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それは転換点という名の、意外な真実の提示 (1)

「……ですから、あの状況とあの相手という時点で勝ち目などは初手から無かったんですよ。ならば無駄に倒れる愚を犯すより、次の戦い……雪辱戦へとつなげるために恥を忍んで生き延びるのがまず大事。そういう意味では箍流さんの対応は間違っていませんでしたし、むしろ正しかったとさえ言えます。だからそんなに落ち込む必要は無いんです。大切なのは何度負けても最後に勝つこと。分かりますか?」


祟果との対面を果たした翌日の昼休み。


とても楽しいランチタイムとは思えないどんよりとした空気を変えるため、滑はその空気の発生源である箍流をかれこれ数十分も慰め続けていた。


のだが、


「……」


まるで効果無し。

頼まれてもいないのに老婆心から鉄道が買い込んできた牛乳やあんパンにも一切手をつけず、無言でただ分かりやすく肩と顔を落として陰鬱な雰囲気を漂わせるばかり。


とはいえ、今度ばかりは仕方も無かろう。


箍流は生まれてこのかた、敗北というものをほとんど味わったことが無い。


それはそれだけ彼女の資質が並みはずれて秀でていたからに他ならないのであるが、これもこれとて少しばかり事情が難しい。


箍流の強さは、あくまで(一般的な人間)が基準ならば甚だしく秀でているのであって、さすがに(人間にカテゴライズしていいのかどうかの時点でまず疑わしい相手)が基準となると、もはや可愛く見えてしまう程度のレベルでしかない。


常勝無敗の人生から一転、わずかここ数日の間に文字通り(手も足も出ない)相手を前にして不戦敗の二連続。


相手が相手だったとはいえ、僅差の敗北ならばいざ知らず、戦うことすらできずに負けるという屈辱を二度も喫すれば、彼女でなくとも落ち込まないほうがおかしかろう。


「まあさ……よく言うじゃん? 『上には上がいる』とかって。そりゃ精神的にはきつかったと思うけど、だとしても今回のことでそれだけ世間は広いんだっていうのが分かったのは純粋にいいことだと思うぜ? スーチャンの言う通り、物事は前向きに考えないと」


自分で買ってきた1リットル紙パックの牛乳を指でつつきながら、鉄道も一応のフォローに加わってみる。


しかし当然その程度の加勢で状況が変わるわけも無く、箍流は沈黙を守ったまま。


さしもの滑も鉄道もこの鉛よりも重たいんではなかろうかと思うほどの空気は耐え難いらしく、ついには揃って溜め息を漏らしてしまった。


そんな最中、


蓮春も微動だにせず椅子へ座り、沈黙を保っている。


無論、箍流とは別の理由で。


先ほどからも幾度と無く、滑と鉄道から投げかけられる視線のみによる無言の(お前も何とかしろ)的な威圧を受けて、そのたびに(俺に振るな!)と、同じく視線だけで訴え返すという行為を繰り返していた。


まあ、蓮春の立場でいえばこれも道理である。


まず箍流の絶望的なまでの意気消沈ぶりに関しては蓮春からすれば、そもそも上校舎などというわざわざ厳重に隔離されるぐらいの危険地帯へ誘った滑に大部分の責任がある。


もちろんその誘いに抗いきれず、つい同行を承諾した自分にもいくばくかの責任はあると認めるが、それも割合で言えば一割にも満たない微々たるものだ。


最初の発端、原因を作ったのは滑であり、事態の悪化を防ごうともせずに進展させていったのも滑。


つまりは完全な自業自得。

それなのに都合が悪くなった時だけ、自分へお鉢を回されても困る。


同じ沈黙は沈黙でも、蓮春のそれは自衛のための沈黙なのだ。


ところが、


そうした空気が、

場が、状況が、


滑の発した一言によって一変する。


「……しかし困りましたね。この様子だと上校舎は今日で最後の予定だったんですが、これは箍流さん抜きで向かうしかありませんか……」


聞いて、はっとした。


程度の差こそあれ、その場の誰も。例外無く。

蓮春も、鉄道も、箍流も。


始めに浮かんだのは疑問。


何故、今日なのか、最後なのか、等々。

細かく考え出せばきりがない疑問。


ゆえに聞こうと、問おうと、蓮春は声を出そうとした。


が、


「何ですか、急に最後なんてっ!!」


やにわに椅子から立ち上がり、両手を机へ叩きつけて怒声を上げた箍流のほうがわずかに早かった。


そして、そこだけはいつも通り。滑は自分だけ落ち着いた調子を崩さず、吸いつけたストローからきっちりひと口分のルートビアを啜り込むと、睨みつけるような目で答えを急かしつける箍流を無視して、ゆっくりそれを飲みほしてからやおら、口を開く。


「何もかにもありません。最後だから最後と言ったまでですよ。最初に上校舎のエレベーターへ乗った時、話したでしょう? 上校舎の地下隔離施設は三人までが収容限界。階数も七雪さんの地下一階、祟果さんの地下二階と消化してきたわけですから当然、残るは地下三階のみ。まったく不思議なことなんて言ってはいません」

「け、けど……でも、どうして今度に限ってこんな急ぎなんですか? 今までは下調べで日にちを開けたり……」

「急いでいる……のは否定しません。実際、時間が無いのは確かですから。それと、日にちを開けない理由はもっと単純です。そう、くだらないまでに単純な理由……」


そこまで言い、滑は再び一旦放したストローへと今一度吸いつこうとしたが、それを途中で止め、少しく間を置いたかと思うや、鼻から嘆息しつつ、


「調べる必要が無いからです。最後については、わざわざ調べなくともよく知った……本当に、それはもうよく知っている……ものですので……ね」


どこか曖昧に答え終え、何故か滑は、


ひどくつまらなそうな顔をし、改めてまたその口元へストローを吸い寄せた。


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