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それは下級生という名の、歩く絶対危険心霊スポット (5)


「ほれで(それで)……」


いつもながら……と感じるのは見慣れた人間に限られる蓮春と滑の言葉のデッドボール(キャッチボールはどう考えても成立していない)を勝手に目の前で展開された祟果としては、突然のこの訪問者たちに関する情報を自然、欲するゆえに再度、声を出した。


口の中でまだモゴモゴとナイススティックを咀嚼しつつ。


「ほんろにろなたはま(ほんとにどなた様)? わはひいは、ひょくじひゅう(わたし今、食事中)……」


ところが、そこまで言いかけた途端、


「はい、祟果さん! 口の中に物を入れたまま話をしないっ!!」

「!」


いきなり滑は祟果のほうへ顔を向けると、語気を強めて叱りつけるように言い返した。


これには祟果も予測が出来ていなかったらしく、小さく肩を跳ねさせながら喉の中で驚きの声を響かせる。


今まで関わってきた人間は数いれど、ひとりとしてまともな会話が成立した相手がいなかったため、逆に滑のあまりにもまともな言葉へ頭の反応が追いつかなかったのだ。


裏返して言えば、それだけ彼女は今までほとんど正常な、人と人とのコミュニケーションを取ることができずに過ごしてきたという証拠でもある。


さておき、


しばし当惑で固まっていた祟果だったが、はたと頭が動き出すや急いで机の上からミネラルウォーターのペットボトルをひったくるようにして取ると、それを一気に呷って口の中へ残ったナイススティックを乱暴に食道経由で胃へ流し込んだ。


次いで、


「えっと、あ……あの、失礼しました……」


慣れない謝罪の言葉を述べる。


「よろしい。まあ、アポイントも無しで急に押しかけてきた私たちにも非はありますし、今後は気を付けるというのでしたら、これ以上うるさくは言いませんよ」

「は……い」


どうも微妙に納得がいかない感じがしたものの、何やら有無を言わせぬような滑の話す調子に乗せられ、ほぼ無意識のうちに祟果は答えた。


と、


急速に冷静さが戻り始めた祟果の脳細胞は、やはり己の中での定番である質問へ回答してもらうのが何より最優先だとの結論を弾き出し、三度目の正直とばかりに同じ質問を、今度は空になった口を動かして問う。


「で、その……話を戻すんですけど、皆さんどなた様? 私に何か用事でも?」


祟果でなくとも、至極まっとうな質問。

それは食事時に突然、見ず知らずの人間が訪ねてくればこの質問以外にはない。


が、困ったことに、


「なるほど、当然の質問ですね。では……」

「……?」

「祟果さんはどういう答えが返ってくるのをお望みです?」


滑は決して、相手のボール(質問)を受け止めない。


投げてこられたボールを避け、代わりに自分の持っている石を投げつける。


それが、滑クオリティ。


無論、こんな訳の分からない質問返しをされては混乱して然るべき。

必然的に、祟果はひどく複雑な表情を浮かべ、しばらくの硬直時間を味わうこととなった。


のであるが、


「ふむ、どうも難しく考えすぎているようですね。そう構える必要はありません。ただ言葉の通り、私がどう答えたら祟果さんとしては満足なのかを言ってくれれば良いんですよ」


沈黙することすら許さない。


これもまた、滑クオリティ。


すると、ここまで言われて祟果も色々と諦めたのか、なおも正常動作とは程遠い頭を働かせて返答する。


「そう……ですね。まあ、満足する答えってのはちょっと今すぐには浮かばないけど、少なくともこれは嫌だなって答えならありますよ?」

「ほお。では、その言われたら嫌な答えとは?」

「ま、あれです。悪魔祓いとか、悪霊祓いとか、お祓いとか、お祓いとか、お祓いとか……」

「……よほど嫌なんですね、その反応からするに……」

「だってそうもなるでしょ? ちっちゃいころから何かってえと大人たちは口を揃えて『お祓いしろー』、『お祓いしろー』の大合唱だったんですから。そんで、子供は子供で大抵、私を見るなり『ポマードポマードポマード!』とか意味の分かんないこと叫びながら逃げてくし……」

「何か、口裂け女と混同されてますね……というより、最近の子供でも持っている知識なんですか? それ」

「少なくとも、私の地元の群馬では日常茶飯事でした」

「あー……グンマー……あの人跡未踏の地ですか……納得です」


などと、

滑と祟果が無駄に群馬県の方々に対するヘイトを稼いでいるうちに、


エレベーター内では蓮春がいくばくかのSAN値を回復し、倒れた鉄道の足に引っ掛かって開閉を繰り返すエレベータードアの合間から、ふたり……滑と祟果のやり取りを黙って観察していた。


本来、望むと望まざるとに関わらずツッコミ役を務めている彼だったが、さすがに鉄道は大量の血を噴いて倒れ、箍流は先ほどからずっとエレベーターの隅でカタツムリのようになり、うわごとのように「……お母さんお母さんお母さん……」と、しきりに繰り返している状況では能動的になれようはずもなく、ただ静かに魑魅魍魎が蠢く教室内のふたりの様子を静観する。


しかし、

心配することはない。


人の役割というのは当人の意思とは関係無く割り振られ、そして機能するものなのだ。


それこそまさに、望むと望まざるとに関わらず。


「んで、そろそろちゃんと答えてくださいな。皆さん誰なのか、何をしにこんなとこへ来たのか。あんまり引っ張りすぎると逆に視聴者が離れちゃいますよ?」

「ああ、そうでしたね。私自身も『番組はまだまだ続くよ!』の基準が約1、2分であることに憤りを覚えている人間ですので、勿体付けるのもこのくらいにいたしましょう」

「そうしてください」

「別に大した者ではありませんよ。単なる、通りすがりの仮面ライ……」

「それ以上いけないっ!!」


答えかけの滑の声を遮り、蓮春はほとんど条件反射で叫んでいた。


実際、すでにこれまでの会話を聞きつつ、(人跡未踏だったら、そこ出身の人間が何でここにいんだよっ!)や、(いつの間にお前ら、話がテレビ番組の話題へずれ込んでんだよっっ!!)と、ツッコミたくてツッコミたくて仕方が無くなっていたところでのコレである。


生来のツッコミ体質たる蓮春がもうこれ以上、口を閉ざしてはいられなかったのも致し方ないことだろう。


とはいえ、当たり前だがその言動に対する反応は滑と祟果で大きく異なった。


経験上、一旦自分の目の前で行動不能に陥った人間が再起動したのを目にしたことが無かった祟果はただ驚き、滑は平常運転。


ゆっくりと身を回し、背後で声を上げた蓮春を見つめて平然と返す。


「さすがディフェンスに定評のある蓮春君。著作権が絡むと対処が早い。お見事です」

「言ってろっ! それより滑、もうさっさとここから引き上げ……」

「さて、遠回りしましたが自己紹介と参りましょう。私は獄門坂滑。この学園の2年です」

「だ、か、ら、人の話を聞けやぁあああぁぁあっっっ!!」

「それから今、叫んでいるのと床に倒れているの、それとエレベーターの奥で丸まっている娘は私のクラスメイトです。そして、私たちがここに来た理由は単純明快。たったひと言で済む理由。それは……」


そう言ってなおも叫び続ける蓮春から視線を外し、くるりと前へ向き直った滑はまだ新たな当惑から立ち直れていない祟果の目を覗き込み、


にっこりと満面の笑みを浮かべ、


「貴女と遊びに来たんですよ、祟果さん」


禍々しい何かが飛び交い、淀みきった空気に包まれたその場にはおよそ似つかわしくない、そんな、


快活な声音で、答えた。


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