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それは幼馴染という名の、超越した完璧狂人 (2)

蓮春。

フルネームは斜弐蓮春はすに はすはる


月並みな言い方になってしまうが、どこにでもいるごく平凡な男子学生17歳。


ただし、条件はつく。


(対人関係を除いて)という条件が。


「それにしてもいつも思うことながら、君はよく平気で自室のドアを開け放したままで、しかも長い付き合いとはいえ女子である私の前で着替えたりなんてできますね。年相応の羞恥心とか無いんですか?」

「平気じゃねえよ! それに『ドアを開け放したまま』でもねえよっ! お前が爆破したせいで閉めたくてもドアそのものが無かったから閉められなかったんだよっっ!!」

「なるほど。言い訳としては弱いですが、まあそこは目を瞑るとしましょうか。でも私がいるのに着替えたことについては言い逃れのできない蛮行ですね。今朝も今朝とて人前で股間ガチガチに膨らましてましたし。何ですか? 欲求不満? それとも『私を見て。恥ずかしい私の姿を見て』的な性癖? どちらにせよ、もし私以外の女子だったら間違い無く通報されてるレベルですよ?」

「朝立ちは生理現象だよ! 勝手に人を変態扱いすんなっ! 大体それを言うなら毎日毎日、人の部屋のドア爆破するお前を通報したいわっ! てか、部屋ん中へ勝手に居座ってたのお前だろがっ! 土足でっっ!!」

「だっていちいち靴を脱いだりとか面倒ですし……ただ、確かに『一人で着替えるのは寂しかろうな』という私の良心による行為が君に無用な罪を重ねさせた点は考慮してます。だからこそ多少の粗相には目を瞑ると言ったでしょう? それから、朝立ちの正式名称は(夜間陰茎勃起現象)です」

「……そう思うんだったら、まず物理的に目を瞑ってくれよ……なんで普通に人が着替えてるの見てんだよ……あと、いらん補足とかすんのも勘弁してくれ。それ、完全に逆セクハラだぞ……」


寮の広く長い廊下を二人並んで進みつつ、交わす会話に蓮春は額を抑えてうつむく。


分かっているのに、もう嫌というほど分かっているのに、噛み合うはずの無い会話をせずにいられない自分と、純粋な滑の非常識に対する憤りで。


そう。論いたい疑問は星の数ほどある。


まともな答えが返ってこないと理解していても。


思うと、この常識観念を疑う日常、すなわちその要因たる滑との係わりはいつからのことかと記憶を辿れば、それは今から約10年の昔になる。


獄門坂滑。


それとの、今となっては呪わしき邂逅の記憶。


当時、通っていた小学校近くに整備された住宅地の一軒家。


現在も親兄弟が住まう実家。


そこのちょうど右隣に建つ家へある日、越してきたのが滑の一家であった。


始めての顔合わせは、当世では珍しく引っ越しそばを持って引っ越しの挨拶に滑を連れて彼女の両親が訪れた時のこと。


あちらは入り婿の父親がドイツ系アメリカ人、母親は江戸開闢以来続くという生粋の江戸っ子……つまり日本人。


当然、娘の滑は日米ハーフというインターナショナルな家庭事情はさておいて、両家とも子供は一人きり。歳も同じ。


おまけに蓮春の通う学校へ転校予定であると知れ、蓮春と滑より先に双方の両親同士が良好な隣人関係を結んだのがそもそものきっかけ。


小学生時代はまだ良かった。

子供らしい浅慮は時に役立つ時もある。


1年生から6年生まで、何故だか滑と常に同じクラスであったことも、子供心にはさして不思議だとも思わなかった。


が、中学に上がるとそうもいかない。


多感な時期ゆえ、違和感も覚える。


中1で同じクラス。

中2でも同じクラス。


この辺りまで来るともはや不思議と感じるより気色悪さを感じるようになった。


そしてトドメの中3。

またまた同じクラス。


当時の時点ですでに滑の明らかに奇異な性格、それに付随する奇行(果たしてこの程度の表現で済ませてよいレベルかは別として)は目立っていたため、蓮春も特別、滑との仲が悪かったわけではなかったが、さすがに背筋の寒さを覚えて現状の変革に注力する。


残念ながらレベルの高い高校に入学して逃げる手は打てないと分かっていた。


蓮春も決して成績が悪いわけではないものの、滑の学力は各有名進学校も余裕で射程内に入る位置にある。


上に逃げる作戦は始めから無理なのだ。


そうなると彼女が入るのを躊躇うようなひどい底辺校へ……などとも考えたりもするが、それをやるともし逃げられたと仮定しても、犠牲にするものが大きすぎるのが事実。


となれば最後に残る手段は決まっている。


男子校への進学。

これなら問答無用。


さらに全寮制の高校を選べばなお盤石。隙は無し。


ところが。


この行為で結果的、滑の(本気)を垣間見た蓮春は、良いだの悪いだの以前に、拭い難く強烈な恐怖を植え込まれることになってしまった。


起きた事実だけを述べよう。

まず蓮春は合格した。


目星をつけて受験した全寮制私立男子校へ。しかし、


合格発表を見に行き、自分の合格を確認して上機嫌で帰宅した蓮春を待っていたのは耳を疑う話。


いや、ほんと耳を疑う話。


むしろ耳以外のいろいろな部分も疑うような話。


家に帰って開口一番、母親から聞かされた言葉は今でも忘れることができない。


曰く、「お前の受験した学校が、さる学校に併合された」と。


玄関先、脱ぎかけていた靴に足を取られ、危うく倒れそうになった。


いきなり襲いかかってきた眩暈によるバランス感覚の喪失も手伝って。


経過は次の通り。


ほぼ合格を確信していたものの、やはりそれなりの緊張感を持って合格発表へと向かい、合格者欄に自分の受験番号を見つけて意気揚々と帰途についていた時、蓮春の実家に一本の電話がかかってきた。


電話に出たのは在宅中だった母。


先方は今さっき、合格を確認した高校の学校事務職員であったという。


された説明の主なポイントは三つ。


一つは、卒爾ながら諸事情により、(結局、この諸事情に関する具体的説明は無かった)当校は他校に併合されたとのこと。


一つは、併合されるに伴って男女別学から男女共学へ移行するとのこと。


一つは、こちらの事情で急に学校状況が変化したことに対するお詫びとして、入学準備に掛かる諸費用及び初年度の学費は全額当校にてご負担させていただくとのこと。


可能か不可能かの話だけならもちろん滑り止めで受けた他の高校へ鞍替えする選択もありはしたが、生々しい話ながら両親の立場からすると入学時の諸経費が向こう持ちになるというのは実においしい条件であったのは疑い無い。


そしてその無言の圧力を感じないほど、蓮春も鈍感ではなかったのが彼自身の退路を塞ぐこととなる。


結局、即物的な理由に大きく後押しされ、流れのままに蓮春は合格校を併合(後に知ったことだが、これは併合というよりほぼ実質の併呑、吸収合併であった)した学校へと進学を決めた。


その学校が、まさしく滑の進学した学校であることを知りつつも。


このようなことを、滑はどのようにして成したのか。


それは今もって蓮春には分からないし、分かりたいとも思わない。


とにかく極力彼女と関わりたくない。


それが率直な蓮春の願いであるがために。


しかし逃げようとして逃げられる相手でないことも蓮春は承知している。


それゆえ多少……は嘘になる。相当の諦念を自身に課すことで、なんとか彼女との日常に折り合いをつけているというのが現状であり、現実である。


ちなみにこれはもはや言うまでもないが、朝も早くから男子寮内へ侵入し、蓮春の部屋のドアを吹き飛ばす行動を、事情さえあれば土日祝日等々なども関係無く、年がら年中おこなっているせいで、(正確にはこれ以外の行動も含まれるが)正常な神経の持ち主は彼女との接触を生徒、教職員の別無く極力避けている。


男子寮の廊下を平然と、蓮春と滑が誰からも声や咎めをかけられず、それどころか怯えて身を退いたり隠したりしている寮生たちを気にもせず歩けているのには、そういった彼女の負の実績による裏打ちがあってこそだといえよう。


さりながら、


「よう、今日も朝から見せつけてくれるねえ。妬けちまうぜ、お二人さん」


どこの世界にも、空気の読めない人間は存在する。


「あ……テッチン……」


誰もが恐れて声をかけない二人の間に割って入り、声をかけてきたのは蓮春のクラスメイトであり、友人でもある手頃道鉄道てごろみち てつみち


通称、テッチン。


蓮春は遠慮がちな返事をしたが、これは横に滑がいる都合上、致し方ない。


自分の真横にいつ爆発するか分からない爆弾がある状態で、緊張も無くフランクな会話ができる人間などそうはいない。


いくら長年、滑という危険物に晒され続けてきたとはいっても、少々の耐性がついただけで蓮春の本質は至って平均的な、ごく普通の少年でしかないのである。


だが、逆を言うなら知らないからこその……すなわち文字通り(怖いもの知らず)な真似ができる者もいる。


彼のように。


「しっかし、ほんと仲良いよなお前ら。普通は無えぞ? 寮まで迎えに来て、一緒に登校しようなんて積極的な彼女持ちのやつなんてさ。レベル高えな、このリア充め」

「や、ま、待てテッチン……いつもいつも言ってるが誤解すんな。俺とこいつは別にそういう関係とかじゃ……」

「まーたまた、照れやがってコノヤロウ。いいぜ? お前がそう言うんなら、水入らずでいるとこに邪魔してやっても。なんならこれから俺も一緒で三人仲良く登校し……」


そこまで。


鉄道が言いかけた瞬間であった。


言葉を出し切るより早く、1発の銃声とともに鉄道は一瞬のうちに眉間を撃ち抜かれ、宙に血の筋で弧を描きながら、折れて倒れ込む樹のように、廊下へ仰向けに落ちた。


後頭部を床に強打する鈍く、嫌な音と、ドサリと重く、低い音を立て、途端に床一面へと血溜まりを作り出し。


刹那、目の前の出来事に驚くとともに、明らか自分の隣から聞こえた発射音に目を向けると、何故か右手に持っていたはずの紙コップを左手に持ち替え、当の右手を懐でゴソゴソしている滑を見、蓮春は呆然と立ち尽くした。


「……困りますね。朝は忙しいのに下らない長話で時間を潰されると……まあ幸運なことにおジャマ君は勝手に昏倒してくれたので、さっさと学校に向かうとしましょう」

「お……ま、これ……」

「はい蓮春君、変な声を出さない。周りの皆さんがジロジロ見てますよ? まだ学生とはいえ、もう17にもなるんですから少しは落ち着きを持ってくれないと」

「……」


何か非常に納得のいかない滑の注意を受けつつ、蓮春はそんな彼女が再び懐から出した右手に紙コップを持ち替える際、わずかにまとわりついてきた右手の硝煙を目と鼻で確認しながら、声を失った状態を回復する間も与えられず、その滑が差し出した左手で強引に襟を掴まれると、引きずられるような格好で寮を後にした。


手頃道鉄道。

享年17歳。


鉄道マニアの父につけられた安易すぎる名にも負けず、最期まで明るく、笑顔を絶やさぬ生涯であった。


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