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それは昼休みという名の、一般的には楽しいはずの昼食時間 (2)

「そういや師匠、もう最初の怪人と顔を合わせてから日も経ちましたけど、次はどんな予定なんです? あの七雪とかって怪人と改めて再戦? それとも、次なる怪人へ会いに行きますか?」


泣いたカラスがもう笑うという表現そのままに一分と経ず、けろりとした箍流は目の前の机に山と積まれたあんパンを次々と袋から取り出すや、一個を二、三口で口の中に頬張ると、すぐさま紙パックの牛乳をストローも使わず直接に口をつけ、咀嚼したあんパンと一緒に勢いよく胃へと流し込んでいた。


器用なことに、しゃべりながら。


常人ならばこんな速度で飲食しつつ会話などしていたら、いつかは気管と食道の切り替えを間違え、むせてしまいそうなものなのだが、彼女にとってこれは慣れた行為のようで、まるで危なげなく食事と発声を両立している。


決して羨ましいとは思わないが、大した芸当なのは確かだろう。


そして、

滑の心証操作が今後、どのように作用するかは後回しにし、少なくとも今現在は箍流の機嫌が直っている事実に、蓮春は素直に安堵していた。


なんだかんだ言っても自分の発言が原因で女子に泣かれるのはきつい。


それこそ、滑と過ごしている時に感じるのとは別種の胃の痛みを感じるほどに。


まあ、どちらも胃に穴が開くという経過と結果に変わりは無いが、それでも感情的、感覚的なものの違いは重要なのである。


少なくとも、ようやく炎天下に三日放置した魚のような目から、二日放置した魚のような目まで回復してきた蓮春にとっては。


さておき、


そんな(死人みたいな顔してるだろ。生きてるんだぜ、それ)状態の蓮春が、すでに穴だらけになった胃へ沁みる緑茶をちびちびとペットボトルからすすっている横で、滑は箍流の質問へ少し考え込んだ素振りを見せながら答えていた。


「せっかちですね。日が経つといってもまだ二日も過ぎていませんよ? まあ、やる気があるのは大変よろしいのですけど……しかし、難しいところです。ただ、再戦に関しては今のところ考えていません。ので、さしあたって決めるべき問題は、次の方へ会いに行くかどうかでしょう」

「はあ……残念。あたしの汚名返上の機会はおあずけ、ですか……」


自ら言った通り、分かりやすく残念そうな顔をし、箍流は肩を落としながら手の中に残った半切れのあんパンを口へと抛り込む。


確かに、箍流の立場からすれば先日、上校舎で晒した醜態(傍から言わせてもらうなら、あれはそうなるべくしてそうなっただけであって、それを醜態と呼ぶのはあまりに酷な気もするが、当人はそう思ってしまっているのだから仕方無い)で傷ついてしまったプライドを回復させたいと願うのは自然な感情かもしれない。


されど蓮春などからすると、果たして再戦などしたとしても箍流にあの七雪が倒せるのかという根本的な疑問が浮かぶ。


が、瞬間。


ふと蓮春はその疑問の中にあるもうひとつの疑問へ気が付いた。


となれば、問わずにはおられない。


結局、蓮春もまた、ごく平均的な高校生らしい好奇心は持ち合わせているのである。


「……なあ、滑」

「はい?」

「別にお前の勝手な決め事に乗っかるつもりは無えけど、あの七雪って娘と変に事を構えない方針自体は俺も賛成だ。が、その理由は? そこがはっきりしないと、どうもお前のことだからまた危なっかしい考え巡らせてんじゃねえかって勘繰っちまう。だから、出来たら俺の精神衛生のためにも具体的な理由を教えてくれよ」


机に肘をつき、その手へ顎を乗せながら蓮春は滑へ率直に問うた。


すると、

滑は(何を当たり前なことを聞いてくるのか)といった表情をし、蓮春の眼を見て説明を始める。


「単純な理由です。七雪さんについての分析はもう終えた。それだけです」

「分……析?」

「ええ。私は他人の調べたデータを鵜呑みに出来ない性格ですからね。やはり何事も自分で直接、実物と対峙して調べないといけません。実際、事前に手に入れていた七雪さんの資料の内容と、本物の彼女から得られたデータには結構な誤差がありました」

「えーと……それって、なんか意味あんのか?」

「大いにあります。まず、彼女の周囲に展開している低気圧と高気圧の幾重もの層……仮に多重異圧層とでも呼んでおきましょうか……これの強度は事前に目を通した資料の値を軽く超えており、およそ12.7×99mm NATO弾の直撃ならば貫通可能だろうと表記されていたものの、現実には30mm機関砲弾でも貫徹不可能であることが分かりました。つまり、想定されていた威力の火器では到底、彼女を殺……倒すことはできないと知り得た。これだけでも、先日の彼女との対面はとても有意義だったと言えるでしょう」

「ちょっと待て! 今お前、明らかにヤバイ本音を言いかけたろっ!!」


反射的に声を張り上げ、蓮春は平常運転で滑へとツッコミ入れた。


だが、すぐに(しまった!)と後悔した。


加減を忘れた過剰なツッコミで箍流を泣かせてしまったのは、昨日の今日どころか、つい今さっきの出来事。


この自分の言動に、箍流がトラウマは言い過ぎとしても先ほどのことを思い出し、またぞろ場の空気が悪くなるのではと遅まきながら思慮しての反応。


さりとて、

遅きに失した感は否めない。


この流れが示す通り、後悔は後から来るからこそ後悔なのである。


ところが、


「な、じ……じゃあ師匠、まさかあの七雪って怪人には、あたしじゃあ勝てないって言うんですかっ!!」


箍流が気にしたのは蓮春のツッコミではなく、滑の言葉だった。


これは間違い無く蓮春にとって幸運なことではあったのだが、内心はどうにも複雑な思いであったのは言うまでもない。


ともあれ、


飲みかけていた牛乳のパックを手荒に置き、多少の飛沫が机の上へ散るのも気にせず、箍流は勢い、椅子から立ち上がって両手を机に突くと、身を乗り出して滑へ迫る。


しかし滑は落ち着いた様子で感情的になった箍流を見つめ、なだめるように静かな声音で答えた。


「いいえ、むしろ逆です。あまりにも七雪さんの弱点がはっきりしてしまったので、もうあえて戦う理由が無くなってしまったんですよ。必ず勝てると分かっている相手と勝負をするのは、単なる弱い者いじめでしかないでしょう。そうは思いませんか? 箍流さん」

「……え? 師、師匠……そんな、あいつの弱点なんていつの間に……?」


嫌悪の怒鳴り声から一転、滑の言葉に嬉々とした感情を、口もたどたどしく箍流へ聞く。


「それは当然です。私たちは上校舎へピクニックに行ったわけではないんですよ? 敵の情報収集も大切な仕事。疎かにするはずがないじゃないですか」


冷静にそう返答してみせる滑に、箍流は声も無くただ驚嘆と歓喜、そして尊敬の念が入り混じった瞳で滑を見つめる。


無数のお星さまが輝いているような瞳で。


世の中には(絶対に憧れてはいけない人間)というものが存在するが、(恋は盲目)と似かよった意味で、一度でも手違いが起きてしまうと人間の感情はそう易々とは狭窄した視野と思考を回復できない。


無論、滑がその(絶対に憧れてはいけない人間)の代表格なわけだが、だからといってどうにも出来ないのが現実である。


蓮春としては善意で、箍流を滑の魔の手から逃せないものかと考えたりしているが、それを箍流が善意と取る保証は無い。


というより、悪意と取られる危険性のほうが極めて高い。


何事もいちいち思うようにはいかないと、半分は諦め、半分は憤懣のハーフ&ハーフな感情を持て余しつつも、これまたいつものことで湧いて出てきた好奇心に、手を付けるでもなく箸の先で三色そぼろ弁当の桜でんぶを弄りながら、


「んで……」

「?」

「お前の言う、その……七雪ちゃんの弱点ってなんだ? まさかあの教室にあった冷凍機をぶっ壊すとか、そんなんじゃねえだろな」


愛想無く、目も合わせずに聞いてみた。


「考えなかった手ではありませんが違います。それでは所詮、七雪さんが暑さにバテるだけの話で、こちらの攻撃が基本、通らないという前提は変わりませんから」

「とすりゃあ、なおさらどうやって……?」

「発想の転換ですよ。直接的な攻撃手段が難しいなら、間接的に攻めればいいだけのことです。そういう意味では、蓮春君の言った案もあながち間違ってはいません。ただ、スケールを大きくおこないますけどね」

「……スケールを大き……く?」


すでに嫌な予感しかしない蓮春が口ごもる中、滑は表情ひとつ変えず、吸いついたストローからルートビアをひと口、飲み込むと答える。


「どんなに強かろうと、人間が酸素呼吸によって生きている以上、周囲の酸素濃度を極端に低下させれば無事では済みません。加えて、酸素濃度の低下を引き起こしつつ、副次的効果も期待できるというまさしく一石二鳥な攻撃方法があるんですよ」

「それ……って……どんな……?」

「始めはM2火炎放射器による攻撃を考えましたが、これでは射程が短いために炎がこちらへ逸れて向かってくる危険性がありますので、M202四連焼夷ロケットランチャーなどである程度の遠距離から焼いてしまえばいいという結論に至りました。これなら酸素欠乏と超高温の二段構えで盤石の攻めだと言えるでしょう」


一人、納得したようにうなずいてそう語った滑にしばし、蓮春は言葉を失ったが、こればかりはどうしても言わなければと思い、さらに問う。


「あのさ……」

「何か?」

「確か……お前、七雪ちゃんと別れ際にお友達宣言してなかったっけ……?」

「しましたが、それが?」

「いや、普通はお友達に対してそういうことってさ……」


そこまで言ったところへ、滑は蓮春が言い切るのも待たずに即座、


「蓮春君」

「へ?」

「知っていますか? 漢字で(強敵)と書いて(とも)と読むことを」

「……」


そう真顔で言うのを聞き、


蓮春は、


話すことも、考えることも、放棄した。


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