梅、桃、桜(虹色幻想17)
「桃子、一緒に死んで」
桃の花が咲き乱れる季節に、桜子は桃子に言った。
「いいよ」
「…そんなに簡単に答えちゃ駄目よ」
桜子は困った顔をした。
桃子はそんな桜子を見て微笑んだ。
「だって、決めてたんだもの。私は桜子とずっと一緒にいるって」
「桃子…」
桜子は桃子の肩に自分の顔をうずめた。
桃子は優しく桜子を抱きしめた。
「あれは桜の綺麗な季節だったね」
桃子は静かに語った。
二人が出会ったのは、この女学校に入学してからだった。
桃子は桜子の美しい姿に惹かれた。
そして人柄に惹かれた。
桜子は頭が良く、人の意見もよく聞いた。
誰からも好かれる性格だった。
それに比べて桃子は、平凡な娘だった。
秀でた才能も美しい容姿でもなかった。
そんな二人が仲良くなったのは、席が隣ということだった。
桃子はいつも隣にいる桜子にどんどん惹かれていったのだ。
「一緒に死んで」
そう言われた時、桃子はとても嬉しかった。
桜子が私を選んだ。
そのことをとても誇りに思った。
桃子は桜子がとても好きだった。
ずっと傍にいたいと思っていた。
桃子の世界は桜子が中心だった。
だから桃子は喜んで頷いた。
桜子は小さな包み紙を渡した。
桃子が桜子の顔を見ると、桜子は頷いて言った。
「これは薬。これを飲むと死ぬのよ」
目を伏せた桜子は美しかった。
桃子はその包みを握り締めた。
二人は見つめあい。
頷いた。
そうして二人は女学校の裏手の桃の木の下に座った。
小さな桃の花が可愛らしく咲いている。
桃子は包みを開いた。
小さな白い錠剤が一つ。
それを摘み上げる。
「大好きよ、桃子」
桜子がそう言って薬を飲んだ。
私も大好きよ、そう答えて桃子も薬を飲んだ。
桃の匂いを胸いっぱいに嗅いだ。
甘い匂いだった。
桃の花がヒラヒラと散って、二人の頭に、体に降りそそいだ。
「おばあちゃん、どうしたの?」
「梅の花がとても綺麗だったから、昔を思い出していたのよ」
「聞かせて」
小さな女の子は縁側に座る祖母の隣に腰掛けた。
祖母は静かに語りだした。
「女学校に通っていた頃の話だよ。とても美しい桜子という友達がいた」
桃子は庭の梅の木を見つめた。
その匂いを嗅いで目を閉じた。
「女学校で流行った遊びを私達はよくやったわ。
梅の木の下で。
桜の木の下で。
桃の木の下で。
その遊びは私達を夢中にさせた」
より美しく死ぬには、どうしたらいいのか?
それが私達の遊びだった。
死という、この世の全てのしがらみから解放されるという甘美な行為。
それに惹かれた。
梅の木の下で手首を切る真似をした。
桃の木の下では薬を飲んで死ぬ真似。
桜の木の下では首吊りの真似。
「一番美しかったのは、桃の木の下で遊んだ時だった。
花びらが舞い、美しかった。
今でも梅、桃、桜を見るたびに思い出す。
あの美しい日々を」
楽しかった日々を。
「どんな遊びだったの?」
桃子は孫の顔を見て言った。
「お前がもう少し大きくなったら教えてあげよう」
桃子は庭の梅を見て微笑んだ。
死ぬなら桃の木の下がいい、と思った。