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それは大事件という名の、文字通りの大事件(2)

それは滑たちが隔離校舎内で彼方の放送を聞いた同時刻。


しばらく教室の窓から校門前で展開される見えざる攻防……というより実銃、それも狙撃銃による一方的・連続的ヘッドショットの妙技を、まるでどこぞのゲームでのスーパープレイかと如く見せ付けられ、多量の死人が出ている事実を忘れるほどの不思議な賞賛を心中で贈りつつ、ある意味で慣れ親しんだ(もしくは慣れ親しんでしまった)非日常の光景を堪能していたクラスメイトたち共々、いきなり今までの連続再生避難放送に変わり、妙な女の声で、これまた妙なことが語られ流れるのを蓮春、鉄道、箍流の三人は耳にし、互いの顔を不思議そうに見つめ、小規模な議論を交えていた。


「……何だ? 今の放送……」

「俺が知るわけなかんべえよ。ただ、えらく物騒な話ではあるな。ハッチン、思い切り名指しされてたし」

「……都合良く他人事だとか思うなよ? あの口ぶりからして恐らく、相手は俺を含めて対外的に滑の友人だと思い込まれてる……冷静に考えてみるとこれ、ものすげえ迷惑な話だな……さておき、今はそういった人間すべてが対象になってるもんだと考えたほうがいい。その場合、俺だけじゃなくお前や箍流ちゃんも狙われてると見て警戒すべきだろ」

「あー……確かに」


言われて、鉄道は得心の相槌を打つ。


蓮春が指摘したとおり、相手は筆頭に蓮春を挙げただけであって、その後の文脈から推測すれば自分や箍流なども対象にされているのは疑いようも無い。


それに、万が一そうでなかったとしても、親友に魔の手が迫っている状況で対岸の火事を決め込むほど鉄道も薄情ではなかった。


が、残念ながら知恵は浅かったので具体的にどうしたらいいのかなどはまったく頭に浮かばなかったが。


などと話している間に、箍流は訝しげな調子で口を挟む。


しかし、


「けど、警戒するのは分かるとして、根本的にまずあの放送自体がおかしくない? だって、あの話しようだと私らってもう敵の手に落ちてるみたいな感じでしょ? でも実際はこうして無事。一体、どういうこと?」

「うん、そこは俺も変だと思ったよ。だけどちょっと相手の立場になって考えたら、もしかしたらって感じの答えは浮かぶんだよなあ。だってほら、さっきから延々と避難しろって指示されてんのに俺ら……」


聞かれるまま、蓮春が己の推測を語ろうとしたその刹那、


「ふざっ……けんなやゴルァアアァアァァァァッッッ!!」


窓側の反対、廊下に面した教室の出入り口からまたもや聞き慣れぬ女子の声が、大音声の怒号となって轟いた。


途端、蓮春たちに限らずクラスメイト全員がその声の出所へ向かってごく当然のように一斉、振り返ると、そこには開け放たれたドアの前、微妙に中腰の姿勢で立つ少女が矢継ぎ早、続けて怒鳴り声を上げる。


「なんすか! 何してんすかアンタらっ! てか、どうなってんすかここの学校はっっ! さっきからずっと校内どこもかしこも『体育館へ避難しろー、体育館へ避難しろー』って放送で言い続けてんのに、しかも外には見るからガラの悪そうなのが大人数でカチコンで来てんのに、なんでそんな最中、誰一人として体育館に避難しようとしてすらいないんすかっっ!!」


見れば自分たちとそう変わらぬ年頃の少女だが、何故かコスプレなのか何なのか上下にきっちりとした軍服を着込み(少なくとも蓮春らを含むその場のクラスメイト全員がそう思った。実際の事情は別として)、これも不思議なことに瞼を強く引き閉じ、何故か自ら視力を放棄している(少なくとも蓮春らを含むその場のクラスメイト全員がそう思った。実際の事情は別として)。いずれにしろ、絵に描いたような不審者なのは間違いない。


それに何より、この学園の生徒ではない。


誰にと決めず、教室中へ響き渡らせた台詞を抜き出してみても、それだけは分かった。


と、

最初の咆哮と、先ほど二度目の怒声を放って少し気が落ち着いたのか、それともただ単純に馬鹿馬鹿しくなって気抜けしてしまったのか、さらに前へ向かって腰を折り、肩を落として両腕をダラリと垂らすと、いろいろ呆れ果てたとばかり大きな溜め息をひとつ吐き、今度は悲しいまでに落ち着いた口調で話し始める。


「……もうね、体育館にたどり着いて中を覗いたときは唖然としましたよ。そりゃね、こっちも別に好き好んでやってるわけじゃないすけど、人質を取ってこいっつって指図されて、避難場所に向かってみたら人っ子一人、だーれもいないんですもん……いくらなんでも、冗談にしたってあんまりひどいから正直、もしかして今回のこれって全部、壮大なドッキリかなんかだったのかなとか一瞬ですけど思っちゃったぐらいに……」


言い止し、少女は再び深呼吸のような嘆息を漏らしつ、支えなければ床に落ちてしまうのかと思わせるほど重く前へ折れた首を、額に当てた右手で押さえ、しばしそのままの姿勢で固まってしまった。


細かい事情までは分からない。


この少女が果たして、どこの何者なのかも。

この少女が何故、ここへ蓮春たちを質に取ろうとやってきたのかも。

この少女が一体、誰の差し金でそんなことをしにここまで訪れたのかも。


だが、

不思議と蓮春は感覚的に読み取っていた。


細かい事情までは分からない。

分からないが、


少なくともこの軍服少女の正体は不明であるし、自ら公言したとおり自分たちを人質とする目的でここへ来たというのも事実であろうと察してなお、自身と同じ、何か逆らいようの無い、抗いようの無い者に係わってしまった者だけが共有する不憫な空気を漂わせていることだけは明瞭に感じる。


ゆえに、


まずこれよりは敵味方の立場となって相対することとなるのは必定であろうはずの彼女に対し、それでも、


深い哀れみを湛えた瞳を少女へと向け、抑え難い同情と憐憫を、抱き見つめずにはおられなかった。


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