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それは起承転結で言うところの、およそ転と結の間(2)

滑から彼方へ。彼方から滑へ。駆け巡る青春というわけでもないが、ともかく。


互いに火が出るような頭突きの応酬を追えて後、その場へしばし微妙な静寂……というか、膠着が生まれた。


滑も彼方も荒くなった息を少しずつ整えつつ、笛のように高い喘鳴を混じらせた呼吸を繰り返し、双方、額を密着させて姿勢を固めている。


彼方の右手首を握り締め、その自由を奪い続けるためになお力が入る滑の左手。


拳と拳を激突させて静止し、牽制の意味も含め、いまだその体勢のままとなった滑の右手と彼方の左手。


さらに、そんな両者の双腕を左右に控え、中央で衝突し、これまた互いに押し合った形で停滞を余儀なくされた様相。


傍からは、それはまるで二人の人間が横向きに三点倒立しているかのようにも見えた。


無論、上半身の状態に限ったことであり、下半身はまるきり姿勢を異とする。


中心でぶつかり合い、そのまま単純な力での押し合いを続けるゆえに両者とも、足元の踏み込みはなおも力を増し、どちらもほとんど足首まで、剥離したリノリウムの床材と、もはや砂利のような大きさまで小さく、細かく砕けたコンクリート片の中へ、灰白色の粉塵と鈍い破砕音を上げながら埋没してゆく。


蹴りや、足を絡めるなどの行動はもはや不能。

そんなことをすれば、一瞬とはいえ致命的な隙を生じてしまう。


手も拳も、加えて頭部すらも、力が拮抗している今の状態を下手に崩すのは同じく、どう体勢が変わるか、隙を生んでしまうか分からない以上、無闇には動かせない。


ゆえにこその停頓。行き詰まり。

そのため、滑も彼方も動かない。


というより、動けない。


次なる一手をしくじれば、ほぼ間違い無く勝負が決する。

もちろん、しくじった側の敗北という形で。


だから動けない。

そうした止むに止まれぬ理由から、滑も彼方も不本意な不動を貫く。


密着し、割れた額から流れ出す互いの血が、鼻筋を通ってポタポタと床へ滴り落ちてゆくのを、熱い感触として知覚しながら。


だが当然、

そのような状況がいつまでも続くはずは無い。


均衡はいつかは破られる。


そして、


「……確か……前もこんな感じだったよねえ滑ちゃん……悲しいけど正直、私の実力じゃあ良くて、ここまでが限界……運が良くて、ここまで……今まで、何度も喧嘩してきたけど、いつもどんなに上手く運んでも、いつも……いつもいつも……ここまで……」


均衡を破ったのは彼方だった。


「だけどさ……今回は事情が違う……今、滑ちゃんの拳(大和魂含有)と私の拳(ゲルマン魂含有)はぶつかり合ったまま拮抗しちゃってるけど、そこからいつもなら滑ちゃんがプラスアルファしてきて、私が負ける……そう、負けてきた……でも、今日はその逆……滑ちゃんは今回、プラスアルファできない……代わり、今日プラスアルファをするのは……」


近すぎて焦点を合わせきれず、ぼやけた瞳で滑のぎらついた双眸を捉えつ、彼方はうっとりとした口調でささやいたかと思うや刹那、


「私だっっ!!」


咆哮するや、滑の右拳と接触している彼方の左拳が突然、燃え上がる。


規模こそ二人の拳が合わさる範囲程度でしか無かったが、たちまち周囲の大気が高熱にぼやけ、視界を歪曲させる様は、決してそれが軽微な熱量の放出でないことを語っていた。


その証拠、双方の袖口はたちまち炭化して燃え落ち、二人の拳もまた接触面から急速に赤黒く痛々しい変色を始めている。


にもかかわらず、彼方は痛みも熱さも感じている素振りも無く、額の出血が滴る顔へ不敵な笑みを浮かべ、さらに叫んだ。


「いつもなら、ここで滑ちゃんが自分にも返ってくるダメージも気にせずExploderエクスプローダーの力を上乗せしてきて、問答無用に吹っ飛ばされるってパターンばかりだったけど、今日は違うわ……今日は私が……私の力、Deflagraterデフラグレイターを上乗せして勝つっ! 範囲の限定……威力の加減……何より自分と相手の被ダメージ比率の計算と調整……この日のため、より精度を上げてきたこの私の力で、今日こそ徹底的に滑ちゃんを焼却してやるっ! その全身……髪も、皮膚も、肉も、骨も……血の一滴すらも、くまなく……炭化どころか気化するまでっっ!!」


刹那、

勝利の確信に満ちた歓喜を大音声で張り上げると、今度は滑の左手に掴まれていた彼方の右手首付近から新たな猛火が噴き出した。


途端に人の血肉が焼ける、燻った黒煙と不快な臭気。それらが急速に辺りへ広まる。


そんな中、彼方の顔へ刻まれた笑顔は徐々に過ぎた愉悦へ引きずられ、歪んでゆく。


だが、


歓声すら漏らしそうな彼方の耳へ転瞬、


「先輩っ!」

「獄門坂さん!!」


斜め後ろから急、飛び込んできた聞き慣れぬ女子の声、それも一人ならず二人分の声に対し、咄嗟の疑問を表情へ重ねる。


と、瞬間。


ぼやけた視野の中、朧に映る滑の全身を包んでいた淡く青白い光が一層、皮膚がひりつくほどの見えざる圧と強さを増しつつ依然、熱量を上げ続けている自分の左拳へ接触したままの右拳に次第、何やら漠然とした破滅感、茫漠とした危機感を伴い、集中してゆくのを目にした。


それはさながら、対極、反比例。

偶然か必然か、朗然と鮮明。


突き刺すような圧力を持った殺意にどす黒く、禍々しく染め上げられた両の瞳で、自分を睨み据えてくる滑の内部から滲み出してくるかの如く。


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