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それは幼馴染という名の、超越した完璧狂人 (3)

「いやー、それにしてもさっきはさすがに死ぬかと思ったぜ。胸ポケットに生徒手帳が入ってなかったら間違い無く即死だったな」

「……テッチン、自分で言っててもおかしいと思うけど、お前が撃たれたのって確か眉間じゃなかったっけ……? あと、もし撃たれたのが胸だったとしても、生徒手帳ってそんな防弾性能高くないと思うぞ……」


蓮春の机の横へ立ち、眉間の辺りに大きな絆創膏を貼った鉄道と、始業数分前の教室内でいつものとりとめのない話(という程度だと二人が認識している時点で如何に滑が全体的価値観を毒しているかが知れよう)をして時間を潰している。


2年D組。


他の全学年、全クラスから陰で「2年D組のDは(Death)のD」だの、「あの教室は(教室という名の地雷原)だ」などと称され、畏怖される存在。


無論、それはこのクラスに在籍している滑がすべての元凶であるということは言うまでも無いだろう。


名指しで噂が立たないのは単純な理由。

誰しも自分の命は惜しいからである。


ところで、


ここに来て突然ながら少々情報の補填をひとつ。


蓮春が結果として現在通い、元は滑が合格していた学校。その名を、


私立燦輝鉄十字学園(しりつ さんたりかがやくてつじゅうじがくえん)。


広大な敷地に建つ十文字型の校舎が特徴的で、よく知らぬ人間からはミッションスクールではないかと勘違いされたりもするが、実際は宗教的絡みも政治的絡みも無い、単なる新興の全寮制共学校である。


校舎の西には男子寮。東には女子寮。全学年が詰められるだけの近代的な建物が二棟。


校舎自体は俯瞰した状態を基準に名がつけられており、突出した四つの部分はそれぞれが上校舎かみこうしゃ下校舎しもこうしゃ、そして右校舎みぎこうしゃ左校舎ひだりこうしゃという一風変わった呼び名になっている。


ちなみに蓮春や滑が学ぶ2年生の校舎は右校舎。


話の大筋にはさほど関わりないことだが念のために記述しておこう。


「そういやハッチン、愛しの彼女はどこ行っちまったんた? 一緒に出たはずだろうに姿が見えねえけど」

「あー……校門前までは一緒だったんだけど、ちょっとあってさ……ってか、愛しの彼女とかマジやめろ。冗談でも言って良いことと悪いことくらい分かるだろ。大の男が本気で泣くぞ」

「ほんっと照れ屋ねえハッチンは……そんなウブだと発展する関係も発展しねえぞ?」

「……あいつとの関係が発展するぐらいなら、俺は富士樹海や東尋坊へ向かうことを真剣に考えなきゃいけなくなるわ……」


至って真面目に、すべてを諦めた目でそう答える蓮春をまともに取り合わず、鉄道はまたいつもの照れ隠しか程度にしか受け止めず、(分かった分かった)とでも言いたげに肩をすくめ、両手を上に向けて見せる。


それと、会話のやり取りでお気づきとは思うが、鉄道は蓮春をハッチンの愛称で呼ぶ。


元は小学生時代に呼ばれていたあだ名だったが、まさか高校に上がって出来た友人にこの名を呼ばれるとは思いもよらず、蓮春も内心では鉄道へなんだかんだと心を許していたりする。


ついでに言うと鉄道は滑のことを、


「にしても、スーチャンさすがに遅くね? そろそろ教室来ねえと遅刻んなるぜ?」


スーチャンと呼んでいる。


ただし、蓮春と違って滑は鉄道のつけたこのあだ名を決して気に入っていないことを先に述べておく。


「心配いらねえよ。あいつって神経質なほど時間にうるさいから、何が起きても遅刻だけはしないんだ不思議なことに。だからそこだけは保証できる」

「はー、大した自信だな。で、その根拠は?」

「根拠というか、単なる事実ですよ鉄道君」

「うおっっ!!」


気づかぬ間に教室へ入り、二人の背後から声をかけてきた滑に、鉄道は吃驚の声と教室の端まで跳ねるようなオーバーリアクションで反応する。


一方、蓮春はやはり慣れたもので、ほとんどリアクションらしいことはしなかった。


「前々から思ってることですけど、鉄道君は名前に負けず本当に頑丈ですね。正直、今日こそは確実に息の根を止めようとしたつもりなんですけど……」

「そこまであからさまに殺意とか向けられるとさすがにゾクゾクしちゃうね……ただでさえうちの校名、地獄からの使者が来そうな名前だってのに……」

「確かにどこぞから蜘蛛男が出てきそうな名ではありますが、あまりその話題は深く触れないほうがいいと思いますよ? 主に著作権とかの関係で」

「人の命よりもまず著作権が優先とか、いかにもスーチャンらしいわね……ま、こう見えても俺って結構体は鍛えてっからさ。女子のイタズラ程度でどうかなるほどヤワじゃないから問題ナッシングだけどな」

「銃撃を女子のイタズラ扱いする鉄道君も相当ですけどね。それ以上に、体をどう鍛えると眉間で鉛玉を防げるようになるのか、何とも興味は尽きませんが……さておき、さっき蓮春君が言った通り私はどうにも時間にルーズなのは我慢ならない性格ですので、よほどの事情でもなければ遅刻なんてしません。根が真面目ですので」

「……そりゃまたお堅いこって……けど、だったらなんで一緒に来てたはずのハッチンより遅れてきたわけ?」

「ああ、まあ……少し野暮用といいますか……」


言って、何やら意味ありげな目で蓮春を滑は見たが、眉間に寄せたしわをなお強く寄せ、無言を通そうとしているのを察するや、ひとつ鼻から息を吐き、了解したとばかり説明を開始した。


「校門のすぐ近くまで来た時ですかね。どこのクラスかまでは分かりませんが、1年生の子たちが同じ1年生の子へ悪質な絡み方をしていたもので、少しばかり先輩として注意をしていたんですよ」

「悪質な絡み……?」

「簡単に言ってしまえば、ちょっとしたイジメです。当人たちは少しからかってるくらいの気分だったのかもしれませんけど、相手は女子一人だというのに男子が五人も揃って、その子を取り囲んで胸を触ったり、スカートをめくったり……小学生かと疑うような馬鹿をしていたものですから、そこは年長者として一言……といった感じで」

「正義感強いねえスーチャン。でも、そういうタチの悪いのが人の言う事なんてまともに聞くとは思えないけど?」

「ですね。実際、注意して最初に返ってきた言葉は『気取っていい子ぶってんじゃねえよブス。痛い目見たくなけりゃ消えろ』でした。一言一句、この通りに言われましたよ」

「うへっ……ひでえなその1年ども……」

「確かにひどかったです。が、私も先輩ですから投げ出すわけにもいきません。根気強く説得を続けました。それで少し時間が掛かってしまって……」


会話を聞きつつ、特に滑の言葉を聞きつつ、蓮春は胃の痛みを禁じ得なかった。


何故なら、


「本当、分かっていても人を説得するのは大変なことですね……まったく、途中で数えるのも面倒になるほど骨を折る仕事……じゃなくて、骨の折れる仕事でした……」

「……えーと、そら大変だったろな。お察しするよスーチャン」

「いえいえ、大したことじゃありませんよ。こういうことも年長者の義務ですしね。それに何より……」


満足げな笑顔を浮かべ、滑が継ぐ言葉が、


「私、人の関節が絶対に曲がらない方向へ曲がっていくのを見るの、決して嫌いではないですから」


こうだろうと予想していたために。


「ただ唯一、残念だったのは最初の言葉こそ明瞭でしたけど、その後の言葉はまるで聞き取れなかったことですね。あの子たちもたかだか顎関節が壊れたくらいで会話を拒絶するなんて……どうにも最近の子たちは社交性が低くて扱いづらいです……」


そこまで話すと、滑はやはり右手に持っていた紙コップのストローを咥える。


蓮春の、(お前はまず『注意』と『説得』の意味を辞書で調べ直せ! あと、人間は顎の関節が壊れたら普通しゃべれねえよっ!)という心の叫びになど気づくはずもなく。


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