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それは転換点という名の、意外な真実の提示 (5)

「……何か、私がいないところで勝手に無駄なシリアス展開へ話が向かっているようですね……」


上校舎での騒動から数日。


存外素直に上校舎への隔離を受け入れた滑は、新たな教室で自分の椅子へと座り、半身をよじるや、ジロリとこちらに怪訝そうな目を向けてポツリとつぶやいた。


というか、


こっち見んな。

こっちに話しかけんな。


おかしいでしょ? 前にも言ったけどさ。


なんで人がせっかく話を真面目な方向に転換しようかと思ったのに、どうしてそうやってすぐ話の流れをぶち壊そうとかするわけ?


いい加減、書いてるほうの身にもなってよ。大変なんだからね、こっちだって。


「どしたの? 先輩。いきなり独り言なんかはじめてさ。頭とかダイジョブ?」

「いえ、ちょっと向こう側のやつへ忠告を。(この期に及んでいきなり話のベクトル変えようとかしてんじゃねえよ)と、暗に戒めておいただけです」

「……?」


傍から見れば単に虚空へ向かって話しているようにしか映らない滑の姿故、当然返答された内容もチンプンカンプンといった顔で、問いかけた祟果はあからさまに奇妙な顔をする。


滑も滑で別に話を理解してもらいたいという気も無いため、それきりその話題を切り上げ、黙したまま手に持つ紙コップへ刺さったストローを口元へと再び寄せた。


さて、


書き手の都合も考えずに思うまま第四の壁を突き抜けてくる滑に現在の状況を説明してもらえるなどとは微塵も期待していないので、地の文である私が仕事をすることとしよう。


数日前、自らと滑の間にあった過去を語り、三人仲良くどんよりと暗くなった蓮春、鉄道、箍流のことなど知りもせず、滑は隔離初日にして上校舎の改革を成し遂げていた。


まず、どうせ危険だと思われているのは同じなのだからという、通っているような通っていないような理屈で教室をひとつにまとめ、七雪と祟果、自分とで一緒の教室を共有することにした。


無論強引に、許可も取らずに、である。


そこで気の毒なのは、知らぬ間に巻き込まれた無関係の七雪と祟果……だと思われるかもしれないが、実はそうでもない。


双方とも、寂しくて死んでしまうだとか、会いたくて会いたくて震えたりだとか、そこまでの禁断症状は出ていなかったものの、精神は一般人のそれと大差無いゆえに、孤独を苦痛と感じないというわけでもなかった。


精神構造が一般人のそれとはまるで別物の、生粋のキ印である滑ですら抱く感情なのだから、彼女らの心痛は推して量るべしだろう。


というわけで、


身も蓋も無く言ってしまえば、『ひとりぼっちだとなんかつまんない』という滑のわがままによって現在、上校舎の教室は最下階の一室のみを利用し、担任兼監視役の靡を教壇に据え、三人が横一列に机を並べて自習をするという、若干ではあるが以前より学び舎の光景らしくその様相を変えていた。


と、そんな現在の上校舎の状況を、人間関係の面で少しく説明させていただくなら、


「それにしても祟果さんは物怖じしないというべきか、馴れ馴れしいというべきか、年長者に対する礼節をわきまえないというべきか、先輩である私をまだ日も浅いのにもう先輩という呼び方以外の対応は完璧に同年代の友人に対するそれになっているのを見るに、まことフレンドリーな方だなと改めて感心させられてしまいますね」

「またまたー、すぐそうやって先輩ってば褒めんだからー。そんなおだてたってなんも出ないよ?」

「いえいえ、祟果さんに何か出してもらおうなんてとんでもない。私こそ逆に鉛玉のひとつもリボンをつけて脳天に叩き込ん……もとい、プレゼントして差し上げたいくらいですよ。ただ、その流れの中で偶然に脳漿のひとつも出して下されば……くらいの期待は抱いていますけど」

「そんで間髪入れずに小粋なジョーク返してくんだもんなー。マジ、社交性ハンパないよね先輩」

「……祟果ちゃん……それ、多分だけど滑さん、本気で言ってるんじゃ……ない……かな?」


ポジション的に搦め手とボケ担当は滑のまま。重ねボケは鉄道に代わって祟果が担当。ある意味もっとも気の毒なのは、消去法でツッコミ役になってしまった七雪。


無論、キャラ的な関係で蓮春に比べ、かなりマイルドなツッコミであるが、負担の大きさに違いは無い。


ほとんど今回の、上校舎への滑の編入にともなう最大被害者は間違い無く彼女。


のはずなのだが、


実のところ、実際の事情はかなり違う。


例えば、

何故現在、七雪は滑や祟果と同じ教室で授業を受けられるのか。


マイナス65度という、南極の平均気温すら暖かく感じるほどの極低温に設定された教室にしかいられなかった彼女が、どうして普通に揃って過ごすことができるのか。


理由は、もはや隠し立てする必要の無くなった滑の能力にある。


本来、七雪は自身でも制御できない低気圧と高気圧の多重層を全身にまとっており、このため体温は外へ逃げることができず、外気も彼女をとりまく気圧の層に阻まれてほとんど温度を下げることができない。


ゆえの異常ともいえる暑がりであったわけだが、そこを滑は苦も無く解決してしまった。


自分の能力を制御できない七雪や、自分の能力を理解すらしていない祟果と違い、以前に靡が話した通り、滑は非常に高いレベルで自分の能力を操れる。


爆破の威力、位置、方向。


それらを極めて細かく、正確に設定できるからこそできた荒業。


七雪と彼女の周囲に展開している気圧層のちょうど隙間の部分を、彼女の体から見て外向きに高威力で爆破することにより、構成されていた気圧の層を完全な力技で吹き飛ばしたのである。


とはいえ、


「まあ体質的にすぐ状態回復してしまうので、普通の女の子でいられるのは三時間ほどが限界なんですけどね。こういうものは一度でも手を出すとなかなか足を洗うのは難しいものです。手を出したのに何故か足を洗わなければいけないわけですから、この耐え難い矛盾からしてもう本当に難しい……」


などと、意地でもツッコミどころを用意したうえで滑が語るように、時間制限があるのだけは難点ではあった。


が、


「それでも……ありがとうございます……あんな冷凍庫みたいな教室じゃあ、皆さんとこんなに長く一緒にいられなかったですし……何より、お話なんか絶対に無理だと思ってましたから……」


わずか三時間でも人並みの状態になれることは、これまでその能力のせいで望まぬ孤独を強いられてきた七雪にとっては充分すぎるほどの恩恵。


自然、慣れない調子を押しのけてさえ、心からの礼も口から漏れる。


「喜んでもらえて幸いですけど、そう畏まられる理由が分かりません。自分のしてあげられることなら、できるだけのことをするのはお友達同士なら当然のことでしょう?」


こういった何気ない、良い意味のほうで滑らしい返答を受け、今まで感じたことも無い大きな幸福感を抱けている事実を思えば、彼女にとってツッコミ役の労苦など大したものではないだろうことは火を見るより明らかだろう。


「とはいうものの、三時間ごとにまた爆破をすること自体は別に構わないんですが、そのたび靡先生の射るような視線を受けなければいけないのは楽しくないですね。ただ口でからかうだけなら面白い人ですけど、上校舎ではあからさまに警戒されてますから、さしもの私も緊張します」

「んー……なんか、そこがいっつも気になってたんだけどさあ……」

「そこ、というと?」

「先輩が先生のこと妙に気にしてるとこ。だってこう言っちゃなんだけど、先輩が相手じゃあ白旗先生なんてそれこそ名前の通り、白旗上げるぐらいしかできないじゃん? なんでそんなに気にする必要あんの?」


軽い愚痴のつもりでこぼした自分の言葉に反応し、訊ねてきた祟果の言い分を聞きつつ、滑は口をつけかけたストローから唇を離す。


正直面倒だとばかりの表情を浮かべながらも、投げよこされた疑問へ答えるために。


「そうですね……そう思ってしまうのも仕方は無いでしょう。けど、その認識は明らかな誤解です。そしてその誤解を解くために少々、話をする必要がありますが、最初にひとつの訂正を前置きとして言っておきましょう」


改め、語り出しながら滑は教壇で背中を向け、黙したまま、ただ何も書かれていないホワイトボードと向き合っている靡へ目を向けるや、


「靡先生の名……白旗靡というのは、どうしても先生が白旗を振って降参する立場のようにイメージしがちですが、実際は先生と対峙した人間は誰もが例外無く」


途中に溜め息を交えつつ、


「白旗を靡かせて命乞いをする……というほうの意味。逆の立場の意味なんですよ」


気乗りのしない口調で言葉を継いでゆく。


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