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それは先触れという名の、ついに来た本格的危険の前兆 (9)

この日、突如と大挙して鉄十字学園へと無数の荒くれ者たちが押し寄せてゆく光景を見ながら、野蒜は少し前までその対応にさぞ学園関係者の誰もが四苦八苦していることだろうと高を括っていた。


無論それが本当は突如などではなく、精緻に計画されたものと知っていたがゆえ、なお強く高を括っていた。


そう、それまでにも嫌というほど目撃してきた彼方の、最高に悪質かつ、最大に効率的な悪巧みの数々が、今回もそのようなことになるものなのだと、雛形的な思考から安易な推測を野蒜にさせていたのである。


が、実際のところは、


その時、彼女は自分の予測が如何に稚拙で、先入観に毒されていたかを学んでいた。


驚きと恐怖によって震える体へ冷や汗を滲ませ、なんとか彼方とともに突破してきた裏門内側に広がる惨状を、侵入して早々に身を潜めた校舎の物陰から見つめつつ、まるで一時間耐久踏み台昇降運動でもさせられたのかと思わんばかり、非常ベルが如き速度で脈打つ鼓動を聞きながら。


しかし、そんな野蒜の狼狽振りと比べ、彼方は冷たい校舎の壁へ寄りかかりつつ、余裕のある調子で喫驚を示していた。


「いやー、すごいねえ。聞いてはいたけど、やっぱり凄腕の人を揃えてるわ。上手く何人かまとめて盾にできたからよかったけど、下手してたら間違い無く今頃あそこで仲良く一緒に転がってたろうね。頭から血ぃ流しながら」

「って、すごいねえじゃねえよバカッ! こちとら(能力持ち)の連中には多少の耐性あるけど、ガチの銃火器持った相手と喧嘩なんてしたら確実に命懸けになるじゃんかっっ! てか、そもそもなんでそんなのがいるって知ってたんなら、なんで前もって教えといてくれなかったんだよアンタはっっ!!」

「え? だって、もしこのこと教えてたりしたら野蒜ちゃん、一緒について来てくれなかったでしょ?」

「当たり前だこのボケナスッ! 誰が好き好んで狙撃銃の配備された学校へ喧嘩しに行こうかなとかって思えるんだよっっ! 大体、学生同士の喧嘩にどうして狙撃銃とか出てきちゃうのっっ!? どう考えたって私の知ってる日本国の基準に照らしてやりすぎだし、おかしいでしょうがっっ!!」


踏んできた場数の問題なのか、それとも単に元からの性格か、音も姿も無く突然、遠距離から頭を撃ち抜かれるかもしれないという状況にあったにもかかわらず、涼しい顔をして暢気なことを言う彼方の不真面目さと無責任さに、恐怖で煽られた感情の昂ぶった野蒜は、精神衛生上の問題から恐怖を怒りへすり替えて心の安定を図るとともに、なお彼方への批難を怒号で飛ばす。


しかしそれらすべてがいつも通りの石に針、暖簾に腕押し、糠に釘である。


こういう点だけ抜き出せば、まこと滑と彼方は性格的に良く似ている。


問題は、係わった人間がほぼ100%の確率でろくな目に会わないという部分まで似ていることだろうか。


人格破綻者が二人。単純に被害者は倍になる計算。


存在自体が他人の不幸生産装置って、なんかいろいろとひどすぎて何も言えないね。


さて、


そうは言っても彼方とて完全に責任意識が無いわけではない。

しかも野蒜は対滑戦の切り札でもある。


気乗りもしないし主義でもないが、それでもとりあえず激昂する彼女をなだめすかそうとの努力は試みていた。


「まあまあ、気持ちは分かるけどまずは一旦、落ち着こうよ野蒜ちゃん。ゼロ除算をして心を静めなさいな」

「そんなもん、証明を終える前に寿命で死んでまうわっ! つか、ゼロ除算できるのなんて、チャック・ノリスぐらいしかおらんやろっっ!!」

「だーから、そう興奮しないの。西の訛り、出ちゃってるわよ? あ、そういえば血糖値が下がるとイライラするとかって話をどっかで聞いたことあるし、何ならこれ食べる?」


言って、なおも刺々しい態度と口調を変えない野蒜へ、彼方は上着のポケットから何やら袋を取り出すと、その中に入っていた艶のある黒炭のような物体を指で拾い上げて差し出す。


言わずと知れるが、これぞフィンランドが世界に誇る最高に愉快な飴、サルミアッキ。


味や触感については種類もいろいろあるうえ、個々人で感覚が違うため、これだという唯一にして明確な表現は出来ないが、


「……あ、と……いえ、すみません。私もなんかちょっと、考えてなかった非常事態に直面したせいで少し大人気無い口をきいて……今はもう反省してるんで、それだけは……その、勘弁してください……」


先ほどまでの威勢はどこへやら。途端に借りてきた猫のような大人しさを取り戻してこの言動。

こうした辺りから察していただければ幸いです。


と、まあ善意で勧めた側としては普通なら微妙にどう反応していいか困る返しをされたものの、ここでも彼方は持ち前のマイペースぶりを遺憾無く発揮し、


「そう? まあどうやら野蒜ちゃん少しは落ち着いてくれたみたいだし、遠慮してるところを無理に勧めて重たく感じられても面倒だから、サルミアッキはまた今度、ね?」

「……」


野蒜は野蒜で持ち前の日和見主義で、肯定とも否定とも取られないよう、あえて無言のまま、引きつった笑顔を浮かべてその場をしのぐ。


なんだかんだ言って、やはり彼方という狂人を野蒜は上手く操縦しているし、そうした資質を持っているのだろう。


当人にとっては決して嬉しい才能ではないことだけは客観的に見て明らかなのが切ないが。


「にしても、さすがにこの先が不安……というかものすごく不安すね……申し訳ないですが先輩、もしもここ、校舎内にも銃火器で武装した人とかいたら、さすがに私、今回ばかりは付き合いきれませんよ? 繰り返しますが、私は(能力持ち)の人間への対抗特化型ですんで、近代兵器と喧嘩する度胸も能力もありませんから」

「分かってるってば。そんな心配しなくっても、上おじいちゃんは……あ、ここの学園長のことね。校舎内での発砲はどんなに気をつけていても誤射や跳弾なんかで一般生徒に被害が出る危険性があるからってことで基本、原則的に禁止にしてるって言ってたから平気平気、大丈夫よ。野蒜ちゃんはとにかく、(能力持ち)の連中にさえ警戒してくれてればいいわ。あとは私が前面に立って、全部やるからさ」

「うん……ですけど私の経験上、その『基本的に』とか、『原則的に』とかって、大抵すんごいラフな感じで例外を通しちゃうんで、あんま信用できないっていうのが本音なんですが……」

「ほんと、根っからの心配性だね野蒜ちゃんて。けど、困ったねえ……本来は頼りの切り札である野蒜ちゃんがそんな調子じゃ、いざ本番て時に緊張で上手く動いてもらえなかったりしたら目も当てられないし、となると、必要なのは……」


そう言い、あくまでも自分の想像を超えた危険地帯であった鉄十字学園に対する感情と対応を譲らぬ野蒜へ、彼方としては後々、滑とぶつかることを考えて確実な妥協と協力を引き出すにはどうしたらよいものかと少しく頭を悩ませたものの、


『……生徒の皆さんは速やかに体育館へ避難してください。繰り返します。現在、不審者の集団が校内へ侵入しようとしています。生徒の皆さんは速やかに体育館へ……』


ふと、これまで気にもかけずまともに聞いていなかった校内放送の内容へ耳を傾け、額に指を当ててしばらく考え込んだかと思うや、


「……なーんだ……」


やおら、おっとりとした口調で微笑みながらそう漏らすと、


「そうよ、保障が無くて危ないんだったら、保険を掛ければいいだけのことじゃない……」


傍目にも明らか、ろくでもないことを思いついたのが見え見えといった笑いを浮かべた彼方は、なんだかうっとりとした目つきで現在地から少々離れた校舎の中央区画を見遣った。

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