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それは大事件という名の、文字通りの大事件(6)

「……あのさ……ちょっと話、いいか?」


自身でも意外なほど、蓮春は自分の斜め前に立ち、箍流と靡の素人目にもグダグダな(しかし充分に脅威だとも分かる)攻めを、間一髪のところで捌き続けている連れの少女……野蒜の戦いぶりを悠長に眺めている彼方へ向かい、好奇心の赴くまま話しかけていた。


いつもならば出来うる限り面倒ごとには我関せずを(たとえ当事者の立場であろうとも)貫いてきた蓮春が、自ら積極的に現在進行形の問題へ首を突っ込んでいくというのは極めて稀なことである。


だが、何故かしら。


この時の蓮春は己で己の希求するところが分からぬままにただ、強い興味の念へ押され、彼方の背中に声を掛けざるを得なかった。


と、ほどなく。


ゆっくりとした動きで彼方が蓮春へと振り返る。


ふわりと波打つブロンドの髪をひらめかせ、相変わらず、まるで興味の対象外といった、すこぶる冷めた視線を送りつつ。


そうして、目が合ってからも彼方のほうは無言を通していたところからしても如何に彼女にとって蓮春が取るに足らない存在であるかを示していたし、蓮春にもそれはしっかりと伝わっていた。


のだが、そんなことにはこれっぱかりと気にしもせず、蓮春はそのまま確認も取らずに勝手とばかり、話を始める。


「これは俺の勝手な想像なんだけど……その髪の色や顔かたちからしておたく、滑の親戚か何かか?」

「……」


問うたものだが、そんな蓮春の言葉を聞いていないのか、それとも聞いておいて聞いてないふりを通すつもりなのか、彼方は合わせた視線を小揺るぎもさせず、沈黙を保つ。


とはいえ、滑のおかげで踏んできた修羅場の数は数え切れない蓮春のこと。


望みもしないで鍛え上げられた鋼のメンタルは伊達ではなく、軽く自嘲気味な一笑を漏らしてさらに言葉を続けた。


「シカトですか……まあ、それならそれで構わねえよ。こっちも勝手に憶測するからさ。で、続けさしてもらうけど……放送で聞いた通りなら、彼方……ってんだっけ? お互い見知ってそう時間も経ってないのにこんなこと言うのも何かとは思うが、滑のやつにケンカ売るなんてえバカな真似は、彼方ちゃんが自殺志願だとでもいう以外なら絶対やめといたほうがいいぜ。マジ、悪いことは言わねえから」

「……面白いわね、貴方。自分で私のこと、滑ちゃんの身内だろうとか予想しておいて、そのくせ赤の他人である自分のほうが滑ちゃんを知ってるみたいな口を利くなんて……」


すると表情ひとつ変えず、やにわに彼方も口を開いて返す。

言葉の端々へ明らかな険を含めて。


しかし蓮春は一向、


「うん、お世辞にも友好的な感じじゃないが……少なくとも目を合わせたまんまシカトなんていう高等テクニックからは逃れられただけ一歩前進てとこか……と、話が横道に逸れちまったけど、じゃあちょっくら俺の自説を打たせてもらうかね」


気にも留めることなくそう語ってなお言葉を継いだ。


「言っとくが彼方ちゃんよ、仮に向こうでドンパチやってる野蒜ちゃんが滑の能力を封じられるとしても、あいつにゃどう転んでも勝てないぜ?」


瞬間、


ゆったり景色でも眺めているような、毒にも薬にもならない彼方の視線が突如、気疎さ、不快さに歪んで染まり、敵意も剥き出しに蓮春を睨み、答える。


吐き捨てるような調子で。


「……ほんと、いちいち不愉快ね貴方……何? 滑ちゃんから野蒜ちゃんの能力を教えてもらえるぐらい、自分は滑ちゃんと親しいですっていうアピール? どうして男ってのは決まって誰も彼も、そうやって自惚れた自慢をしてくるんだか……」

「あ、うん……なんか変な誤解が発生してるみたいだから、今のうち、ちょっと訂正させてもらうけど、あの野蒜って娘の能力については完全な俺の当て推量だぞ。滑からは何も聞いちゃあない。てか、その手の話を聞いて巻き込まれんのも嫌だから、むしろ努めて聞かないようにしてる」

「……は? なら、なんでそんな具体的な能力まで予想が……」

「簡単な消去法さ」


少しく感情的になった彼方の放つ疑問の声に、蓮春は変わることなく落ち着き、整然と回答を並べる。


「仮にだが、彼方ちゃんが単独で滑より強いとなれば、あの野蒜って娘をわざわざこんな修羅場へ引き連れてきた理由がよく分からない。もちろん、何がしか込み入った理由でって可能性はあるけど、普通に考えればどういう形にせよ助っ人と見なすのが自然だわな。ところがあの娘、箍流ちゃんと白旗先生を相手にしただけでもうヤバそうって程度の実力しかない。あえて力を隠してるってえ風でもない。こういう言い方すると、なんか二人に失礼だけど、いくら強いっつっても常識的範囲のちょっと外側に出ちゃったぐらいの強さでしかないあの二人相手にこの苦戦はどうもおかしい。特に、滑を相手と考えての助っ人としては実力が低すぎる。となると、これはもう野蒜ちゃんは滑や彼方ちゃんと同じく能力持ちで、かつその能力が使い勝手の悪い特化型だってのが一番しっくりくる。しかも、その能力は『能力持ち』限定でしか作用しないか、または時間とか回数制限があるとすればさらに筋が通る。でないと今、あの二人相手に苦戦してるのが意味不明だからさ。そして、最後に彼女の能力が『相手の力を封じる』手合いの力だと思った理由。それはもしも彼女の能力が彼方ちゃんより直接的に上だとしたら、自分の下に置いて制御するなんて無理な話だし、かといって滑を向こうに回して戦うには、ちょっとやそっとの能力じゃあ助けになんぞなりゃしない。結論、彼方ちゃんが自分の制御下に置けて、しかも滑に対しても有効な能力となったら……相手の能力を封じるなんて、それくらい限定的でかつ、強力じゃなきゃならない。細かな部分はさすがに推測しきれないが最低限、漠然とした能力の種類までは予想できた……と、そういうことさね」


淡然たる口調・態度でそう一息に述べ終えたころには、蓮春への疎ましさが勝っていた彼方の様子にもわずか、変化が生じていた。


不快さに微か、影のあった表情は同じく微かに見開かれた驚きの瞳によって印象を変え、図らずも話にまるでついていけず、傍らで呆け顔を浮かべる鉄道とひどく似通った顔つきとなっていた。


が、それも寸刻のこと。


話を飲み込むとすぐさま彼方は自分のペースを取り戻し、皿のようだった目をじわりと細めるや、口元へうっすら笑みさえ表し、相も変わらず蓮春を数段下に見た調子で、発する文言とは反比例な、当たりだけは柔らかい声を鳴らす。


「なるほど、ね……で、だとしたらどうだっていうわけ? 大した推理力だとか、洞察力だとか、そんな感じに言って褒めて欲しいわけ? ほんっと、下らない。やっぱこれだから非才な一般人と会話するのって嫌いなのよ。浅学なくせに賢しらぶったり、非力なくせしてマッチョを気取ったり……特に男はそんなのばっか! あんたら、少しは自分を客観視するってことを学んだら? そうすれば今よりちょっとぐらいはマシに自分を正確に評価できるんじゃない? 根拠も無く、バカみたいな今の自己過大評価よりはさ」


傍から聞いていてもやたらにひどい悪し様な物言い。


ではあるものの、別に彼方は本心で苛立ったり、業腹だからとこんな口を蓮春へ叩いたわけではない。


彼女からすればこれも計算。


滑の気に入りであると思しきこの男子……蓮春をこき下ろすことにより、まだ到着せぬ滑の怒りをより強く買い、彼女の攻撃性を出来るだけ高めようという算段からの行動。


ゆえに、蓮春からどんな返答があろうと、もしくは返答が無かろうと、何とて気にしないつもりであった。


のだが、


そこから露の間を空け、ポツリと蓮春のつぶやいた一言に思わず、彼方は小さな吃驚の声を漏らす。


「悪いが、見当違いだ彼方ちゃん。俺の言いたいとこ……伝えようとしたとこは、そこじゃない……」

「……え?」


そのささやきのような疑問の声から瞬刻、間を置き、


「俺ですら、予想くらいはできる程度のことを、あいつが対策してこないと思うか?」


そう蓮春が言ったが早いか、


刹那、

そんな彼の視界の真ん前を、何か巨大な影が横殴りの強風を纏ってすり抜けた。


と同時、


またもや軽微な地震の如き足元の揺れを感知したと同時、


腹まで響き、鼓膜を引き裂くような高く、低い、金属質の破砕音が轟くと同時、


慌てて異常事態に気づき、自分たちの戦いを一旦中断し、こちらへ振り返った箍流、靡、野蒜の視野が噛み合ったと同時、


今の今まで、今さっきまで、目を合わせていたはずの彼方が、消えた。


思った途端、


数メートルと離れていない床の上、


何故か、突き刺さっている。


自動販売機が。


半壊した、鉄十字学園名物でもあるルートビア専売の、巨大な自動販売機が。


大きく破損し、ぽっかり口の開いた金属部からまるでポップコーンのように弾け出し、一部が破裂して勢いよく内容物を噴出する無数の缶が宙を舞い、茶褐色の炭酸水が白い泡を立てて床へ、壁へ、階段へ、辺り一面へ飛散してゆく光景を作りながら。


そうして、


霧状に視界を覆う清涼感と甘味、さらに炭酸刺激が目に沁みるルートビアのミストへ遮られ、判然とはしないまでも、まず間違い無く血痕と思われる、自動販売機が床材を削りながら走り抜けた後に続く鮮烈な赤い太線を一瞥して即座、蓮春は自分でも不思議なほど静穏な心持で大階段の真上に向かい、その視線を首ごと向けた。


恐らくはそこへいると思い、実際そこへいた、何故か全身から淡い光を発して大股に立ち尽くす、滑の姿を目にするために。


確証があったわけではない。


ただ、

そんな気がしていたがゆえ。


完全に爆破された上校舎が存在しない今、その背後に道など無いはずの、まるきり切り立った崖と成り果てたはずの、もはや階段としての機能を果たすことなど出来ない中央大階段の最上段。


現われるとすれば、滑ならそこから現われる。


そんな気がしていたがゆえ。


思ってしばし、蓮春はまさしく見た目すらもが人外の域に達してしまった滑の、およそ10メートル近くも離れていながら、ひしひしと伝わってくる絶対的な殺意の空気に気圧されつつも、


(自動販売機は投擲武器じゃねえだろ……)


などと、


場の異常性が想像の遥か上へ向かい始める中、


長年に亘って培ってきた蓮春の諦念は、もはや狂気に近い冷静さで、滑の行動とその顛末を、ただ静かに見定め、二酸化炭素の充満する息苦しい空気を吸い込むと、大きく……大きく、嘆息した。


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