私のお兄ちゃんが天使すぎて生きるのがツライ。
クリスマスはイブも二十五日もお兄ちゃん手元には本当になにもプレゼントは届かなかった。
もしかしたらお店にお願いしたものが、配送ピークのせいで遅れているのかもと思ったけど、
結局二十六日もうちのインターホンはピンともポンとも鳴らなかった。
いくらお兄ちゃんがいらないと書いたとしても、なにかしらあるだろう?
お姉ちゃんがいったいなにを考えているのか私はさっぱりわからなかったが、
それを何度訊いてもはぐらかされるだけだった。
それでも私なりにもしかしたらと思ってるところはある。
それは、
「もしかしたらお兄ちゃんはサンタの正体に気付いてしまったのではないか?」
ということだった。
もしそうだとしたらお兄ちゃんのことなので、
気を遣って「プレゼントはもういりません」と手紙に書いたのも納得できる。
今まで頑なにサンタを信じてきたお兄ちゃんが、そんなことを書いていたとしたら、
お姉ちゃんもさぞショックだったに違いない。泣くね。
しかし、それならそれで開き直って、なんとかお兄ちゃんを説得すべきだ。
寂しさの反面、お兄ちゃんが中学にあがるまでに脱サンタを遂げることにはホッとする。
そんな堂々と気持ちを巡らせる中、
本日、二十七日の夜。
私たちは目一杯のおめかしをして、
都心にある高級ホテルのレストランへディナーに出かけることになった。
それはお姉ちゃんへのクリスマスプレゼントがここのディナー券だったからだ。
そのことも私には謎だった。
エレベーターを降り、ふわふわとかかとが沈むカーペットを歩いて辿りついたそこは、小学生にはもったいない非常にオサレな空間だった。
足元は品のいい赤色のカーペットに変わり、
温かみのあるほどよい明りを灯す先には、
これまた豪華な、しかし決して嫌味のないシャンデリアがぶら下がっている。
隣でそれを見ているお兄ちゃんの口がぽかんと開きっぱなしだと気が付くも、
すぐに自分の口も同じことになっていると気付き、慌ててぱくりと閉じる。
店内を案内されてテーブルにつくと、
大きな窓からは、
キラキラ東京タワーと、
キラキラ東京湾と、
キラキラ街並みが、
キラキラお兄ちゃんのバックでキラキラしていた。
髪をサイドで編み込んでアップにして、
落ち着いたドレスに身を包んだお兄ちゃんはこの夜景の国のお姫様のようだ。
フレンチのコースに出てくる料理はどれも、
すぐに手をつけるなよ、ちゃんと目で味わえよ、と言わんばかりに美しく、
私たちは、向かいに座るお姉ちゃんに倣ってそれらをたいらげていく。
こういうのは、おいしいものを少しだけというコンセプトなので、
給食には不向きなお兄ちゃんの小さなお口にもちょうどよく、
逆に私には少しじれったく思えた。
コースの最後にデザートの、
『季節のフルーツクランブル マスカルポーネアイスクリームと共に』を、
要するにフルーツとアイスが来るのねという気持ちで待つ間、
お兄ちゃんが困った顔でもぞもぞもごもごしているので、
お姉ちゃんがどうしたのかと訊ねると、
顔を真っ赤にして、
「あの……えと……もうすぐかなぁって」
「なにが? デザート?」
私がそう訊くと、
「あ、うん」と答え、「もうそれで終わりかなぁ?」とお姉ちゃんに訊く。
「え、ああ、そうね。デザートとあとコーヒーかなにか飲んで終わりかな? 何? 帰りたいのセイラ?」
それを聞いたお兄ちゃんが絶望的な表情で顔を歪める。
なにそのおいしそうな顔。デザート?
「そうじゃないけど……じゃないんだけど……えと、ごめんなさい……」
そう言って、お兄ちゃんはスカートの太ももの辺りをギュッと掴んだ。
謝罪を意味を聞くと、お兄ちゃんは本当に申し訳なさそうにトイレに行きたい旨を伝えた。
どうもなにかの本を予め調べてきたらしいお兄ちゃんは、
「会食中にトイレに立つのは失礼なことなので、できるだけ避けるべきだ」
というのを、厳守しようとしていたのだ。
それを聞いたお姉ちゃんは、
「それはメインディッシュまでだし、生理現象なんだからムリしなくていいのよ! なにより子供なんだし!」
と言って、通りかかった給仕係の人を慌てて呼びとめると、
お兄ちゃんをトイレに案内してくれるようお願いした。
お兄ちゃんがいなくなって、ふと窓の向こうの夜景に目を細めるお姉ちゃん。
こうやって見ると、うちのお姉ちゃんもまだまだ全然需要がありそうに思う。
おそらく会社に勤めていたら、今頃は私たちと同じ小学校に通うくらい子供がいてもおかしくなかったかも知れない。
それはさておき、このときを待っていたと私はお姉ちゃんに詰め寄る。
「もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃない? クリスマスもとっくに過ぎたわけだし」
「なにを?」
「もういいでしょ。お兄ちゃん手紙に何て書いてたの?」
「お姉ちゃんのすべてが欲しい」
「寝言の時間にはまだ早いよお姉ちゃん」
仕方ないなぁ、ともったいつけると、
お姉ちゃんは隣の空いた席に置いてあるバッグから封の開いた手紙を取り出し、
「絶対汚さないでね」と私に渡した。
そう言われたものの、封筒から抜き出した便箋はすでに何度も読み返されたようで、少し紙がくたびれていた。
そのサンタへの手紙は実にお利口なお兄ちゃんらしく、『拝啓』から始まっていた。
「拝啓 サンタさま
去年はユキさんをありがとうございました。
毎日ごはんをあげてかわいがっています。
今年はサンタさんに少しお願いがあります。
ぼくはもう今までたくさんプレゼントをもらったので、今年はいりません。
そのかわり、ぼくの分をお姉ちゃんにあげてもらえませんか?
ぼくのお姉ちゃんは、いつもおいしいごはんを作ってくれて、
かわいい服を着せてくれて、いつもいつもぼくたちの為にがんばってくれています。
だから今年はお姉ちゃんがプレゼントをもらう番です。
どうかよろしくお願いします。
寒い中、大変なお仕事ですが、お体にはお気をつけください。
トナカイさんもがんばってください。
敬具
五年四組 姫宮星良」
……これは……これはないよーお兄ちゃん……。
私は手紙から顔をあげると目の前のお姉ちゃんに突っかかる。
「こんなことなら私にも教えてくれたっていいじゃない! なんか私一人が欲の皮突っ張ってるみたいで感じ悪いよ!!」
お兄ちゃんの成長記録とか、もう……神様、どうか私をぶん殴ってください。ガチで。
「だって、そんなこと教えたら、あんたまた『私もそれでいい』って言うでしょ?」
「そりゃ言うでしょ!」
「だからいいの。去年セリカにはユキのときに我慢させちゃったし、今年はちゃんとセリカの欲しいものあげよって決めてたから」
「だからって、お兄ちゃんに何もないってのは……」
「それは」
と言ったところでお姉ちゃんは口をつぐんだ。
入口の方を見ると、すべての罪を許されたような顔でお兄ちゃんがトイレから戻ってきた。
『季節のフルーツクランブル マスカルポーネアイスクリームと共に』は、
まさかの焼き菓子だった。
クッキーみたいなポロポロの食感のクランブルとトロトロに煮込まれたリンゴやベリーたちが、
口の中でアイスとの共演を果たす瞬間の幸福感は予想外で、
怒られるかも知れないけど、今日これが一番おいしかった!
そんな幸せデザートと、これまたおいしい紅茶を飲み干し、
そろそろ出る準備をした方がいいかなと思っていたところに、そいつはやってきた。
口の周りと顎に白いひげを生やし、赤い衣裳を身にまとったそいつは、
大きな布袋を抱えて、メリークリスマスと言った。
「は、はう、はう、はうどぅーゆーどぅー?」
お兄ちゃんが片言の英語で返したのにはわけがある。
そのサンタはそこらの看板持ちの兄ちゃんとは、風格が全然違った。
目は碧く、顔の造りも全部が濃い。
早い話日本人じゃない。
もちろんお兄ちゃんも外見だけなら日本人離れしているので、
他のお客さん達はレストランのサプライズイベントかなにかかとこちらを見ている。
夜景とおしゃれな食卓を背景に一緒に切り取れば、
それこそそのまま絵本の一ページになるほどの幻想的な組み合わせだった。
しかし、お兄ちゃん本人もただいま真っサプライズ中だということは、
他のお客さんは気付いていないようだ。
そしてもちろん、ひとりそれをニヤニヤ眺める姉がいるわけで。
あとからお姉ちゃんに聞いた話では、サプライズで妹にクリスマスプレゼントをしたいと、
二日遅れのクリスマスの事情を踏まえてレストラン側にお願いしたところ、
その話を聞いたフランス人のシェフがそれに大いに感動したらしく、
ここまでの趣向を凝らしてくれたらしい。
サンタが袋から大きな包みを取り出すと、それをお兄ちゃんに手渡す。
「さ、さんきゅー」と答えたものの、
どうしたらいいのか緊張でしどろもどろになっているお兄ちゃんに、
サンタが包みを開けるように促す。
もう一度、さんきゅーとよくわからないタイミングでお兄ちゃんはお礼を言うと、
丁寧に包装紙を開いていく。
丁寧に丁寧に。
それはそれは丁寧に。
過ぎるぐらいに丁寧に。
もう伝統工芸の匠のように丁寧に。
最初は微笑ましく見守っていた周りのお客さんも、
お兄ちゃんがテープを包装紙からきれいにはがそうとし始めた辺りから、
皆イライラし始める。
その皆の気持ちを代弁するように、
「Merry christmas!」
そう叫んでサンタが包装紙を一気に破った。
そして半泣きになるお兄ちゃん。
そりゃそうだ。
サンタとはいえ、目の前で巨大なおっさんにそんなことされれば誰だって恐い。
お姉ちゃんなんかは、デザート用のスプーンを握りしめて、
すぐにでも目玉をくり抜きに行くような臨戦態勢をとっていた。
『季節のフルーツクランブル サンタクロースアイと共に』にならなかったのは、
そのあとすぐに眩しいまでの笑顔がそこに咲いたからだ。
「ルドルフさん!」
まるで偶然再開した旧友に声をかけるかのようにお兄ちゃんが叫ぶ。
対面して数秒で赤鼻のトナカイの名前をつけられた黒鼻のそいつは、
テレビで見たのよりもだいぶと大きいように思えた。
お茶会がまた賑やかになることだろう。
周りの目も気にせず、ルドルフさんをぎゅっと抱きしめる私のお兄ちゃんは、
今日も変わらず天使過ぎるのだった。
【おしまい】
二週間足らずの間でしたが、応援してくださった皆様、
本当にありがとうございました!
本当に本当に、ここまで支持してもらえるなんて、
一話をあげたときには爪の垢ほども思っておりませんでした。
ついでのついでのついでみたいな感じで、
もうひとつストックあるからupしてみるかというくらいでした。
私自身は非常に楽しんで書いた作品でしたが、
世のお兄ちゃんを喜ばせるほどロリィな要素もなく、
小学生からみた小学生の話なんて読んでもつまんないだろなぁーと、
思っておりました。
それが私が投稿した作品の中で一番読んでもらえるものになったのですから、
「あのダメな子が……こんなにも皆さんに……」
といった気持ちです。
元々完成していた作品ですが、
皆さまの応援のおかげで随分と改稿に改稿を重ね、
最後の方は「終わる」という感慨もあり、
ボリュームアップしてしまいました。
それが吉と出てるかはさておき、
私自身も、随分と勉強させていただきました。
喜び過ぎて気持ち悪いかも知れませんが、
感謝の気持ちが絶えません。
あと一時間くらい、この気持ちを書きつづりたいのですが、
その分UPが送れるのでこの辺にしておきます。
本当にありがとうございました。
双六
※ものすごく今更なのですが、別で番外編書いてます……い、一応お知らせです。(2014・3・2)




