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それは転換点という名の、意外な真実の提示 (2)

思い返せば、


一度目は午前中に鉄道の怪我(故意であるうえに、怪我という程度で済ませられるレベルではなかったが)をダシに授業をバックレて七雪と会い、二度目は昼休みを利用してかなりまっとうな流れで祟果と会った。


そうして三度目。

最後となるその日は放課後。


日も空けず、今また上校舎へ通じるドアの前に四人は揃っていた。


「……では、行きましょう」


それだけ言い、先頭の滑はスライドドアのノブを掴む。

昨日と同じく抵抗無く、恐ろしいほど素直に壁の中へと消えてゆくドアのノブを。


今日に限ってルートビアを満たした紙コップ以外、何ひとつ手荷物といえるものを持たない状態で。


ここに来てようやく、

蓮春は抱いていた違和感の正体が漠然と知れる。


前日、祟果のもとへ向かった際にも施錠されていなかったのか何なのか理由は分からないが、滑は今と同じく細工も無しにドアを開けた。


本来なら厳重に厳重を重ねるほど、強く封じられていなければならないはずのドアを。


昼休み、滑が見せた話を濁すような不自然極まる態度の時点で、実のところ蓮春はもうこの状況を九分九厘まで予想していた。


昨日までは……そんな滑の様子を目にするまでは、ドアの勝手な開錠は恐らく祟果、もしくは祟果に憑りついている何がが無意識に自分たちを招き入れようとした結果なのではと憶測していたが、この場に至ってもはやその推測は切り替わる。


普段通り手にした紙コップからルートビアをすする滑の、なのに明らかどこか違う雰囲気に、誰も発する言葉が思いつかず、無言でエレベータードアまでの通路を過ぎ、エレベーターへと乗り込み、やはり操作も無しに起動して静かに地下へ向って下ってゆく中、その推測はより増して明確になってゆく。


ただし、それでも五割。半分程度。あくまで憶測という域からは出ていない。


ならば確信にまでは達しないのは何故か。


それは文字通り、表現できない不安。


七雪や祟果の時とは違う、危機感からの緊張や不安でなく、もっと身近な不安。


例えるなら、日常的だったことや当たり前だったことが変化してしまうのではないかという不安。


そうした感覚が無意識下、経験的にも論理的にも十中八九確信を持てるはずの現状を、蓮春に否定させていたのである。


とはいえ、

ドアの無施錠、エレベーターの自動運転といった辺りから、蓮春は残り半分の感覚が現実に抗う力を失いかけているのも同時に感じていた。


加えて理解もしていた。


これらはすべて、


滑を導いているのだ。


自分でも鉄道でも箍流でも、誰でもない。


滑のことを導いていると。


そう根拠の無い確信が、占有を拒否し続けていた残りの心半分を着々と占拠し始めている。


だが、


沈黙に耐えきれぬふりをして疑問を口にするより早く、

まるでそうした詮索を意図的に妨害するかの如く早く、


エレベーターは小さな浮遊感を与えて目的地へと到着し、ドアは左右に開く。


一度目は上校舎地下一階。

二度目は上校舎地下二階。

そして、


今は上校舎最下階、地下三階。


解放されたエレベータードアの先に見える光景はそれまでの教室とほぼ同一。


閑散とした教室の中央に一組の机と椅子。

その机が向けられた正面には、使用されるのかどうか疑わしい教壇と、壁に取り付けられたホワイトボード。


それ以外には何も無い空間。

それ以外には何も必要としない空間。


ただ、七雪と祟果の例に漏れず、そこには人がひとり。


といっても、それは七雪や祟果の例とは少し異なっていた。


隔絶された教室にひとり存在する人物の位置と、


何よりも種類、種別が。


生徒ではない。それは一見しただけで分かる。


学生服でなく、モスグリーンのスーツにタイトスカート。

双眸を覆うタンジェリンカラーのオーバルタイプフレーム眼鏡。


それらが長く伸びた黒髪の間を通して視界へ入る。


蓮春たちが訪れたのには気付いていようはずなのに、その人物は完全にエレベータードアへ対して背を向けた状態で教壇に立っていた。


わずか、後ろで組んでいた手を解き、左手の時計を確認しようと引き寄せる動作を除いて。


が、瞬間、


「……約束通り、16時30分ジャスト。やはり時間には正確ね。けど……」


後ろを向いた人物が語るのを聞き、


蓮春、鉄道、箍流の三人が顔色を失って愕然とした。


上校舎最後の教室で待っていた人物が、自分たちのよく知った人間であることを姿で、声で、確認したために。


「ある意味、すでに遅刻をしていることに変わりはないわ。とうに期限の延長は限界を超えてる。これ以上の特例は許されないのよ。まあここに来た時点で自覚はしているだろうから無駄な説教は省くけれど、私もそういう認識でいいのかしら?」


白旗靡。


蓮春ら、2年D組の担任教師。


それが何故か、上校舎の教室にいる。


待ち受けるように……いや、実際に待ち受けていたのだろう。


「いずれにせよ待ちかねていたわ、獄門坂さん。それともこの場合」


普段の雰囲気とはまるで違う、姿かたち以外はまるきりの別人としか思えぬ重厚な空気をまとい、背筋が反射的に伸びるような、穏やかでありながらも力強く厳格な声を響かせて、


「もっと正確に、『本校最危険指定特殊性質生徒』の獄門坂滑さん、とお呼びするべき?」


名指しし、放った自らの声とともに首だけを振り返ったその眼で、刺し貫くように滑だけを睨み据える。


刹那、驚きと戸惑いでまともに思考することもままならず、ただ靡と滑とへ交互に視線を向けるだけしかできなくなった素春ら三人を置き去りに、


滑は、


空になった紙コップとストローから耳障りに上がる雑音でルートビアと、自分自身に残された時間とが同時にエンプティとなったのを悟るや、未練がましく咥えていたストローを唇から放し、


溜め息と呼ぶには短すぎる吐息をひとつつくと露の間、


深く瞑目した。

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