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それは大事件という名の、文字通りの大事件(9)

彼方の能力……Deflagraterデフラグレイターは、滑のExploderエクスプローダーと単純に比しても甲乙が付けられないほどに強力である。


物騒な話だがこの二人の能力、まったく後先を考えず全力を出して使用した場合、最良でも地球消滅。最悪だと宇宙を消滅させるくらいはできてしまう。


滑と彼方。どちらがやっても、だ。


ゆえに、二人の両親と祖父たる上、そしてアインクライネスは滑と彼方が能力持ちとして生まれたことを知った時点で何よりまず、その力のコントロール方法を習得させることに腐心した。


何せ、ほんのちょっと二人がうっかりしちゃっただけで、いきなり火星が繰り上がり昇格で太陽系第三惑星になっちゃうという、もはや危なっかしいだとかなんだとか、そんなレベルを完全に通り越した次元の話である。


むしろ二人の、方向性こそ違えど共通して歪みまくった性格を思えば、よくもまあ今の今まで地球が存続してたなあと、全人類の幸運を讃えたくすらなる。


まあ、能力の発現が滑も彼方も物心のついた後だったのが何よりの幸運か。


いくら凄まじく歪んでいるとはいえ、二人もまた生物学上は一応(ひどく疑わしくはあるが、とにかく一応)人間であり、生物である。

生物である以上は生存本能がある。自己保存欲求もある。


そのため、どのような状況下にあっても彼女たちは無思慮なパワーの開放をおこなったりはしない。


如何にメインキャラ補正があっても、さすがに自分の能力によって発生させた事象ではダメージを受けないなどと、そこまで都合の良い補正は無い。


宇宙や地球が消滅すれば当然、問答無用で自分も死亡するし、そこまでの威力でなくとも充分に死ねる。


なればもちろん、自らの力を行使する際は常に適正な威力を計算しておこなう。


少々加減を間違えただけでも簡単に全人類を巻き込んだエクストリーム自殺という結果が高確率で待ち構えているし、そこまでひどいズレが無くとも、肉体的ダメージはきっちり受けてしまう。


そうしたことをなんだかんだで分かっているだけに、滑と彼方、客観的には百人が百人ともが揃って「クレイジー!!」と迷い無く断ずるであろう精神病質者にして、比喩じゃなくマジで世界を破滅へ導く程度の力を、それぞれ単体で持っているこの二人がガチ喧嘩している現状にも係わらず、今のところ目に見える範囲の最も大きな被害が校舎の損壊のみで済んでいるのは、まさしくそういった彼女らの自己防衛本能によるものだろう。


それに、そうでなければ過去、親戚の集まりと家族会議とによって喧嘩禁止令が発令される以前におこなわれた二人の喧嘩の際、たったひとつの大切な僕らの青い地球が、顔見知りへ対するオハヨウの挨拶並みに軽い感じでこの宇宙から消え失せていたとしてもまるきり不思議ではなかったのだから。


というか、その辺りを危惧した予防策が、結果として滑と彼方に対する喧嘩禁止令ってことでもあったんだろうね。


そう思うと、結果論とはいえ僕たち世界人類すべてのことまで考えて決め事をする家族会議とかって、なんかすごく無駄に壮大だね。


などと、


説明のつもりが途中、話が著しく脱線し、車止めへ派手に突っ込んだところでいい加減に話を戻そう。


上記の通り、滑にも彼方にもそれなり(何が恐ろしいといって、あくまでも「それなり」でしかないというのがアレだが)生存本能由来の理性と、幼少期から周囲が必死になって刷り込んできたパワー・コントロールの癖が身に染み付いている。


それゆえ、滑が初撃のファイア・ウォール(コンピュータ用語的なものではなく、ガチ物理)を多少の被害覚悟で強引に突き抜け、今や相当な近距離まで近づいてしまった段階へ至り、彼方は続いて滑に浴びせるべき二の手を、極めて慎重かつ綿密に調整し、放った。


先ほどのような力任せではない、必要性と安全性の両面を思慮した攻撃を。


炎の大きさは滑を包む程度。それ以上の大きさは必要無い。


熱量は滑を燃やし尽くし、そのうえで近くにいる自分へまで熱による被害が及ばない適度な火力。


発火位置も威力もバッチリ計算どおり。彼方自身、少しばかり自惚れるほどに。


そして寸刻、


彼方は自分の力加減が完璧であったこと。

加えて、その行為がもたらすだろうと予測したとおりの結果を目にした。


自らの前方……迫っていた滑をすっぽりと包み込む、巨大で眩い、網膜を光量・火力の両面で焼くような火球。

そこを通過してくる人影を。


それは先ほど、炎の壁を通り抜けてきたときとは明らかに異なり、勢いで突き抜けてくるではなく、まるで惰性。緩慢な前進。


やがてさらに数瞬の時を経てその黒い影が鮮明になってくると、彼方の双眸は目の前の炎が放つ明るい橙色へ染まって輝きつつ、歓喜で見開かれた。


火球を抜けてきた人影の、その様を見て。


抜けてきたのは人影ではない。


もはやそれは炭。人形ひとがたをした炭。


個人の識別はおろか、男女の区別さえできないほど黒く、ただ黒く炭化した人の形。


これを見るに至り、塵も灰も残さずくらいの心積もりであったのにこれだけ形を残してしまった点へ、いささかの不満を感じることを除けば、ついに滑を倒しおおせたと彼方が自身の勝利を確信して欣幸したのは至極、当たり前のことであったろう。


その光景を傍から、絶句と絶望の念で見つめる箍流と靡、そんな二人とは少し異なり、如何にも慣れた風で(いつものことながら、また手ひどくやりやがったよ……)といった呆れ顔を向ける野蒜。彼女らの、思いは違えど認識は三人共通した中での結論による第三者視点の補完など必要としないほどに。


ゆっくりと生命感も無く、倒れこんでくる人の形をした黒炭をうっとり見つめ、さてこれからどうしたものか。これをどうしたものか。殴りつけて砕き、舞い散る黒炭の破片を大団円の紙吹雪代わりにでもしようか。すでに話の締めまで考えを移行させ、彼方は須臾の間を、悩ましい愉悦に浸って過ごしていた。


そう、


そこからまさに須臾の間が経過するまでは。


それは突然という表現以外、説明の法が無い。ただ、とにかく突然、


喜び呆けた彼方の眼前で突如、人形の黒炭が、


爆発した。


手であったらしきものが吹き飛び、足であったらしきものが砕け散り、頭であったらしきものが高く宙を舞って。


咄嗟、爆発への驚きも置き去り、反射的に両手を交差させて頭部を庇った彼方のその腕へと、無数の何か、細かな破片が突き刺さってくる。


一瞬……ほんの一瞬ではあるが一体、何が起きたというのかと、混乱する頭を抱えるような格好の彼方へ。


この時、

果たして何がどうしたのか。何がどうしてこうなったのか。


それを理解し、静観していたのはわずかに一人。


蓮春。斜弐蓮春。


当事者として立ったことは一度も無いが、というか当事者として一度でも立っていたら今ここに生きて存在しているはずがないほどの修羅場を、滑という「歩くグラウンド・ゼロ」との、当人はまったく望まぬ係わり合いから必然的に幾度と無く掻い潜ってきてしまった結果、彼は戦闘力こそ平凡も平凡、むしろ下から数えたほうが早いくらいの力しか無いが、その代わり(別に代わりとなるものを要求したりはしていないのだが)に得たのは、あらゆる戦闘状況を冷静に、的確に分析理解する慧眼であった。


彼はすべてを見ていた。

彼はすべてを知っていた。

彼はすべてを理解していた。


何が起きたのかを。


二発目の彼方からの火炎攻撃が迫ったその時、すでにかなり低空まで位置を落としていた滑は、ちょうど斜め下辺りでぼんやりと事の成り行きを眺めていた鉄道を宙に居るまま引っ張り上げ、そんな彼を思いっきり炎熱を遮るための盾として、自分の前へと据えたのである。


しかも、単なる盾ではない。


爆発反応装甲に仕立てて、である。


言うまでも無いが現在、滑は野蒜の地味だが強力な能力、Restricterリストレクターによって何かを爆発させる力などは一切使用できない。


なら何故、鉄道は爆発したのか。


もとい何故、元・鉄道だった人形の炭は爆発したのか。


それは、


滑があらかじめ、盾とする鉄道の上着内側へ、数本のルートビアを仕込んでいたからであった。


登場時の爆発騒ぎの際、手近にあった数台の自販機のうち一台を怒りに任せて彼方へ投げつけて後、滑は他の自販機から数本のルートビアを買い込むと、ひっそり背中側のスカートのウエスト部分へ挟み込み、この状況を想定したうえで用意していたのである。


ご存知の方も多かろうが、二酸化炭素の液体への溶解度は温度が高くなるほど低くなる。


そのため、鉄道に(当人の意思は訊かず)盾となってもらった際、上着の中でルートビアの缶は急激な温度上昇で飲料水内部の二酸化炭素が分離、缶が急速膨張・爆発した。


沸騰した加糖水の粒と、千切れた無数のアルミ片、それに鉄道だった炭の破片をSマインが如く、周囲へばら撒きながら。


結果的には彼方が放った最初の猛火へ身を晒したとき、どうにか自爆とはならず火勢を抜けられはしたものの、いくら用心して背中側へ隠していたとはいえ、これはほとんど偶然の産物。まさしく運も実力のうち。


滑の文字通り、武運といったところなのだろう。


そうして、


自分の友人が、友人だったものと化してあたりそこらじゅうに四散する中、

蓮春はついに感情の配線がぶっ壊れてしまったのか、自分でも不思議なほどに穏やかな気持ちと面持ちで、両手を交差させ、守りに身を屈めた彼方へ向かい、巨大な火球を背にして改め、振りかざした右の拳を今まさに渾身の力で打ち込まんとする滑の姿が、見ようによってはちょっと特撮ヒーローっぽいのへ気が行き、今の事情と状況をまるきり忘れてなんだかやたら目をキラキラさせ始めた箍流の様子など一向、気づかずただ静かに、静かに二人の戦いを見つめていた。


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