最上位の立場を得るほうが良いのではないか。

 そうすればアサイアールはある程度、フィニリエに便宜を図らざるを得ないし、そこから少しずつ少しずつ政治に軍事に実権を蚕食できる……かも、しれない。それこそ、二階に一度くらいは。

 こちらのほうがまだ可能性はあるのだ。真っ向から勝負するくらいならば、そういう取引をしたほうが無難だ。

 にも関わらず、実際はフィニリエの即位宣言があった。

 選抜を経ない、特殊な形での大公就任……それは大公を決めなければならないタイミングで、次の大公候補者が一人しか存在しないなどの理由で選抜を経るまでもない状況、あるいは選抜を行う事ができないほどに貴族が統制を失っている状況に置いて、実力のある者が即位を宣言し、領地を持つ貴族の半数以上がそれに同意した際に実際に大公となる、そんな例外処置だ。

 アサイアールが死んだとなれば、もとより公爵家の跡取りなのだから、それは国葬が執り行われる。そうした噂は今のところ聞いていない。だから、候補者が一人しか存在しない、と言う事は無いはずだ。アサイアールが残っている。

 となると、貴族が統制を失っている状況……だとしても、アサイアールが居れば、アサイアールが宣言をするのが筋だろう。恐らくフィニリエはそれを認めざるを得ない。

「…………」

 だから、公国の現状は、ある程度限られてくる。

 ただ一つ、言えることは。

「参ったね。本格的にはならないだろうけれど、国境でそれなりに大きな戦いはありそうだ」

「なら、このままとんぼ返りする感じかしら。スカウフ、あなたが戦争にわざわざ首を突っ込む必要は無いものね」

「いや、突っ込まざるを得ないだろう。少しでも公国側の情報は手に入れたいし、それに」

 スカウフは馬車の外、紗幕の向こうをぐるりと見渡す。

 一個師団。

 スカウフ選りすぐりの近衛達。

 当然ながら……最精鋭。

 一軍団には満たずとも、それに準じるくらいの事は出来る。

「僕の護衛を参加させなければ、国境線での戦いで大敗する。護衛を参加させたところで判定負けにはなるだろうが、犠牲者の数はかなり減るだろう。だから僕たちは、このまま戦場に行かざるを得ないわけだ」

「…………」

 はて、とフレイは考えるそぶりを見せる。

 その尻尾はゆっくりと揺れて、何かを考えているようだ。

 暫くの後。

「そっか。スカウフならそう考える……」

 なるほど、それならば……でも、そうすると……なんて、独りで勝手に思考を進めるフレイに思いっきり訝しげな視線をむけるスカウフを見て、アンスタータは苦笑する。

 そして、スカウフが声をかけようとすると、アンスタータは手でそれを止めた。

 今は邪魔をしてはならないと、そう言わんがばかりに。

 尻尾は、そしてぴたりと止まって。

「どっちかなあ……」

 耳を倒しつつ、フレイは唸る。

「その様子だと、可能性は二つに絞れたのね。あなたの直感はどんな可能性を導き出したのかしら」

「にー。情報が全然足りない。考えられる可能性が多すぎるんだよ。だから直感で選ぶも何も、まだその段階に入って無いって言うか……。おいらが今言った『どっち』ってのは、だからその根本的な、いわば前提の部分なんだ。サヤとフィニーって、本当に敵対してたの?」

 それでかなり変わるんだけど。

 フレイの問いに、スカウフは答えを詰まらせた。


 スカウフらがゴーシュラント地方に入った頃、事態はもう少し進んでいて、大体の輪郭が見えてきたようではあったが、それでもフレイは頑なに直感した事の断言を避けていた。

 アンスタータが強引に聞き出そうとしても答えなかったあたり、本人もいまいち納得できていない、あるいは本人も断言しかねる状況なのだろうとスカウフは思ったが……。

 ともあれ、ゴーシュラント地方。

 その一番目を過ごす事になるとある街では盛大な宴が用意されていて、スカウフはそこに出席することになった。スカウフは、と言っても近衛も一緒だ。

 アンスタータとフレイの二人も近衛と言う事にして出席させるつもりだったようだが、二人はそれを固辞し、アンスタータが取った宿で休息を取っていた。

「レイ。スカウフも居ないし、今なら教えてくれても良いんじゃないの? あなたがあそこまで頑なに黙ってたってことは、スカウフも関係してるからなんでしょう?」

「うん。といっても、まだ詳細まではわからない。なにが起きるかな、って程度の予測だよ。予測と言うか推測と言うか。当たるも外れるも五分五分って所」

「言ってみなさい」

「フィニーとサヤは共謀してる。けど、同盟まではしていない。だからフィニーは解りやすい形での成果を挙げて、体制を確立しないといけないんだ。そのために、戦争の勝利を欲している。そこまでは良いよね」

 ゴーシュラント地方に入る直前に齎された情報。

 即ち、公国に置いて出兵の動きあり、そんな報告だった。

 兵力はおよそ、ゴーシュラント地方の国境に配備されたそれの倍程度。

 実際には僅かに少ないだろうとはスカウフの推測。

 だからこそ、スカウフが連れている精鋭一個師団という数字は文字通り、大敗と惜敗を分けるカギとなるし、だからこそスカウフは危険と知っても尚、その場に向かわざるを得ないわけだ。

「サヤはそれを止めることもできたはずだ。だけど、サヤは止めなかった。たぶんそれは、ゴーシュラント領にスカウフが向かっている事に気付いたから。スカウフの動きはおいらたちには無理でも、五大商会とかならば掴めてただろうからね、そのラインで漏れたんだろう。スカウフが単身で動けるわけが無い。護衛にある程度の数は連れているだろうと、そのあたりまでも読んだ」

「だから止めなかった。勝つ事は勝つだろうけれど、大勝利はできないと解っていたから……か」

「うん」

 そして大勝利は出来ず、精々できて辛勝となると、それを成果とは言いにくい。

 まして出兵をしてしまった以上、王国との関係は一気に悪化するし……どちらかと言うと、悪い印象のほうが大きくなる。

「けど、それだけじゃあ弱いわね。確かにフィニーも多少影響を受けるでしょうけど、精々軍の上層部を叱責しておしまい、じゃないの?」

「おいらもそこが引っかかってたんだよ。その程度じゃあフィニーを失脚させることはできない。どころか、失脚の危機にたったフィニーが、その危機を逃れれば、むしろ基盤はしっかりとしてしまう。好ましくない。だからもう一手、サヤが打つんだ」

「一手ねえ。それはどんな手だと、レイは思う? フィニー政権を破綻させるほどとなると、難しいわよ」

「そうだね。しかも、もし失脚させることを失敗した時のことも考えないと。フィニー政権をより強固にできる手じゃないと、後で事が露呈した後、サヤはフィニーに処断されかねない」

 つまり、成功したら成功したで、公国にとって大きなリターンのある行動。

 失敗したら失敗した出、フィニー政権を崩壊させることができるリスクのある行動。

「スカウフはさ。公国に間者、入れてたじゃない」

「ええ」

「逆も多分いるって言ってたよね」

「言ってたわね」

 おかしな話では無い。

 公国に王国からの間者が居るならば、王国には公国からの間者が居ないとむしろ不自然だ。

 しかし、何も急にそんな話をしなくても、とアンスタータは思い。

「…………」

 にたりと笑うフレイを見て、アンスタータは悟る。

「問題は、いつしかけてくるか、かしら」

「小競り合いが始まる前だとおいらは思うよ。じゃないと意味が無い。失敗した時に……だけどね」

 フレイはそう言ってソファに身をゆだね、にいい、と大きく身体を伸ばした。

「サヤが打つ、どっちに転んでも『利益』になる手ってのは、スカウフの暗殺。成功してもそれで良し。失敗すればなお良し。たぶんサヤは……」

 どっちでも良いんじゃないかな。

 フレイはそう言って猫の姿に身体を変えると、そのままソファの上でくああ、と欠伸をし、そのままうつらうつらと眠り始めた。

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