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それは転換点という名の、意外な真実の提示 (3)

流れのままに乗り込んだ上校舎最後の教室で、何故か待ち構えていた担任教諭、靡とその言葉に揃って声を失った蓮春、鉄道、箍流の三人はしばし一触即発のような緊張感を漂わせる滑と靡を見つめていた。


あまりに突然の、そして意外なことで、肉体的にも精神的にも硬直にさえ似た状態へと陥りながら。


が、


そんな不自然な膠着状態を最初に打破したのは、


鉄道の絞り出すような言葉だった。


蓮春、箍流と同じく、対峙する滑と靡を見遣りつつ、噴き出した冷汗が頭皮を抜けて首筋を伝ってゆくのを気にもせず鉄道は口を開く。


「……まさか……そんなことって……」


声の中に驚愕の色を添え、


「ずっと……先生だとばっかり思ってたのに、実は生徒だったなんてっ!」


ズレにズレまくった見解を示す。


これにはさしもの場の緊張を強いていた靡も、さながら新喜劇ばりのノリでズッコケそうになったが、かろうじて踏みとどまると床へつく寸前まで折れた膝をすぐさま矯正し、軽く苛立った顔を上げ、鉄道を見るや声を返した。


「ちょっ、手頃道くん、驚くのそこですか! というかそれ以前に根本的な認識が間違ってますよ! 私の話ちゃんと聞いてました? 聞いていたとしたら、どこをどう聞き間違えたら私のほうが特殊性質生徒だって思えちゃうんですかっ!?」

「え……だって上校舎って原則、関係者しか入れないんでしょ? そこにいたってことはつまり先生が生徒だったって考えるのが自然……」

「むしろものすごく不自然ですよ! 大体、普通に考えたらいちいちそんな突飛な結論へ向かわないで、私がその関係者なんだろうなと思うのがまっとうな思考でしょうにっ!!」

「いや、だから上校舎にいたってことは関係者なわけで……そうなると先生は生徒でしたって結論……」

「で・す・か・ら、なんでまず関係者の前提条件が生徒ということで勝手に固定されてるんですか! 私は教師であり、関係者でもあるんです! 繰り返しますが、この教室に隔離指定されている特殊性質生徒は獄門坂さんっ! 私じゃなくてっっ!!」


がなるように言われて途端、


鉄道はゆっくりと小首を傾げながら隣に立つ蓮春を見、


「……そうなの?」


あまりに素っ頓狂な問いをしてくるもので、


「だから俺に聞くなっつの! てか、先生はっきり言ったろがっ! なんで簡単なほうの現実を無視して、わざわざ複雑な想像のほうに話をシフトしようとすんだよっっ!!」


実際には怒る余裕など無いものの、本心を見透かされまいと怒鳴り声を上げる。


事実、声を張るのが精いっぱいで、素春は鉄道へ顔を向けることは出来なかった。


と、

そんな蓮春の様子に何やら安心したらしく、靡は短く息を吐いて調子を整え、


「ありがとう斜弐君……さすがにもしあとひとりでもボケが増えたら私、対処する自信が無かったわ……」

「いえ、まあ俺も立ち位置の関係で先生の気持ちは痛いほど分かりますし……お察しします……」

「お互い苦労するわね……じゃ、話の腰は折られたけど、改めて獄門坂さんについての細かい説明へ移らせてもらいましょう」


蓮春に対する心の底からの同情を口にするや、ひと区切りをつけるように軽く咳払いをしてから話を続ける。


当初の、厳しさを漂わせる口調を取り戻して。


「これは本来なら部外者である斜弐君や手頃道君、それに大見得霧さんには秘匿すべき内容なのだけれど、恐らくここでそういった細事にこだわっていると獄門坂さんの逆鱗をいたずらに刺激しかねないから気にせず話すことにするわ。どうせ知られたところでどうにもならないことでもあるし」

「……どうにもならない、こと?」

「そうよ大見得霧さん。どうにもならない。あなたたちが会った津軽さんや御了院さんがここに隔離されなくてはいけないのと同じように、獄門坂さんも上校舎への隔離は免れられない。というより、これまで隔離されていなかったこと自体が異常なのよ。親御さんからの学園への莫大な寄付と、私を担任教師としてつけるといった条件をクリアして例外的に一年間の猶予が与えられていましたが、それもとっくに期限を超過しています。温情でここまでは多めに見てきましたけど、さすがに限界なんですよ。未然の被害を防ぐ意味でも、今後の特殊性質生徒に対する取扱いに関するけじめという見地からもね」

「そ……んなのってっっ!!」


突然、いや、


当の本人である箍流にとっては突然などという感覚は無かったろう。


靡の話が途切れたところへ、風切音を鳴らす勢いで右手を横に振るい、同じく右足は実際に大きく音と振動を教室中に響かせる力強さで床を踏み込んで声を荒げた。


皮肉か幸運かは立場によって違うだろうが、いずれにせよ淡々と、聞きようによっては事務的だとすら感じる靡の受け答えに対して義憤を爆発させたのは懸念を述べていた滑ではなく、始めは弱々しく言葉を差し挟んできていた箍流だったのは事実である。


そして当然、それだけで箍流の気持ちが済むはずは無かった。


今にも挑みかかるかの如き迫力で直立不動を保つ靡を睨みつけると、さらに言葉を継ぐ。


より大きな真実がその裏に隠れていることなど知るはずも無く。


「どういう言い掛かりですか! そんな、まるで師匠のことをあんな怪人たちと一緒くたにするとかっ! そりゃあ確かに師匠は何かと銃やら爆弾やら、物騒なものを振り回してたりもしますけど、それで誰かに危害を加えたりなんてこと……は、ちょっとしてる……のは認めますが! それでもっ! 人の命までは……けっこうコンスタントに奪って……ますけどもっっ!!」

「……大見得霧さん。これは私が言うのも何ですけど、それ以上獄門坂さんを擁護しようとしても完全にヤブヘビこじらせるだけだと思いますからそろそろやめておいたほうがいいかと……」

「あぅ……う……」

「それに、大見得霧さんは根本的な勘違いをしています。特殊性質生徒の基準に照らして考えた場合、別に銃火器や爆薬などを持ち歩いていても、この学園では隔離対象には成り得ません。そういったものは普通に警察の方々のお仕事ですからね」

「……え? でも……なら、なおのことなんで師匠が……?」

「そこはまさに私が今、言ったことが答えでもあります。本物の銃火器や爆薬を持っているなら、それを危険とみなして対処するのは警察の役目。ですが獄門坂さんは違う。そのこと、恐らくはこの中で私などよりよほど詳しく知っているんではありませんか? 斜二君」


不意に箍流との問答をしていたところから突如、名指しされた蓮春へと自然、鉄道も箍流も視線を向ける。


すると、変わらず何の反応も見せることなく靡と相対した滑を除き、一身に注目を浴びる形となった蓮春は、何とも表現のしにくい微妙な表情を浮かべ、苦々しく、苦しげな口調で静かに語り出した。


「……先生の言った通りだよ。少しまともに考えれば気付くことさ。仮にもここは銃規制大国日本、バリバリの法治国家だぜ? もし本物の銃や爆発物なんぞ持ち歩いてたら……しかも使ったりすりゃ、まず問答無用で逮捕されんだろ。それが今までに一度として警察が動いたことがない。怪我人どころか死人まで出てんのに、だ。つまりは単純な答え。逆に単純すぎて信じられない答え……そんなもんさ、真実とかってのは……」


濁し、一旦言葉を止めて呼吸を整える。


間を置き、覚悟を決め、


まるで石でも飲み込んだかの如く語るべき言葉がつかえた喉から、


力尽くでそれを吐き出すように、蓮春は再び声を発し、続けた。


「滑の……持ってる銃や爆弾の類は、どれも形だけの模造品なんだ。機械的な仕掛けはもちろん、火薬なんかも一切入ってない。だから警察に咎められる理由も無いし、逮捕なんてされるわけもない……そういうことさな」

「へ? や、それじゃハッチン……なんで本物じゃないのにスーチャンは弾をぶっ放したり、爆発させたり……」

「これだけ聞いてもまだ分かりませんか?」


純粋に膨らんだ疑問に、思わず素春へ問いかけた鉄道へ、横から靡が落ち着いた調子で割り込む。


それは、これ以上の説明をしなくてはならない責任から解放される幸を蓮春にもたらすと同時、自分以上に具体的な説明が靡によってなされるだろうという不幸をも、もたらしていた。


どのみち回避不能なこととは分かっていながら、さりとてそうした事実は蓮春に何ら慰めを与えてはくれない。


そうして、


ついに靡は核心を声にする。


簡素な、それだけに大きな衝撃を生む一言、


「火薬は彼女、滑さん自身なんですよ」


口火を切るようにそう述べ、


「聞いたことがありませんか? 超能力のひとつで発火能力パイロキネシスというものを。念じるだけで任意の場所を燃焼させる能力……スティーブン・キングの有名な小説、『ファイアスターター』に登場した能力です。が、滑さんの能力はその遥か上の能力。任意の場所を望む方向へ、望む強さで、望む範囲で爆発させる……私たちの間では、彼女のような能力を持つ人間をこう呼んでいます」


続け最後、


「爆破能力者、Exploderエクスプローダーと……」


余韻を伸ばし響く、


まるで実感を伴わない、

現実感の欠片も持たない、


そんな言葉で、語りを締めくくった。


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