それは起承転結で言うところの、およそ転と結の間(6)
蓮春たちの学園へ、近隣の滑に恨みを(大抵は同時に恐怖を)抱いていた不良学生やチンピラ紛いな無頼の徒らを多数、焚きつけてその襲撃の混乱に乗じ、学園内へと侵入してきた彼方と、その標的であった滑との短くも壮絶な死闘から一夜。
朝からどのテレビ局のニュースでも流れるほどの大事件ではあったが、その内容は当然というべきか、学園長である上の意向に沿い、かなり修正という名の改竄を加えられて一般には伝えられていた。
まず、上校舎の喪失と200人以上に上る死傷者(ある意味、意外なことに今回、直接的な被害を被ったのは部外者である不良学生らだけであり、学園の生徒で明確な被害者となったのはほぼ唯一、鉄道だけであったのは普段のこの学園内の、ものすげえ世紀末っぷりを思うとむしろ不思議とすら感じるが、考えようによっては普段なら学園内の者が流すべき血と落とすべき命を、今回は外部の人間が代償してくれた、という受け取り方も成り立ちうるかもしれない。が、そうまでなってもあくまで例外とはならず、鉄板で命を落としてる辺り、鉄道の成すべきこととでも言うべきか、立ち位置とでも言うべきか、そういったものがそこはかとなく伝わってくる。まあ別に同情はしないが)については、現代教育に対する不満を募らせた学生と過激派が鉄十字学園の占拠という暴挙を目論み、用意してきた爆発物で上校舎を破壊。しかし、侵掠自体は思うように進めることが出来ず、自暴自棄となった彼らはその場で自決して果てた……といった筋書きへ変えられて。
無論、学園長たる上の関係者どころか血縁者であり孫娘である彼方が事件に係わっていた事実については完全に隠蔽された。
こんなんバレたら大問題なんてもんじゃないもんね。そりゃ隠すよね。
で、普通だったらここまでの大事どころか、規模的に考えてもこれほど馬鹿でかいガチの大事件を完璧に隠蔽しようとか思ったって、いくらなんでも隠しきれるはずはないのだが、恐ろしいことに上はそれを易々とやってのけてしまった。
世の中、金とコネクションがあればほぼ出来ないことは無いという、ものすごく嫌な実例である。
さて、
そんな汚い大人の事情を気にもせず……というか、もはや悟りの域に達して諦めた学園の生徒たちは昨日、避難先の体育館や、その他の場所で遠巻きにいろいろな惨事(主には敷地内へ侵入を図って射殺されたり、それを見て脱兎の如く逃げ出したところを靡から防備を引き継いだ欄房の、一切容赦が無い機銃掃射でもって、靡の狙撃によるものより数段、無残な殺され方をしてゆく不良学生らの姿や、突然として大爆発を起こし、跡形も無く消滅した上校舎など)を目の当たりにし、個人差はあれども大半が軽度のPT
SDを発症しながら、それでも今日も元気に皆々、変わらず登校してきている。
前日までの燦輝鉄十字学園から改め、見た目がなんか上校舎を喪失したせいで燦輝鉄丁字学園といった趣へと、変わり果ててしまった学び舎に。
ただし、
その中に含まれない生徒たちもいる。今日に限っては。
蓮春と、滑である。
昨日の激闘を終えた時点、単純な外傷だけなら間違い無く負けた彼方のほうが数段重症だったが、とはいえ勝った滑も無傷で済んだわけではない。
彼方から直撃で喰らった割には軽微であれど、広く全身に負わされた火炎による火傷。
自分で仕掛けたものの、その性質上、近距離でもあったせいでいくばくか流れ弾のように受けてしまったお手製のルートビアSマインによる鋭利なアルミ缶の破片。
さらには頭突き合戦で割れた額の傷やら、長時間に亘って踏み込み続けた結果での両足の踵骨疲労骨折やら、その他にも細かな裂傷やら何やら枚挙に暇が無い。
というわけで、特に強烈な頭突きによる脳障害などが起きてはいないかといった、割かしまともな理由を主として滑は現在、近隣の病院で検査入院の身となっている。
となれば当然、今日はいつもの面子で揃い、滑の見舞いへ行く……のじゃないかなと思いがちなところかもしれないが、そんな流れに向かう隙も与えず一言、
「うん。ここはどう考えても斜弐先輩だけで行ってもらうべきでしょ、常識的に……というか、乙女心的に考えて」
登校時点でもう当たり前のように蓮春らの教室、2年D組へと「上校舎を滑が消滅させてしまったため、行く当ても特に無いからとりあえず来た」という、無関係なクラスメイトたちにとっては迷惑このうえない理由で顔を出していた七雪と祟果のうち、祟果がやにわに発した言葉により、そこから先の展開すべては即座、決定した。
「……確かに。言われりゃその通りだわ。あたしらまでゾロゾロ付いてったりしちゃあ野暮もいいとこだし、ここはやっぱ師匠とは二人きり、水入らず……か」
「あっ……わ、私……も、それが……いいかなと……」
聞いて途端、納得した箍流も七雪も賛成の意を表する。と、重ねて、
「だよねー?」
「ねー?」
「……ねー?」
それぞれが微妙にずれながらも揃って相手側に首を傾け、横向きでうなずくよう互い、同意を求め合う。
何故だかずっとニヤついたまま話す祟果。それへ同じように察したとばかり、分かりやすく含みのある笑顔を向ける箍流。ひどく照れくさそうに、はにかんだ微笑を浮かべる七雪。そんな三人の間で。
しかし、
「えっ、なんで? どうせ見舞いに行くんなら賑やかなほうがいいじゃん。それに、なんでその一人だけ行かせるってのがハッチンて人選なわけ?」
そんなちょっとした女子らの盛り上がりの中、傍で聞いていた……というか、傍に置かれていた車椅子に載せられた(乗せられた、ではなく)白い石膏の塊が、軽い異論を唱えた。
この物体が一体、何であるかはもう賢明な皆様ならお気づきだろうが、またまたまた今回も何故か生きてた鉄道である。
とはいえ、今度ばかりは生きているという表現がどこまで正確か疑わしい。
何せほぼ全身が炭化してるわ、手足も焼け砕けてどっか行っちゃってるわ、バイタルサインが何一つ確認できないわと、普通だったら単なる焼死体でしかないはずが、どういう仕組みなのか声を発して口を利いている。
その一点だけで、今のところは一応、生きているという扱いに分類にされているが、普通に考えたらこれ、もはや単にしゃべる死体です。本当にありがとうございました。
などと、地の文としてもいい加減こいつに関する非常識な説明すんのは疲れるわーとか感じる暇も無く、いつもながら度を越した生命力の代わり、まるきりその場の空気やノリといったものを読み取る能力が欠落した鉄道の余計な発言が、果たしてどのような結果を招いたかというと、
「ヘイ、祟果ちゃん! 窓っ!!」
「オッケイ! 先輩っ!!」
すかさず声を掛け合い、阿吽の呼吸といった連携でもって祟果が即座、手近の窓を開け放つと同時、箍流の容赦や加減が一切無いマジ蹴りが鉄道の載る車椅子の背に炸裂。
窓に向かって軽やかにシュート。
教室から高速で射出された車椅子はそのまま壁へと激突し、その反動で車椅子の上から
押し出された鉄道だと思しき石膏は、まるで計算されたかのように開けられた窓の内を抜け、遥か自由な外界へと飛び出してゆく。
もちろん、それは刹那の限定された状況であり、そこから一挙、地球の重力へ引かれて急速落下していくのは自明の理。
数瞬後、脆い石でも砕けるような音が小さく下から響いてきたものの、そうした事実は知らぬ存ぜぬとばかり、
「さあ、そういうわけだから行って来な! 師匠のとこにっ!!」
「先輩、頑張ってねー♪」
「……行ってらっしゃい」
テンションの差こそあれ、どうやら共通した行動を促しているのだけは分かる三人のエールっぽい何かを聞きつつ、完全に滑の性格に毒された彼女らの行動、一部始終を傍で見ていた蓮春は、(そういうわけ……そういうわけって……なんだ?)という至極まっとうな疑問と混乱を胸に一路、気の進まない重い足取りで滑のいる病院へと向かっていった。
それがおよそ1、2時間ほど前。ホームルーム前に起きた出来事。
そして現在。
学園前から出ているバスで一本、滑の入院先だと知らされた首括記念病院前駅に立つ、その名も同じく首括記念病院へと無事到着し、もうこうなったらさっさと用事を済ませて早く帰ろうと腹を決めた蓮春が、さっさと受付で面会手続きを済ませ、さっさと滑が入院している個室の病室番号を頼りに外来棟から入院棟へと向かい、さっさと部屋を見つけて入っていった現在。
滑のいる病室内。
受付を済ませ、入室してきた蓮春のいる病室内。
気乗りしないまま、それでも一応、常識的な感覚から見舞いの品にと6缶ほど、エンダーのルートビアを持参してきた蓮春と滑、二人だけの病室内。
その中から引き戸式のドアを隔て、声が響く。
必死で何かに抗うような蓮春の叫び声と、何やら興奮しているのか、少し呼吸の荒くなった滑の声が、
「待てっ、頼むからちょっと待てっっ! というかマジで落ち着けっっ!!」
「嫌です落ち着きませんというか落ち着けませんだってここの病院たらルートビアが売ってないもので持参してきた分はとうに飲みきってしまったんですだからそのせいでもう仮に落ち着きたいと思っても落ち着きようがありません」
「だっ、だったら俺の持ってきたやつ飲めばいいだろっっ! そして頼むから手を離せっっ! それと離れろっっ!!」
「嫌です離しませんし離れませんというか離れたくありません私と唇を重ねてくれるまでは何があっても離れる気になれませんなのでルートビアはその後でゆっくりと飲みますからその前にまず蓮春君の唾液をですね」
「やめろおぉぉっっ! もはや逆セクハラってレベルじゃねえよっっ! 言ってることが生々しすぎんだよぉっっ!!」
窓から差し込む日も眩しい無人の廊下へ、
「大丈夫です言うだけでなくちゃんと実行しますからそれと安心してください痛くしたりとかはしませんからちゃんと優しく吸いますから舌とか噛んだりしませんからでも絡めたりとかはすると思いますが痛くはしませんからくすぐったいとかはあるかもしれませんけど」
「誰か男の人呼んでえぇぇぇぇぇーっっっ!!」
空しく、響く。