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それは同級生という名の、他力本願な疑似雪女 (5)

しばらくの間、


蓮春は呆然と少女を見つめていた。


というより、見つめ合っていた。


全体が透き通るほどに白いその少女は、何故か目を向けた蓮春の視線に自分の視線を合わせ、じっと見つめたまま微動だにしない。


蓮春も蓮春で、この奇妙な状態から身じろぎもできずにいる。


まあ、これも無理からぬだろう。


滑は老若男女の区別無く、撃つと決めたら本気で撃つ。

箍流の時のような運の良い偶然で、銃撃を免れる者は非常に少ない。


特に、今回はほとんど触れ合うか触れ合わないかというほどの距離からの射撃である。


しかも繰り返すが三発。連続で三発。


とてつもない幸運でその全弾を避けたと仮定しても、無傷はいくらなんでもおかしい。


掠めただけでも皮を裂き、肉を抉る威力の弾丸を前に、いやにヒラヒラとした衣服も無傷というのはさすがに、と感じる。


仮に弾は当たらなかったのだとしても、間近……というか、もうほとんど接射であったゆえに銃口からのマズルフラッシュ(発射炎)で衣服のどこかしらが焦げてでもいないと、逆に不自然。


だからこそ、そうした分からないことだらけの状況に混乱した蓮春は、目線を外すこともできずに硬直していた。


頭は動いていたが、処理しなければいけない情報……何より、理解を超えた現象に対してどう折り合いをつければいいかが分からず、保留を余儀なくされる事実が多すぎ、考えるほどに混乱は増す。


思考しているにもかかわらず、実際は思考停止と同じような状態。


そんな状態で、


流れていくそば、こめかみから頬の辺りで凍結し、張り付いた己が冷汗に皮膚感覚を麻痺させられながら。


が、次の瞬間、


蓮春は左肩の下辺り……二の腕の部分へ突然、焼け火鉢でも押し当てられたような熱さを感じ、


「アヂイイッッ!!」


思わず身をのけぞらせ、焼かれたような熱さを感じた二の腕を右手で押さえ、首をひねってその目で確認した。


すると、


何故か穴が開いている。


ペットボトルの口よりは大きく、トイレットペーパーの芯よりは小さい、綺麗な円形の、上着からシャツまで見事に貫通した穴が開いている。


穴が開いている布の外周は黒ずんで焦げ、わずかに甘い化繊の焼けた匂いが残っていた。


よく見れば、穴の奥に露出した二の腕の皮膚は、リング状に赤く腫れ上がっている。


「……何を悠長に、目と目で通じ合ってるんですか君は。こんな逼迫した状況だというのに、よくもまあ色気づいたりする余裕がありますね。いえ……逆に吊り橋効果だと思えば自然な流れですか? だとすれば余計、気に入りません。こんなに可愛い幼馴染がすぐ隣にいるというのに、どうして私ではなく他の女子に気が行くんです? つくづく、君は物の道理というものが根本的に分かっていませんね……」


そこへ、急に滑が話してきた。

理由は分からないが、声のトーンから明らかに不機嫌な様子で。


と、数瞬して、


蓮春は自分の制服に穴を開けた原因を知る。


声に釣られ、視線を移した滑はというと、やたら怖い顔をし、蓮春を睨んでいた。


その手に改めてショットガンを構え、いまだうっすらと煙を上げる銃口を蓮春へ向けて。


ここまで見終わり、蓮春も事の経緯が飲み込める。


焼け火箸ではないが、限り無くそれに近いもの……つまり、発砲後で加熱した銃口を二の腕に押し当ててきたのだ。滑は。


焼き餅を焼くというのはたまに話に聞くが、焼けた銃口で二の腕を焼くというのは聞いたことも無い。


これに対し、(一番の問題は、お前が万事においてまともな反応をしないことが最大の要因だろうがっ!!)と、胸中で思いつつ、いつものことだと諦めた蓮春は、弁明ではないが変な誤解を持たれたままでは厄介とばかり、口を開く。


「あのな……前々から思ってたことだけど、そういう気が少しでもあるんなら、お前はまず可愛げのある態度ってもんを示せよ……つねってくるとかだったら、まあまあ可愛いとも思えっけど、どこの世界に焼けた銃口を二の腕に押し付けてくるようなバイオレンスなジェラシー表現されて、ああ可愛いなあとか思える男がいるんだっつうの……」

「別にそんなつもりはありませんよ。単に見る目の無い幼馴染を持つと苦労すると言っているだけです。勝手に私が君に気があるとか、誇大妄想も甚だしい誤解はご遠慮していただきたいですね」

「……はいはい、お前がそう言うんでしたら、そうしておきましょ……ただこっちも誤解されっと困るから言っとくが、別に俺はこの子に気があるとかってんじゃ……あれ? 名前、何つったっけ……?」


何だか面倒な滑との会話の最中、いちどきに色々とありすぎたせいもあってか、滑の凶弾に晒されながら無傷で佇む純白少女の名前を度忘れしてしまい、蓮春は露の間、しどろもどろになっていると、


「七雪です……津軽七雪……です……」


再び、先ほどの声が耳元近くで聞こえる。

ぼそぼそと、ささやくような遠慮がちな声。


そして今度は二度目ということもあり、蓮春も妙な声を上げずに済んだ。


多少、身をこわばらせたのは致し方なかったが。


それからまた蓮春は少女……七雪と視線を合わせる。

緊張した態勢のまま。


とにもかくにも、七雪にどういった意図があるのか、自分たちへ敵対するような意思があるのか……というか、先ほどの滑の無分別な銃撃を受けて、敵対的にならないほうがむしろおかしいとも思えるが……を探るため、覚悟を決めて話を切り出した。


「ああ……七雪ちゃんだっけか。悪かった……で済むとは思えねえけど、とりあえずごめんな。俺の連れがメチャクチャやって……」

「え、いえ……私は……何事もありませんので……その……お気になさらず……」

「そう言ってもらえると、マジで助かるわ……俺のほうからも自重するように言っとくんで、許してやってよ。まあ、どう贔屓目に見ても、許していい範囲を完璧に超えちゃってるんだけどさ……」

「……はい……」


拍子抜けというべきか、素直に安心すべきなのか、軽く二言三言の会話を交わした感じからして、七雪に敵対の意思は感じられなかった。


というより、


敵対以前にその態度と言動のよそよそしさへ、蓮春は不思議に思い、しげしげと七雪の様子を目視で確認してゆく。


第一印象のインパクトが強すぎたせいで、ひどくイメージが先行していたが、落ち着いて見てみればこの七雪という少女、姿以外は至ってまともであった。


自分たちが予期せぬ来客だったからか、それとも生来の性格であろうか、どこかおずおずとしており、気が付けば目線も外している。


恐らく普段から人との接触が極端に少ないため、他人とのコミュニケーションそのものに慣れていないのだろう。


もちろん元の性質もあるのだろうが、反応や挙動を総合して分析するに、単なる内気な少女というのが、おおよそ彼女の性格らしい。


などと思っているうちに、


はたとして蓮春は最も大きな疑問を残していることに気が付いた。


ただ幸運、の一言では済ませられない謎が。


「そういや、七雪ちゃん……こんな聞き方も変だけど、なんで無事……いや、無事なのは何よりなんだけど、どうしてあんだけのことされて無傷なんだ?」

「……さあ……私は、あまり自分のこともよく分かっていないんで……」


続けて聞いたものの、七雪はぼそぼそと答えつつ、実質の被害は受けていないまでも立場的には被害者であるにも関わらず、さらに視線を伏せるように蓮春から逸らし、何故だか申し訳なさそうな顔をして両の手をもじもじと顔の前で組み合わせている。


この反応に、当然困惑した蓮春は言葉を継ごうとしたが、それよりも早く横から口が挟まれた。


「それについては私から説明しましょう。七雪さんはご自分で言われた通り、その辺りのことを詳しくは知らされていませんので」


それは無論、滑が、である。


「細かな……というより理屈自体が不明ですが、彼女の周囲には高気圧と低気圧……それも相互の気圧差が非常に激しい極薄の層が、まるでミルフィーユかという感じで何層にも折り重なっているんです。そして、何故にそのような七雪さんがこうも普通にしていられるかというと、まさしく絶妙のバランスで高気圧による下降気流と外向きの力は低気圧の上昇気流と内向きの力に、低気圧の上昇気流と内向きの力は高気圧の下降気流と外向きの力にそれぞれ相殺され、下手なことさえしなければ相当に安定しているんですよ。ただ、もしも外部から強い力を受けたりすると、高気圧と低気圧とが即座に反発を起こし、その力をそっくりそのまま跳ね返すんです。加えられた力に比例してね。なので、何事も無ければ日常生活にはほとんど支障は無いわけなんです。内側の熱は外へ逃げづらく、外側から熱を奪われにくいという点を除けば」


差し挟まれた、分かるような分からないような説明を聞き、それでもまだ(まったく分からなかった状態だった時よりはマシになったのかな?)と、多少複雑な納得の仕方をしつつ、蓮春はちょうど良いタイミングかと思い、加えて疑問を滑へ問うた。


「なるほど、だから暑がりなわけか……そしてそれがあるおかげであれだけの銃撃にも無傷で……って、え? そうすると撃ち出した弾は跳ね返って……」

「ええ。ですが跳ね返すといっても向かってきた力の方向へ真っ直ぐにというわけではありません。七雪さんの周囲を取り巻く気圧は円筒形をしていますから、当たり所によって跳ね返る角度は大きく変わってくるわけです。おかげで私は細かな肉片にはならずに済みましたよ」

「とりあえず、みんな揃って幸運だったってわけか……さすがに自業自得とはいえ、お前が隣でミンチになったりしてたら、いくら俺でもトラウマもんだからな……」

「ですね。間違い無く幸運でした。とはいえ、幸運だったことは確かですが、跳ね返った弾丸の軌道がアレだったもので……」


言い止し、急に滑は教室の隅を指差す。


これへ反射的に視線を誘導され、蓮春もまたその指の先へと目を向けた。


途端、


蓮春は視界に映った光景へ絶句を余儀なくされる。


見えたのは、


色々あってすっかり忘れていた箍流の姿。


だが、もう走ってはいない。


それどころか、立ってすらいない。


座り込んでいる。


いや、へたり込んでいるというほうが正しいか。


態勢を見るに、膝と腰から崩れたらしく、青菜に塩といった姿勢で壁へ寄り掛かり、床へ尻餅をつき、ガタガタと震える体の上に乗った顔は、もはや半泣きを通り越してほぼ泣いている。


どうしてまた、このようなことになったのか。

そう考える必要は無かった。


何故ならば、


同時に視界へ入ってきたから。


倒れ込んだ箍流のほとんど真横。数センチと離れていない壁面が三か所、

完全にコンクリートが吹き飛び、砕け散っていたからである。


そうして、


謎であった三発の銃弾の行方が(最も悪い形で)知れた刹那、


「ご覧の有様だよ!!」


どういった心境からか、半笑いなうえ、ことさら大きな声で滑が言うのを聞いて、


「他人事みてえに言ってんじゃねえよバカヤロウッッ!!」


本日、何度目かも分からなくなった怒号を、蓮春は氷点下ぶっちぎりの教室全体へ響き渡らせた。


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