それは転校生という名の、憐れな偶発的犠牲者 (6)
蓮春の失言から優に十分以上が経過し、
何故か今、欄房は手錠をされ、警官により校外へと連行されていた。
備え付けのスピーカーから流れる(It’s a long road)をBGMにして語られる校内放送を背に。
『皆さん、先ほど養護の伊刈乃先生が諸般の事情で外出されました。戻られるまでしばらくの間、保健室は使えません。ご留意をお願いします』
保健室の窓からそんな様子を眺めつつ、滑、蓮春、鉄道の三人は思い思いに話す。
「にしても、何度見てもシュールなうえに謎だよなあ……禁句を聞いた伊刈乃先生が錯乱すると、なんで毎度警察に連行されるんだ? 救急車で頭の病院に連れてかれるとかだったらまだ分からんでもないけど」
「いやテッチン、それより意味不明なのはその警察の後ろに控えてる在日米軍らしき集団だろ……まあそれ以前に警察も米軍も、誰も呼んじゃいないはずなのにどこから聞きつけて現れるのかだけだって考えるのやめたくなるほど不思議だけどさ……」
「神ならざる身の我々には、きっと分からないことなのでしょう。ただひとつ推測を言うなら、恐らくすべては伊刈乃先生の人徳によるものだということです」
「……あれ? ハッチン、人徳って持ってると突然無意味に逮捕されたりとかするもんだったっけ? もしかして、人徳って違法性あんの?」
「……滑の話をまともに受け取んなテッチン。思考が毒されてんぞ」
「さすがは蓮春君。幼馴染なだけあって私の冗談を即座に看破してくれるのは嬉しい限りです。そう、思えば小さいころから今の今まで唯一、私の話へまともにツッコンでくれるのは蓮春君だけで……あ、無論性的な意味合いではないですよ?」
「逆セクハラァッッ!!」
いつもの如く、最後は滑への蓮春のツッコミで一旦、話は閉じた。
もはや様式美と言っても過言ではないパターンを経て。
と、
「さて……では今回もズラリと並ぶ200丁のM16の迫力は充分堪能したことですし、そろそろ本題に取り掛かるとしましょうか」
これもいつもの如く、滑は気ままに話をぶった切るや、おもむろ窓際へ共に整列していた蓮春と鉄道を置き去りに、ふいと踵を返し、室内を移動し始める。
向かった先は、
二つ並びのベッド。
その片方。
いまだ毛布にくるまっている人物のところへ。
はて一体、何の目的で?
という、蓮春の自動誘導で追ってくる視線を受けつつ、足音を数歩と立てずに滑はベッド脇まで辿り着き、急にベッドの上へと言葉を落とす。
「大見得霧……箍流さんでしたね。名前は」
「……」
顔まで毛布に埋め、ベッド上で丸まった人物……箍流は、そんな滑の言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、微動だにせず無言のまま。
しかし、
次に続けて発せられた滑の言葉に、箍流は咄嗟で反応することになる。
「いいんですよ、悔しさで流す涙はいくら流しても。人はそれを糧にして成長できるものなんですから……」
柔らかく優しく、そう滑が言ったその途端、
それまで毛布の中に身を隠していた箍流は、かなぐり捨てるように毛布から飛び出ると、赤く充血し、驚きに満ちた目で滑を見つめた。
腫れぼったい、明らかに泣いていたらしき目で。
すると滑はさらに言葉を継ぐ。
「今の君の気持ちを当ててみましょうか? 悪人に助けられたという事実に対する何故という思いと、単純な悔しさが雑ざり合った混乱……では?」
「な、ん……え……!?」
「思うに君は、君にとって疑問であり、私にとって誤解であるさまざまの問題を抱えていると推察されます。よって、少しばかり長くなりますが説明をさせていただきましょう」
「……誤解?」
「まず、私は君が思っているところの悪人ではありません。確かに教室でいきなり君を銃撃した事実がある以上、そういう誤解を受けるのは当然です。簡単に信用もできないかもしれません。が、真相というのはそれほど単純ではないんですよ」
「だ、だったら、なんであんな真似……」
なお困惑の色が濃い顔を晒し、たどたどしく問う箍流へ、滑はわざとゆっくり間を空け、静かに、だがはっきりとした口調で、
「あれはテストです」
真顔で言ってのけた。
「テストって……それじゃ……」
「君がヒーロー足り得るか。もしくはヒーローとしてこの先この学校で戦えるだけの力を持ち合わせているかを確認するためのテストだったんですよ、あれは」
「なっ……!!」
このやり取りを傍で聞きながら蓮春は、
(……こいつ、また呼吸するようにウソ吐いてやがる!)
そう心の中で思ったのだが、
「そしておめでとう。テストは合格です。まあ、正直を言うなら多分にオマケしての合格なのですが」
「一体……あんた、何者なんだ……?」
「名乗るほどの者ではありませんよ。そう……それでも強いて名乗るとするなら、導き手とでも名乗っておきましょうか。悪を懲らすための道へと、相応しき人間を導く水先案内人とでも、ね」
「……そ、そうだったのかっっ!!」
「箍流さん、私も別に望んであんなことをしているのではないんですよ。付け加えれば、誰にでもすることではありません。君のように有望だと判断した人間にのみ、ああして厳しい試練を与えているんです。実際にいざ戦いへ身を投じ、実力や覚悟の不足で、あたら命を散らす人間が出ないように、と」
「まさか……そこまで考えられていたなんて……」
重ね塗りされてゆく滑の嘘を真に受けて、驚愕と興奮、果ては歓喜まで帯び出した箍流の表情を見て、
(しかもそのウソ、疑いもせず信じちゃってるよこのアホの子っ!!)
真逆に絶望感を増してゆく蓮春を尻目に、
突然、トドメとばかり箍流はただちにベッドの上で身構えを正し、きちりと正座した姿勢を取るや、
「師匠っっ!!」
蓮春の予測のより上をいく呼び方へ滑のことを言い改め、
「この大見得霧箍流、不束者ではありますが何卒お見限りなく、今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げますっっ!!」
ベッドシーツを引き延ばすように手を突き、マットへ深く埋まるほど勢いよく頭を垂れて叫ぶように声を上げる。
そんな箍流の姿にさも満足げな顔でうなずく滑を見とめると、蓮春は遥か銀河の彼方にでも遠のいてゆくような意識の錯覚に、壮絶な眩暈を覚えてその足元をぐらつかせた。
注釈・「It’s a long road」は、映画「ランボー」のエンディングに流れる歌のこと(歌はダン・ヒル。曲はジェリー・ゴールドスミスによる)。
以降のシリーズではインストゥルメンタルで使用され、編曲も大きく異なりますが、どちらにせよランボーシリーズを印象付けるテーマ曲となっています。
また、200丁のM16とは保安官事務所に立て籠もったランボーに対してトラウトマンが外を取り囲む警官隊や州兵を指して言った投降を促すための一種の脅しであり、実際に200人もの人間がM16自動小銃を構えていたかは描写されていません。