それは下級生という名の、歩く絶対危険心霊スポット (1)
よくオカルト好きなコミュニティの中には大抵、数人の(見える系女子)がいる。
簡単に言えば、真偽のほどはさておいての(霊感がある)という体の女子である。
やれ、どこかに行けば(ここ絶対、何かいるよ)などと言い、
やれ、それで少しすると適当な場所を示して(あそこにいる!)などと言い出し、
果てには、人の背後をさも神妙そうな顔で見遣り、(あんた、憑いてるよ!!)などと騒ぎ出す。
まあ、注目されたいがために見えているふりをしている程度ならばまだ単なる目立ちたがり根性ということで目も瞑るが、もし本当に見えているのだとすれば、老婆心ながら早めに病院へ行くことをお勧めする。もちろん頭のほうの。
さておき、
そういった一般によくいる手合いとは完全に、
というより、
まるきり正反対の存在がいた。
名前を御了院祟果。
今年、燦輝鉄十字学園へ入学してきた一年生の女子。
痩せ形の体へ伸びるに任せ、腰まで伸ばした青みがかった髪を生やした首を乗せ、顔に掛かって鬱陶しいからと前髪だけを短く切った独特の髪形から覗く顔立ちは、何故だか妙に陰鬱として、影が差しているかの如き印象を受けるが、それが単なる先入観や思い込みによるものなのかは分からない。
大仰な名に恥じず、家系を古くまで遡るとかなりの名家で、爵位までは分からないが昭和二十二年の華族制度廃止まではれっきとした華族であったらしい。
のだが、別に彼女を語るうえで、そういった氏素性などは乱暴に言ってしまうと別段どうでもよいことだったりする。
そう、
彼女、御了院祟果の性質を考えるならば、まさしくどうでもよい。
先にも述べたが、世間には自称(霊感持ち)の(見える系女子)は極めて多い。
特に自己顕示欲と自己陶酔傾向、さらにメガロマニア(誇大妄想狂)とでも表現して差し支えないほどのリミッターが切れた想像力、妄想力は、直接にそういった人物たちと関わった経験のある方ならば、その精神病質的な危険性は身を以てご存じのことと思う。
しかし、
祟果はそうした系統とは根本的に違うのだ。
とてつもなく悪い意味で。
彼女は別に霊感があるわけではない。
そんなものは一切、持ち合わせていない。
自身でもそう公言しているし、加えて生粋のリアリストでもある。
霊の存在などハナから信じていない現実的性格、現実的思考、現実的価値観。
ここまではいい。
如何にも現代的だという程度でしかない。平和なものだ。
が、問題は。
そんな誰よりもオカルトを単なる妄想だと一笑に付している祟果の、
その背後に、
何よりも洒落にならないオカルトの権化が、姿を現していることである。
それは透明なようであり、不透明なようであり、
形があるようにも思え、不定形にも思え、
部分部分が目、鼻、口、もしくは、
顔や手足かと見えて、
禍々しい人の如く、荒々しい獣の如く、
またはそれらの集合体のような、
ひたすらにおぞましい、言わば具現化した怨霊のような(何か)が、そこに存在しているのである。
ただ、
はっきりしていることがひとつ。
これが霊的な存在か否かは分からないが、ともかく、
誰の眼にも映る。つまり、
誰の眼にも見えるという事実。
祟果が生まれて16年間。
彼女を見た人間がその背後で蠢くそれを視認できなかった例は無い。
すなわち、今のところ誰にでも見えてしまう存在なのだけは確認できているのだ。
いや、
申し訳無い。
例外があるのを失念していた。
皮肉としか表現のしようが無いが、こんな彼女の背中に張り付いた、とてもまともなものとは思えない奇怪な化け物は何故だか、
祟果自身には見えないのである。
ゆえに、
彼女が自分に霊感が無いと言っているのも嘘ではないし、またそういった特別な何かを身に負っているという感覚も自覚も無い。
そのため、幼少期から何かと周りの人間に怯えられ、恐れられ、
当然ながら、
「あんた、何か憑いてるよっっ!!」
と、こればかりは本当のことをたびたび言われてきたりもしたが、当の祟果はそんな周囲の対応や反応にも、
「そんなのいるわけないじゃん。見えないし」
などと笑いながら答えて一向、信用しない。
彼女を見る他人が勝手に驚いたり怖がるだけで、当の本人は至ってのんびりとしており、あれこれと難しく考えるのが苦手な性格も相まって、無意識的に凄まじい違和感を周辺へ撒き散らして生きてきた。
畢竟するに、
恐らくは他に類を見ない、唯一の系統。
(当人以外の全員に見える系女子)。
それこそが彼女、御了院祟果。
そして、
そんな彼女は今日も上校舎へと登校し(深くは考えずに)、
何故か一人きりで自習だけをおこなわされる不思議な授業をこなし(深くは考えずに)、
昼休みになると購買部で好物のナイススティックとミネラルウォーターを買い、教室へ戻ってそれらを口にする(深くは考えずに)。
この一連の動きだけで、間接的に彼女と関わった人間が一日辺り平均して十人程度、精神を病んで緊急入院している事実など知るはずも無く。
また、同じく。
彼女は知らない。
見ただけで、
聞いただけで、
何かしら関わっただけで、
当たり前のように精神病院へと直行する運命がほぼ確定的に待ち構えている自分に対して(無論、祟果にそのような意識は無いが)進んで関わり合いになろうとしてくる人間が訪れようとは。
彼女は知らない。
戻った教室の椅子へ座り、呑気にビニール袋から取り出したナイススティックを頬張っているこの場所へ、
まさか自分を倒そうだの何だのと、ひどく物騒なことを考えた四人(無論、四人が四人、同じようにそう思っているわけではないが)の生徒たちが、
この閑散とした、
この森閑とした、
粛然たる教室に、
何も無い教室に、
面白味の欠片も無いこの教室に、
いきなり乗り込んでくることになろうとは。
祟果は、夢にも思っていなかった。