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それは先触れという名の、ついに来た本格的危険の前兆 (8)

学園長室での経緯を経て、靡が屋上へと向かった数分後。


そのころにはすでに校内放送によってはっきりと事態の異常を知った各教室の生徒たちが、誰から始めたわけでもなく窓側へ押し寄せ、遠く校庭の先に望む正門を見つめていた。


無論、蓮春たちもまたそれらの例に漏れず。


『……体育館へ避難してください。繰り返します。現在、不審者の集団が校内へ侵入しようとしています。生徒の皆さんは速やかに体育館へ……』


普通ならば穏やかでないにもほどがある放送が、教室に限らず校舎中へ響き渡っているこんな状況で、それでも好奇心が勝ってピーピング・トムよろしく覗き見に精を出しているのだからある意味で大した肝だと感心すらするが、それもひとえにこの学園の生徒たちが大なり小なりといった違いこそあれ、やはり主たる理由はいろいろと(慣れて)しまっていることだろう。


ふと気づくと、廊下や教室の床が血で濡れている。

日常的に爆発音や銃撃音が、そこかしこからする。


2年D組に至ってはこれに加え、


ふと気づくと、教室の床にクラスメイトの死体が転がっている。

日常的にクラスメイトが爆破されたり、銃撃されたりしている。


言うまでも無く、これらはすべて滑が原因で。


スプリー・キラーにしてサイコ・キラー、シリアル・キラーでありマス・マーダラーという、絶対に野へ放っておいてはいけない人間を野に放っておいた結果、彼女のクラスを筆頭として、全般的にこの学園の生徒らは理屈などより先、感覚的・体験的に諸行無常(意訳:人間なんていつ死ぬか分かったもんじゃねえや)を無意識のうちに自分の中で受け入れてしまっているのである。


恐らく、彼らは火災や地震といった災害に遭遇しても、驚くほど落ち着いて行動し、冷静に対処できるだろう。


ある意味、毎日が避難訓練(ただし常に命懸け)だったようなものなのだから、そりゃこの程度は当たり前かもね。


まあ人間万事、塞翁が馬という言葉もあることだし、滑の手によって人生をやたらダイナミックにリタイアさせられていった数多の人々も一応、『お前たちの犠牲は、決して無駄ではなかった……無駄ではなかったぞ……』くらいは言われてもいい働きはした、とだけ述べておこう。


さて、


教室内のスピーカーからなおも響き続ける避難勧告をガン無視し、窓から様子を伺う蓮春らも、間違い無く悪い意味で慣れてしまっているゆえに、ひどく沈着として校門辺りの状況を見守りつつ、そこで今しも展開されている奇妙な光景に、さしもの少しく動揺していた。


そのワケは、


「しっかし、面白いもんだよなあ。あんだけ仰々しく車やらバイクやらで乗り付けてきたのに、いざこっち入ってこようとなったら、結局わざわざ校門よじ登って、中から校門の鍵、開けようとするとかさ。なんか遠巻きに見てっと、すんげえマヌケっぽく見えるわ」

「いやいや、あれは(っぽく)じゃなくて、まんまマヌケそのものじゃないの? ま、所詮あいつらみたいなチンピラ風情に、校門へ車ごと突っ込んでぶち破ろうなんて度胸も、それで傷のついた愛車の修理に払う金も無いだろうからね。変なとこで常識的に動くのは、あいつらがどんだけ半端モンかって証明でもあるわけよ」

「おう、タガリンってばズバッと言うねえ。さすがうちの学園来るまで、ああいったのとの絡みが多かっただけあって、話に変な説得力があんなあ。んだけど……今はそれより気になんのは……」

「言わなくても分かってるって。あれでしょ?」


相変わらず、状況に関係無く雄弁な鉄道に対してフランクな受け答えをしていた箍流が、そんな彼と同じく見据えた先。校門と、その校門をよじ登って学園の敷地内へ降り立った侵入者。


そのことごとくが、


校門内側の地面に着地した途端、見えないハンマーで頭をひっぱたかれたように首を仰け反らせると、そのまま全身の関節が一瞬のうち、すべて外れたのかとばかり崩れて落ちる。


そんな様を、幾度と無く目にし続けていたためだった。


最初の一人が急に液状化したような動きで地面へ伸びたのを皮切り、何が起きたのかという多少の戸惑いを経てから再度、敷地内への侵入を図った数人が、やはり校門の内側へ降りた瞬間、またしても全員がほぼ同時、派手なヘッド・バンギングを思わせる動きで頭を跳ね上げるや、すぐさまその場に倒れ込む。


その数、ざっと見ていた一分前後の間に八人。


わずか一分前後の間で、八人もが校門のちょうど内側に重なり合い、屍を晒している。


この事態に当然、息巻いて乗り込んできた他校生徒たちは恐怖を感じる余裕も無く、ただ唖然としてしばらく固まってしまったが、


「これ……って、狙撃……か?」

「みたい感じですね。思えばよく見てたら全員、倒れる前に頭からパッと赤いのが霧でも噴いたように散ってましたし。もしあれが血飛沫だったとすれば、そう考えるのが自然なのかな?」

「てことは……まさか滑が!?」

「んー、そりゃ多分ですけど無いと思いますよ? 何せ、滑先輩が私らのとこに来てからこっち、隔離校舎のセキュリティが前より数段パワーアップされちゃったんで、とてもじゃないですがあそこからきちんとした許可を取らずに出るのなんてほぼ不可能ですもん。実際、私だって滑先輩が口添えしてくれたからこそこうやって悠々と購買部でナイススティックを買い込み、先輩方のクラスへお邪魔し、暢気にランチタイムを過ごせちゃったりしてますけど、本来なら夕方6時までは他の善良な生徒の皆々様にご迷惑をおかけしないため、カンヅメ状態っていうのが今までは普通でしたからね」


それなりうろたえはしこそすれ、さすが長年に亘って滑という『歩く強制爆殺装置』と係わりあっていただけあり、とりあえず誰か死んだら滑の仕業だと疑ってかかる癖を除いては落ち着いて話す程度の余裕を獲得するに至った蓮春と、逆にとりあえず誰か死んだら自分のせいにされてきた『歩く天然呪殺装置』である祟果は、これだけの死者が目の前で出ている現状を突きつけられても、なんやかんやで日常会話の域を出ない穏やかな話に終始していた。


ただ、わずかに祟果が刺々しい物言いをしたことのほうにこそ主だった疑問の矛先が向かったのは、それが単に彼女の身の上に関する話ではなく、今となっては滑の境遇に関する話でもあるといった部分が、どう言い繕っても長い付き合いの幼馴染に対する蓮春の素直な感情であった。


とはいえ、こうして落ち着き払った態度を保ち続ける彼らも決して危機感が欠落しているわけではない。


ゆえにしばらくすると、窓際でひしめいていた生徒たちもようやく異常な事態だということは飲み込み、ひとりまたひとりといった調子で廊下へ出てゆく。

ひとまず放送に従い、中央区画の体育館へと避難するために。


無論、蓮春や鉄道も例外ではなく、周りの動きを見ながら自分たちもそろそろ……という感じでクルリと反転した。


のだが、


「あ、んじゃ私はここらで上校舎のほうに戻ります」

「え?」


そうした全体の流れをまるきりスルーしたうえで上校舎へ戻ると発言する祟果に思わず、蓮春と鉄道は揃って何のひねりも無い弩ストレートな回答と疑問をたった一文字の中へ込めた吃驚の声を上げる。


「や、だって放送を聞いた限りじゃあ、外で屯ってるあの連中が校内に入ってくるかもしれないから危ないんで避難しろってことでしょ? だったら私とかみたいな(特殊性質生徒)の場合、体育館よりよっぽど隔離校舎のが頑丈だし、安全だと思いますから」

「うーん、言われりゃあ確かに前、スーチャンたちと一緒に覗き行った時の感じでも相当頑丈そうな造りだったもんねえ。それに、地下だってことも合わせて考えりゃあ、それこそあそこってばちょっとしたシェルターみたいなもんだと解釈しちゃっていいかもなの?」

「シェルターみたいというか、ガチのシェルターですよ。以前に聞いた話じゃ、デイビー・クロケットとかいうのの直撃ぐらいなら楽勝で耐えられる構造になってるらしいんで」

「戦術核ぶち込んでも大丈夫って、それマジ核シェルターじゃんかよっ!!」


表面上は理解していたつもりであった隔離校舎の、しかしそんな想像をさえ軽く超えていると知らされた堅牢さに、もはや条件反射となったツッコミを吼える蓮春と、よもやおかしげなまでにドライな調子で鉄道と祟果はやり取りを終え、


「まあそういうことですんで、先輩方もお気をつけて。私、こう見えても顔見知りの不幸とかものすごく苦手なんで、間違っても危ないことに巻き込まれないでくださいよ?」

「心配しなさんな。可愛い後輩を悲しませるような真似、俺らがするわけないじゃんか。な、ハッチン? タガリン?」

「……危機回避には努力する……けど、絶対って保障まではする自信が無い……」

「まあた、男のくせして気弱なこと言ってんだから……安心しな、私はあんなチンピラ連中、どんだけ数を揃えてかかってこようが負ける気しないし、実際、絶対に負けやしないからさ。もし校内へ入り込んできても、入り込んできた端から順に叩きのめしてやんよ。ま、直接活躍を見せられないのだけは残念だけど、ともかく師匠によろしく!」


それぞれに温度差のある語らいを済ませた四人は教室を抜ける。


蓮春、鉄道、箍流たちは体育館へと。

祟果は滑、七雪の待つ隔離校舎へと。


いつもとは違う。が、いつもほどの脅威とは思えない些細な危難を前にして。


ところが、

この後、彼らは自分たちの想定がまさか現実に迫っている危険を、まるで甘く見積もっていたことを知る。


さりながら、そんな彼らを誰が責められよう。

大体、誰が想定できただろうか。


単なる有象無象、烏合の衆が集団心理に酔って自らの無力を忘れ、人の手を煩わせる迷惑な自殺行為へ駆られているだけだと思っていたものが、


あろうことか、あの滑をして全力を出さざるを得なくなるほどの怪物たちが侵入するための、ただの隠れ蓑に過ぎなかったなどと。


そして、


水面下の戦いをカムフラージュとし、近づいてくる。

真の危機は足音も無く、されど確実に近づいてくる。


後に長く語られることとなる、まさしく激戦と呼ぶにふさわしい苛烈な戦いの時は、もう彼らの目の前まで迫っていた。


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