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それは昼休みという名の、一般的には楽しいはずの昼食時間 (1)

ほとんどの人間にとって、食事の時間は単に空腹を満たすため以上の意味合いがある。


おいしい物を食べれば自然、幸せを感じることができるし、ひとりではなく気の合う者同士が集まって一緒に食事をすれば、賑やかな場の空気がより一層の幸福感を与えてくれるだろう。


さて、


そういう点だけは滑や蓮春たちも普通の学生。

ランチタイムが楽しくないわけはない。


ただし、


かといって絶対に楽しいと断言ができるほど、この面子に安定感は求められないのが辛いところではある。


「ういーっす、買ってきたぞーっ!」


言いつつ、両手に大きなビニール袋を持っているため、片足で器用にスライドドアを開けた鉄道が、そんなドアの内側に広がる教室の一角へ陣取った三人に声を掛けた。


四人分の机を寄せて作られた仮の食卓。

そこに座るは、滑と蓮春と箍流。


そして、


「よおっし、待ってましたあ!」


三人の中から元気に一人だけ箍流は立ち上がり、大袈裟に手を振って鉄道を招く。


といっても、元気がいいのはそこまでで、残る滑、蓮春と同様、鉄道の荷物を手伝って取りに行ってやるまではしないのだが、恐らくそれは箍流が冷たいからではなく、鉄道という少年の持つ、一種の特別な力……人の嗜虐心を微妙にくすぐる性質によることは、まず間違いのない事実だと推測される。


ただ唯一の救いは、彼の場合、肉体だけでなく精神も鋼の如く強靭に生まれついたことなのだが、これも考え方によってはそうした変にバランスのとれた性質ゆえ、余計に雑な扱い(時として雑などという軽い言葉では済ませられない扱いもあるが)を受けているのかもしれないため、何とも傍目からすると複雑な心情になってしまうが、まあ当人が大丈夫だと思っているなら、大丈夫なのだと納得するしかあるまい。


ちなみに、


今の鉄道は先日の上校舎での惨劇からとうの昔に復活しており、きちんと人間の姿へ戻っていることを追記しておこう。


などと、


地の文が勝手な解釈を述べている間に、鉄道は重く、かさばる買い物袋に翻弄されながらも、三人が待つ四身合体した机の前まで到着し、その上へ声には出さない掛け声とともに荷物をどさりと置くや、ようやく解放された両手をぶらぶらさせつつ溜め息を吐いた。


「しっかしまあ、パシリは慣れてるつもりだったけど、タガリンの分も買ってくることになってさすがにきつくなったなあ。てか、ほんとにこれ一人で食うの?」


銘々が自分の注文した品を袋の中から物色している中、鉄道は名指しで箍流に問う。


滑はラージサイズ紙コップへ注がれたエンダーのルートビアのみ。

蓮春はペットボトルの緑茶と三色そぼろ弁当。

鉄道は紙パックのバナナ豆乳と助六寿司。それに赤飯のおにぎりが二つ。


では、箍流は何かといえば、


紙パックの牛乳とあんパン。


品目だけを言うと別におかしな印象は受けないが、問題は鉄道が問うた言葉の中にある。


滑はラージサイズといっても、せいぜい500ミリリットル。

しかも飲み物しか頼んでいない。


蓮春も容器がペットボトルなだけで滑のルートビアと同じく500ミリリットル。


三色そぼろ弁当も大きさ的には通常規格のDVDパッケージを三つ重ねた程度の大きさのもので、極めて一般的な弁当の大きさである。


鉄道のバナナ豆乳などは200ミリリットルの小さなものだし、助六寿司も三色そぼろ弁当より一回り小さいくらいで、付け足しに購入した赤飯おにぎり二つを加えてほぼ同量といった程度。


だが、


箍流が注文した量は、そんな常識的な(滑に関してはすでに昼食と呼べる代物ではないので除外するとして)量ではなかった。


まず、紙パックの牛乳は1リットルサイズ。それも四本。


さらにあんパンは手のひらサイズのスタンダードなものだったが、個数がもうおかしい。


三十六個。


もはや個数で言うよりもダース単位で三ダースと言ったほうが早い。


「ああ、それとこれは余談ですけど、英語圏ではパンに関しては同じ一ダースでも十三個を意味しますので間違いのありませんように。『パン屋の一ダース』という言葉があるぐらいですから」


と、こちらを見ながら滑は地の文へ語り掛けてくる。


というか貴女、ほんと当たり前のように壁ぶち壊してくるのやめてくださいよ。


「それは失礼。私としては親切のつもりだったんですが、出過ぎた真似でした」


はい、分かっていただければそれでいいです。


「それでは続きをどうぞ」

「おい滑……お前、誰と話してんだ?」


傍からは虚空に向かって独り言を話しているようにしか見えない滑へ、弁当の蓋を止めているテープを剥がしながら蓮春は気持ち悪そうに質問したが、滑はあえて答えず、ただ首を横に振ってみせる。


つまりは(この話題に触れるな)という意味。


そうそう、下手に話が弾んだりしたらより面倒なことになるから、それでオーケー。


ともあれ、


本筋を離れそうになった場の空気は既のところで持ち堪え、話題は箍流のメニュー(主にその量について)へと立ち戻った。


「当ったり前じゃん。ヒーローたるもの、体が資本! 強い体を作るには一に特訓、二に努力、三四が根性、五に食事ってね」

「いやー……にしたって、いかんせん偏り過ぎな気ぃするぞ……質的にも、量的にも」

「だな。箍流ちゃん、余計な口出しかもしんねえけど、ヒーローに憧れて、それになろうって人間がこんな偏食してちゃ、せっかくの道が遠のくと思うぜ?」


実に理屈の分からない説明をして自分を肯定してくる箍流に、鉄道は素直な感想を、蓮春は普通に話したのでは納得しないだろうと始めから読んで、箍流の価値観に沿わせて説得を試みる。


ところが、

当の箍流はまるで意に介さないといった風で、人差し指を左右へ振りつつ、チッチッチッと笑みを浮かべながら舌を打ち、逆に蓮春たちを諭すかのように話し始めた。


「分かってないなあ。そりゃさ、単にすごい人になりたいとかってなら、毎食バランスの取れた食事をしてりゃいけるかもしんないけど、あたしが目指してるのは正真正銘、本物のヒーローなの。そうなると、そこいらのメニューじゃ鍛え上げられない。すごい人じゃなくてヒーローになりたいんだから、食事の内容が違うのは当然。だって目指すところが違うんだもん。つまり、普通の人の見方だと変に見えるかもだけど、これにはこれでちゃんとした理由があるんだよ」


漠然としている話の割に何故だか嫌に自信満々な口調で語る箍流の様子に、少しく自分の主張が必ずしも正しいのかと疑念すら湧いてきてしまったが、どちらにせよ、


とりあえず箍流の説を具体的に聞いてみないことには仕方が無いと、蓮春は再度、箍流に問いかける。


「うん……そりゃ、俺も別にそれほど栄養学だとかに詳しいわけじゃないしな。色々と俺の知らない根拠とかもあるのかもしんねえけど、それって具体的にはどういう理屈?」

「簡単簡単、これを実践してヒーローやってた人がいたから、それをお手本に、ね」

「……ん、え? お手本……?」

「だって、あたしの尊敬する大葉健二さんはこの食生活を続けることによって、あの必殺のブルースクリューキックを放つだけの超人的身体能力を……」

「フィクションをリアルのお手本にするとか、絶対にダメだからあぁぁぁっっ!!」


心のどこかで予想しつつも、まさかと思って考えから外していたトンデモ理論を、ほぼ想像していた通りの内容で説明をしてきた箍流に、蓮春はほとんど条件反射的にツッコミを入れた。


「何? 何なの? まさかマジなの? だとしたら何もあんパンじゃなくて、ニンニクやホウレンソウでもいいじゃない! てか、お前一体何歳児だよっ! そんなんでスーパーパワーが身に付くんだったら、もう世界中ヒーローだらけになってんよっっ!!」


やにわに罵声を浴びせてきた蓮春に、箍流のほうは今まさに袋から出したあんパンへ噛り付こうとした姿のまま、しばし固まってしまう。


あんパンを頬張るために開けた口をポカンと、間の抜けた様子で開きっ放しにし、無防備にただ、悪し様に言う蓮春を呆然と見つめた。


「いや、むしろ逆にすげえよ! あんパン食ったら強くなれるとか思い込むだけで、そこまで強くなれたんだから大したもんだよ! うん、根性だの精神論だのなんて非科学的だとかバカにしてたけど、実際それだけの実力を身に付けてんだから! これは是非ドーピング検査に引っかからない薬物としてあんパンを登録しねえとな! やったね! あとはこしあんとつぶあんだったら、どっちのほうがより強くなれるかとか、ケシの実がついてるほうがいいのか、あんこトーストでも同様の効果が得られるのかとか、いろいろと調べなくっちゃだねっっ!!」


着地点が見えないツッコミの嵐。


洪水のように吐き出され続ける蓮春のツッコミは留まるところを知らず、いつになったら終わるのかと思われるほど、どこまでも無言の箍流に対し、容赦なくぶつけられてゆく。


そんな状態がどれくらい続いただろうか。

かなりして、


今まで黙って蓮春の言葉をぼんやりと聞いていた箍流だったが、少しずつその言葉の意味は分からずとも、何か、なんとなく馬鹿にされているという事実だけは雰囲気から伝わってきたらしく、ついには、


「バッ、バカにすんなこのバカッッ!!」


びっくりするほど頭の悪い返しを大声で叫び、箍流の逆襲が始まった。


「うっさいんだよっ! な、何が何だろうと、あたしにとって大葉健二さんと宮内洋さんは永遠の……本物のヒーローなんだっ! そしてその大葉さんが、役柄の上とはいえ好物にしてたあんパンは、同じようにあたしには特別な意味のある食べ物なんだよっっ!!」


涙ぐみながら、決して論理的ではない、しかし気持ちは伝わってくる言葉を必死になって継ぐ箍流の姿に、いつも滑のせいでツッコミ癖がついていた蓮春は、はたと自分がひどく容赦の無い、かつ無思慮な暴言を並べていたことに気づき、胸がズキリと痛んだ。


確かに箍流の言い分は幼稚で、そのうえ何の根拠も無い寝言のようなものである。


ではあるが、


当人にとってそれは大切な思いであり、枢要な心の軸なのだろう。


それを全面的に否定するということは、すなわち彼女自身を全否定したのと同じことになってしまう。


無意識だったとはいえ、まさしくそうした行為をしてしまった。


普段は相手が滑のため、遠慮無しのツッコミも問題が無かったが、今回ばかりは完全に蓮春の軽率以外の何物でもない。


思って、謝罪の意味も含めたフォローを入れようと、一旦は箍流の剣幕と半泣きの顔に閉じた口を再び開こうとする。


が、


蓮春の喉から声が発せられるより早く、


「いけませんね蓮春君。君は『物も言い様で角が立つ』というのを知らないんですか?」


先回り、滑がわざとらしくフォローへ入ってきた。


明らかに底意があっての言動なのが丸分かりの態度で。


「人はそれぞれ考えが違います。考えが違えば、大事なものや大切なものも違う。そういうものを頭ごなしに否定するのは、果たして大人の対応と言えるんでしょうかね」


巧みに蓮春のポジションを悪者として固定し、最低限の言葉だけで株を大暴落させる。


転瞬、


蓮春は胸の痛みが胃の痛みへとすり替わってゆくのを感じつつ、絶句して事の成り行きを見守るしかなくなっている己に気づき、軽く眩暈がした。


と、


「それと、箍流さん」


今度は間髪入れずに箍流へ語り掛ける。


「君のその何事も形から入るという姿勢を頑なに押し通す気概は評価しますが、だとしても限度は常に設定しておかなければいけません。初志貫徹も、少し誤れば頑迷固陋になってしまいますから」

「……はい……」


優しい言葉のひとつでも掛けるのかと思っていた蓮春はここで一瞬、滑の思惑が分からなくなり困惑したが、それもほんの一時のことであった。


力無い箍流の返事を聞くや、即座に滑は、


「ですが」


すぐさま言葉を続け、


「若さって……何でしたっけ?」


突然、訳の分からない質問を箍流へする。


話の流れからもまるで脈絡が無いように思えるこの問いに、蓮春は滑が一体、何を意図しているのかとさらに当惑の度を深めたが、


何故か箍流だけはこの言葉を聞いた途端、


涙を溜めていた双眸を、かっと開いて滑を見つめた。


何か知らないが、何か先ほどの言葉の中に感じるものがあったらしく、愕然としたような表情で滑へ視線を奪われている。


すると、その様子を見逃さず滑は、


「……それから」


すかさず、


「愛って……何ですかね……」


畳みかけるように意味不明な問いを発した。


やはり何が言いたいのか分からない。


何かの暗号か?

合言葉か何かか?


もはやそこまで突拍子も無い思考をしてしまうほど、蓮春の頭は混乱を極めていたが、そんな彼の視線が捉える中、


急に、


「師匠ぉぉおぉぉぉぉっっっっっ!!」


半ば慟哭に近い叫声を響かせて、箍流は滑の胸へすがりつくや、人目もはばからずに号泣し始めた。


当然というべきか、この事態に蓮春はつい数日前のデジャヴを体感したが、それよりなにより気になったのは、


自分の胸に顔をうずめて泣く箍流の頭を撫でながら、目を細めて片眉を上げ、底意地の悪さをあえて表に出した微笑を蓮春に向け、満足そうにストローを吸う。


昔からこうだ。


滑はいつでも蓮春と親しくなりそうな女子を見つけると、必ず自分に好意を持たせ、蓮春のことは好きか嫌いかで言えば好きじゃない人間だと思わせるという、非常に回りくどい恋愛フラグ破壊を好んでおこなうのである。


その理由は、


分からない。

困ったことに。


すでに十数年の付き合いだというのに。


これっぱかりも分からない。


ゆえに蓮春の胃はなおさら痛む。


今この時も、ゆっくりと胃に穴が開いてゆく感覚が鮮明にみぞおちの辺りを襲う。


そうして、


暫時が過ぎ、


ふと気配を感じて横を振り向くと、


鉄道が呆れ果てたといった顔を隠しもせず、


「……ハッチン、自重しろよ。とばっちりで俺まですっげえ居心地悪いじゃんか」


溜め息と共に言ったのを聞いて、


精神的にほぼ息の根を止められた蓮春は、


無表情に、無感情に、


鉄道を透かし、その背後に広がる無の世界を、あたかも深く暗い淵にでも向けるような瞳で見据えていた。


注釈・大葉健二さんと宮内洋さんは特撮ヒーローファンならば言わずと知れた人物。


大葉健二さんはバトルフィーバーJでのバトルケニア役や、デンジマンでのデンジブルー役(箍流が語っていたブルースクリューキックはこのヒーローの技。箍流が真似ている通り、あんパンが大の好物という設定)などでも有名ですが、もっとも有名なのはやはり宇宙刑事ギャバンでしょう。


滑が箍流へおこなった謎の問いかけは、この宇宙刑事ギャバンのOP曲で歌われている歌詞の引用。


それぞれ一番と二番の歌詞を含めて(振り向かない)、(躊躇わない)、(諦めない)、(悔やまない)のがヒーローであると、暗に箍流へ伝えた形。


宮内洋さんは仮面ライダーV3を筆頭に、ゴレンジャーでのアオレンジャー役、怪傑ズバット役など、これまた数多くのヒーローを演じておられます。


ちなみに箍流の奇抜な服装と配色はV3のパーソナルカラーを意識してのもの。

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