それは起承転結で言うところの、およそ転と結の間(4)
果たして何が起きたのか。
たったそれだけのことを知るため、箍流や靡を始めとし、つい先ほど到着したばかりの七雪や祟果も予想外、時間を費やすことになった。
その場に居合わせたほぼ全員が、辺りを舞い散る埃や煙だけでなく、滑の発した強烈な光のせいで、直視こそしていなかったため症状は軽いものの、それでも受けた幻惑現象によって一時的な視覚障害を引き起こし、ただでさえ視界の悪い状況がさらに把握困難な状態となっていたためである。
が、それらも何もかも、通常より時間が掛かる原因でしかない。
時とともに自然、すべては改善され、判明してゆく。
徐々に回復を始めた視力で各々がまず、ぼんやりと確認したのは滑の姿。
額から血を流し、腰を落とし、何故だか、すり鉢状に大きく抉れた足場へ立つ滑の姿。
そして、
その足元に細かな瓦礫と共に埋もれるよう横たわる彼方の姿。
靡の投げた二本のナイフが突き刺さったまま、さらに滑が力任せ掴んで引き付けた際、肩も脱臼したらしく、もはや腕としての機能を完全に失った、ほとんどミンチ状の右腕。
本来ならゲルマン魂(物理)プラスアルファ、Deflagraterとしての爆燃能力とで力押しに滑を潰すつもりだったものが、逆に想定外な野蒜の実質的退場で、封じられていた爆破能力者、Exploderの力を取り戻した滑の、大和魂(物理)プラスアルファ、極めて狭い範囲で限定的に繰り出したアトミック・パンチ(比喩でないのがなんとも恐ろしい、マジの熱核爆発を伴うゲンコツ)でもって、手首の先がほぼ消失したように見えるほど破壊され、その先……手首から上も、服を含めてズタズタになった左腕。
帽子はどこへ失せたものか、柔らかなブロンドの髪を扇のように床へと広げ、滑と同じく額からの出血で濡れた顔を何故だか楽しげとほころばせ、瞑目した両眼はそんな彼女に現在、微塵の意識も残っていないことを物語っている。
他、全身もあらかた滑の起こした爆発の影響でぼろぼろとなり、上着もスカートもシャツも半ば切れ端程度だけがわずかに白い柔肌を隠してはいるが、露出した部分もまた無数の熱傷と裂傷とで無残なまでに傷つき、とても痛々しくてまともに見られたものではない。
そんな滑を、彼方を、二人の状況を、しばし箍流たちは呆然と見つめたまま立ち尽くしていた。
だが、
そうして遠巻き、黙って観察すること数秒。
急に膝から、滑が崩れるように前のめりに倒れてゆく。
かと思った次の瞬間、
それが、
倒れ落ちるはずだった滑が、
思い掛けない人物の腕へ抱き留められた。
なお残る軽微な視覚障害からピントがずれ、曖昧としたままの視界の中へと突如、現れた蓮春によって。
瓦礫やその瓦礫の元となった、砕けた床の小さな窪地へバランスを阻害され、ぐらぐらとおぼつかない足元の中、あの滑を拙いながら、どうも危なっかしいお姫様抱っこをした体勢となり、胸元へと深く抱え込んだ信じ難い格好で。
と、そのあまりの意外性に驚く外野の様子など気にもせずとばかり、実際は突然に出てきたわけでなく、その場の誰より滑と彼方の近くにいた蓮春の胸元へ抱きかかえられつつ、安堵から気抜けしたような溜め息をひとつ吐くや、何故か両の瞼を閉じている蓮春へ向かい、乱れた呼吸を隠しもせず滑は語り出す。
「……不覚……ですね、私とした……ことが。まさか蓮春君に……助けられるとは……」
「言ってろ。それに、助けたってほど大仰なこたぁしてやしねえよ。倒れそうになってたから支えたってだけだ」
「なら……何も、抱き上げなくても……済んだと思いますが……? それに、博愛主義の蓮春君が助ける対象を選ぶというのも珍しい……自分で言うのも何ですけど、私よりよほど、そこに転がっている彼方さんのほうが……重症ではないかと……」
「……長い付き合いのくせして案外お前、俺の性格を分かってねえな……いくら相手が女子とはいえ、腐ってもお前の血縁なんだろ? その娘。なら、死んでさえなければ大抵のことは大丈夫だろうよ。しかも間違い無く今回、この騒ぎ引き起こした張本人ってこともある。悪いが、俺だって別に聖人サマってわけじゃねえ。悪さした娘にまでわざわざ情けかけるほど、俺の情は潤沢じゃねえからな。有る分を必要な相手にだけ使った。そんだけの話だ」
「……なるほど……」
聞いて何やら得心したのか、瞑目したままの蓮春を習うように滑は束の間、自らも瞳を閉じると、呼吸を整えるためか、はたまた心情的な反応からか、深い息をひとつ吸い、そしてゆっくりと吐き出しながらなお、質問を続けた。
「では……そちらの件は納得しましたのでさておき、この……妙にロマンティックな状況のほうは一体、どういった理由から……ですか? 蓮春君の性格を見誤っていたらしきことについては承知しましたけど……それでも……たかが倒れそうになっていたところを支えるのに、ここまでする……理由は……?」
「これもこれ、何も妙な雰囲気にしたくってしたわけじゃあねえっての。単に今は、ただ支えるってだけのほうが難しいからこうしたんだよ。お前の起こした爆発、やべえと思ってすぐ目を閉じたから直視こそしなかったけど、それなのにガッツリ目が焼きついちまった……これじゃ、しばらくまともにゃ何も見えそうに無え。となると、下手に肩だけ貸して、お前が重心を崩したら一緒んなって俺まで倒れかねねえとかっていうのは怖い。そんならいっそ、丸ごと支えちまったほうが楽だし、安心……かと、そう思ってさ」
「……はて? 今は目があまり利かないと言っていたのに何故、私の位置が……?」
「お前の息……というか、お前ってほぼ全身がルートビア……ハッカ臭えから、さほど見えなくっても大体の位置だったら分かんだよ。これだけ埃やら焦げ臭やら漂ってても、お前だけはひときわ湿布みたい匂いがツンと鼻に刺さってくるんで、下手すりゃまったく見えてなくても見つけられる自信あるぜ?」
「……また、随分とレディに向かってデリカシーの無いことを……無神経に言ってくれますね……普通、男性から女性に対してはもう少し配慮のある言い方をするのが常識的でしょうに……まったく、やはりまだ歳若い蓮春君に、紳士としての振る舞いといった高尚なものを期待するのは、いささか過度でしたか……」
文面どおりなら明確、不服と取れる答えを返しつつ、しかしどこか滑の声は嬉しげな調子を含んで響く。
そんな彼女の様子を受けてことさら、眉をひそめる蓮春の内心を見透かし、その変化を楽しみでもするかのように。
「にしても……彼方ちゃんとか言ったっけ? その娘。いくらお前の親戚っても、まさかお前をここまで手こずらせるたぁ、さすがに俺も驚いたよ」
「今回は……相手の策へそのまま乗っかって……そのうえ、こちらは真正面からでしたからね……いつもはその逆なんですが……」
「ま、らしくねえとは思ってたけど、そういうことか……でも、なんだってそんなことになったんだ? お前が考え無しに、感情を剥き出しで戦うなんて、今までに何度もあったことじゃねえぞ」
「……なら、むしろ分かるはずでしょう? 今まで数えるほどしか無かったことなんですから、その辺りの共通点を思い出してもらえれば……」
「……ああ」
何故だか、どこかしら恥ずかしそうな様子で聞く滑へ対し、蓮春はさも言いたくなさげに小さく返事をすると、
「そりゃまあ……予想ぐらいならついてるさ。俺だってそこまで朴念仁じゃねえからな。けど……」
わざとらしく、ぶっきらぼうな口調を取るや、
「分かってても言わねえぞ。絶対に言わねえ。誰がそんな公開処刑、進んで受けんだよ。てか、なんだ? この高度な羞恥プレイ。俺、今なら(能力持ち)じゃねえけど、顔から火ぃ出せそうだわ」
どうにも複雑な感情を抑え、舌打ちでも漏らしそうな勢いで忌々しげに答える。
途端、
「って、お前っ! ナニ頬とか染めてんだよキモチワリィなっっ!!」
「……なんだ、やっぱり見えてるんじゃないですか。ほんと……昔からそういうの、とぼけるのがまるで下手ですよね……蓮春君は……」
保たれた無表情な顔へ、やはり何か嬉々としたものをほのめかしつつ、額からの出血とは別件、なおも紅潮してゆく彼女の顔を、ようやくに取り戻し始めた視力で至近距離から微か捉え、どう足掻いても照れ隠しとしか聞こえないがなり声を上げる蓮春へ、相も変わらず人の感情をわざと逆撫でするのを楽しむよう、滑は返した。
徐々に遠く、どこからか機関銃の乱射音に混ざり、校門……校庭側から学園内へと響き渡り聞こえてくる、何者かの狂おしい雄叫びの中で。