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それは下級生という名の、歩く絶対危険心霊スポット (4)

ひとりきりのガランとした広い教室。


無駄に多い空きスペースと過剰なまでの静寂は、机と椅子が一組と、果たして用途があるのか疑わしいホワイトボードと教壇だけという室内の光景と相まって、尋常の人間ならば長時間を過ごすのは拷問だとさえ思える。


が、補足をしなくてはならない。


これらの主観は、あくまでこの教室の住人、


祟果……御了院祟果の主観である。


では、客観の口径はというと、


これも別の意味で拷問と呼ぶべき代物だった。


教室内を所狭しと飛び交う、無数の半透明な不定形の物体。

それらが起こす唸り声とも泣き声とも、はたまた笑い声とも聞こえる声。

いたるところから鳴り響くラップ音。


それらが密閉された空間の中を縦横に反響している。とても静寂とは程遠い。


教室中央へ据えられた机、そして椅子には当の祟果に加え、彼女の背後で蠢く巨大な(何か)が存在して、目に映るほどの濃密な瘴気を辺りへ撒き散らし、殺意、悪意、害意といったものを無理やり人に似た形へ押し込めたような、歪んだ姿を休みなくうねらせている。


そうした傍目の状況の中、祟果は昼食の時間を過ごしていた。


とても客観的には食事などできる環境ではないと思えるのだが、そこはそれ、祟果のもうひとつの特性が物を言う。


他人に見えて自分に見えないという事実。


これゆえ、彼女は何事も無いように食事が出来るのだと言えよう。


見えているならまず食事どころではない。というか、食事だろうと何だろうと、ほとんどの事柄がそれどころではない。


しかもそうした中でスマートフォンからBluetoothイヤホンで聞いているのがブラック・サバスの(Iron Man)なのだから、もはや(それはひょっとしてギャグでやっているのか!?)と思わずツッコミたくなる選曲である。


ともあれ、

そんな祟果が、状況の微かな異変に気付いたのはちょうど五十本目のナイススティックを袋から取り出し、まさに頬張ろうとしていた時だった。


地の文という役割さえ無ければ、できれば彼女の心証などについてよりもまずその聞いただけで胸やけを起こしそうなナイススティックの消費量について語りたいところなのだが、残念ながら今、語るべきはそこではない。


眠たげというべきなのか、それとも生気の欠片も無いというべきなのか、表現は人によって変わろうが、ともかくそんな瞳を閑散とした(少なくとも彼女にはそう見えている)教室に向けつつ、楽に崩した姿勢で椅子へ座り、祟果は口を大きく開け、齧り付こうとしていた。


その時である。


ふと、静まり返った教室内に小さく機械の駆動音が響くのを聞き、口元へナイススティックを運んでいた手を止めると、首を捻って教室のドア兼エレベータードアに視線を移した。


見れば知らぬ間、階数表示のランプが下りを示し、実際に下りてきているのが音にも聞こえる。


とはいえ祟果にとっては別段、驚くほどのことでもなかった。

多少の興味こそ引かれたものの、それ以上の感情は無い。


土台、上校舎の下りエレベーターが珍しいのは確かだとして、冷めた言い方をすれば単に珍しいだけのこと。


しかもそのエレベーターが自分の階に止まるかどうかとてまだ分からない。

過剰な好奇心を抱いて期待すると、外れた時にひどく寂しい気分になる。


そうした精神の働きに関し、祟果は特に冷静であった。


過去、自分と係わった人間が、何かにつけ何だか知らないが何やら大袈裟に騒ぎ立てる者ばかりであったという結果として、反面教師的に祟果自身は至って落ち着いた性格を得ることになったのが要因だろう。


まあ、その反面教師たちの反応が実は極めてまっとうな反応だったということを彼女は知りもしないのが何とも皮肉ではあるが、それもまた巡り合わせの妙とでもいうものである。


さて、


そんな調子で大した気も無く、ぼんやりとエレベーターの移動をランプの明滅によって追っていた祟果だったが、さしものこのエレベーターが自身の階で停止し、ゆっくりとドアが開き始めたのを見てさすがに少しく目を剥いた。


ただし、驚いたといってもさしたる驚きではない。


中途半端な状態で放置していたナイススティックを手放して机に置き、空いた手で頬杖を突きつつ、


「……おやおや」


そう漏らした程度。


そして、


そんな呑気な祟果の前で、


解放されたドアの中……エレベーター内には、ひとり壁のようになって佇む男子が立っていた。


どこか自分と似て、飄々とした雰囲気の男子がひとり。


取り立てて特徴を上げるのが難しい、ごく平凡な男子がひとり。


ただ、何にせよ面識は無い見ず知らずの、学年も分からぬ男子がひとり。


しばし出方を窺っていると、どうやら後ろにあと数人、乗り合わせているのが確認できた。


それとほぼ同じタイミングであったろうか。


その男子は祟果を……というより、祟果のやや斜め後ろ辺りをじっと見つめ、目をパチクリさせながら首を左右へ傾けたりしていたと思った矢先、

すいと目線をずらすや、今度は祟果と目を合わせる。


途端、


「どなた様?」


落ち着いた調子で男子へ問う。


すると、

男子はやおら口を開いて祟果の質問へ答えようとした。


ように見えた、のだが、


次の瞬間、


「ウボァーッッ!」


珍妙な叫び声を上げたかと思うや、


目、鼻、口、耳……首から上の穴という穴から突然、大量の鮮血を噴水の如く噴き出し、棒立ちしたまま、まさしく棒が倒れるような様でエレベーター内から教室側へ向かってバッタリと倒れ込む。


足を揃え、手をまっすぐ下に伸ばしてズボンの縫い目に中指を合わせた見事なまでの(気を付け)の姿勢を維持して倒れたその姿は、状況の異常性をいや増すことにこれ以上ないほどの貢献をしたが、それほどまでの非常事態を前にしながらも祟果は、


「あーららー……」


慣れた様子でそう発するのみ。


よほど精神が病んでいるのか、もしくはよほどこれと同じような場面に遭遇し慣れているらしく、微塵も取り乱す素振りも無しに床へうつ伏せて動かなくなった血みどろの男子を見つめ、机からミネラルウォーターのペットボトルを引き寄せると、ひと口それを含んで飲み込むや、人心地ついたような溜め息を吐く。


と、


そうした祟果の反応を確かめたかのようなタイミングで、


「これはこれは……予想通りではありますが見事なものです」


開いたままのエレベーターの奥から、聞き覚えの無い女子の声が響いてくるのを耳にし、はたと祟果は聞こえてきた声の先へと目を向けた。


聴覚によって捉えた位置。それを頼りに視線を移動させた先。そこは、


倒れ込んだ男子の後ろに広がるエレベーターの内側。


見れば、奥に癖の強い金髪をした女子がラージサイズの紙コップへ挿し込まれたストローを咥えている。


さらに見れば、その足元の右に教室のほうへ倒れてきた男子とは違う男子と、左にこれもまた金髪の女子とは別の、赤く髪を染めた女子がいるのを知った。


連れと思しき男子がひとり、目の前で血を噴いて倒れたというのに平然とした様子を保つ金髪女子と比べ、こちらの男女は明らかに余裕が無い。


男子のほうは床へ腰を落とし、壁に背を貼り付け、止めどなく流れる脂汗の流れる顔を横へ向けて必死に教室内を見ないようにと視線を逸らしている。


赤髪の女子のほうはよりひどく、完全に壁……エレベーター奥の角へしゃがみこみ、両手で頭を覆って身を縮こめながら、


「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……良い子にしますから良い子にしますから良い子にしますから……」


などと、嗚咽交じりの小声でしきりに繰り返している。


「しかし予測していたとはいっても、こうもあっさり私以外は行動不能状態になると厳しいですね。蓮春君、せめて動けないまでも何か気の利いたセリフのひとつくらい吐けないんですか?」

「滑……お前、俺のこの状態を見て、そんな余裕が芥子粒ほどでもあるとか思うのかよ……」

「微粒子レベルでは存在するのでは?」

「無えよっ! 可能性すら無えよっっ!!」

「ほんとに面白味の無い反応ですね蓮春君。こんな時だからこそ余裕を見せるのが男の子というものでしょうに。せめて祟果さんに向かって『新手のスタンド使いか!』くらい言えないんですか?」

「直視も出来ないのに言えるかボケッ! てか、あの娘の後ろにいんのスタンドじゃねえだろがっっ!!」

「相変わらず些細なことに拘りますね。少しは今は亡き鉄道君のことを見習ったらどうです? まさかあそこで『ウボァー』とは……どこぞの皇帝を思わせる断末魔の叫びを披露されるなんて、さすがに芸が細かいなと、私でさえ感心したぐらいなんですけど」

「賢雄さんボイスで脳内再生余裕でした……って、その余裕とかじゃねえぇぇええぇからっっ!!」


余裕が無いという割に、エレベーター内で座り込んだ男子……蓮春は金髪の女子……滑へのツッコミは欠かさない。


本当は余裕があるのか、それとも蓮春にとってツッコミは余裕に依存するスキルではないのか。その辺りの事情は詳しく分からないが、さておいて、

不意の来訪者たちが繰り広げるナンセンスコントの如きやり取りを眺めつつ、怪訝な表情を浮かべる祟果は、


彼らが何のためにここを訪れたのか。

何を目的としてここを訪れたのか。


待ち受ける先の展開を読み切れず、深まる困惑を忘れようと、再び机に置いたナイススティックを取り上げて齧り付くや、咀嚼の合間に鼻で嘆息した。


今回は小ネタが多すぎるため、ひとつひとつを説明してゆくのは断念してブラック・サバスの(Iron Man)についてのみ。


ブラック・サバスといえば知る人ぞ知る「メタルの帝王」こと、オジー・オズボーンがヴォーカルを務めるバンドですが、恐らく一般に最もよく知られている楽曲はこの(Iron Man)でしょう。


アメリカン・コミック原作の映画「アイアンマン」のテーマ曲としてエンディングのスタッフロールに流れるこの楽曲は耳にした人も多かろうと思いますが、歌詞をよくよく聞いてみると、ひどくオカルティックで恐怖に満ち満ちた内容となっています。


はっきり言って、まるでヒーロー物にはそぐわない代物です(そもそもアイアンマン自体がヒーローとしてどうだろうかというキャラであるのを考慮すれば、なんとなく理解は出来ますが)。


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