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それは転校生という名の、憐れな偶発的犠牲者 (3)

既のところで咄嗟に銃撃から身をかわした(と、少なくとも彼女自身は思っている)箍流は、警戒を解かずに構えたまま、まだわずかに残響する銃声を除いては静まった教室の中にあって唯一、騒がしい区画へ目を向け、困惑した頭を整理していた。


何故、自分は銃撃されたのか?


この疑問は別にいい(よくはないのだが)。


何故、自分に敵対する者が現れたのか?


この疑問も別にいい(よくはないのだが)。


そういった細々した要素をいちいち考えに含めてゆくと話が複雑になりすぎてややこしくなってしまう。


それでもし知恵熱でも出てしまったら相手の思う壺だ。


ヒーロー的思考は常に簡潔であるのがよろしい。


ゆえに、


「そこっ! そこの貴様っっ!!」


こうした言動、行動へと行き当たる。


「貴様が悪人だなっっ!!」


半身に構えて振り出した右の足先と首を蓮春との会話中で(彼らのそれが会話と呼べる代物であったのかはさておき)横を向いていた滑に対し、箍流は右手を突き出してピタリと指差しながら、断定的な言葉を投げつけた。


これへ、ロックオンされた当人の滑はというと、


ほんの一瞬、湧き上がった疑問に静止した身体を再起動させるや、ひそめた眉と表情を載せた顔をゆっくりと箍流のほうへ向けてゆく。


小首を傾げたその頭の上に、見えざるクエスチョン・マークを浮かべて。


「えーと……私、ですか……?」


「そうだっ! その手に持った銃が何よりの証拠! この期に及んで言い逃れなんて出来ると思うなよっっ!!」

「いえ、別に言い逃れとかでなく……犯人呼ばわりとかだったら素直に聞き流せるんですけど……悪人って?」


やり取りを聞きつつ、少し前まで頭を抱えていた蓮春も、箍流によって新たに湧いてきた疑問でそこそこの理性を取り戻し、二人の話がどこへ流れているのかを静観し始めた。


一旦、(基本的には聞き流すつもりだったのかよ!)という滑へのツッコミは抑えて。


すると、箍流は答えるように話を続ける。


「決まってるだろう? 悪を為す者は悪人! だから貴様は悪人! どこも間違ってないだろ!!」

「……はあ……」


考え方によっては正しいものの、いかんせん極端な論法と結論に、さしもの滑も当惑を隠せなくなった。ところへ、


「そしてぇっ! 悪人は、このあたしが……」


言いながら箍流は、すいと身を退き、膝を曲げて力を溜めたかと見えたが早いか、


「懲らしめるっっ!!」


そう言葉を継ぎつつ、床を蹴りつけ、猛スピードで滑へと飛び掛かる。


徒手空拳。


平たく言えば生身で。

よりにもよって滑に。


咄嗟、己に対してどんなヒーロー幻想を抱いているのか知らないが、無謀にもこの箍流なる少女が息をするように人を殺すことで定評のある滑へ立ち向かってきているという現実だけは理解し、正気が「お帰りなさい」してきた蓮春は早口で叫んだ。


滑が突進してくる箍流へ、その手の中にある銃を向けるより早く。


「滑! 銃は無しだっ! フリじゃねえぞっっ!!」


途端、滑は小さく舌打ちを漏らすと、胸元まで引き上げていた銃を持つ右手を構えず、不満げに懐へと仕舞い込む。


「まったく……分かりましたよ。他ならぬ蓮春君の頼みですし、ここは正々堂々……」


驚くほどの速さで迫る箍流にも動揺せず、静かにそう滑が言いかけたのとほぼ同時、


瞬く間。


まさしく瞬く間。


それほどに非常識な速度で移動してきた箍流が瞬刻、滑の目前でその歩を止めたかと思うや、これも尋常ではない勢いで放つ。


下から上へ。振り切るかのような凄烈な蹴りを。


しかも、完全に滑の頭部を狙って。


瞬間、蓮春は経験したことの無い後悔を感じた。


如何に女子の力といえど、それなりに格闘技などの経験がある人間の蹴りだった場合、大事を招く可能性は充分にある。


そうでなくとも、蹴り足の狙いは明らかに頭部。

常識的には絶対に狙ってはいけない場所である。


だからこそに悔やんだ。


(あ、ヤバイ……この娘も滑とおんなじで、加減ってもんが分かってねえ……)


ここからコンマ数秒の後、起こりうる惨事を想像し、蓮春の後悔はそうしてより強まったが、とはいえ、ならばどう対処することが望ましかったのかも思いつかない。


などと、

考えているうちに結果は訪れた。


正確に言うと、結果が訪れたのだろうと蓮春は覚悟した。


重いもの同士が高速で激突する耳障りな音を聞いた時、蓮春は思わず固く目を閉じてしまったために。


ところが、


「……やりあえばいいんでしょう?」


遅れて継がれた滑の声が聞こえたのへ、驚きと安堵の雑ざった複雑な感情から、蓮春は再び目を開く。


ただし、


その目へ飛び込んできた光景に、蓮春の感情から安堵は欠落した。


いや、さらに言うなら、驚きについても(良い意味)の驚きは消え去り、(悪い意味)の驚き……これ一色に染まる。


何故なら、滑が箍流の蹴りを受け止めていたから。


無論、これが(頭で)であったのなら、その場合もまた悪い意味の驚きしか受けなかっただろうが。


しかし違う。

衝撃の意味合いが。


確かに滑は箍流の蹴りを受け止めていた。


受け止めていた。が、


腕ではない。


足でもない。


というより、体のどの部分でもない。


箍流の鋭い蹴りを受け止めたもの。それは、


椅子。


滑が……自らが座っていた椅子。


背もたれとクッション部分以外、総スチール製の頑強な椅子。重量5.5キロ。


いつの間にか立ち上がっていた滑はそれを両手で持ち、自分の顔へ目掛けて放たれてきた蹴りを打ち落とすように椅子を叩きつけ、受け止めていたのである。


これを見て蓮春は、


(正々堂々……あれ? 正々堂々って、何だっけ……)という、かなり重めの自問自答に苦しんだものの、そんな思考すらもまた一時のことでしかなかった。


反転、滑の頭の心配から、箍流の足の心配へ気持ちがシフトしようとした時、蓮春は奇妙な違和感に気づいた。


箍流が、


笑っている。


宙空で滑の椅子に阻まれた蹴り足を高く上げたまま、不敵な笑みを口元へ浮かべて。


と、よく見れば、


蹴りを受け止めたスチール製の椅子が、


曲がっている。


最も強固な造りであろうはずのスチールパイプが交差した部分ですら、高温に晒された飴細工のようにグニャリと潰れ、無残なまでに原型を留めていない。


刹那、


「へっ……甘いぜ。あたしのキックを、たかが椅子程度で打ち落とせると思ったのか?」

「……」


余裕を窺わせる箍流に対し、珍しくも滑は厳しい顔を崩さず、声も出さない。


「ま、無理も無いわな。広い世の中とはいえ、あたしほどのやつなんて……」


言いかけ、箍流は椅子に激突した足をゆっくり降ろすと、


そこからやおら流れるように崩れ落ち、蹴り上げた右足を抑え込んで、しばらく固まってしまった。


これには何がどうしたのかと、蓮春も声をかけようとしたのだが、


口を開くか開かないかといったところで、箍流はさも何事も無かったかのように身を起こしながら、


「……そうはいないからな。そもそも、あたしはそこいらの連中とは鍛え方が……」


とまで、また言いかけると箍流は再度、身を屈めて右足をさする。


よくよく観察すれば、肩が震えている。


だがそれもまた数秒すると、すっくと立ち上がり、


「……違うんだよ。といっても、もちろん素質やセンスもあたしは別格だから、その辺のやつらと……比べるのも、こ、酷な……話……だ、けど……」


言って、やはり箍流は口元へ笑いを浮かべた。


が、両目には今にもこぼれそうなほど涙が溜まっている。


ここに来て、ようやく蓮春は気づく。


滑が何故、こうも険しい顔をしているのか。


その本当の理由を。


そして、


当事者の一人たる滑がついに口を開いた。


「……箍流さん?」

「ん……? な、何だよ……」

「痛いんだったら……別に我慢しなくても……」

「ちげーよっ! 痛くねーしっ! こんなん、全然なんでもねーしっっ!!」

「だけど、その顔……どう見ても泣いて……」

「泣いてねーしっ! ちょっと逆まつ毛が目に入っただけだしっっ!!」

「……」


どうしてよいのか分からない。


どう言ってよいのか分からない。


滑の要らぬ気遣い(というのはいくら相手が滑でもひどい言い方だとは思うが)を発端にして、教室内の蓮春や鉄道などの生徒や、教師である靡を始め、誰もが重苦しい気分を強制的に共有する、なんとも気まずい空気へと辺りが変わってゆく中。


突然、


「と……とにかくっ!!」


恐らくは、箍流が誰よりもこの空気を嫌ったのだろう。


「そういうお前の変な勘違いは置いといて、ここじゃあ無関係な人間を巻き込む! 場所を変えるぞっ!!」


どこか焦りの感が雑ざった、しかし何故か上から口調はそのままの断定的な物言いで大きく振った手を教室入口の逆側に並んだ窓……都合が良かったのか悪かったのかは人によって受け止め方の異なる話だろうが、さておき全開になっている窓を指差して吼え、やや無理くりに好まざる場の雰囲気を払拭した。


と、露の間。


場所を変えるのは提案として普通に理解できるが、そこで(何故に窓?)という新しい疑問にその場に居合わせている人間たちすべてが仲良く思考を硬直させていると、それをお構いなしに、


一弾指、


箍流はスタートの合図を聞いた短距離走者を想起させる瞬発力で即時、窓へと向かって駆け出すや、気づいた時にはもう窓枠に片手片足を掛け、


「さあ、ついてこいっ!!」


言って、半ば身体を外へ投げ出していた。


のに対し。


滑はというと、


「嫌です。というかここ二階ですよ? 怪我したら困るじゃないですか」


ひどく冷静に箍流の誘いを切り捨てる。


須臾、


すでに全身を宙空へ躍らせていた箍流の耳にその返事が聞こえていた可能性は甚だ低いものの、傍から見ていた蓮春の目にはなんとなく、


今まさに自由落下を始めた箍流の目が、


窓越しにも(……えっ!?)という、手前勝手な要求がすげなく却下されたことへの落胆でわずか見開かれたように見え、そして消えた。


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