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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第二章 春の山風、焦土の故
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春の山風、焦土の故 (三)

 公国に差し向けた間者と接触をする、と言ってもそれは一日でどうこうできるものではない。

 よって、とりあえず接触ができるまで、アンスタータとフレイはスカウフと共に行動をすることとなった。

 もちろん、普通にスカウフの横を歩くなどということはしない。そんな事をしたら間違い無く名声が付いて回る。

 ではどうするか。

 結論から言えば、幌馬車を用いることとした。

 元々スカウフは徒歩で移動をしていたわけでは無い。専用の、国旗が刻まれたレリーフが施された幌馬車に載って移動をしていたわけで、そこに同席することとなったのだ。

 もちろん、これには安全確保などの観点から近衛が反対したが、

「いいかい。皆、よく聞いてほしい。君達は僕だけを運んでいるんだ。だって僕以外の何ものかがこの馬車に乗れるとしたら、それは父上か母上、あるいは僕に産まれるかもしれなかった兄弟と、僕の妻となるヒトだけだからね。その上で言っておこう。彼女は僕の妻では無い。だから彼女たちがこの馬車に乗れる道理がないし、その馬車に僕以外が載っている理由が無い。そうだろう? そうだよね? そうに違いないよね? え? 実際載せようとしてるじゃないかって? 君も少し考えたまえ。僕は『君達は僕だけを運んでいるんだ』と、そう言っただろう。それが事実だ。それが現実だ。それが真相だ。それ以外はただの虚構であって、つまりそれを事実にしろ、それを貫き通せと僕は命令しているんだ。良いかい。君達は彼女と彼を記憶してはならない。決して口外してもならない。彼女たちは何よりも名声を嫌う。何よりも記憶を嫌う……ふふ、さすがにここまで言えば彼女たちが何ものなのか、僕が選んだ近衛である君達にははっきりとわかるだろう? ならば何故そうしなければならないかも解るよね? 解らない? どうしても? 解る気もない? そう、ならば仕方が無い。勅命を以って命じよう。そこで自害しなさい。さもなくば彼女が君を殺すだけだし、その時、僕は何も見ていない。他の皆も何も見ない。君は不幸にも隕石か何かにぶつかって、勝手に死んでしまったと言うだけだ。たとえ刃物で刺し殺されたことが明白であっても、悪いのは全部隕石で、とても不幸な人だったなあと皆で惜しむことはすれど、それだけだ。もちろん君は戦闘で死んだわけじゃないから、遺族に年金は支払われない。だって君、勝手に死んだだけだろう。……さて、改めて問おうか。この馬車には僕以外の誰かが載っていると言う事実はあるかい? ない? 本当に? 絶対に? たとえ国王に対してでも、父上に対してでもそう答えるかい? ……ならば良い。ならば良い、ならば良い。君達は実に敏い。君達は実に優秀だ。さすがはこの僕が近衛に選んだだけの事はある。だから君達は、いつも通りに仕事をするべきだ。いつも通りを超える事をしてはならない。いつも通りを下回ることをしてもならない。すべては事実に基づいて、それを真実として行動したまえ」

 と、スカウフが説得(きょうはく)し、それは無事(ごういん)遂行(ねつぞう)されるのだ。

 閑話休題。

 スカウフはゴーシュラント領に向かう間。

 三日目にして、スカウフは多少のいら立ちを自覚していた。

 そのいら立ちの大半はフレイ・マルボナという存在のせいである。

「馬車って疲れるよねー」

 はあ、とため息をついてフレイは言う。その尻尾は不機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。

 それを見てアンスタータは、苦笑する。

「仕方ないでしょう。現状ではこうして移動するしかないのだから」

「それは解ってるけどさー。でもおいらの直感も、どこまで当たってるか、わかんないし……。それこそ、本当に気のせいかもしれないよ?」

「気のせいだったらその時は一発殴るだけで勘弁して上げるから、安心なさい」

「うん。……うん? あれ? これおいらの直感が間違ってたら殴られるの? タータに?」

「ええ」

「に゛っ」

 いつものやり取りなのだろうが、そんないつものやり取りを聞けば聞くほど、やはりスカウフはいら立ちが募ってゆく。

 スカウフにとってアンスタータ・フーミロと言う女性は特別だった。

 というかスカウフ・ウォムスという一国の王子が唯一認めた女性、それがアンスタータ・フーミロなのだ。

 言ってしまえば『名無しの竜殺し』に求婚したという然る高貴な人物というのがまさにこのスカウフ・ウォムスであり、当時十六歳であったスカウフは盛大な花束を抱え、国王の前で彼女に結婚を申し込んだ。この国の未来の為に、どうか共に歩んでほしいと。お膳立ては済ませていたし、国王の前の公式行事における発言だ。

 当然そんな発言をする以上、断られる可能性は無い。大体、断るイコール死罪だ。何せ国王の実子である王子の顔を踏みつけた上で国王の顔に泥を塗るような、この上ない不敬なのだから。

 しかし当時の彼女は笑顔でこう答えた。

「嫌よ。あなた、好みじゃないもの」

 と。

 そしてその上でこうも続けた。

「不敬と咎める? それも良いかもね。でも私、当然だけど反撃するわよ。私が何をして、何故ここに呼ばれたのか。そのあたりを考えた上で、私を殺そうと決意するなら、別に止めないわ」

 ちなみにこの時、アンスタータは既に『原姿三竜』を仕留めた後で、どころかそれの竜鱗装備まで手に入れた頃である。

 そんな人物を誰が殺せると言うのだろう。

 一方で当時のアンスタータは、殺されたら殺されたで構わないと、どこか冷めた心でそう思っていた。

 自分を殺す事ができるほどの力があるならば、その人物に自分の役割を託すことができる。むしろそのほうが楽だ。だから殺せるものなら殺してみろとさえどこかで考えていた。

 結論から言えば、結局スカウフもそして国王も、彼女を殺そうとはしなかった。

 それがどれほど無益なことかを悟っていたからである。まあ、まさか求婚を断られるとは思っていなかったので、呆然としてしまって動けなかったというのも真相の一つだが……。

 まあ、動けなかったことで命が救われたと後に気付き、スカウフが国王を説得して彼女の不敬は無かったことに、そしてますますスカウフは彼女に惹かれたりして、今に至る。

 一つ重大な事を省いた説明ではあるが、まあ、概ねはこれが正しい。

 そして当時、まだ彼女の横にフレイ・マルボナという少年は居なかった、はずである。

 少なくともあの時、彼女は王宮に誰も、そして何も連れてきてはいない。

 だから彼女がフレイ・マルボナという少年を拾った正確な時期を、スカウフは把握していない。

 その少年がアンスタータという人物を独占しているような状況にはいら立ちを覚えるが、積極的に排除しようと思わないのは、やはり彼がまだ子供だからだ。

 子供に対してさえ寛容さを失えば、到底国王などという地位には付けないのだから……。

 それでもいら立つのは、惚れた男のなんとやら、だ。

 気分を変えなければ。

 思考を切り替えようとしたスカウフに、声をかけたのはフレイだった。

「ねえねえ。すごい今更なんだけれど、おいらはあなたの事をなんて呼べばいいの?」

「……参考までに聞きたいのだが、普段君は僕の事をどう呼んでたんだい?」

「あんまり名前は出さないからなあ、おいらにせよタータにせよ。おいらだと『彼』とか『あのひと』とかだよ」

「へえ……。ちなみに、自由で良いと言ったら、君は僕をどう呼びたいのかな」

「とりあえずはスカウフ、って名前だよね。短縮するにもスカー、だと意味が変わっちゃうし、ウフはもはや原形がないし。カウ……?」

「…………」

 異国の言葉ではあるが、『カウ』と発音して乳牛という意味がある。

 それを知っていたようで、フレイはぶんぶんと大きく首を振った。

「今のなし。えっと」

 ちなみにそのフレイの後ろではアンスタータが普通に笑っていた。色々と台無しだ。

「んー。無理に縮めようとすると変になるし、スーかなあ……。でもスーだと女の子っぽいし。だから、自由でもスカウフはスカウフって呼ぶと思う」

「そうかい」

 様を付けろとまでは言わないが、さんですらも付けようとはしないんだな、とか思う反面、いっそ清々しい気持にもなる。

「他に人がいない時ならばそれで良いよ。だが、他の人がいる時は、できればさんを付けてくれ。一応これでも、僕にも立場があるからね」

「うん。解った」

 にっ、と笑顔でフレイは返事をする。

 なんとも底なしに陽気だ。むしろこの陽気さこそを求めて、アンスタータはフレイを横に置いているのかもしれない、スカウフはふと思う。

 まあ。

 彼が直感したらしい『何か』、その何かがなんであるかも、そろそろ早馬が帰ってきてもおかしくない頃……。

「伝令!」

 と。

 馬車の外から声が掛けられる。

 紗幕を払い、馬車から下りてスカウフは伝令から丸められた書状を受け取ると、それを開いて確認する。

 その中には暗号で書かれた文字列。その暗号は、スカウフが送り込んだ間者にしか教えていない、王国が用いる暗号ではなくスカウフが用いるそれだ。

 どうやら繋ぎは取れたようだ。

 伝令を下がらせて馬車に戻り、彼は馬車の中にでっちあげたテーブルもどきに置くと、内容の復号を行う。

「面倒なことやってるのね。端的に必要なことだけを書かせればいいじゃない」

「君達のような冒険者ならばそれで良いんだけどね。間者がそれをしてどうするよって話だ」

「で、内容は?」

「今、解読中……。王国で使ってるやつをさらに変換してる都合で、少し解読には時間がかかるんだよ。悪いけれどね」

「ふうん……」

「それさ。おいらたちも見えるんだけど、その辺良いの?」

「ああ。どうせ解読できないだろう?」

 そして解読できたとしても、それはそれで構わない。

 この暗号は他の暗号と違い、『問い合わせ』の時点で鍵を決め、それによって暗号そのものが変わる形だ。『いずれ解読される前提』で作られたものである以上、暗号の解法自体はむしろ簡単な部類と言える。

 もちろん、それは即ち、他の暗号と組み合わせて使う事を前提としたものである……だから少しばかり、暗号を書くにも暗号を読むにも時間はかかるが、五分ほどかけて、内容を読み解き。

「……なるほど。フレイくんにはお礼をしなければならないようだ」

 眉間に皺をよせながら、スカウフは言うと、くしゃりと暗号文を握りつぶす。

「何があったか解ったの?」

「ああ。大公の急逝、それに伴う新大公の即位。新大公はフィニリエ・ジ・カムラ公、だそうだ」

「急逝……、そういえば今、公国では伝染病がどうこうとか言ってたわね。それかしら」

「そこまではさすがに間者も断定は避けている。謀殺の線も否定できないようだ。しかし、カムラ公か……。僕はてっきり、モール公が付くと思ったのだが」

「確かフィニーは三十六、サヤは十八。丁度倍も違うんだから、そりゃ年長者を置きたくなる気持ちも解るわ。でも確かに、その二人ならサヤの方が適任よねえ」

「…………」

 フィニー、サヤ。いや、間違いではないのだ。

 だが非常に馴れ馴れしい呼び方である。一国の最高位につくような人物を愛称で呼ぶと言うのはいかなるものか。

 ちなみにサヤというのは、アサイアール・ジ・モールがフルネームで、サヤというのは幼少期の愛称……愛称というか幼称というかは微妙なところだが。

「スカウフとサヤは幼馴染でしょう。王国と公国、最近も仲は悪いし、そのあたりかもしれないわよ」

「それも、否定はできないね……」

 最近も……ただ、それはあくまで国家として政治的あるいは軍事的に見た時に限る。

 たとえば経済的には貿易が地味ながら活発で、五大商会のうちの二つは公国にも多く店舗を出しているし、逆に公国の商会でもそこそこ王国内に店舗を出しているほどだ。

 そしてそれは国王や大公の家族に置いても言えて、国王や大公というトップについた人物はともかく、その家族は存外親交が深かったりする。

 現にスカウフは七歳から九歳にかけての三年間、公国と国境を接する離宮に住まい、逆から見れば王国と国境を接する側の公国には、三歳年下のアサイアールと共に遊びながら学んでいた。

 スカウフが王国においては間違いなく次の王になる以上、それと敵対する立場が確定する大公に就くことをアサイアールが嫌がった、という可能性は否定できない。

 否定はできないが。

「とはいえ、彼は僕と約束をしていてね。彼が大公に、そして僕が国王になれば、長きにわたる戦争を終わらせようと……まあ、幼い頃の最後の契りだ、向こうが忘れてしまっている可能性もあるけれど」

「それは無いんじゃないかなー」

 以外にも、そこで横やりを入れたのはフレイだった。

 アンスタータが何かを言ってくることは予想していたが、まさかフレイが動くとは。スカウフは少しだけ虚を突かれる。

「だって、サヤはおいらたちにも言ってたもん。『おれが大公になり、そしてあいつが国王になれば、長い長い戦争を終わらせる一手が打てるんだ』って。去年の半ばごろにね」

「…………」

 えへんと威張るようなフレイから、少し視線をずらしてアンスタータへ。

 何か、人違い的なものではないか。そういう確認の視線だ。もっとも、アンスタータはあっさりと、それが間違っていないことを告げる。

「去年の晩夏、一ヵ月くらいかしらね。私とレイが国外に出てたのはスカウフの事だから知ってると思うけれど、その行き先は知ってた?」

「いや、そこまでは調べていないよ。方角的には共和国かと思ったが」

「その通り、私たちはとある依頼で、共和国に行ったわ。それの依頼人がアサイアール・ジ・モール公爵だったの。内容まではさすがに教えられないけれど、これも現状の把握に役立つ情報でしょう?」

 暫く考え込み。

 スカウフは、柄にもなく舌打ちをして伝令を呼び出した。

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