春の山風、焦土の故 (一)
『バヌ』があった街は極岩竜の襲撃と言う、王国史上でも希と言える惨事を乗り切り、復興の道筋を立てつつあった。
まあ。
何かの間違いで、天災のように竜が訪れたと言うだけの話である。
結果から言えば犠牲者は一人も出なかったし、被害は建物など、物的なものだけだったのは幸いでしかない。
それら全ては、彼女と彼のおかげ。
だが、それを語る事は許されない。
それは、街にとっての英雄である、二人の去り際。
『さてと。じゃ、私たちは次の街に行くわ。長いような短いような、ま、お世話になったわね。そう言うわけだから、私たちの事はきっちり記憶から消しなさいよ。もし万が一、私たちの名前が刻まれる、ようなことがあるならば、私たちは世界の隅からでもここにきて、精神的にも私がきっちり更地にすることになるでしょう』
まあ、自分勝手な言い分ではあったけれど、それでも彼女の語気は八割ほどは冗談だったし、一種の発破だと考えるべきなのだろう。
……二割ほどは本気だったので、その『言いつけ』は守らざるを得ないが。
それでも、今回の一件はこの街に多くの課題を突きつけた。
竜種の襲撃はともかくとして、緊急時の指揮系統……つまり誰がトップになるかという基礎的なところからして、いまいち徹底できていなかったのだ。
今回は緊急回避的な意味もあってエイバヌが指揮をとっているが、冒険者の店のマスターが街を動かすのはあまり好ましいことではない。
それらを今後どう是正していくか。
街長の選定や、それに伴う制度の作成と徹底。
やるべきことが多すぎる。
エイバヌらはそんな事を試行しつつも、復興作業に全力を尽くしていた。
幸い……というべきか、イェンナ商会を取り次いだ線から、五大商会の支援を引き出すことにも成功している。
特にヴィリオ商会が全面的な支援を表明したため、材料的な心配は無い。
ただし、建物は一日二日で建つものではないし、修繕で済む家はほとんどないという事は、つまり一度取り壊しを行わなければならない場所もあるという事である。
これを機に水道などのインフラや道路に関してもある程度の敷き直しをすることができる、と言えば聞こえはいいが、それまでの間野ざらしというのも困りものだった。これはイェンナ商会が設営キットを持ってきていたので、それを購入して凌ぐことに。幸い、イェンナ商会はそれを極めて安値で譲ってくれた。
食料についても備蓄は十分だったので、問題はお風呂くらいだ。これも幸い、近くに小川は流れていたので、そこから水を引いて簡易浴場をツエが二日で作り上げていた。一体どこでそんな技術をと思ったりもしたが、兎人なので仕方ないかとエイバヌは納得することにした。実際にはそれでは説明がつかないのだが、もう考える気力も残って無いのである。
そんなこんなで、彼の功績は大であり、結果街長の立場に推薦されそうになっているのだが、それに彼が気づくのは随分と後の、手遅れになった後の事である。
まあ。
そんな彼は、現実から逃避する意味合いもあるが、ふと思うのだ。
今頃、あの二人は今頃何処に居て、一体何をしているのだろうか……と。
その二人はというと、王国東部たるエスト州から北部ノルズ州へと街道沿いに抜け、一度中央部のセントラを経由し、西部ヴェス州のとある港町を目指していた。
港町の名前はポートリーブス。その二人組にとっては珍しく、その街は何度も訪れている所縁の地である。
尚、『バヌ』があった街はエスト州のしかも辺境だ。よって、王国と言う国の地図を見る限り、ポートリーブスは真逆に位置していて、その旅路は急いでも二週間程度はかかるだろう。
もっとも、彼らが拠点を映す時は大概ゆっくりとした移動だし、結局二週間ほどの時間はかけている。アンスタータはともかく、フレイは長旅が苦手で、あまり長距離を歩けないからである。
だから今回も、急げば二週間程度の日程の旅路を、一ヵ月半ほどに見積もって、アンスタータは一日あたりに移動するべき距離をある程度区切り、どの街で休憩を取るだとか、どの街からどの街までは馬車を使うだとか、そういう計算は終えている。どうしても馬車を使うと旅費は掛かるが、疲労度は段違いだ。まあ、馬車は馬車で疲れるのだが。
ともあれ、計画通りに進んでいれば、今頃アンスタータ達はノルズ州に入って少し経った頃の筈だった。天候に恵まれなかったとしても、エスト州からノルズ州に入ったあたりまでは進んでいるはずだ。
「やあ」
「…………」
はず、だったのだが。
そもそもその計算は、段階で言えばかなりの初期で崩れていた。
計算を崩したのはたったひとりの男。
今しがた、アンスタータに馴れ馴れしく挨拶をしたその優男である。
「やあ」
返事をしなかった事を聞こえなかった、と解釈したらしく、その男は繰り返し挨拶をした。
白を基調に銀の意匠、洗練されたデザインの、明らかに高級な素材で作られた衣服、あるいは装束。
その男は華やかな金色の髪に透き通るような青い目、その顔立ちは苛烈というよりも可憐さを連想させる、控えめに言っても美男子だった。
「やあ」
三度の挨拶に、アンスタータは大きく息をつくと席を立ち、目の前できょとんとしているフレイを抱えると、金貨の入った袋から金貨を数枚テーブルの上において、床を蹴って一瞬にして店から脱出を試みる。なんともダイナミックな、というよりエキセントリックな退店方法である。
が、店を出たところでアンスタータの動きは止まる。なぜならば扉を出たその先には騎士総勢百五十名が壁のように立ちはだかっていたからである。
「無駄だと思うよ、タータ」
などとフレイが窘めたものの、もちろんこの程度で諦めるような女では無い。
彼女は前後左右がふさがれている以上仕方が無いと言わんがばかりにフレイを一段強く抱きかかえると、大きく上に跳躍し、店の壁を蹴って方向を転換。向かいの家屋の屋根の上へと躍り出ると、驚くことに、そこにも騎士が配備されていた。
とはいえ地上にいる百五十人と比べればかなり少ない。アンスタータはそう判断して屋根の上から屋根の上へと、跳躍によって移動していく。途中フレイが抗議の声をあげたが無視。今は距離を取ることこそが肝要だ。
そうして屋根伝いに街の外に出た彼女は、街の周りに配備された一個師団というまさかの動員をされている騎士団を目視し、己の敗北を悟った。
「ねえ、タータ」
「何かしら、レイ」
「だから無駄だって言ったじゃない」
「それでもね。諦めたくない事ってあるじゃない」
やれやれ、と首を振るフレイに、うんざりとアンスタータは答える。
数分ほど待ち。
彼女たちの元に、先程の優男が当然のように訪れる。
「やあ。逃げるなんてひどいじゃないか、タータ」
「私をタータと呼んでいいのはレイだけよ。あなたごときに呼ばれたくないわ」
「あなたごときって……。タータ、おいらから見てもそれはひどくない?」
「レイ。黙ってなさい。傷に響くわよ」
響くわよ、と言いつつ、フレイの頬、ふさがり始めた一筋の傷に爪を引っ掛けるアンスタータ。当然痛いわけで、「に゛っ」とフレイが泣いた。いや、鳴いた。この場合はどちらも大差ないが……。
「やれやれ。君は頑固だなあ」
「あなたほどじゃないわ。で、何ようかしら」
「用事が無ければ君に挨拶しては駄目かな?」
「用事が無いのに一個師団もつれてくる馬鹿が居たとしたら私は殴りとば、いや、何もしないけど、絶対に何もしないけど、でもかなり呆れるわ」
「ふふふ」
優男は笑う。
「まあ、近くに君が居る事を知ってね。やるべきことはあるのだけれど、ほら、アレだろう。君に挨拶をすることができるならば、別にエスト州の役人人事が一年二年遅れても良いんじゃないかなって思ってね」
「全く良い要素が無いわ……、え、まさかあなた、やるべきをやってから来たんじゃなくて、やるべきを放り出して来たの?」
「ああ!」
「ああ! じゃないわよ仕事しろこの馬鹿野郎!」
アンスタータは握りしめた拳で思いっきり青年の頬をぶん殴る。
青年は芸術的に回転しながら吹き飛び、六メートルほど離れた地面にどさりと墜落した。
数秒後。
「あ」
と、アンスタータが間の抜けた感じで我に帰った。
その横でやれやれ、とフレイは首を振る。
「タータ。駄目だよ。殴っちゃ」
「その指摘、だいぶ遅いと思うのだけれど……どうしましょう?」
「逃げる?」
「そうしたいけど、流石に数がねえ……」
ちらり、とアンスタータとフレイは周囲を取り囲む騎士団一行に視線を向ける。
騎士団の面々はそれぞれ困惑を露わにしていた。まさか殴るとは、そんな感じの表情だ。
「ふ、ふふ。相変わらず良い打撃力だね、アンスタータ。思わず僕は感心してしまうよ」
「そう……」
なんとか起き上がってくる青年に、アンスタータは呆れるような視線を送る。
「あなたも、私に関してそういう所が無ければ、非の打ちどころが無い筈なんだけどね……」
青年は笑っていた。
「なあに、完璧な人間など居ないと言う事さ。僕にせよ、君にせよ、レイく「に゛っ!」……フレイくんにせよね」
途中フレイに睨まれて言い直したせいで残念度が跳ね上がっているが、言っていることはまともである。
フレイは案外、他人からの呼ばれ方を気にするタイプなのだった。
「はあ。私たちはなんとか、あなたに会わないで済むように、わざわざ遠回りをしたのにね……。で、あなた、この後はどうするつもり?」
「この後? そうだねえ。とりあえず折角君と会えたのだから、もう仕事とかどうでも良いんじゃないかな、うん。帰るのも良いかもしれない」
「良くねえ仕事しろ馬鹿野郎」
アンスタータの右ストレートが再び炸裂する。
先程寸分たがわず同じ距離を飛翔して、男はそのまま動かなくなった。
「ねえ、タータ。流石に二回目だし、死んだんじゃない?」
「その時は一緒に国外に逃げましょう」
「に」
とはいえ、と。
アンスタータはいかにも嫌々といった感じで、男に近づくと、足で男を転がして仰向けにする。
どうやら気を失っているらしい。
「放って置くわけにもいかないか……。いや、放っておいた方がいいかしら?」
「逃げるならその方が良いと思うけど。たぶんそうするとこの人、みんな連れて追いかけてくるよねー」
みんな。
と言って、フレイは周囲の騎士団の面々に視線を向ける。
アンスタータは大きな大きな大きな大きなため息をついた。
「全く、災難だわ……。これならまだ黒曜竜が襲撃してきた方がマシよ。比喩だけど。だから実際に来られたらすごい困るけれど」
「まったくだよね。で、どうするの?」
「起きるのを待って、なんとか仕事して貰うしかないでしょうね……。私たちが原因で王国の政務が滞ったなんて話が広まったら有名になっちゃうじゃない。悪名だって名声は名声だもの」
「確かに。じゃあ、運ぶ?」
「そんな義理は無いわ。とりあえず、私たちは宿に戻って、そこで待機してましょう」
どうせ彼の事だから、何処に泊ってるのかはすぐにわかるでしょうしね。
アンスタータはそう言って、つかつかと歩き始めたので、フレイもそれにつられて歩きだす。
「それにしても」
暫く歩みを進めたところで、フレイが口を開く。
「おいらが言えたことじゃないけどさ。あの人ってどうして、タータの居場所を察知できるんだろうね」
「本当にあなたが言えた事じゃないわね……。あなたの索敵能力って、大概、出鱈目な部類よ」
「に。それが取り柄だからねー」
「そしてそれに対する回答を敢えてするならば」
アンスタータは斜め前、屋根の上を指差して言う。
「彼自身がどうこうしてるわけじゃないのよ。ああやって他人を使っているだけ。私たちは私とレイの二人旅で、索敵は基本的にレイ、あなたにまかせっきりだけれども、彼には優秀な部下が沢山いるし、それを自由に使える立場なのよね。だから、あえて方法を挙げるならば、『人海戦術』ってことになるんでしょう」
「ふうん。でもそれって、仕事をさぼって良い理由になるの?」
「ならないわ。だから殴りとばしたのよ、二回も。まあ……」
うんざりと。
そんな声音で。
「あいつにそれがどこまで意味を持つか、微妙だけれどね……」
『彼』。
アンスタータが接触さえもしたくないと言わしめる唯一の人物でありながら、一個師団という規模の騎士団に対して自由な裁量権を持つその男の名前は、スカウフ。
フルネームはスカウフ・ウォムス。
血統書つきの純人であり、二十一歳の男性。
彼を称する、あるいは彼を表す単語や言葉は沢山あるが、ここでは彼の立場を単純に、彼の職業を以って簡潔に説明しよう。
即ち、ウォムス王国第一王子である。
竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺
第二章 春の山風、焦土の故
#19:09タイトル修正
#19:15再度タイトル修正




