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それは大事件という名の、文字通りの大事件(3)

野蒜が危機意識の麻痺しきった学園生徒ら……特に、蓮春たちの過ぎた暢気さによって二度手間を掛ける羽目に陥り、わざわざ彼らの教室まで急ぎ出向いてから数分後。


そこには中央区画、大階段前の広間へと辿り着いた蓮春らの姿があった。


当たり前だがとっくに放送室から引き上げて腕組し、佇んでいた彼方と、そんな彼女からの呆れた風な表情と口調に晒され、苦い顔を見せる野蒜を含めて。


「まあねえ……こういうことに不測の事態が付き物だっていうのは分かるけど、まさか放送で話した内容が後付になるとか……これって今の私、かなり恥ずかしくない? 『預かってるぞー』ってドヤ顔ならぬドヤ声で言っといて、実はその時点ではまだ『預かってませんでしたー』とか、ほんとマジかなり恥ずかしくない?」

「……んなこと言われても、私だってまさか大挙してのカチコミ受けてるにも係わらず、誰も避難の(ひ)の字どころか(之繞)も無しに教室で騒動を野次馬してるなんて思いませんもん。そこを責めるんなら私じゃなく、この人らの常識感の無さへ対してにしてくださいよ。こちとら常識思考しか出来ませんから、非常時の避難勧告をガン無視するような人たちの行動なんぞ読めませんて」

「……あれ? なんか俺ら、微妙にディスられてる?」


彼方と野蒜のやり取りを傍で聞きつつ、空気を読まない鉄道が間の抜けた感想を漏らす。


と、その声に何やら気づいたのか、彼方はふと蓮春たちを一瞥し、改めて野蒜に視線を合わせると話題を切り替えて問うた。


「ところで野蒜ちゃん、なんでその人たちってばそんな素直に貴女へ付いてきたの? 脅したり、力ずくでとかいう感じでもないし……」

「あ、言われてみれば……どうしてです?」


聞かれ、はたとなった野蒜は振り返り、蓮春らへと尋ねる。


すると露の間、答えづらそうな表情を浮かべるのみだった蓮春の脇から、鉄道が口を横へ挟んだ。


「あー、いや……なんかさあ、その娘……野蒜ちゃんての? 急に来て急に付いて来いとか言われたときはそりゃちょっと驚いたけど、何よりなんか漂わせてる雰囲気っつーか……どうも苦労性特有の匂いを感じたもんで、無下にすんのも忍びねえなあ、と思って……さ」

「つまりは温情?」

「そゆこと。女の子の、しかも年下の娘のお願いを簡単に断っちゃあ男がすたるってね。だろ? ハッチン」


答えた鉄道へ確認に一言、聞いた彼方へ重ねて回答しつつ、振り返って蓮春に総意を改め尋ねる鉄道の視線とともに、彼方もまた蓮春を見た。


見返してくる蓮春と同様、互い、相手を閲するように。


蓮春のほうは、軍服としか見えない制服の上から金髪の頭を生やした彼方の姿から、強烈な表面上のインパクト以上に、その内から滲み出す滑とも通ずるような危険性を探り、彼方のほうは、今この目の前に居る何といって特筆するような特徴の無いごく普通の男子が、果たして本当に滑のアキレス腱であるのかどうかと探り。


放送の際、明らか滑へ向けていた話の口調からしてこの彼方という奇抜な少女が、何がしか滑と関係、面識などがあることまでは推し量れる。


加えて、滑への口の利きようや髪色、顔立ちの類似性を考慮するに、親族である可能性が高い。


となると、新たな疑問が生じる。


具体的証左があるわけではなく、あくまで勘からくる憶測でしかないものの、高確率で滑の血縁者……そう思わせる根拠として感じる滑と同類の匂いを考え合わせるに、この少女もまた尋常な性格でないのがむしろ自然。


だとすれば、先ほどの放送内容が再び気にかかる。


この少女、彼方も滑と近しいか、もしくは同程度に歪んだ性格をしていると仮定した場合、放送で話していたことは額面通りなはずがない。ほぼ間違い無く裏があってしかるべき。


が、困ったことに当て推量ゆえの限界から、以降の想像ができない。

恐らくは嘘だろうと分かるだけで、そこより先の予想が及ばない。


思い、先刻からもうずっといろんなことのせいで難しい顔を続けている蓮春が、さらに強く難しい顔をしたその時、


偶然にもほぼ同時、蓮春が脳を酷使していた問題よりは相当に安易な問題……こんな平々凡々とした男子を質に取った程度で、本当に滑をおびき出せるのか自信が揺らいできた彼方が、何か問おうとそんな蓮春へ向かい口を開こうとしたその時、


それは起こった。


始め、その事象は不思議なことに無音を皮切りとした。


一人の例外も無く、その場に居る全員が一瞬、己が聴覚に異常でも生じたのかと訝しむ、奇妙な静寂が辺りを包んだのはまさに刹那。


そして、


刹那を過ぎた次の瞬間、反転する。


無音から一転、鼓膜どころか頭……いや、全身をすら引き裂くような轟音が響いたのと同時、さらに異変は追い討ちとばかり、凄まじい振動と爆風が上校舎側の廊下から大階段前へ集まった蓮春たちの脇を掠めて抜けていくや、時間差で踊る床の揺れに膝を弄ばれ、慌てて重心を下げ、あわや尻餅をつく寸前でどうにか体勢を保つ。


しばし、


不快な笛の音のような高い耳鳴り。

眼前に靄をかける白い煙と埃。

それからやがて。


少しずつ晴れてゆく視界にわずか、感じる違和感。


これまで雲煙に遮られていたものが回復するのへ伴い、瞳を突かれるような痛みすら覚える明るさが上校舎側から差し込んでくると、それが何かを疑問に思う間も無く転瞬、並の人間ならば驚愕とする光景がそこには広がっていた。


何故、こんなにも強烈な轟音が聞こえたのか。

何故、こんなにも目を刺すような光源が発生したのか。

何故、こんなにも早く大量の煙霧が晴れていったのか。


何故なら、


視界の上方、天井があるはずの場所から直接、


太陽が覗いていたからである。


吹き込む外気でなおも晴れゆく蓮春たちの目の前。


そこにはもはや、上校舎が存在していなかった。


大階段脇より伸びる上校舎へ続くはずの廊下は中途で寸断され、上には太陽、前には学園裏門、下には重厚な金属層を穿ち、その断面を晒した深い穴。


何が起きたかを考えるまでもない。

誰がやったかを問うまでもない。


滑。獄門坂滑。


そう、彼女を知るその場の人間はすべて、唖然とも呆然とも愕然ともせず、ただただ、


事実としてその状況を受け止め、そうして、


「……どうやら、無駄な心配だったみたいね……」


どこか嬉しげな声音でささやくように言いつつ彼方は、ここから先ごく近い未来の出来事を想像しながら、その瞳を恍惚と細めていた。


まるで身構えず。

まったくの無防備で。


まさかこの時、


そんな自身のすぐ後ろ、


三歩とひらけていない間に立ち、先刻からじっと気配を殺して時期を計っていた箍流が双眸をぎらつかせ、鞭の如くしならせた右拳を、今まさに唸りを上げるほどの速度と威力を持たせ、己へ向かい振り抜かんとしているなどとは、知る由も無く。


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