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それは起承転結で言うところの、およそ転と結の間(3)

1961年10月30日。

北極海のソビエト連邦領、ノヴァヤゼムリャ。


現在も単一兵器としては最大の破壊力を持つとされる水素爆弾、「爆弾の皇帝ツァーリ・ボンバ」が、大気圏内核実験のため使用されたのはこの日、この月、この年のことである。


実際には約100メガトンの出力を持たせることが出来るよう設計されていたものの、実験に際しては諸般の事情から出力を50メガトンまで抑制し、用いられた。


が、それですらその威力のほどは凄まじく、爆発によって発生した衝撃波は地球上を三周したという。


TNT換算でおよそ50000キロトン。


この威力を超える単一兵器は今もなお存在せず、ツァーリ・ボンバ自体も実験に使用された一発のみでこれ以降、未ださらなる製造はされていない。


さておき、


いきなりまるでこれまでの話と係わりの無い話題を語ったところで閑話休題。舞台を戻そう。


埃と煙、ルートビアの甘い香りと燻る焦げ臭さの立ち込める中、なお死闘の続く中央階段前。


その時、その場、

滑と彼方が繰り広げる戦いの成り行きを見つめていたのは、この時点でわずか五人の人間のみだった。


さらに、

その中でも冷静、理性的に見ていた人間のみと絞ればもう、ただの一人しかいない。


斜弐蓮春。彼、ただ一人。


彼だけが二人の戦いの顛末を唯一、整然とした心持を保って客観的、見つめ続けていた。


両者とも、両腕と額をぶつけ合い膠着した状態となったところからしばしして、そのうち彼方が半ば差し違える覚悟で(そうならぬよう彼女なり、厳密なコントロールのもとにおこなったことではあるが)超近距離戦での能力発動に伴い、二人の接点……双方の拳が、やにわに発火したのが恐らくは、一般的第三者視点での転機。勝負の分かれ目。


大抵の人間……ほんの少し離れた場所で同じく、ちょっとした戦いを(滑と彼方の戦いに比べて、という注釈つきで)、しかもこれまた同じく、野蒜が取った時間稼ぎの策にまんまと嵌り、全身を蛇のように絡みつかれて自由を奪われた箍流のせいで膠着してしまった戦いを続けていた靡、箍流、野蒜らの、それぞれ異なる不安と驚きに彩られた視点からすれば、その辺りが分かれ目。


そう見えていた。

が、


蓮春はこれまでの長く、加えて出来ることなら思い出したくも無い多くの経験上、こうした戦いがそれほどすんなりと決着しないだろうことを予測していた。


そして、


そんな蓮春の予想は極めて速やかに、しかも正確に実現する。


ターニングポイントは離れた位置から、やにわに響いてきた二つの声。


「先輩っ!」

「獄門坂さん!!」


いずれも女子の、甲高い二つの声。


それを聞いて瞬時、蓮春はそれら声の主を察し、そして同時、


(やっぱりな)と心の中でつぶやいた。


声を上げ、現れたのは七雪と祟果。


突然、形相を一変させ、しかもいきなり教室……隔離校舎の真上、複雑な積層構造によって通常兵器はもちろん、大抵の熱核兵器でも破壊不可能なはずの重厚三階層をごく当たり前のように爆破してぶち抜き、自らも足元へ発生させた限定的爆発でそこから一般校舎のある中央区画へと人間砲弾よろしく飛んでいったのを文字通り目の当たりにした二人は、しばらくの間こそ怒りに任せた滑の、あまりの豹変振りに恐怖心で硬直してしまっていたものの、少し経って落ち着き始めると即座、極めて純粋な良心から滑の身を案じ、思えば別に「ついてきちゃダメ」と言われたわけでもないしという軽い理由で、やおら互いに顔を見合わせて気を入れ直すや、自分たちもまた滑が穿っていった穴を通って地上に……向かうはずはなく、普通にまだ通行許可が下りたままのエレベーターを使い、ようやく今、いろいろとすごいことになっちゃている半壊した中央階段前へ到着。


状況を一望し、ほぼ瓦礫と化した現場の中心で彼方と激突している滑の姿に思わず揃って叫び声を上げたことで、それからほどなく、蓮春の読みどおりにすべてが決着へと至る。


二人の叫声を聞き、反射的に彼女らのいる方向へ視線を向けなかったのは、そんな余裕の無かった(仮に余裕があったとしても恐らく、目先のことで興味が飽和しており、目を向けはしなかったろうが)滑と彼方以外、その場にいた人間はことごとく七雪と祟果らをまったくの無警戒で見た。


これが何を意味するのか。それがまさに核心。


七雪に関しては特段、何といったこともない。見られた彼女も、見た誰しも。


だが、


問題は祟果である。


他人の害意・悪意・殺意へ反応し、寸刻の間も与えず相手を呪殺する、「見たら死ぬ系」女子。


蓮春、箍流、靡の三人については耐性というべきか、すかさずの対処(害意・悪意・殺意を向けない)が事前情報のおかげで可能だったため辛うじて無事だったが、そうでない人間はどうなったか。


というかつまり、

野蒜はどうなったのか。


手短に言うとそれは、彼女に限ってはおおむね幸運と不運が半々な結果だった。


すでに何度も話したとおり、野蒜は(能力持ち)の人間にとって最大のアイデンティティーである、その能力自体を使用不能にするという特異な(能力持ち)。


別けて(能力持ち)の中でも、能力への依存度が高い相手なら高い相手ほど理屈の上では相性が良い。基本的には。


しかしこの(能力持ち)相手にはこの上なく強力な能力。実は極めて単純かつ致命的な弱点が存在する。


それは、


「自動発動などの条件・理由で能力発動までの時間があまりに早すぎるタイプであった場合、即時対応・即時能力制限は不可能」だという点である。


そのため急に駆けつけてきた七雪と祟果をそのまま直視してしまった蓮春、箍流、靡、野蒜の四人のうち唯一、野蒜だけは耐性の面も含め、完全無防備な状態で祟果を見てしまった。


が、さすがにそこはそれ。

腐っても野蒜は制限能力者、Restricterリストレクターだったということなのだろうか。


自動発動タイプの能力でこそなかったものの、さすがに能力そのものに起因する性質がいくばくか影響してくれたらしく、体中の穴という穴から血を吹き出して絶命するといった通常の(そして最も凄惨な)展開には至ることなく、口から大量の泡を噴いて失神するといったのみで、幸運にも事無きを得た。


まあ、まるきり何事も無かった蓮春や靡、そこまでの流れと体勢の関係で、自分の背中へ白目となって完全に意識を失い、倒れこんできた野蒜を、むしろ心配すらして背負い支えた箍流などと比べてしまうとどうしても被害程度の差が大きく映るが、そもそも害意・悪意・殺意などのいずれかを持った状態で直視した時点で問答無用に即死させられるはずの能力を喰らいながら、卒倒するぐらいで済んでいるのは間違い無く、野蒜自身の福徳によるものであろう。


ただし、


これだけなら野蒜へ限定しての話。


実のところ、運の回った人間はまだもう一人いる。


野蒜が倒れたことから、副次的な幸運……いや、


どこかで覗き見している悪魔が、面白がって悪戯にもたらした悪運とでも言うべきかもしれない。


もう一人の運を味方につけた人間、滑に関しては。


刹那、能力無しでほぼ互角であった状態から一転。


枷は外れた。

檻は開け放たれた。


安全装置は解除された。


野蒜の能力制限という影響下から開放され、(能力持ち)としての、滑の封印は文字通り解かれた。


まだ、到着したばかりの七雪と祟果へ目が行ったままの箍流や靡を他所、とうに何もかもを察知し、理解し、諦めた蓮春の目は、瞬く間にその圧力と強度を高めてゆく滑の右手内部から発せられる光を見ていると、まるでそんな蓮春の頭へ浮かんだ言葉を代弁するように彼方はどこかぼんやりとした様子でポツリと、


「……チェレンコフ放射……」


零したかと思うや瞬間、


眩しいという感覚すら忘れ、ただ真っ白とだけ認識される視覚と、無音と錯覚するほどの圧倒的な空気の振動、そして、


そんな中でも、うっすら消えゆくように滑の放つ光の中へと溶け込み始めた自分を感じ取りながら彼方は、唖然とした顔に瞬刻、


「……ズルイなぁ滑ちゃん……運まで味方につけるとかって、それ……いくらなんでも反則じゃん……」


苦笑でありながらどこか満足げ、奇妙な微笑みを浮かべつつ、言っていることとは正反対にまるきり毒気の無い悪態を漏らすと途端、


白い光の球体に擬態していた滑との拳の接点……この時点ではもはやその実体は超高温、超高圧、超高密度の爆発点……の中へと飲み込まれ、


一瞬にして影すらも残さずに、爆ぜた。


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