それは先触れという名の、ついに来た本格的危険の前兆 (1)
突然で申し訳ないが、皆様はミッション・スクールという言葉を見聞きしたことはあるだろうか?
平たく言ってしまうと、これはキリスト教系の団体が設立した学校を指す語である。
日本国内で有名どころだと、カトリックなら上智や南山。プロテスタントなら青山や立教など。
さらに細かな宗派ごとに分けて紹介してゆくこともできるが、そこまでの説明は明らかな徒労なので省略しておく。
さて、
何故こんな話を急に始めたのかといえば、きちんと理由はある。
そこを説明するため、さらに方向を変えて話を続けよう。
で、勘の良い方ならもしかするとすでに考えておられるかもしれないが、キリスト教系の学校があるなら当然、他の宗教組織が設立した学校も存在するのではと、そういった疑問もあろうかと思われる。
そして答えはイエスだ。キリスト教系なだけに。
と、軽率にも上記のようなことを書いた自分自身を殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいなところをぐっとこらえ、説明を続行させていただく。
日本へ伝来してきた宗教という観点で見れば、キリスト教系が存在するのだから無論、仏教系も存在すると考えるのが自然だろう。また、現に存在する。
仏教系の宗教組織が母体となって設立された学校。
これも有名どころを挙げてゆくと、駒澤や京都女子、花園などといったところか。
まあこの辺りも深く話すほどではないので、表層の説明のみに止め、同時にそろそろ本題へ入ろう。
これもまた唐突な話と思われるかもしれないが、蓮春らの通う燦輝鉄十字学園から最寄り駅を使って二駅ほど離れた場所に、とある仏教系学校がある。
名を、私立極楽大往生学院(しりつ ごくらくだいおうじょうがくいん)。
なんか、有難いんだか縁起でもないんだか受け止め方に戸惑う名前ではあるものの、その筋ではかなり名の知れ渡った女子高……いわゆるお嬢様学校である。
この辺で、もうおおむね察しをつけられている読み手の方も大半かと思うゆえ、ここからは事実をそのままに綴ってゆこう。
上が創設した燦輝鉄十字学園に触発され、ほとんど発作的に自らも学校設立をと動き出したアインクライネスは、まず資金集めへと妻子を連れて渡米し、いち早くアメリカで成功していた顔見知りの元ドイツ人科学者たちから恐喝……ではなく、献金を募り、時間は掛かったが(具体的にはグリーンカード……つまり永住権を取得する必要に迫られ、さらに連れてきた息子たちが暇に飽かせて帰化テストをパスし、アメリカ市民権を得てしまうぐらいの期間を経て)念願だった学校設立の目処がつくと、今度はすぐさま妻子を置いて一人、さっさと日本へ向かい、
「やっぱ日本で学校やるとなったら、とりあえず仏教系だよな!」という、なんというかいろいろとおかしすぎてどこからツッコンでいいのか分からないほど勘違いしたまま自らの学校を設立。
言っておくけど、仏教発祥の地はインドだから。
よしんば、お釈迦様が生まれた国が発祥と考えても、それでもそこ、ネパールだから!
どこをどう捻じ曲げて解釈しちゃったのか知らんけど、日本は仏教伝来してきただけで、仏教は国教じゃないからっ!!
などと、
ツッコミ役が不在だと地の文でツッコマなきゃいけないからそろそろしんどくなってきたが、あとちょっと頑張ることにする。
ともかく、
そういったわけで(どうしてなのかは不思議で仕方ないが)学校経営も軌道に乗ると、もうとっくにアメリカ国籍を取得してしまっていた妻子へ、
「上と約束してた学校が出来たから、お前らもこっち(日本)へ来い!」
「あ、いや……だってもうこっち(アメリカ)に帰化しちゃったし、仕事とかも……」
「仕事は俺の学校に来れば嫌ってほどあるからとにかく来いっ!」
「や……だから、もう生活基盤が出来ちゃってるから……」
「うるせえ! いいからとっとと日本へ来いっ! 婿入りとかの支度なんかもあって忙しいんだから、四の五の言ってねえでマッハで来いっっ!!」
「……ファッ!?」
といったやり取りをおこなって、まさしく問答無用に家族を日本へ強制移住(アメリカの件を含めるとこれで二度目だという事実が人事ながらに恐ろしい。というか、そもそもアメリカへわざわざ一緒に連れて行った意味はどこにあるのかがやはり謎だが、たぶん考えたら負けな気はする)させ、その日のうちに獄門坂家へと赴いて上との再会を果たし、過去の感慨にふける時間さえ惜しんで上の娘たちとさっそく顔合わせをさせたかと思うや、そのまま二組の仮祝言を済ませてしまうという、もはやマッハ通り越してワープだろと言いたくなるような無茶苦茶なペースでことを進め、なんやかんやで現在に至っている。
滑の生家である獄門坂家と、もうひとつの獄門坂家。
ふたつの獄門坂家が誕生してからの現在に舞台は戻る。
私立極楽大往生学院。
ドイツの資産家、アインクライネス・アイスビッテが理事長と学院長を兼務する、全国でも指折りの学力レベルを誇る仏教系高等学校。
ただし、仏教主義学校連盟には所属していないため、正確な意味での仏教系高等学校には分類されない。
これはアインクライネスがあまりにも雑な仏教思想しか持ち合わせておらず、合わせて知識もグダグダだったのが要因なのだが、困ったことに、それでも学校自体の評価は非常に高い。
まず、宗派がはっきりしていないことが逆に功を奏した。
やれ、天台宗だの曹洞宗だの、禅宗だの真言宗だのと宗派が明確な場合、親族同士でもそれが原因で揉めてしまう危険性がある。
が、極楽大往生学院はただ漠然と仏教系と謳っているだけに過ぎない。
この宗教としては絶対に駄目な感じのするユルユル感が、むしろ入学させる側としては身内同士の不毛な衝突を避けるのに好都合だったことが良いほうへと転じ、新興校ながら今や音に聞こえしお嬢様学校としてその存在は全国に知れ渡っている。
校舎の造りも、シンプルだがインパクトはすごい。
地図上では寺院などを示すのに卍の地図記号が用いられるが、この校舎は航空写真で見るとまさしく卍の形をしている。
おかげで地図によっては間違えて所在地と名前の横に卍が印刷されていたものもあったほどである。
卍はあくまで寺院の地図記号であって高等学校の地図記号じゃないのに、おかしいね。
とまあ、
実際は結構シャレになっていない誤記についてはさておき、早速ながらそんな極楽大往生学院内へ場面を移すとしよう。
デザインのシンプルさに加え、それなりに生徒数も規模も大きな学校であること、さらに新興の学校であるなどのことを足し考えると相当に珍しい一階建て……平屋造りの校舎は、壁や窓、扉やドア、ガラスや透明アクリルなどによる遮りさえもが極端なまでに抑えられ、さながら一見した外観は広大な四阿といった風情である。
これが鉄筋コンクリートでなく木造であったなら、いま少し華美な装飾がなされていたなら、ふと平安時代の寝殿造りすら想起させる趣がそこにはあった。
物騒な事件も多い昨今、外側から内部の動きがほぼ明け透けに見え、何に対しても侵入を防ぐようなものもまるきりといってよいぐらい無く、各学年、各クラスの教室内はもちろん、廊下や渡り廊下を行き交う教員、生徒の流れまでが手に取るように分かるその様は、無防備さに対する不安感さえ一旦忘れ、世俗とはかけ離れた静穏な時間に、心地良く支配されるような錯覚さえ覚える。
そうした、どこか現実感と非現実感の狭間とでも形容できる光景の中を、ひとつの人影がその他数多くの人影に紛れ、奥向きの通路をなお奥へ奥へと進んでいた。
ひどく堅苦しい……という表現ではまだ柔らかい、まるで……いや、まともに見たなら十人が十人、軍服かと見紛うほど重厚な衣装に身を包んでいるが、何もその人影だけが特別なのではなく、他に望まずとも次々と目に飛び込んでくる生徒たちの姿とも何とて変わらない。
つまり、標準的なこの学院の制服自体がそのような仕様なのだろう。
全体に黒を貴重としたその服は、ブレザーというより背広かコートに分類される作りをしており、女子高でありながら男性的ないかつさを感じさせるショルダーループや、上着の上から締められた、とても女子が着る制服にはふさわしくない太く堅牢そうなベルトがより違和感を強める。
唯一、女性らしさを強調するのは、上着の下から伸びたタイトスカートくらいのもので、他は総じて異様とすら言いたくなるまでの武骨さを漂わせていた。
そして、そんな女子自身はさらに進み、突き当たった狭い通路の奥にある壁へはめ込まれたようなドアを前に立ち止まると、小さく溜め息を吐いてから上着のポケットをまさぐり、複雑な溝が無数に入ったディンプル・キーを取り出すや、静かにドアノブ上部に口を開けた鍵穴へ差し込み、時計回りに四分の一回転させ、金属的な軽い開錠の音を聞いてからおもむろにキーを改めてポケットへと収め、そのままノブに手を掛けてゆっくりと開く。
刹那、
一陣の風が開いたドアの隙間から躍り出て、少女の髪を弄った。
内外の気圧差によるものか、ともかく吹き出した風に乱された髪を整えつつ、少女はまた一段、憂鬱そうな吐息を吐いて目を細める。
いや、この表現は少しおかしい。
こういう言い方はどうかとも思うが、すでに少女の目は、これ以上細めることなど出来ないほどに細められていたのだから。
というより、元からひどく細いのだ。
切れ長の目というのとは違い、開いているのかどうかも怪しいまでに細い。
まるで針のように。
しかもその他に何といって特徴的なものが何も顔の構成パーツに含まれていないため、余計に目立つ。
平均的な卵形の輪郭に収まっているのは、ごく普通の小さな鼻。ごく普通の小さな口。ごく普通の眉。
総合し、ごく平凡な日本人的顔立ちとも言えるが、それでもやはり目の細さは別格に近い。
眉にかかる程度の前髪に対し、サイドとバックは肩近くまでの長さがある髪が風に踊ったというのに、傍から見ていてもまったく毛が目に入りはしないかという心配が胸をよぎらない。
と、失礼なことを地の文で語っているうち、
少女はドアを抜けて中へ入ると同時、手早く後ろ手にドアを閉め、今度はオートロックの施錠音を耳にした。
途端、
「あら、いらっしゃいノビちゃん。思ったより早かったのね」
他と大きく異なり、ドアを閉めると完全に閉塞した室内へ、高く澄んだ女性の声が響く。
あからさま外とは異なる、真逆の圧迫感が支配する息苦しい室内に。
広さは通常の教室ひとつ分。五十人程度なら楽に入れるスペース。
天井の高さも大差は無いが、若干高いかもしれない。目算で3メートルといったところか。
少女の入ってきたドア以外には部屋の天井奥隅にひとつずつ配された換気口のほか、外界と繋がる場所は見当たらない。
それどころか、驚くほど何も無い。
ただ唯一、部屋の中央辺りへ置かれた一人掛けのソファがあるばかり。
そしてそこに、声を上げた主が座っている。
ゆったりと腰を埋め、肘置きへ立てたその手で頬杖を突き、微笑むもうひとりの少女が。
脇近くまでの長さがある、波打つようなブロンドの巻き髪にうっすら隠された顔立ちは、およそその髪色と釣り合うほどバタ臭いものではなかったが、如何にも日本人然とした目鼻立ちの中にも、どこかしら険があるというのか、ひと癖あるというのか、何とはなしに取っ付きにくい印象を与えてくる、そういう妙な感想を抱かせる何やらけったいな面相をしている。
入室してきた少女と基本、同じ制服を着ているところから同校の学生であるのは察せるが、その姿は少々異なっていた。
それは、
室内だというのに着帽している点。
それも知らぬ人間が見れば間違いなく危うい勘違いをされそうな帽子を。
何故ならその帽子、
どう見ても軍帽にしか見えないのである。
鷹なのか、それとも鷲か。どちらにせよ何か鳥を象った金属性装飾が輝き、そのすぐ下にはさらに髑髏の装飾。
おまけに胸元へは卍を図案化した記章がこれ見よがしに取り付けられている。
とてもではないが不穏な雰囲気しか感じ取りようがない絵様。
なのだが、
これらすべて、正当な意味がある。断じて危ない意味は無い。
例えば、
帽子の鳥については、これは鷹でも鷲でもなく、迦陵頻伽という極楽浄土に住むとされる鳥。
次に髑髏は、一休和尚が正月に髑髏を掲げて家々を巡った逸話にちなんだ物。
『門松は、冥土の旅の一里塚。めでたくもあり、めでたくもなし』の言葉で有名なアレである。
分からない方はお手間だろうがご自分でお調べ願いたい。
さすがにこの話を真面目に記述したりすると、余裕で千文字以上は必要になってしまうため、申し訳ないがここは勘弁していただくしかないのだ。
いくらなんでもこのエピソードを「長いから三行で」なんて言われて、「はい分かりました」と出来るほど作者は有能ではないという現実は覆せないので、そこを何とか酌んでお許しいただきたく思う。
そして最後、
卍の記章についてだが、これはもうそのままの意味しかない。
仏教における和、または吉祥を意味する印である。
間違ってもボヘミアの伍長閣下とか、第三帝国なんかとは無関係なので誤解しないでいただきたい。
ともあれ、そんな危なっかしい格好をした少女の声が耳に届くや瞬間、
自分が呼ばれたことに気づいた少女はドアを背に一歩、前へと歩み出ると目の前にいる声の主へ、
「……アキラ先輩。前から何度も言ってますけど、その呼び方やめてくださいよ。私ゃ、どこぞの猫型ロボットに泣きつくのが日課の小学生じゃないんすから……」
不機嫌そうに応答した。
この答えに、声の主はコロコロと鈴の音のような笑い声を上げつつ、さらに続ける。
「へえ……別にいいわよ? 止めても。この呼び方がそんなに気に入らないんなら。けど、そうなると普通に呼ばなきゃいけなくなるわね。それで構わないなら私もそうしてあげる。ねえ、檜風味ちゃん?」
「……なんで、普通に呼ぶってなったら苗字のほうで呼ぶんすか……」
「え、だから普通でしょ? 馴れ馴れしく名前で呼ばれたくないっていうんだから、苗字で呼ぶのは」
「私ゃ、ノビちゃんて呼ばれんのがイヤだと言ったんであって、名前で呼ばれんのをイヤだなんて一言も言った覚え無いんすけど……」
明らか、からかう気満々の声で言う女性……少女がアキラと呼んだ人物に、呆れてというより困ったという顔をして少女は言う。
が、相変わらずアキラと呼ばれた女性はさも楽しげに笑うばかりで答えようとはしない。
ドアから室内に入ってきた少女。檜風味と呼ばれた少女。
彼女の本名は檜風味野蒜という。
ここ、私立極楽大往生学院の一年生である。
明治8年に公布された『平民苗字必称義務令』の際、どうやら彼女のご先祖は頭がおかしかったらしく(もちろん悪い意味で)、このように珍奇な苗字となってしまったらしい。
何せ、他に理由は思いつかないし。
無論、途中幾人かの身内(主に女性)はこの姓から逃れてきたものの、何故か大多数の男身内は頑なにこの姓を守り続け、現在最年少アンド現在進行形で被害を被っているのが野蒜であった。
ちなみに、
男身内が何故にこの苗字へ固執し続けたかというと、別に他人には分からない己が姓への誇りから……などといった綺麗ごとでは決して無く、単に、
「俺がこんなふざけた苗字のせいで周りから馬鹿にされ続けたんだから、お前たちも一緒に苦しめ!」という、ものすごく器の小さい男どもの八つ当たりによる。
はっきり言おう。いい迷惑だな。
人事ながらカワイソウだと心から思うよ。
身内に根性悪の男しかいないとか、マジできついね。
などと、また話が脇道へ逸れる前にこの辺りで止めておこう。
しばしして、
笑気も一段落したらしきソファの少女は、今度は逆とばかりに呼吸を整えると、野蒜へ問い返す。
「でもねえ、私だって反論はあるのよ? 野蒜ちゃんたら、何度言っても私のことアキラって呼ぶけど、私の名前は彼方。どうしてこれだけ長い付き合いだっていうのに、三文字程度の名前もまともに覚えてくれないの? そりゃイジワルのひとつもしたくなるじゃない」
「分かってますよそんなこと。ちゃんと覚えてますし、忘れたりもしてないす。ただ、その名前で呼びたくないだけなんすよ」
「なんで?」
「だって……その名前で呼ぶと、周りは私が舌っ足らずで、『アキラ』って言えずに『アチラ』って言っちゃってるんだと勘違いされて笑われるんすもん……」
「……あー、そゆことか……」
野蒜の回答に、ほう、と息を漏らして納得した様子のアキラ改め、彼方は、斜に傾げたままの首を小刻みに何度か縦へ振ると、さらに言葉を継いだ。
「ま、そういう理由じゃ無理強いも出来ないわね。分かったわ。かわいい後輩に恥をかかせるのは本意じゃないし、いいわよ。そのラーメンマンみたいにほっそい目に免じてこの件については許してあげる」
「……許してくれるのは嬉しいんすけど、なんか理由が腹立ちますね……」
「でも事実でしょ? 下手するとラーメンマンよりほっそいかもだし」
「……少なくとも、ウォーズマンみたいなキモイ笑い顔する先輩に言われたかないすよ……」
「ほんと、野蒜ちゃんは後輩のくせに先輩への言葉遣いってものがなってないわね。私が温厚なことに感謝しなさい。普通だったらお仕置きものよ。自覚してる?」
「先輩がもっと先輩らしく振舞ってくれりゃ、私だって態度を改めますよ。ただ、先輩が振る舞いを直すなんてこと有り得ないから改めませんけど」
「まったく……いちいち口の減らない子だわね」
言いつつ、彼方はまた愉快そうに笑う。
彼女言うところの、なっていない後輩の言動・行動をむしろ楽しんでいるのだとばかりに。
しかし、
「あ……んで先輩、呼び方のことすけど」
笑いの途切れるのを待ちもせず、野蒜は未解決の問題をすぐさま始めた。
「結局、どうすりゃいいんすか? 私がノビちゃん呼ばわりされんのイヤなように、先輩もアキラはイヤってんなら、なんか他の呼び方考えないと……」
問いかけ、次の言葉を発しようとしたものだか、
「それなら考えるほど面倒なことじゃないわ」
言って遮り、彼方は続け、
「苗字で呼んでちょうだい。今さら他人行儀だなんて思う仲でもないし、それで問題無しよ」
そう自ら結論する。
「……え?」
「だから、苗字でいいってこと。最低限、後ろに先輩とさえ付けてくれればね」
「や、でも……先輩って確か、私と同じくらい苗字で呼ばれんのイヤというか……自分の苗字、好きじゃなかったんじゃ……」
「そうね、好きか嫌いかで言えば間違いなく嫌いよ。かわいくないし、いかついし。多分、呼ばれたらそこそこ機嫌も悪くなると思う。でもそれだけのことよ。それに、今はむしろ苗字で呼ばれたい気分なの。だって……」
言い止し、露の間を置くや、
「……ちょっと機嫌が悪いってぐらいじゃないと、これから喧嘩しようって時にノリが悪くなっちゃうかもしれないでしょ?」
そう回答しつつ、彼方は今までとはまるで違う、不気味な声音で笑う。
困惑し、相変わらず開いているのか疑わしい目で自分を見つめる野蒜のことなど眼中にも入れず。
私立極楽大往生学院二年生、獄門坂彼方。
滑の従姉妹であり、祖父であるアインクライネスをも超える発火・燃焼力を持って生まれた爆燃能力者、Deflagrater。
そして同時に、
極楽大往生学院、
最危険指定特殊性質生徒。