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それは大事件という名の、文字通りの大事件(7)

それはほんのしばしの静寂。


いや、正確には限定的な錯覚による静寂とでも呼ぶべきか。


正面からの見た目以外がほぼ崩壊し、もはや大掛かりな舞台の仕掛けにも似た、雛壇の如き何かと成り果てた中央大階段の最上段へ力強く仁王立ち、自らが投擲した自販機のもたらした被害状況を怒りに満ち満ちた表情で俯瞰する滑。


忽然と現れ、そのうえ登場から即座、手近に設置されていた自動販売機を床に直接ボルト固定されているのも構わず固定具ごと引っこ抜き、総重量1トン近いそれを軽がると、まるで空の段ボールでも放るように投げつけるという、あまりに突拍子も無い行動(素直に攻撃と表現しても差し支えないとは思うが、とりあえず穏便な言い回しとして)を見せた滑へ驚き、それまでの派手な立ち回りを反射的に停止した箍流、靡、野蒜。


周囲へ立ち込める薄茶色をしたルートビアの、霧とも、煙ともつかない揮発した水蒸気の中、一瞬の出来事だったとはいえ明らか、滑が投げつけた自販機の直撃を喰らったろうことまでは分かるものの、濛々とした視界のせいで、そのあとは果たしてどうなったのかが確認できない彼方。


そして、

このまさしく絵に描いたような地獄絵図の中、非日常的な日常風景に慣れ親しんできた蓮春だけが、自分でも気持ち悪いと思うほどに、そんな異常事態を静観していた。


ただ、彼方の姿が見えなくなったのとほぼ同時、鉄道の姿も見えなくなったことに多少の気掛かりを覚えはしたが。


しかし前述したとおり、それはほんのしばしの静寂。


急に訪れた静けさは同じく、急に終わることとなる。


胸元近くまで覆っていた煙霧がわずかに下がり、みぞおち付近へ達したかと思われたその刹那、


斜めに床へ突き刺さった自販機の唯一、見えていた上部。

そこが微か、揺れたように見えた次の瞬間、


その自販機が宙へ、舞った。


と、すぐさま、


「あぁあっははぁああぁぁっっっ!!」


ひときわ大きく、甲高い笑い声を響かせるや、身の回りに取り巻く霧を払い除け、彼方が姿を現す。


先ほどまできちりと頭の上へ納まっていたはずの華美な帽子をどこへやったものか失い、制服も、制服からわずかに覗く部分も漏れなく埃でまみれ、同じく埃によって輝きを失ったブロンドを振り乱し、布地と皮膚と肉とは裂け、骨も無残に砕け散っているのが確認せずとも分かる、だらりと垂れ下がった右腕の全体から溢れて流れる多量の鮮血を、霧にくゆる床へと撒き散らしつつ。


またさらに、そんな状態でありながらもなお、彼方は叫ぶ。


視線の先へ、遠く高く、離れた滑を捉え、


「いいよっ! やっぱり最高だよ滑ちゃんはさぁっっ!!」


陽気に、興奮気味に声を発するや、やおら彼方は少しずつ落ち着いた足取りで滑へと近づき始め、


「ほんと、嬉しいよ……そう、暴力っていうは、こうでなくっちゃダメなんだ……罵ったり、嘲ったり、驕ったり、挑発したり……そんな無駄な行為が、口ゲンカなんて蛇足が、無垢な暴力を穢してしまうって……滑ちゃんは分かってる……本当の、本物の暴力は、このぐらい問答無用でなくちゃいけないっ! 暴力に必要なのは理屈じゃないっっ!! ぶちのめしたい相手をただ、無言でぶん殴る……それこそ……」


寸刻、間を空けたと思った瞬間、


「私が、欲する……正しい暴力だっっ!!」


言い放ちざま、彼方の前方へ突如、凄まじい火柱が上がる。


いや、それはもはや柱というよりも、壁。


急激な温度変化が生み出す気圧差によって突風を生じ、滑の立つ中央階段のほぼ全体を包み込むほどに巨大な炎の、壁。


咄嗟、熱波と風圧に彼方を除くその場の人間すべてが身を屈め、交差させた両手で頭と顔を庇う。


ほんの薄目を開けているだけでさえ、角膜を焦がされるのではと恐怖すら覚える、驚異的な熱量。


一瞬のうちに蒸発・気化したリノリウムの床材どころか、基礎部分のコンクリート表層さえをも赤色化し、融解寸前まで陥らせる圧倒的な熱量


位置関係を思うに、そんな眼前の巨火の中へは、階段上の滑も居るであろう。


目にも留まらぬほどの、人としては有り得ない速さをもって退避してでもいない限り。


普通ならまず助かるまい。


仮に能力が使えていれば話も違おうが、野蒜の存在がある以上、そこはさすがに期待できない。


最悪、焼け死んでいるか、良くて全身火傷で虫の息。高確率で致命傷。

普通の人間ならば。


だが、そんな外野の予想……蓮春と彼方を除いた人々の不吉な予想を、


滑は裏切る。


転瞬、


大階段を覆う炎の壁を、燃え盛る人影が突き破り、宙空へと躍り出るという形で。


吹き抜けの天井へ接する寸前の高さを飛ぶ、燃える人影。


無論のこと、それは滑。


髪も、服も、靴底すらも、


紅蓮の炎を上げて焼かれつつも、なお滑は右の拳を握り固めて振り上げ、


等速直線運動で、眼下の彼方へ向かい、狙いも正確に急速落下しながら迫る。


当然、無事だろうと確信していた蓮春の予想通りに。


当然、そう来るだろうと確信していた彼方の予想通りに。


新たに立ち込める煤の匂いと、蒸発したルートビアのむせ返るような香気。


炎によって上昇したサウナの如き室温と、四方から吹き付ける熱風。


そんな状況下、ついに、


滑と彼方。


人外と人外との、壮絶な戦いの火蓋が、この場へ取り残された哀れな一般人へと降りかかるであろう、とばっちりについてはまるきり考慮されることもなく、今まさに切って落とされた。


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