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僕と猫と煙と  作者: ささ
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2019年10月28日(月曜)


目が覚めるとそこは見覚えのない天井と見覚えのない警察官がいる。

辺りを見回すと、何人かの警察官が事務仕事をやったりしている。

僕の目の前にいる見た目若そうな警察官が呆れた顔で「朝だから早く帰りなさい」と言ってきた。この数日間でどれほどの人間が僕の事を呆れてみているのだろうか…


こっちは好きで警察にいるわけではないのにひどい言われようだとは思ったが、これ以上ここにいたくないということもあり、僕はソファーから立ち上がり失礼しましたと一礼をして自宅へと向かった。

 時刻は午前6時をまわったところで、次の電車に間に合うように小走りで僕は駅へと向かった。

久しぶりの桐生駅までの道は不安ではあったが1年間通った街と思い出補正により迷うことなく駅へと到着することができた。

 駅の改札を通りホームで電車を待っていると電車は時刻通りに僕の前で止まる。電車の中は朝6時ということもあり人もあまり多くはなかった。

 椅子に座りしばらくすると多くなかった人々が段々と増えていき、7時頃には満員電車へと変わっていた。僕は疲れと息苦しさとめまいをもらって帰路をした。

 これを毎日のように続けている人々は尊敬せざるをえない、僕なら3日もたないであろう、さすが鬱大国日本。

 自宅につきドアをあけると、そこにはお腹をすかせたよもぎとかなでが「なーなー」と出迎えをしてくれた。

靴をぬぎ洗面所でうがいをしたあと部屋へ向かい、ついてくる猫を部屋に入れないようにしながら部屋へ入った。窓を開けたあとベッドに座りポケットから煙草を取り出し習慣的に火をつける。猫も僕がタバコを吸いだしたのがわかったのか先ほどまでがりがりとしていた音がやんでいた。

何度か止めようとはしたが結局タバコを吸ってしまう僕。吸っていいことなんて何もないのになぜ吸うのだろう。できることならタバコなんて吸いたくなかった。

「お前のせいだ」静かにつぶやき、僕はまた自己嫌悪に陥る。

伊田芽を怨めば怨むほど自分へ帰ってくる。僕の後悔の念はさらに深まるしかないようだ。



 キャットフードをよもぎとかなでに与えたあと僕は親にしばらく猫の面倒を見てほしいことを電話で伝えた。

 電話からだと親はめんどくさそうな反応はしていたが、両親ともに猫好きなのでさほど問題はないだろう。   

 電話が終わったあと僕は部屋の押し入れからよもぎとかなでをいれるケースをとりだし戦闘態勢になった。(主にジャケットや厚木を着てねこじゃらしなどの猫のおもちゃを片手に)

 普段ならおもちゃにすぐとびつく2匹なのだが、今回はいつもと雰囲気が違うことがわかったのだろう、警戒をしながらおもちゃをつっついている。この後かなりの苦労をするのだが猫と僕の戦闘は割愛しよう。

 その後2匹を両親に預けた後僕は再び電車に乗り込み桐生へと向かった。


 桐生駅を降りるとそこには寒い冬空の下、1人の女性が大量の紙の束を片手に大きな声で言っている。「ご協力おねがいしまーす、ご協力おねがいしまーす」その言葉が繰り返される。よく見ると女性一人だけではなく、遠くにもう一人もいるように見えた。

近くにいた女性は僕に気が付いたようで僕の方へ右手に紙を1枚もちながら駈け寄ってくる、その姿にどこか懐かしさを感じたてしまったがその女性はどこか懐かしさを感じた。近くで見ると女性は品の良いおばさんと言った感じで50代前半あたりだろうか…。「すいません、あのもしこの子見かけたら連絡いただけないでしょうか?」

……ああそうかこの人は伊田芽麻友の母親だ。伊田芽は母親似なのだろう、僕は受け取った紙から伊田芽麻友の笑っている顔を久しぶりに見ることができた。


僕の目の前にいるその女性は間違いなく伊田芽麻友の母親だ。断言できる。この女性のどこかやわらかく暖かい雰囲気。はかなげでいて少しの風で吹き飛ばされてしまうのではないかという線の細い体だ。

麻友が年をとったらこんな風になるのであろうという面影もある。


「あの…あなたは伊田芽麻友さんの母親でしょうか?」

 女性は予想外であったのだろう、少し驚いた顔で僕を見ていた。

「そうですけど麻友のお知り合いの方でしょうか?」

伊田芽の母親は懐かしい目で僕を見る。目頭から涙袋まで同じだ…僕は何かに押しつぶされそうになりながら伊田芽の母親の問いに答えた。

「大学時代伊田芽さ…麻友さんには仲良くしてもらいまして……」

「そうなんですか、麻友がお世話になりました」

 伊田芽の母親からお礼をされるというのはなかなか違和感が大きい、本来なら僕がお礼をしたり謝るべきなのに…

「いえ、僕は何も」僕はその眼に対して思わず眼をそらす

「……麻友とはお付き合いでもされてたんですか?」

 唐突すぎる質問で僕は思わず驚きはしたが、少し考えたが素直に僕は答えることにした。彼女もまた伊田芽の父親と同様1番の存在なのだから。

「…していたような、していなかったような……微妙な関係でした」

 僕は申し訳なさそうにしていると伊田芽の母親は何かを思い出そうとしている。その姿をしばらく見ていたら伊田芽の母親は初めて僕に笑顔を見せた。

「…あーあなたもしかして狭山君?麻友が大学時代笑ってたわよ。5時間もかけて自転車でここまできた友達がいるって」

 フラれたあとの話しだ。僕の黒歴史の一つが蘇る、伊田芽を見つけたら言いたいことが一つ増えてしまった。

「若かりしときの思い出ですね。恥ずかしいです」

「そんなことないわよ、私達は笑わせてもらったわけだし。あなたのことだから誰かとご結婚なされてるんでしょ?」

その悪気のない笑顔が辛い。

「いえまったく彼女のかの字もでてきませんよ」

 何を基準にこの母親は言っているのだろう?平日の真昼間に髪の毛ぼさぼさの大人が結婚しているように見えるのだろうか?

「そうなの、君みたいなおもしろい子なら結婚くらいすぐにできそうなのに」

 よくわからない判断基準ではあったがとりあえず僕は愛想笑いをすることにした。

「それで狭山君はなんでこんな何もない町に?まさか麻友のためにきたわけじゃないんでしょ」伊田芽の母親はどこか笑みを含んでいる、たぶんわかっているのだ。

「……そのまさかです」

伊田芽の母親は笑いだし「狭山君ってバカな子なのねー」と素直に驚いていた。僕は愛想笑いを続けながら話をそらす

「……はいすいません。えっとそれで僕は少しでも麻友さんを早く見つけたいと思いまして。今日ここへきました」

 伊田芽の母親は何を思ったか急に僕に抱き着き「ありがとね…でもちょとくるの遅いんじゃないの?」と半泣きになりながら笑っていた。僕は「遅くなってすいません」と謝る。

伊田芽の母親は僕から離れると、少し遠くで配っていた人を呼ぼうと手を振りながら。「あなたちょっとこっちきて」と向かって行った。…ああ、ってことはあの人は伊田芽の父親か…

昨日会ったばかりで、あんな別れ方をして…もう少し時間ほしかたんだが…きっと伊田芽の父親もこんなに早く会うとは思わなかっただろう。

 それにしても伊田芽の母親は見れば見るほど似ている…他人に対し壁をつくらず、しゃべり方や言葉選び、笑い方、何よりありがとねと言われたその瞬間は麻友かと思った。そしてボディタッチの多さも似ている。親子でここまで似るものなのか…。


 伊田芽の母親が連れながら戻ってきたその隣の男は僕の顔をみて驚いた顔をして、「また君はきたのか」と呆れ顔をしていた。僕は一礼をして申し訳なさそうに笑う。

 僕を少し見た伊田芽の父親は「ここに来ても何もないぞ」と言った後最初にいた場所に戻ろうと後ろを向いき元にいた道に戻ろうとし数歩歩いたところで僕の方を少し見て「……今日の夜暇だったら私の家へきなさい。夕飯でもご馳走しよう」 そう言い残し戻っていった。先日のお詫びなのだろうか。

 麻友の母親は驚いたようで「なにあなた私の夫と知り合いなの?」とハイテンションである。

「はい、昨日知り合いました。……昨日パトカーがうるさくありませんでしたか?」僕はそんな麻友の母親のハイテンションに対しローテンションで答える。

「あーあれね、なんかずっと男性の泣き声が聞こえてね、気持ち悪くて私が通報したのよ」

 伊田芽の母親は思い出したくもないようで先ほどまでの笑顔が嘘のようになくなっていた。正直言いづらい。

「……すいません、その泣き声僕です」

 僕はもう正面を見ることはできなくなっていた。正直自宅に帰ってかなでとよもぎに会いたい。2匹のお腹にうずめて嫌がられたい……全力で実家に帰りたい。一国も早く逃げ出したくなってきて

「…夜またお伺いしますので、そのときはよろしくお願いします。」

そう言い残し早歩きで適当な場所へと逃げ出したその姿は麻友の母親にどう映っていたのであろう。

そのとき「うちの場所わかるよね?」と伊田芽の母親は走り去ろうとする僕に対し大きな声で言ってくれた。「わかります」と僕も大きな声で答えた。




 早歩きで歩いていると気づけば公園が見えてきた。周りを見ると見覚えのある道や風景でこの目の前に見えている公園は伊田芽とも一緒にきたことがことがある所であった。ブランコに座りながらただダラダラと雑談を交わしていたという良い思い出の場所でもある。…基本的に桐生は良い思い出と辛い思い出が入り混じり過ぎていて、あれからはまともに行くことがなかった。

公園につくとブランコに座ろうとしたが、ブランコは壊されたのかなくなっていて代わりに小さいアスレチック場ができていた。

何を思ったのか僕はアスレチック場の中で時間をつぶすことにした。寒空の下、無職の男が一人公園のアスレチック場にいるのは通報されたりするのだろうか…

複雑とまではいかないまでも子供にとっては楽しい場所なのだろう、目の前にある小さな洞窟のような穴の中へしゃがんで入ると外の温度よりもだいぶ暖かく感じたがその反面湿度も高いように感じる。ゆるやかな斜面を数歩ほど歩くとすぐに外の冷たい空気が僕の体をまとった。アスレチックの頂上は殺風景なものであったが昔を思い出すには十分に最適な場所だ。昔を思い出しながら昨日吉田からもらった紙を取り出す。紙はくしゃくしゃになっていたが文字はちゃんと読め、その記された携帯番号に電話をかけることは未だにできず、言い訳のようにぼくはその番号を携帯に登録した。

 登録名は安達 海。

個人的には一番会いたくない人間。

 安達海。

彼は僕が伊田芽と好き合っていた(付き合ってはいなかった)時期、真正面から僕に殺意を抱いてくれた男。

今でも二人っきりに、なったら本当に僕は殺されてしまうのではないのかと思う。

 このような関係になったのは簡単な理由で、彼もまた伊田芽麻友に好意を抱いているということだ。

そして何より僕は彼のことが嫌いだ。

彼の事が嫌いのなのは僕に対して殺意があるからではない、それだけだったら苦手で終わっている。僕は何より他人に対してそこまで特別な感情を抱く方ではない。大半の人間に対して僕は無関心なほうだ。僕の事を好いてくれた女性も何人かはいたがどの女性の顔も名前も数年もせずに忘却のかなたへいってしまった。

そんな忘れやすい僕でも彼にたいしての嫌悪は未だに消えない。

彼は伊田芽麻友に対して好意をもちすぎるあまり彼女に対して過度な愛情表現を行っていた。

そんな彼に対して嫌気がさした彼女は当時男性の中で仲の良かった僕に助けを求め、そこから僕と彼女の付き合いは加速していく。彼は僕にとってキューピット的存在でもあり、彼女に対して行ってきたことを聞いてきたことから僕の憎悪の対象なのだ。

…ようは伊田芽麻友にとっての悪は僕にとっても悪であったのだ。




 時刻を確認すると13時をすぎたところで、夕方になるまでは時間があった。

周りを見ても人の気配はなく、僕は再度アスレチックの穴の中に入り、その場で腰をおろした、湿度が高く感じようとも、温度が温かいなら対して問題はない。

真冬と真夏に一生いなければならないとしたら僕は間違いなく後者を選ぶだろう。真夏もきらいだがそれほどまでに僕は寒いのが苦手だ。

伊田芽はそんな僕を見ていつも楽しそうにしていた。僕が無防備な状態でいるといつも冷えた手を僕の肌にあててくる。顔、首、腹、だいたいこのあたりだろう。主に腹ではあった、たぶん一番僕がおもしろい反応をしていたからであろう。

それでも悪い気はしなかった。彼女が楽しそうに笑ってくれていたのだから、僕はそれだけで暖かくなれた。体感的には寒いのではあるけれども…


タバコに火をつけひと段落をしたあと僕は、現在わかる範囲の事を整理をしようと思い、携帯から文章でまとめてみることにした。




1.半年前の4月6日。午後8時から10時の間に伊田芽麻友が行方不明になった

2.最後の目撃者は伊田芽と食事をした友人。

3.警察の捜査の行き詰まりにより、僕にまでたどりつく(志村さん、加藤という捜査員)

4.吉田というクラス委員の協力者(伊田芽麻友のことは嫌い)

5.伊田芽の大学時代の親友。川井結海の存在(現在吉田に連絡先を探してもらっている)

6.伊田芽の母親と父親の必至(伊田芽は母親似)

7.安達海の存在。(安達は麻友に告白して何度もフラれている。それでも学生時代は猛烈なアタックをしていた。)

8.結婚する予定の彼氏の存在

9.僕はまたこうして、麻友を追っている(例外)


 今のところわかるのはこのあたりだ。

 怪しいのは最後の目撃者が普通なのだが、疑いが晴れているという点で白なのであろう。

 そして安達海そのとき何をしていたかはわからないが、話しだけは聞いておきたい。

 そして麻友の大学時代の親友、川井結海。

麻友の現在の彼氏、

この4人には会いたい。情報が少しでもほしかった。

 

少しでも多くのことを知りたい、早く伊田芽に会いたい。

…もし、もし伊田芽を見つけることができたら僕は彼女に対しどうするのだろうか。

ただ会って、それでどうする?

もし彼女に会えても彼女は僕に対しどう思うのだろう?僕の情けなさを嘆くのだろうか、僕に対し嫌悪感でも抱くのか、何よりまず僕は彼女を見つけることができるのか…彼女は僕に笑顔をみせてくれるのだろうか…


僕はあの日の彼女をずっと夢見ているのだろう。


タバコをとりだし火をつけて、深く煙を吸い込み煙を吐き出した。

僕は目を閉じる。

…会えばわかることか。



携帯電話を確認すると時刻は17時を過ぎていた。

どうやら僕はそのまま眠ってしまったようで外に出てみるとあたりは暗くなり気温も昼のときよりだいぶ下がっているように感じる。僕はジャケットに手を入れ伊田芽の家を目指した。

道中も人通りは少なく、男一人でも薄気味悪さを感じる。20分ほど歩くと田んぼ道の中隔離されたかのような家の伊田芽の家が見えてきた。


 伊田芽の家につくと、夕飯の用意をしているのか、何か香ばしい良い匂いがしている。この数年間コンビニ弁当が大半だった僕からすると、懐かしい匂いである。インターホンを押す「狭山です」というと「はいってくれ」と麻友の父親の声が聞こえた。

 様々な意味で緊張をしながら家の中にはいると、そこは行方不明の娘がいるとは思えない普通の暖かい家のようであった。

 玄関で麻友の母親が笑顔で出迎えてくれてそのまま僕をリビングへと連れて行ってくれた。



 彼氏でもなんでもない男がこの場所にいていいのか不思議ではあったが今はこのご厚意に甘えるとしよう。この両親には聞きたいことが山ほどある。

 おじゃましますとリビングに入ると、大きなテーブルの上にはたくさんの食事がおかれ伊田芽の父親が端の席に座っていた。

伊田芽の父親は僕を見て「いらっしゃい、まあ座ってくれ。」と父親の目の前の椅子をさしてくれた。僕はおじゃましますと言ったあとその指定された椅子に腰をかけた。

リビングの中はとても綺麗で奥にある仏壇はには何かお守りやお札の類のものが多くある、たぶん伊田芽麻友の無事を願ってものなのだろう。

僕は変に緊張してしまい僕は辺りをずっとキョロキョロとしていた。やはり正直居心地のいいものではない、好きな女性の両親の家…か。

 そんな空気を察したのかごはんを持ってきてくれた伊田芽の母親が遠慮せずに食べてねと、僕の目の前にごはんを置いてくれた。僕はありがとうございます。いただきますと言い。伊田芽の母親が席に座るのを待った。

伊田芽の母が「今日は狭山君きてくれてありがとう。じゃあいただきましょうか」

と笑顔で僕に話しかける。僕は申し訳なさそうに「いただきます」と言い黙々と箸を動かした。

 しばらくすると、伊田芽の父親が「君は麻友のどこが好きなんだい?」と唐突に爆弾をほおりなげてきた。伊田芽の母親もその事実を知っているようでずっとニヤニヤとしている。これはなんの拷問なのだろうか…

「……たぶん麻友さんのお父様が麻友さんのお母様と結婚された理由と同じではないか……と思います。」

 伊田芽の父親はふっと笑ったあと。

「納得したよ」と笑みを浮かべながら僕を見て、箸を動かし始める「あと私の名前は宗一だ。呼び方は君にまかせるがな…」。その隣にすわる麻友の母親はご満悦のようで「私は凜子。凜子さんでいいよ。せっかくだからお父さんも名前でよんであげてね」

…ハードルが高い、伊田芽のことでさえ名前でまともに呼ぶことがなかったのに、そのことで伊田芽はいつも苗字で呼ぶなと怒っていた。

なぜ僕は伊田芽のことを麻友と呼べなかったのであろう、たぶん恥ずかしかったのだと思う。


「でも麻友は来年阿部君と結婚するから、残念だったね狭山君」

婚約者は阿部という名前か…伊田芽の母親は僕を見る。

「別に横取りしようとかそういうわけではないので問題ないですよ」

「でも好きなんだ」

 笑いながら伊田芽の母親はさらにつっこんでくる。すべて知ってのことを再度僕に対し確認するのはきっとただ楽しんでいるのだろう。

「……感情のもちようは個人の自由ですから」

 僕は少し反論をしてみると、伊田芽の母親はさらに嬉しそうにしていた。

実の娘がモテているのは母親としても鼻が高いのだろうか。母親だから当たり前なのだろうけど。

「そういえば、安達君もよくきてたわね、絶対見つけますって言い張ってたわ、最近はきてくれなかったんだけどね、そしたら今回君がきてくれた。」 

 あの男もしつこいものだ…

 その後なんてことのない麻友の昔話しを聞いたり、僕と麻友の関係を洗いざらいしゃべらされたりして第3者からなら穏やかに見えるのだが、僕の内心は非常に荒れた食事会は終わった。

 「狭山君今日は泊まっていきなよ、麻友の部屋で特別に眠らせてあげる。ただし、あんまりいじくらないでね。大事な物もあるから。あと麻友のベッドでは寝ないでね」これは寝させる気がないのではないだろうか…凜子さんは上機嫌そうだ。

「それ寝させる気ないですよね…」

「ああ、そっかじゃあ布団だしてあげるから安心して、寝間着は宗一さんの貸したげるよ」

床で寝させる気だったのだろうか…



 伊田芽の部屋に入れるのは僕個人としてはとても嬉しいが、凜子さんは何を考えているのだろう、正直まったくわからない。少し逃げ出したいような気もしたが、少しでも手がかりがあればと思いその言葉に甘えることにした。隣で睨む宗一さんとは目をあわせないようにして。

 その後シャワーを借り、リビングに戻ると凜子さんはソファーでリラックスしながら、うつらうつらと寝そうになっていた。

 僕はその光景を食事をしたときの椅子に座りながらながめていた。

寝顔まで親子って似るものなのか…何よりこの不思議な空気感は麻友そのものであった。

 1時間ほどしたあたりだろうか宗一さんが日本酒を片手に僕の目の前に座ってきた「ちょっと付き合てくれないかな」と、この場面では「はい」以外の選択肢はないドラ●エのような会話が繰り広げられるので割愛する。


 夜も更け時刻は12時をまわろうとした頃にはもう宗一さんは酔ってきていて、さっきからずっと泣いている。

 宗一さんは酔っていたので思い切って聞いて見る「あの……もし半年後も麻友さんが見つからなかったら結婚式はどうなるんですか?」

宗一さんは僕を睨みつけ「そんな縁起でもないことを言わないでくれないかな」と怒りそのまま床に突っ伏して眠ってしまった。


「たぶん結婚式は中止ね、相手のご両親からもそう言われてるのよ」

後ろから凜子さんの声がする「この人運ぶから手伝ってちょうだい。」

 そう言われると僕は立ち上がり、宗一さんを立ち上がらせそのままベッドに連れて行った。

「あの……麻友さんの彼氏はなんて言ってるんですか?」

「内心どう思っているはわからないわ」凜子さんに笑顔はない…

「その彼氏さん…阿部さんの居場所や連絡先ってわかりますかね」

「よく名前わかったわね。」凜子さんは驚いている「食事のとき凜子さんが言ってましたからね」「そうだったっけ」凜子さんはまったく覚えていないようだ。似すぎている。遺伝怖い。

伊田芽もよく自分の言ったことを忘れるのだ。「えっ言ったけ?」僕はそれでいつも「言ったよ」と呆れるのが彼女と僕の会話の流れの1部だ。約束だって

どうせ忘れているのだろう。


「再来週の日曜日に阿部君がこの家にくるからそのとき聞いてあげる、ただその日は大事な話しがあるから君はきちゃダメだからね」

「……わかりました」


「はい、じゃあこの布団もってってね。部屋はあそこね」凜子さんは布団を僕に渡し、伊田芽麻友の部屋の場所を指さしてくれた。

「じゃあお休みなさい。くれぐれも麻友のものはいじらないでね。」

「はい」とだけ答え僕は麻友の部屋へと入っていった。部屋の中は暗くなっていて手さぐりで電気をつけるとそこには僕の部屋とはまるで違う世界が広がっていた。   

どこか懐かしくてたまらない匂いがする。そこは半年前までは僕が唯一好きになった女性が生活をしていた空間。 僕は彼女が今にも帰ってくるのではないのだろうかという錯覚を覚え、10年振りの懐かしさは僕を泣かせるには十分すぎる材料であった。



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