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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
序章 小娘の謳、小猫の唄
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小娘の謳、小猫の唄 (上)

 様々なヒト達が暮らすこの世界は、年に二回、大きな大きな祭典が開かれる。

 それは年明けを祝う『新年祭』と年の折り返しを祝う『後年祭』という祭典であり、そのどちらもが過去を繋げて現代に至り、そして未来を紡ぐ事を祝するものだ。

 いつそれが習慣となったのか、そしてなぜそれが習慣になったのか、そう言う事は解っていない。だがヒト達が文明を歴史を紡ぎ始めたその頃には、既にそれは当たり前だった。

 今年もその当たり前の行事は当たり前に執り行われる。

 今日は年明け、新年祭。

 何処の国でも大騒ぎ、世界が歓喜に満ちる時。

 そんな時でも、いや、そんな時だからこそ、酒が入り暴れる不届き者がちらほらと出てしまうのは、致し方のない事なのかもしれない。

 もっとも、それが一般人であるならば、単に迷惑なだけで済む。お酒が抜けた後に素に戻り、気まずくなったりはするかもしれないけど、それはあくまで当事者間の問題だ。

 だが、それが冒険者同士による喧嘩だと、恐ろしく迷惑で、しかも切実な問題が発生する。

 例えば、今、この辺境の街の中央通りで起きているような問題が。

「去年のことをいつまでもぐちぐちぐちぐちウルセエんだよ! この猫女が!!」

「言ってくれるわンっ、大体、あんたが失敗したのが悪いんじゃない! この凡人! 色男にしてあげるわンっ!」

「ウルセエ! 俺は元々色男だ! それにお前、なんでそんな口調なんだよ! おかしいだろ!」

「そんなの生まれつきだわン。それに猫人なら大概だわン。それとまことに申し上げにくいのですが、あなたは言うほど色男じゃないわン……」

「本当に申し訳なさそうに言うんじゃねえ! 切実になるだろ!」

「大変遺憾ですわン」

「殴るぞ!」

「にゃー!」

 お互いに酒に酔っ払っているが故に奇妙なスイッチが入ってしまっているが、そんな気の抜けそうになる会話とは裏腹に、二人の冒険者は互いの武器をほとんど全力で振っている。

 片や軽装の女性、猫人。尻尾は隠れてしまっているが、耳が猫そのもので、髪の色も三色に分かれているので解りやすい。彼女が構えている武器は、槍だった。

 片や重装の男性、純人。黒い髪に茶色い目をした普通の人間。容姿的にも普通そのもの、そんな彼が構えている武器は、長剣だった。

 お互いにほとんど遠慮なく、女は槍で鋭く、心臓をめがけて突いているし、男も女の首を落そうと全力で剣を振りまわしている。

 困ったことに二人の力は拮抗しているようで、互いに攻撃を命中させる事も出来ずに、街の中央通りの整備された石畳や、噴水などのインフラだけが、刻々とダメージを負っていた。

「避けるな! 噴水が壊れるだろ!」

「そういうそっちこそ避けないでほしいわンっ! さっきから石畳ばっかり!」

 がいん、と一際大きな音を立てて互いの武器をぶつけ合いつつ、男と女は睨みあい、ほぼ同時に距離を取ると、大通りの隅と隅で共に姿勢を低くとっていた。

 いつでも相手に襲いかかれるように。より確実に一撃を叩きこめるように。そして、殺せるように。

 こうなってしまうと、街の住民の手にはもはや負えない。せめて住居に被害が出ない間に、どちらかが、できれば両方が戦闘不能になってくれるのを祈るばかりだ。

 これがあるから冒険者は困るのだ、とか思いながらも、そんな彼らが野盗の類から魔物、一度とはいえ中位竜種の襲撃さえも退けるという功績を持っているが故に、変に追い出すわけにもいかない。街の住民としては難しい所だった。

 そして、一陣の風が吹く。

 それを合図にしたかのように、男と女が動いた。男は重装をしているにも関わらず機敏に地を蹴り、たった一歩で大通りの端から端まで移動し、その手に持っていた長剣を横に振るう。

 が、その長剣が切り裂いたのは庭に植えられた花と、その先に在った家屋の壁だけだった。さっき、その瞬間までそこに居たはずの女は消えている。いや、影はある。上か。

 男は即座にそれを理解し、長剣を上へと振り上げる。長剣の刀身を滑らすように女は槍の切っ先を当てると、そのまま刀身を這うかのように真下へと槍撃を繰り出す。男はそれを済んでのところで回避しつつも、長剣での牽制を忘れない。牽制と言っても、もちろんそれは殺意に満ちていて、女がそのまま降りてきて居れば確実に胴体を真っ二つにしていただろう。しかし女は降りてきていない。

 見れば女は家屋の壁に蹴りを入れて穴をあけ、そこに足を引っ掛ける形で止まっていた。半ば逆さ吊のような体勢から、それでも女は槍を構えて、男に向けて投擲する。男はそれを長剣で振り払い、その間に女が視界から消えていることに気付き警戒を密に、そしてその警戒はの成果として、背後でガラスが割れる音を聞くや、振り向きもせずに背後に長剣を刺し向けると、「に゛っ」と女はうめきつつ、咄嗟に転がり回避する。一瞬で女は姿勢を戻し、向かいの家屋へと飛び移り、その家屋の窓を足場に突貫、攻撃に移っていたのだ。その時ガラスが割れた。もし彼女が足場としたのが窓ではなく、単なる壁であったならば、あるいは女の一撃が入っていたかもしれない。

 普段ならばそのような簡単なミスはしないのだろうが、なにぶん彼女も彼も酔っている。それも泥酔だ。それゆえ、お互いに普段通りの性能から、幾許か劣っているようだった。

 劣っているようだったが、この三秒にも満たない一合で、大通りを挟んだ家屋は壁が斬られたり蹴り抜かれたり、ガラス窓を砕かれたりと散々だ。

 彼女も彼も冒険者。

 それもこの街におけるトップランカー。

 本気での喧嘩だ、しかし全力の喧嘩では無い。だから被害は精々二件の家屋と噴水、石畳程度で済んでいる。

 否、済んでいた。

 しかしこの一合で、お互いに火がついたらしい。その目の奥では闘志が揺らめく。

 周囲の人々も、そんな二人の様子の変化に気付いたらしい。野次馬をしていた者たちが、いつでも逃げられるようにと僅かに距離を取り始める。

 皆が、息を呑みこんで、二人が動く瞬間に備える。

 が。

「――で、眠いのは眠いけど、それでも挨拶しないわけにもいかない、でも言葉を出すのはおっくうだなあって思って、新年明けましておめでとうの挨拶代わりにダイブしたら、全然知らない人でさ! いやあ、まさかおいらがタータじゃないとは思わなかったから大変だったんだよー」

「確かに、あんたが私と他人を間違えるのはこれが二回目か。よっぽど眠かったのね。でもそういう時は大人しく寝ているか、大人しく起きてから挨拶をしなさい。それで、その見知らぬ誰かさんには謝ったのかしら?」

「もちろん逃げてきた!」

「最悪じゃない……。レイらしいといえばレイらしいけど」

「えへへ。もっと褒めて!」

「私、今あなたを貶した筈よ……?」

「え、そうなの?」

「あなたのその能天気さって、あれよね。猫人というより犬人のそれに近いわよね」

「それは失礼だよ、犬人に。おいらはただ馬鹿なだけだけど、犬人のあれは習性なんだからさ」

「それはそれで失礼だと思うわ……」

 なんて、妙な会話をしながら、喧嘩をしている二人の冒険者の間を突っ切るように、余りにも自然に、その二人組は話しながら歩いていた。

 二人組。

 タータと呼ばれた一人は若い女の冒険者だ。恐らくは純人だろう。肩ほどまで伸ばした紅色の髪の毛に、黒い目。目はたれ気味で、おっとりとした外見ではあるのだが、そんな彼女が纏っているのは軽鎧に布をあしらったもので、防御力には期待できないものだった。決して上等な装備ではなく、駆け出しの冒険者がよく装備しているようなもので、武器らしきものは帯刀していない。強いて言うならば袋を背負っている。その袋の中に武器があるのかもしれないが、袋の大きさからして、精々短剣程度だろう。それでも彼女を冒険者と断定する理由は、たとえそんな駆け出し用の装備であったとしても、軽鎧という動きやすいタイプの装備であったとしても、一般人があえてそれを着ることは無い。たしかにその軽鎧、リングメイルは安物ではあるが、それでもある程度の値段はするし、おしゃれ目的で買う酔狂な者は居ないだろう。上に布がかぶせてあるのも、おしゃれ目的と言うよりかは髪がリングメイルに挟まらないようにした結果という感じだ。

 レイと呼ばれたもう一人は幼い少年だ。茶色と黄色がコントラストを強調している短い髪の毛に、緑色の差した金色の瞳。その耳は猫のそれであり、尻尾は茶色と黄色の茶トラ柄。会話からしても恐らくは猫人なのだろう。彼に至っては装備らしい装備をしていない。極々ありふれた普通の子供が着るような丈の短いシャツとズボン。歩みを進める度にちらりちらりとおへそや腰のあたりが覗いているのは、特に意図したものではなく、用意した衣服が思ったよりも小さかっただけだろうか。少なくとも武器を隠し持てるような服装では無いし、尻尾を出すための穴も後から自分で作ったような跡があるし、装備らしい装備が無いと言うか、本当に装備をしていない。こちらは冒険者であるかどうかさえ疑わしい。それでも彼女と親しげなのは、偶然知り合いだったというだけで、普通に一般人の子供ではないか。

 ともあれ、そんな奇妙な二人組は、あまりにも自然に歩みを進め、二人の冒険者のランカーが作り上げた死線を当然のように通過する。そんな行為を止めようにも、もはや手遅れだ。その二人組には不幸だったが、大怪我で済めば御の字、死んでも文句は言えないだろう。すくなくとも本気で喧嘩をしている冒険者と冒険者の間を通り抜けようと思う方が間違っている。いや、こんな場所で喧嘩をしている冒険者のほうが問題ではあるのだが。

 当然、その二人が横切ることで、大通りの端と端に陣取った男と女に一瞬死角が産まれる。死角が産まれる、だからこそ、男も女もより確実に『敵』を、相手を殺すべく地面を蹴る。

「今度偶然にでもその人に会ったら謝っておきなさい。レイ。あなたももう十三歳のお兄ちゃんでしょう」

「そうだね。そうするよ、タータ。でもあの時おいらの格好からして、おいらが謝ってもきょとんとされるかも」

「それは……まあ、そうね。その時は別にいいんじゃないかしら?」

「にっ」

 そう言って二人は顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。その頭上では男と女が、僅かな滞空時間で肉弾戦を演じていた。

 どうも現実感のない光景だ、野次馬の一定数がそう思う。無理もない。極々平和に会話をしながら歩みを進めるよくわからない二人組、そしてその頭上、空中で死闘を演じる冒険者たち。しかし彼らも無制限に空中に浮いていられるわけでもない。だから彼らは当然、落ちて行く。その先にはよくわからない二人組。

「格好といえば、レイ。その服、ちょっと小さかったかしら」

「うーん。おいら、とりあえず着れれば良いから、ちっちゃい分には良いかなって。ほら、あんまりに大きすぎる服だと動き難いしだらしないじゃない?」

「あんまりに小さい服でもみっともないわよ。その点、あなたの今の格好はギリギリね……。ファッションと言い張れば、ファッションと言えない事もないけど、ちょっと前衛的にすぎるわ」

「今度こそおいら、褒められた気がする!」

「やっぱりあなたは楽天家よね。楽天家というかなんでもかんでもポジティブに変換しちゃう感じかしら。ネガティブに変換されるよりかは良いけど……」

 その二人組を潰すように着地して、その後どのように動くか、もはや空中の冒険者たちはそう言う前提なのだろう。位置を確認しつつ、より自らに有利なように落ちようとしている。

 だからこそ、それは約束された大惨事だ。恨むならば自分の注意不足を恨め、野次馬の一部がそう思った。抑止できなかったことを反省しなければ、野次馬の別の一部がそう思った。

 いよいよ、よくわからない二人組の頭上へと、冒険者たちが肉弾戦をしながら落ちてきて。

 影に気付いてか、不意に少年が空を見上げる。

 眼前には、己を踏みつぶさんと落ちてくる、猫人の女。

「に゛っ」

 少年は呻くと、咄嗟に身体を丸めて痛みに備えるようにする。

 ばさり、と。

 そんな音がして、数秒。

「大丈夫よ、レイ」

「ん……あ。ありがと、タータ」

「どういたしまして」

 肉弾戦を続けている二人の冒険者を眺めながて、娘はため息をついた。

 その娘の腕には猫人の少年が抱かれていて、肉弾戦をしている二人組からは、十メートルは優に離れている。一瞬にして少年を抱き上げ、移動していたのだ。

「街中で喧嘩をするのは、あんまり褒められた事じゃないわね」

 少年を地面に下ろしながら娘は言う。「だよねえ」と相槌を打ちながら、少年は尻尾をゆらゆらと揺らす。不機嫌なのだろう。

「タータはあの二人、知ってるの?」

 娘はそんな少年の問いに、淡白に答えるのだった。

「知らないわ」

 娘の名前はアンスタータ・フーミロ。

 少年の名前はフレイ・マルボナ。

「とりあえず、ついでだし冒険者の店に報告しましょ。必ずしも私たちが彼らの喧嘩を止めなければならないわけじゃないけれど、放っておくのもあんまりだもの」

「そうだね。そうしよう」

 知名度はまだまだ低く、それに実力が伴わないタイプの冒険者たち。

 竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺は、こうしてひっそり幕を開ける。



    竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺

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