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『皇国再興:欲望のありか編』

 老人の肌は岩のようだった。

 いや、正しく岩だった。

 珪素生物ロックマン。ネロス皇国に暮らす従属種族のひとつで、ネロス建国初期からの約五万年におよぶ付き合いがある種族だ。

 その頃の従属種族は、ほとんどが独立して己の国を立てたが、ロックマンだけは変わらずネロスに忠誠を誓っている。そこから『ロックマンの忠義』という不変なものを表す言葉が生まれたほどである。

 ロックマンの故郷であるシリコニー星は、何万年も前の戦争で破壊され、今はない。それからはネロス星がロックマンの第二の故郷となったが、それもクーデターにより失われた。

 今では銀河でも数少ないロックマンのひとりとなったのが、俺の目の前で茶を飲む老人、オブシディアン・ガンテス老だ。身長三メートル、体重一トン。しゃがんだままの姿勢で茶室にギリギリ入ったはいいが、床はミシミシと音をたてて今にも崩れそうである。野点にした方がよかったかもしれない。

 ガンテス老は太い指で器用に茶碗を回し、そして俺の前に置いた。

「けっこうなお手前で」

 笑顔になると、石がこすれる音が響く。

 擬音で表現するならば、ニコッ、ではなくギシッ。なかなかの迫力である。

 とはいえ、こちらもロランから始めて十人目。つまりこれが最後の茶の湯の席である。場数を踏んだ分、それなりに対応できる。

「見よう見まねの粗末なものですが」

「いえ。あなたの先祖の部族の戦長たちが話し合う時に茶の湯を使ったというのは、なかなかに興味深いし、意味も理解できる気がしますな」

 ガンテス老の口から聞くと、戦国時代の武将たちの茶の湯も、大航海時代のアメリカのインディアンのパイプやポトラッチとあまり変わらない気がしてくる。人類が最初の都市を建設するはるか前から星間国家を建設した人々からすれば、全部ひっくるめて未開種族のやること、なのかもしれない。

「まことに興味深い。地球のあるソル星系については、私の管理していた皇室文庫にも、ほとんど記載がありませんでな。まさかこうして、自分が直接訪れる日が来ようとは、人の世はわからぬものですな」

「ガンテス老、地球の情報が隠されている理由は推測できますか?」

 この話題は、大小マゼラン姉妹ともしたものだ。

 だが、そもそもが作られた存在であるふたりは、情報に制限が入ることを当たり前の常識として考えており、疑問を抱くことがなく、得るものはなかった。

「さようですな――まず、地球人が特別な存在、というのはあまり考えなくてもよいことでしょう。地球人である銀河殿には残念でしょうが」

「やっぱりそうですか」

 ガンテス老の口ぶりにはユーモアがあり、俺も苦笑して答えた。

「私が目覚めてから調べた限り、地球人は、ごく一般的な人間型種族ですな。地球にも、特別なところは何ひとつありません。そもそも、地球か地球人かに特別な価値があるのならば、たとえ保護惑星としての制約があったとしても、何らかの監視なり守りなりの手が打たれているはずです」

 ガンテス老の言葉は、俺の推測を支えてくれるものだった。

「俺もそう思います。何しろ地球人が本当の意味で未開種族だった五万年前から放置ですしね。地球が保護惑星でありさえすれば、目的は果たせたのではないでしょうか」

「となれば、考えられる理由のひとつは、ソル星系の位置ですな。保護惑星指定すれば、ソル星系への転移座標を秘匿できますからな」

「転移座標を秘匿することに、どのような理由があるのでしょうか?」

「さて、そこまでは分かりかねます。ソル星系に何かがあるのか。それとも、ソル星系からさらに転移した先に何かがあるのか。いずれにせよ、調査は必要でしょうな」

「ありがとうございます。お言葉は、地球代官として記憶に留めておきます」

 ギシッ。ガンテス老が身じろぎする。

 今回は笑みではない。ガンテス老が、大マゼラン以上に俺とメシエの関係を不満に思っていることは、彼のプロフィールを調べて把握してある。

「ご老人としては承服しかねることでしょうか?」

「そうですな。正直に申し上げて、反対ですな」

 最初に時間凍結から解除された十人は、これから最初の植民都市が建設されるまでの三年、ネロス亡命政権の閣僚となる。

 その内閣のトップが、このガンテス老だ。

 クーデターが起きた時、ガンテス老は始祖の船の中にある記録保管庫、皇室文庫の管理人として乗船していた。そして他の三億のネロスの住民と共に時空凍結してこの太陽系、つまりソル星系までやって来た。

 けれども、政界を引退して皇室文庫管理人になる五十年前まで、ガンテス老は一世紀にわたってネロス政界で与党の大物政治家だった。二度の政府主席も務めている。

 成人したネロス皇家の全員と、ネロス本星を失うほどのこの国難にあたって、誰に亡命政権の主席を任せるかといえば、この老人を置いて他にいなかった。

「はっきり言いましょう。メシエ皇女との婚姻を取り下げなさい。地球代官としてであれば、私はあなたと協力する。しかし、皇女と婚姻をすることには、私の全力で反対させていただきますぞ」

 ずいっ、とガンテス老が身を屈めて俺に顔を近づけた。

 ミシミシミシ。茶室の床が荷重の変化にいやな軋みをあげる。ガンテス老の言う全力とは政治的な意味だろうが、物理的に全力を出されたらこの場で俺なぞミンチである。

 俺は座ったままちびりそうになったが、ぐっとこらえてガンテス老をにらみ返した。

「それがロックマンの忠義、ですか」

「さよう。勘違いされては困るが、私は地球人にも、一星銀河、あなたにも含むところはない。すべては私が忠誠を誓うネロス皇国のおんため。メシエ皇女があなたと結婚することは、ネロス皇国再興のためになりませぬ」

 ギョロン。ゴツゴツした四角い顔の中央でガンテス老の一つ目が俺をねめつける。うおお、怖ぇえええ。

 ガンテス老は“岩”固一徹な老人である。

 そして政治手腕においても経験と実績のあるネロス皇国内の重鎮だ。

 まだ三十にもならない、これまで平凡に生きてきた若造の俺が説得できる相手ではない。


 そう――俺にはこの老人の決意をひるがえさせることができない。


 そして、このガンテス老の協力がなければ、メシエが何よりも望む、ネロス皇国の再興は初手で頓挫する。

 それだけは、避けなくてはいけない。俺の最優先は、メシエの幸福だ。

「わかりました」

 俺は言った。

 こんなセリフを口にするなら、血反吐をはく方が、まだ楽だと思いながら。

「三年後を予定している、最初の植民都市建設と同時に予定していたメシエ皇女と俺の結婚を取りやめましょう」

 棒読み口調ではあるが、あらかじめ――昨夜のうちに考案しておいた文言を口にすることができた。

「おお! 受け入れてくださるか!」

 ガンテス老の肩から、プシュー、と蒸気が噴出した。呼気ではなく、ロックマンの体内を巡る冷却液が興奮で過熱して気化したものだ。

 やはり、と俺は思う。

 ガンテス老は、この件に関して、絶対に譲らぬという強い意気込みでこの茶の湯に臨んできていた。

 私的なもてなしの場である茶の湯の席で、俺とふたりきり。メシエも、他の人間もいない。ここで俺からメシエとの結婚をやめる、という言葉を引き出すことが、ガンテス老にとってどれだけ政治的な利益になるかは、言うまでもない。メシエが一緒にいて強硬に反対することで感情的なこじれがあってはまずいし、公式の会議として、記録が残る場で喧々囂々の議論になれば、そこから政治的な問題が引き起こされる危険もある。


 だから――ここまでは、俺の、俺たちの予想通りだった。


 さあ、ここからだ。

 俺は目を閉じると、右手をわきっと動かした。

 もにゅ、と掌に柔らかい感覚。

 ちゅっ、と右手の甲に、唇の感触。

 よし、と俺は目を開ける。

 勇気はもらった。前に進もう。

「現時点で俺がメシエ皇女と結婚することが、ネロス皇国に不利益をもたらすことは承知しております」

 俺は人差し指を立てた。

「ひとつは、皇国内の不和の問題です。ただひとり残った皇女が、ネロス人ではなく地球人に嫁ぐことへは不満を抱く者が大勢おりましょう」

「うむ。ですが、先も言った通り、私が不満なのではありませんぞ。今は国内が割れることで生じる損失を何としても避けたい。それゆえです」

 これが地球人であれば、自分も不満なのに、他人を自分の不満の代弁者にするな、と言ってやるところだが、ガンテス老にそのつもりがないのは俺も理解していた。個人としてのガンテス老は、隠居生活が長いこともあって好々爺である。メシエも、始祖の船を訪れた時にはガンテス老と親しく接していたと話してくれた。

 俺は中指を立てた。

「ふたつめは、皇国外の勢力に侮られること。歴史あるネロス皇国が、クーデターで故郷の星を失ったあげく、逃げ込んだ先の未開種族に降嫁するというのでは、あまりに落魄らくはくの印象が強すぎる」

「まさに。不利益としてはこちらが大きい。私が反対するのも、それゆえです」

 ギギギッ。ガンテス老が拳を握った時の音が茶室の中に響いた。

「私は、このソル星系をネロス皇国の新たな安住の地にしようなどとは思っておりません。超越体を使い、クーデターを引き起こした者。皇国であった星々を荒らしているハイエナども。そやつらにネロスの民を殺した報いを受けさせてやります。そして奪われたすべてを、取り返す。ネロス皇国の御旗を宇宙に掲げるのです。このままではすませませんぞ」

 ガシュ、ガシュー。さっきよりも蒸気の勢いが強い。つまりは、この老人にとって、より思い入れが強いことなのだ。

 復讐は、人の持つ根源的な欲求だ。地球人だけではない。宇宙連邦の歴史を紐といて読む限り、知的生物はほぼすべて、やられたらやり返す、という原則に従っている。

「ですが、今すぐとはいきません。故郷と多くの同胞を失った我らは弱い。力が必要です。そして力を得るためにも、他の勢力に侮られるわけにはいかないのです」

 俺が誘導したとはいえ、ガンテス老の言葉はつまるところ、メシエが地球人の俺ごときと結婚するようでは侮られて外交に支障がある、ということだ。

 納得はいくが、腹は立つ。

 地球人、一星銀河を侮るなよ、宇宙人ども。


 ――おいおい、何様のつもりだ? 俺はメシエとあの夜にコンビニで出会うまで、宇宙どころか、地球の中でさえ社会に埋没した人生を送るはずだった男だぞ?


 俺の中のかつての俺が、冷笑する。

 ガンテス老が最初に口にしたように、地球と地球人に、特別な力はない。この宇宙に暮らすその他大勢の知的種族と、そう大差はないのだ。クライマックスに地球の秘められた力が覚醒して大逆転、という展開は期待できない。

 そもそも、地球人の中でも俺は平均寄りの人間だ。

 精神的にも肉体的にも、特別なものは何もない。

「にゃらば――コホン」

 ここ一番というところで、うまく舌が回らない程度の度胸しかない男だ。

「どうされましたかな?」

 それでも、ガンテス老は俺の決意をかぎ取ったのだろう。岩の中の一つ目の瞳が動き、俺に焦点を当てる。

「ならば、俺が、これからの行いで、証を立てましょう。地球と地球人が、侮れない存在である、ということを。ネロスだけではなく、宇宙連邦の諸勢力に対しても」

「……」

 ガンテス老は黙ったまま、それこそ岩そのものになったかのように身じろぎもせず、俺の言葉を聞いている。

「その証が立った時、改めて俺は、メシエ・N・ジェネラルに結婚を申し込みます」

「……なるほど。本気のようですな」

 ぐうっ、と屈めていた頭を持ち上げてガンテス老は言った。

「ならば、この老人が若者に告げる言葉はひとつだけ。『やってみせろ』です。あなたが言葉通りにやってみせるまで、私の決意も行動も、何も変わりませんぞ」

「ありがとうございます」

 俺は畳に手をついて深々と頭を下げた。

 頭を下げるだけの価値はあった。

 ガンテス老は、俺が挑戦することを止めない、と言ってくれたのだから。

 老練な政治家であるから、ガンテス老は俺が挑戦して無様に失敗した時のことを考えているはずだ。その可能性が、現状では限りなく高いことも。

 失敗したことによる損失が、俺ひとりだけですめばいいが、ネロス皇国やメシエが巻き込まれる可能性だってある。ガンテス老からすれば、俺がおとなしく身をわきまえて地球代官としての仕事だけをしてくれた方が、よほど問題は少なくすむ。

「繰り返しますが、私はあなたが成功するまで、メシエ皇女との結婚に公的にも私的にも反対します。あなたの挑戦が成功して初めて、あなたを皇女の結婚相手として考慮に入れるのです。そのことをお忘れなきように」

 ガンテス老の一つ目が、柔らかい色を帯びた。

「ですが、あなたの挑戦そのものは、好ましく思いますぞ。若者は、そうでなくてはいけません。では、失礼いたします。おもてなし、ありがとうございました。銀河殿、そしてメシエ姫様」

 ミシミシミシ。ギィィィィィイイ。

 畳をへこませ、梁を軋ませてガンテス老は茶室を出ていった。

 俺は、大きくため息をついてから、後ろの襖に声をかけた。

「もう出てきていいぞ、メシエ」

「はい」

 襖の奥の狭い小部屋から、メシエが出てきた。

 メシエは昨日、学校が終わると同時にアパートの地下の転送装置を通って、始祖の船に来ている。今日のガンテス老とのやり取りも、昨夜のうちにふたりで考えたものだ。

「最後の挨拶からすると、気付かれてたみたいだな」

「そうですね。ガンテスとは、子供の頃から、何度もこの始祖の船で遊んでもらってますし……私がおてんばなのも、知られてますから」

「なるほど」

 足を崩して前に伸ばし、天井を見上げる。

「こっちが向こうを知っているように、向こうもこっちを知ってたわけか。じゃあ、俺の駆け引きも全部、見抜かれてたのかな」

「そうですね。ガンテスは銀河さんのことは何も知りませんが――」

 メシエが、畳についた俺の手を握る。俺が振り向くと、メシエの顔が近づいてくるところだった。

 俺に口づけしてから、メシエは自分の唇に指をあてて、くすっ、と笑う。

「私が選んだ男の人なんですから、自分にやり込められて、ただ引き下がるはずがない、とは思ってたでしょうね」

「信頼されてるな、メシエは」

「はい」

 俺が惚れた少女は、たゆん、と胸を張って答えた。

「しかし――どうしたものかな」

 途方に暮れる、とはこのことである。

 ガンテス老は、先の会話の中で俺がメシエの結婚相手としてふさわしいという証を立てると言った際、『いつまでに』『どうやって』とは聞かなかった。

 聞いても、俺が答えることができないと、ガンテス老はわかっていたのだ。

 この宇宙に名をあげる。

 言うはたやすいが、行うは難しい。そして具体策は見当もつかない。

「そうですね。どうしましょう」

 隠し部屋の中で俺がやっているのを見ていたのか、手順はところどころ間違っているが、なかなかに堂のいった仕草でメシエが茶を点ててくれた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 俺はメシエのいれた抹茶を飲んだ。苦い。

 現実とは、やはり苦いものなのか。

「そもそも、ガンテス老が俺の挑戦を止めなかったってのも、なぁ……」

「はい。ガンテスも今のネロス皇国の苦境は理解していると思います」

 ネロスを復興させるというガンテス老の言葉の方もまた、俺と同じで『いつまでに』『どうやって』が見えない難事なのだ。

 それくらい、ネロスは国家として追い詰められている。メシエと俺の結婚を阻止したからといって、ガンテス老の目的には一ミリたりとも近づかないのだ。

 ネロスを再興する道のりを四十二キロのフルマラソンだとすれば、メシエと俺が結婚したことによるロスは、一キロくらいか。この一キロのロスがないとしても、四十二キロを走りきらなくてはゴールできないことに変わりはない。

「俺がうまくやってみせれば、あるいはネロス再興に弾みが――ガンテス老のような政治家でさえ、そんな分の悪い賭けをしたくなる状況ってことか」

「大丈夫です」

 メシエが俺に肩を預けてきた。

「その賭け、分が悪いとは私は全然、思いませんよ」

「なぜだ?」

「私は知ってるからです。私の選んだ一星銀河という男性は、何とかしちゃう人だって」

「期待が重いなー。その『何とか』が問題なんだよ」

「私のおっぱい、欲しくないんですか?」

「欲しい」

 即答してしまう。

「じゃあ、何とかしてくださいね」

「はい」

 メシエの期待は重いが、俺の欲望は、それよりも大きい。

 メシエが欲しい。メシエを幸せにしたい。

 その隣にいられる、俺でいたい。

 分不相応かもしれないが、その欲望が俺を駆動する。

 欲望がなければ、俺は脇役だ。通行人Aだ。ここにはいない。分相応に、地球で今も変わらぬ日常を送っているはずだ。

 生まれも能力も、平凡な人間である俺がここにいるのは、メシエを伴侶として求める俺の欲望ゆえである。

 宇宙に名を轟かせるのが、俺の目的じゃない。それは俺の欲望のための道具だ。

 俺の現状は、むかし話の『長靴をはいた猫』の三男坊だ。

 あの三男坊は、特筆する力を持たない。それで何とかなる。服は盗まれたことにしてよいし、称号はカラバ侯爵でよいし、城は人食い鬼から奪えばよい。そして、そのための知恵は長靴をはいた猫に出してもらえばよいのだ。凡人には、凡人の戦い方というものがある。

 今の俺には、猫も人食い鬼もいないが、お姫様はいる。

 なら、後は欲望のありかを見失わなければよい。

「メシエ、力を貸してくれ」

「はい、もちろんです」

 俺はメシエの肩に手を回し、抱き寄せた。

「……」

「……」

 ふたりきりである。

 狭い密室である。

 欲望のありかを、見失ってはならない。

 欲望のありかを、見失ってはならないのだ。

「しようか」

「はいっ」

 さっ、とメシエの手に魔法のように目隠しが出現した。

 出勤する夫のネクタイを締め直す新妻のように、いそいそと、メシエが俺に目隠しをする。ふんふんと、鼻歌まで聞こえてくる。

 少なくとも、メシエが自分の欲望のありかを見失ってないのは確かだった。頼もしいお嫁さん(予定)である。

 俺の視界が閉ざされる。準備は万端。

 その時、茶室の外から小マゼランの声が聞こえてきた。

「メシエ姫! 銀河殿! 緊急事態が――あれ、ロラン皇子。そんなところで扉に耳をくっつけて何を? え? 静かに? なんで? とにかく入りますよ!」

 バン、小マゼランが茶室の戸を開ける音。真っ暗なので音と震動のみが頼りだ。

「……」これはメシエか?

「……」これは小マゼラン?

「あうあう」これはロランだな。

「目隠しなんかして、何してるんです、銀河殿?」

「あー……精神集中?」

 嘘ではない。

「それより、小マゼラン。どうしたのです?」

 皇女モードの、凜としたメシエの声。この状態で、その声出せるんだ。

「あ、そうでした――緊急事態です」

 俺は目隠しをはずした。

 小マゼランがホログラフを空中に展開したところだった。

 太陽系の模式図。場所は――第五惑星。木星だ。

「ソル星系の転移座標に、跳躍反応が出ています。何者かが、ソル星系に侵入しました」

 俺は目隠しを持った手を握りしめた。

 メシエと顔を見合わせる。

 ――早すぎる。

 始祖の船には、三億のネロス人がまだ収容されたまま。

 この状態では始祖の船は戦闘モードになれない。

 現時点において、最大の戦闘力を保有しているのは――

 俺は自分の右手にはまった、金色の腕輪を見た。

 俺がはめた始祖の腕輪。これが現時点での最大戦力になる。

 使うのが戦いの素人だという問題はあるが、こればかりは知恵で何とかするしかない。

「小マゼラン。俺が木星まで行く。移動のための準備を頼む」

「銀河殿、そいつは――」

「危険です銀河さ――ふにゃっ?!」

 目を閉じて、ひと揉み。すぐに目を開ける。

「ぎぎぎぎ、銀河さん! 何をっ?!」

 メシエが顔を真っ赤にして怒る。

「悪い、メシエ。続きは帰ってからだ」

 俺はメシエを振り切るようにして、茶室を出た。

 小マゼランがパタパタと羽ばたいて追いかけてくる。

「現時点で判明している情報はふたつ。ひとつは転移した物体の質量とエネルギー反応。さほど大きくない宇宙船が二隻だ。軍艦かどうかは不明」

「わかった。もうひとつは?」

「二隻の宇宙船の間の通信が一回だけ傍受できた。内容は一言、『死霊艦隊ゾンビーフリート』」

死霊ゾンビー……艦隊フリート?」

 これが、この後に続く大戦の始まりだった。


第二部『皇国再興』完


第三部:『死霊艦隊』へつづく

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