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それは転換点という名の、意外な真実の提示 (9)

さて、


若かりし日、ドイツへと訪れた上に課せられた実際の任務というのは、日独双方の少々面倒臭い思惑によるものだった。


建前としてまず日本側はすでに「大和魂があればなんとかなる」の一点張りで無茶な結論を出してはいたものの、本音ではドイツと同等か、またはそれ以上に人員も物資も絶望的なほど不足している現実は如何ともし難く、できれば上手くドイツの『廉価版超人量産計画』とやらがどの程度のものかを見極めたうえで、もし使えそうだったらパク……参考にしようと腹の内では思っていた。


無論、同盟国とはいえ弱みは見せられないため、完全極秘裏に、である。


対してドイツ側はドイツ側で、同盟こそ結び、しかもその関係上から名誉アーリア人種などというひどく訳の分からない立ち位置へ置いた日本人が、何かあると二言目には必ず口にしてくる『大和魂』の意味がいまいち理解できず、しかし実際理屈は不明だが、日本兵たちの実に意味不明な強さは実証データとして上がってきていたため、こちらは建前と本音が半々で自分たちの『廉価版超人量産計画』がどれだけ優れた計画なのかを見せ付けて優越感に浸ろう的な気持ちと、残りの半分は果たして「具体的にその、大和魂って何?」といった疑問を解決したいという思いによって導き出された軍学交換研修なる回りくどい探りの入れ方へ繋がった形。


これが真相であった。


で、当然日本側も真意を悟られては困るため、視察と研修だけしか任務として上には伝えておらず、上もただ退屈そうにドイツ側の送迎を受けて招かれた都市、ウルムのその地下へと隠蔽・建造された小さな研究施設に足を踏み入れ、そこで自慢と探りが綯い交ぜになったドイツ軍特務将校らと科学者集団の視線に晒されつつ、次々と現れる超能力者らの安い奇術(一般的感覚ではなく、あくまで上の特異な感覚からして見た場合)を延々と見せ付けられることとなる。


余談だが、


この約1年後にウルムは有名なウルム爆撃で破壊しつくされたのには何かしら、裏の事情もあったのではと勘ぐらずにはおられない。


そして、


ついにその時はやってくる。


地下深く、頑強な鉄筋コンクリートで周囲を覆われ、分厚い強化ガラスで区切られた狭い実験場の中でおこなわれる『能力持ち』たちの、その実力のほどを、どうだとばかり発表されてゆく中で。


ある者は手も触れずに念じるだけで重量2トンを超える鉄塊を宙へ浮かべる念動能力者、Moverムーバー


またある者は三脚に固定された6挺ものMG34機関銃から至近距離で撃ち出される無数の弾丸を特殊な磁場を発生させることですべてかわす磁気能力者、Magforcerマグフォーサー


さらにある者は射出する弾丸を強化することにより、ルガーP08拳銃でシャーマン戦車の前面装甲に見立てた厚さ76mmの鋼板を貫徹させる強化能力者、Reinforcerリインフォーサー


等々、


普通の視点からすれば十二分に過ぎる能力の数々を、それぞれの能力者たちが傍から見学している上が漏れそうになるあくびを我慢しているとも知らずに続々と披露してゆく。


そんな中、


最後の取りを飾らんと登場したのが、まだ年端もいかぬ……といっても上とは同い年の、『廉価版超人量産計画』のために召集された『能力持ち』の中で群を抜く力を持ち、最強の呼び声も高き発火能力者、


ireStarterファイアスターターの少年。


明らかにそれまでの『能力持ち』たちとは異なる威圧感すら漂わせてガラス越しの室内に現れたその少年は、名をアインクライネス・アイスビッテという、人を馬鹿にするのも大概にしろといった名前なのだが、どこがどう人を馬鹿にした名前なのかは各々方、気になったら自由意志で調べていただきたい。

あえて綴りは記さないが。


まあ、間違いなく「調べて損した!」と思われるのがオチなので、決してお勧めはしない。


繰り返すが、調べるなら自己責任ということをお忘れなく。


閑話休題。


そんなこんなで姿を見せた少年、アインクライネスは、何やら気乗りしないのか、けだるい様子で室内中央まで歩み進むや、ジロリと強化ガラス越しの見物人たちを一瞥すると、ちょうどそこでタバコを吸おうとしていたひとりのドイツ軍将校が咥えた白い紙巻タバコの先端部に突如、子供の頭ほどはあろうかという火球が発した。


瞬時、その場が騒然としたのは言うまでも無いだろう。


当の将校は強烈な驚きと、それと同等以上の苛烈な熱さと光にたじろいで足をもつれさせ、したたか尻餅をついたものだが、そんな様子を横目に見、アインクライネスは声も無く冷笑した。


慌てた他の研究員や将校たちもひどく取り乱し、一時、日本側の将校らも含めてその場が混乱する中で。


ともあれ、当然ではある。


確実に、安定的に管理され、安全だという前提があって始めて平凡な人間は彼らのような恐るべき『能力持ち』を間近で観察することができるわけであって、まるきりコントロールされていない……しかも当人にとって本気なのか冗談なのかは別に、いきなり何の躊躇いも無くこんな危険な力を振るう者を目の前にして動揺しない人間のほうがおかしいだろう。


だからこそ、

アインクライネスは残酷な笑みを浮かべたのである。


彼からすれば、たまらなくちっぽけな、無力な人間たちの姿を見て。


思い通りの場所を、思い通りの強さと規模で発火させられる彼にとって、この程度の隔離など何の用も成さないのだと嘲るように。


ところが、


そんな周囲の様子とはまるで浮いた格好で一人、上は、


飽いて堪えきれなくなったのか、辺りの喧騒をも突き抜くように、


つい、大あくびを漏らした。


これほどのこと、平時も同然。

何事も無い、とでも言わんばかり。


そう告げるような、気の無い瞳をガラスの先に立つ少年へわざと合わせて。


瞬間、


つい一瞬前まで嘲笑を映していたアインクライネスの顔から一切の表情が消える。


転じて、その双眸にだけ斬りつけるような鋭い殺気を宿すや、


またしても突然、


熱と閃光がやにわに両者の境へ発生した。


ただし、今度は先ほどのものとは比べ物にならぬ代物。


熱線が強すぎてその光は赤や橙といった色をすっかり失い、網膜に焼き付けられた色は不自然なまでの白さだけ。


そして熱源もそれに合わせて凄まじいものだったことを、光が焼きつき、一時的に見えなくなった視界の中心を除く、外側の視野が辛うじて捉える。


アインクライネスが発生させた熱源の位置。そこは、


二人を隔てた強化ガラスの、ど真ん中。


わずかばかり、露の間にも満たない時間によって回復を始めた視力をもって見たのは、まるで鬼灯のように赤熱して飴の如く溶け流れたガラス。


それが足元近くまで迫り、強化ガラスの隔たりはといえば、もはや見る影も無く、軽く人一人が往来できるほどの丸く、巨大な穴が穿たれていた。


すると、

それを見て何を思ったか、


上は表情ひとつ変えず、やおら足を踏み出し前進しだすと、その予測を実証するかのようにフワリと身を低く宙へ躍らせ、かりそめの安全地帯であった場所からガラスの穴を抜け、その穴を作り出した当事者の立つ室内へと降り立った。


あたかも、そうするのが当然だとでも言わんばかりに。


と、そのまま、


二人はしばし、立ち尽くして睨み合う。


制止する者も無く、制止する余裕のある者も無く。


ただただ悪い意味で頑是無い、二人の少年がこれから起こすであろう今よりさらに破滅的な惨事を想像しておののき、良い歳をした大人たちが自然と遠巻きとなり、これ以上は無いほど不安に満ち満ちた眼でそんな状況を見つめていた。


そうこうし、

果たして、


時間がどのくらい経過した頃だろうか。


正確な時間を確認していたような奇特な人間など存在しなかったし、当事者同士である上も、アインクライネスも、互いへ意識を集中していて時の感覚などというのはほぼ欠落していた。


ゆえにこの時、二人の静止がどれだけ続いていたかを知る者はいない。知る術も無い。


瞬刻であったかもしれないし、数分だったかもしれない。


とはいえ、話こそしたがこの際の時間経過の実態自体は別段、問題ではない。


肝心なのは結果。つまり、どうなったか。


先回りして言っておくが、睨み合いだけで終わるはずは無い。前述もしているわけだし。


では、どうなったか。

いい加減で遠回しは止め、結論から言おう。


上とアインクライネスは戦った。


単に互いを「気に入らないから」という、もう完全に子供の理屈……というか、理屈ですらない直情によって。


さらに言い加えれば、

上記の理由も含め、状況なども考慮すれば、それはもはや戦いというような高尚なものではなく、喧嘩という表現のほうがより適切な感のある代物だった。


が、いずれにしろ、

結果が破滅的かつ、ひどい惨事であったのは先に言ったとおりである。


なら、どのように破滅的な惨事だったかというと、


時系列で順良く並べたうえで第三者から見たそれは以下のような流れ。


気がついたときには瞬く間、上が全身から炎を吹き上げて燃え上がっていました→


おそらくそれを実行したのであろうアインクライネスは、ただちに灰も残さず燃え尽きることになろう上の姿を見て、いやらしく笑いました→


が、そう思った次の瞬間、上は炎に包まれながらやにわにアインクライネスへと突進し、猛烈に勢い付けて振り上げた大和魂(物理)でもって彼を殴り飛ばし、コンクリートをスナック菓子のように砕き、露出した内部の鉄筋網も粘土のように曲がりくぼむほどの威力でアインクライネスを壁へと叩き付けました→


以上。

というわけで、


[対戦結果]


獄門坂上→全身に軽度の火傷。一時的に髪がアフロみたい感じでチリチリになっていたものの、翌日には大和魂(本人談)で火傷とともに完治。


アインクライネス・アイスビッテ→大和魂(物理)による一次被害で頭蓋前頭部陥没骨折。その後、硬質鉄筋コンクリートの壁まで吹き飛ばされ、叩き付けられた二次被害により、右足の小指の骨以外をすべて粉砕骨折。そのおかげで(何故か)かろうじて一命は取り留める。


などということになり、その後、

大事な秘密研究施設を復旧不可能なまでに破壊され、虎の子だった『能力持ち』すらも事実上、再起不能にされたとあって、ドイツ側からは随分と怒られたが、そうは言っても先に手を出したのは間違い無くアインクライネスのほうだったことと、今まで完璧に謎だった大和魂の正体を、おぼろげながら目に出来たといったこともあり、あとはお決まりの、上層部同士で「なあなあ」の話し合いをして手打ちという形となった。


ちなみに、


この事態についてはさしもの上も、自国とドイツ双方のお偉いさんに謝罪している。


「(大和魂が足りず、手傷を負わされてしまい)申し訳ありませんでした」と。


果たして口にしなかった真意を加味するとこれを謝罪と考えてよいのかは判断の難しいところだが、いずれにせよこの謝罪があろうが無かろうが自体は沈静化していった。


現実問題、戦時中のいざこざなんて大抵こんなもんである。


みんな本業(戦争)で忙しいからね。しゃーなしだね。


にしても、とまれかくまれ、


完全な結果論でしかないが、この一件でほとんど再起不能となったアインクライネスは、そのおかげで前線送りを免れ、生きて戦後を迎えられたのは皮肉と言うべきか何と言うべきか。


しかもこれが縁で、上とアインクライネスは友好を深め、あまりの大惨事で感情がバグでも起こして180度回転でもしたのか、二人は莫逆の友となってしまったのだから世の中は本当に分からない。


というか、こいつらの頭の中が分からない。


脳筋ってことでいいのかな?

脳筋の一言で済ませていいことなのかな?


チョットヨクワカラナイデス。


とまあ、個人的感想はさておくとして、


結局、二人はわずかの期間に刎頚の友となり、いよいよ上の帰国が迫った際には、


「将来、俺に娘が出来たら貴様の子の嫁に。息子が出来たら貴様の子の婿に」


などと言い出す始末だった。


無論、全身を石膏で固め、車椅子に乗りながら。


私が言うものなんであるが、よくしゃべれたな。

顎だって肉骨粉みたい状態だったろうに。


まあ余談は置いて、


これもアインクライネスとしては、自分が生まれて始めて一方的に力負けした相手である上へ対する、最大級の敬意と友情を示すための行為と考えであったのだろう。


そこを察してかは知らないが、上も二つ返事で、


「ならばうちも娘が出来たら貴様の子を婿に。息子が出来たら貴様の子を嫁に」


といった具合の軽さで了承。


そしてもう説明も不要とは思うが、数十年を経て戦後、それぞれの無事を確認した上とアインクライネスは、律儀にこの時の約束を守り、上の娘とアインクライネスの息子とが結ばれ、滑という天然危険物が地上へ産み落とされたのである。


なお、この時点でもう上は滑がアインクライネスらと同じ、『能力持ち』の素養を多分に持って生まれてきたことを察知していた。


それがゆえ、戦後は諸外国へ大和魂を基礎とした軍学指導に飛び回る傍ら、祖国日本では学校経営のという新たな人生を歩み始めていた上は、今後も大なり小なり、多かれ少なかれ生まれてくるであろう『能力持ち』の子らが道を踏み外すようなことがないよう、表向きは単なる全寮制共学校を装い、実体は『能力持ち』の子供を隔離・矯正し、実社会に出ても問題を起こさない下地を身につけさせることを目的とした学園を創設した。


それこそまさに滑や蓮春の通う私立燦輝鉄十字学園であり、人ならざる力を持って生まれたがため、心を歪めてしまった友、アインクライネスへの、上なりの間接的救済だったのである。


一般人の感覚からすれば、いかんせん異常とも言える行動ながら、それもまた上なりの、友に対する、友に報いようとする思いの強さから来たものなのだろう。


世に言葉ばかりの友人は数居れど、真の友情とはここまで人を動かしうるのだと受け止めれば、むしろ奇異よりも羨望の眼差しを向けたくすらある。


とかなんとか、

また懲りずに個人的意見を無意味に披露してしまい申し訳無い。


早々に話を戻そう。


はてさて、

まこと聡明であられる皆様ならすでにお気づきのことと思うが、これだけで話は終わらない。


何せ、これで話が終わりだとしたら、ただ滑の出生を少しばかり詳しく解説したに過ぎないわけで、別段これといったイベントが新たに起きる素地は存在しないのだから。


が、当然そんなわけはない。話はもう少し続く。


戦後、新たな仕事に追われて忙殺され、50も近くなってから遅咲きの春を迎え、ようよう身を固めた上がそれからさらにしばらくして待望の子宝を得ると、まるでそのタイミングを狙い澄ましたように、遠くドイツの地よりアインクライネスからの手紙が届いた。


もちろん内容は、


「貴様、子供はできたか? 俺はできてる!」


という、約40年も音沙汰無しだった友人が送ってくる内容としてはあまりに唐突かつ簡素なものだった。


だが、そこはそれ。上も上で、


「俺もできてるっ!!」


とだけ返信しているので、どっちもどっちか。


しかし、問題はここから。

ここからが始まりなのである。


過去、前述していないので皆様は知らなくて当然なのだが、実はこの時、上もアインクライネスも単に子が生まれたわけではない。


そう、

単にではなく、


複で生まれたのだ。


言っておくが洒落ではない。マジで。


何の因果か知らないが、それともよっぽど縁が深かったのか、とにかく不思議なことに、


二人は揃って子供を授かり、しかも揃って、


双子を授かったのである。


こうなると普通なら多少、話はややこしくなったりしそうなものだが、この二人に限って言えばそんな複雑な思考は元よりあるはずもなかった。


「双子なら、両方とも夫婦にしちゃえばいいじゃない」という、もはやこちらも下手に考えるのが馬鹿馬鹿しくなるほど短絡的な結論を即座に出し、上の双子の娘にアインクライネスの双子の息子が婿入りすることで万事解決。


沙汰無し、一件落着と相成った。


少なくとも、この二人の間では。

少なくとも、この場だけは。


けれど、もうお気づきだろう。

これで済むはずが無い。


済んでくれたら、それはそれで楽だったかもしれないが、それでは話が展開しない。


それはほぼ事故に近い運命の悪戯。


または運命に悪戯しているというほうが正解かもしれない。


40年以上の時を経て連絡を取り合った上とアインクライネスがどんな積もる話をしたかは当人たちにしか分からない。


のだが、

はっきりしていることもある。


戦後は故郷へ戻り、のんびりと田舎での暮らしを満喫していたアインクライネスだったのものの、上の『能力持ち』として生まれてきた、生まれてくる、子らへの大きな愛情と強い情熱に心打たれ、


「お、それいいじゃん! やるっ! 俺も俺もっっ!!」


といった、周りからは軽いノリとしか思えない動機でもって、アインクライネスまでもが『能力持ち』の子の受け入れを前提とした学校を設立するに至ってしまった。


改めて言おう。


至ったのではない。

至ってしまったのである。


今も昔も、無駄に行動力のある人間は大抵、周囲に迷惑をかけると相場は決まっているが、この行動はまさにそれ。


上が学校を設立したのは、善意。

アインクライネスが学校を設立したのも、これまた善意。


だがしかし、

良かれと思っておこなったことが、必ずしも同じく良い結果を招くとは限らない。


それどころか、真逆の結果を招くことのほうがよほど多い。


そして実際、招くのだ。


こんな言葉がある。


「地獄への道は善意で舗装されている」と。


戦後70年。

気高く激しい友情で結ばれた二人の男が敷き詰めた大量の善意。


それは現代へと至り、今まさに、


最悪の大惨事を招く火種となって燃え上がらんとしていた。


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